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メンヘラ彼女との別れ方。  作者: 書峰颯


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エピローグ メンヘラ彼女との出会い方

 退職した僕と楚乃芽は、まずは住まいの引っ越しから手を付けることにした。

 大学の頃からずっと住んでいた家だったけど、この家の家賃は僕達には高すぎる。


「2LDKもあれば充分だよね」


 そんなことを話しながら決めた新居は、駅から徒歩十五分にも関わらず、月額七万円で済むリーズナブルなアパートだった。


 家具もどうしようかと話し合ったけど、さすがに一から全部はお金が掛かり過ぎる。


 それになんだかんだで使用していた物ばかりだから、中古に出しても大した金額にはならないと思い、そのまま新居へと持ち込んだ。


 二トンのトラックで往復三回、業者さんにも手伝ってもらって、無事引っ越しは完了する。


「隣に越してきた神山です、宜しくお願いいたします」


 神山の苗字を名乗りながら引っ越しの挨拶に行く楚乃芽が、信じられないぐらいに可愛かった。夫婦別姓の選択もあったのだけど、楚乃芽が絶対に嫌だって言って譲らなかった理由が、なんとなく分かった気がする。


 大好きな人、愛していた人が同じ苗字を名乗るって、幸せの頂点なんじゃないかな。

 そんなことを楚乃芽に伝えると「ふふっ」って笑って逃げたけど。


「実はね、私、なりたい職業があったんだ」


 引っ越ししてすぐ、楚乃芽が僕へと打ち明けた。


「パン屋さん?」

「うん、パンだけじゃなくて、ケーキとかお菓子とか、そういうのを作るのって私大好きだったりするんだ。元々料理は出来てたけど、それをもっと極めたいっていうか……だから、調理の専門学校に通って、調理師免許を取得しようかなって、思うんだけど」


 僕は毎日楚乃芽の作る料理を食べて生きているけど、彼女が作る料理はお店に並んでもおかしくないくらいに美味しい。たまに作ってくれるスイーツも結構本格的なのが多かったから、彼女が目指すのならば僕は応援するに決まっている。


「でね、ここからが大事なんだけど」

「うん」

「大樹も一緒に専門学校通って、一緒にお店開かない? って、思うんだけど」

「僕も一緒に?」


 楚乃芽の予想外の言葉に正直驚いたけど、彼女と共にまた学生生活に戻るのも楽しそうだなと思い、二人で専門学校へと入学することを決めた。


 幸い、貯金は八桁を超えるぐらいには貯まっていた。

 入学金諸々支払ったとしても、充分生きていける。


 それに学校に通いながらでもバイトは出来るから、無駄遣いをせずに働けるだけ働いて、切り崩した貯金を補填しながら、僕達はもう一度、学生生活を送ることにしたんだ。


 それから二年後。


「わ! 大樹、合格証書在中! 届いたよ!」

「楚乃芽のもあるね、良かった、二人同時に合格だ」

「わー! すっごい嬉しい! これで二人でお店経営出来るね!」


 調理師免許の他に必要な資格も全て取得し、それから僕達はお店の開業へと臨んだ。

 立地条件とか開業に伴う資金とか、いろいろと考えるところはあるのだけど。


「お久しぶりっす! お二人さんに耳寄り情報を持ってきてあげたっすよ!」


 古木(こぼく)さん、今や主任に昇格した彼女が持ってきてくれた情報は、近隣駅の再開発計画だった。


「駅の再開発に伴ってテナント募集してるんっすよね。まぁ駅敷地内なんで値段は張りますけど、そこは頑張ってもらえればそれなりの集客は見込めると思うんっすよ。学校が多い地域になりますから、通学の高校生、通勤のサラリーマン、そこら辺が利用してくれると思うっす。さらに言うと……実は、アタシや砂渡(さと)っちの最寄り駅だったりするんっすよね。なので、開業してくれたらもれなくアタシが毎朝ご利用することになるっす!」


 そんなので決めていいのかなって、ちょっと思ったけど。

 それぐらいで丁度いいんじゃないって彼女が言ってくれたから、そうすることにした。


「あ、しかもこれ、駅敷地内って言いながら、駅の外側に店を構えられるんだね」


「そうっすよ? パン屋、しかも工場直送じゃない以上、店舗併用住宅じゃないと厳しいと思うんっすよね。めちゃくちゃ駅近ですし、それに再開発の今なら開業助成金を受けることも出来るっす。内装も自由自在、今ならお得間違いなしっすよぉ?」


 営業が上手になったね。

 そんな感想を抱きながらも、僕達は彼女のお誘いに乗ることにしたんだ。


「あれ? この建設会社って」


 古木さんが持ってきてくれたパンフレットを見て、楚乃芽が何かに気付いた。

 楚乃芽が気付き、僕も二度見したのだけど。

 まさかの施工業者が、瑠香(るか)ちゃん在籍の神無(かんな)組だったんだ。


「お兄さん、お姉ちゃん、お久しぶりです!」


 最後に会ったのは天音(あまね)のお墓参りの時だったかな。雰囲気はあの時のまま、大人に成長した瑠香ちゃんは、職人らしいツナギが似合う女の子へと成長を遂げていた。ツールベルトに入っている工具も年季が入っているし、腕前の方もかなり上達してそう。


「瑠香ちゃんも、元気そうで何よりだよ」

「はい! それと、ものすっごい遅れましたけど、ご結婚、おめでとうございます!」


 瑠香ちゃん、壮志郎さんの下を飛び出したって聞いた時は心配もしたものだけど。

 以前よりも活発になった感じだし、結果として良かったのかもしれないね。


 僕達が三十歳になるのだから、瑠香ちゃんも二十七歳ってところか。

 そろそろ、良い人が見つかったりもするのかな。

 などと考えていたら。


「あ、社長! おはようございます!」


 物凄い大きな声で、ヤンキーみたいな人に瑠香ちゃんが挨拶をした。

 この人が社長さんなのか……っていうか、業者さん全員女の人? 凄いな。


「声が大きい。聞こえてたけど、瑠香の身内の物件なのか?」

「はい! なので、いつも以上にバッチリやるつもりです!」

「いつも同じぐらいにやってくれ。じゃあ、そこら辺は全部任せるからな」


「オッケーです! 全部任せて下さい! あ、と言っても図面とかは既に決まっているので、現場監督って意味ですから安心してくださいね! おっしゃあ! やるぞー! 内装メチャメロに仕上げてやるんだから! 楚乃芽お姉ちゃん、期待して待っていて下さいね!」


 想像以上に職人として出来上がってるっぽいね。

 でも、ならばこそ、安心して任せることが出来る。

 内装メチャメロだけは、ちょっと気になるけど。


 そこから工事が終わるまでの一年、何もしない訳にはいかないので、僕と楚乃芽はレストランへと就職し、自分たちの腕を磨き続けたんだ。


 目指すのはパン屋だけど、パンだけじゃ生きていけないから。


 それに元々楚乃芽が希望していたのはケーキも食べることが出来るパン屋さん、なので、最前線のスイーツ事情も調査しつつ、全て自分たちへの糧へと吸収していった。


 そして迎えたオープン当日。


 再開発を終えた駅の一斉オープンと一緒に、僕達のお店『月のしずくパン』はオープン初日を迎えた。


 焼きあがったパンが月の光みたいに輝いて見えるから。

 楚乃芽がそう言って決めた店名だけど、なかなか悪くないと僕は思う。


「はいはいお二人さん! もっと近くに寄るっす! 可愛い笑顔でハイチーズ!」


 恥ずかしがる楚乃芽と二人、店の前で写真を撮った。

 これから始まる生活がどんなものか。

 不安と期待でいっぱいだった僕達の笑顔は、正直微妙だった。


「うわ、これは見込みが甘かったな」

「全然足りなかったね、もっと用意しても良かったのかも」


 最初こそ知り合いが多かったけど、次第に客層が増え、あっという間に満席、完売するレベルの人気店へと変貌を遂げてしまった。


 楚乃芽が作るオリジナルスイーツは噂が噂を呼び、開店前から列が出来てしまう程の人気になってしまったし、僕達が作るパンだってこの前テレビ取材がきたぐらいには人気がある。


 人が人を呼び、有名人や配信者が来る頃になると。 

 逆に、個数制限を設けるスタイルへと、営業方針を変えていったんだ。




「やー、凄いっすね、完全に人気店じゃないっすか」


 閉店後の店内にて、古木さんと砂渡さん、他数名の旧友を招いての試食会を開いた。

 焼きたてのパンや出来立てのスイーツをテーブルに並べると、それだけで歓声が上がる。


「元々楚乃芽の料理の腕前はすごかったからね、僕はそれに追従するだけで精一杯だよ」

「またそんな、大樹だってベーカリー大人気じゃない。本当なら私がパンもやりたかったくらいなのに、最近だと全然立たせてもらえないんだから」


 互いの領域みたいなものが、最近は出来上がりつつある。

 でも別に、どちらがどちらをやってもいいのだけれどね。


「このお店、フランチャイズとかしたら、めっちゃ儲かりそうっすねぇ……。あ、そういえば、もうどうでもいい話だと思うんっすけど。石田さん、別の会社に更迭されたっす」


「石田って……課長の?」


「はいっす。神山君の有休申請を勝手に無しにした、あの石田っす。あれから専務に目の敵にされたのか、課長から担当課長に下がって、更に主任にまで下がったんすけど、そこから別会社に出向、今や平社員っすよ」


「うわ、そりゃ災難だったね」

「別に当然だと思うっすね。根取も逮捕されて、未だに塀の中ですし」

「不同意性交等罪だっけ? 薬物利用で懲役十五年とか聞いたけど」

「当然っすよ。ただ、四十五歳で出てくるのがちと恐ろしいっすけどね」

「真人間になるとは思えないしね」


 などと、ケラケラ笑っていたのだけど。


「……」

「あれ? 楚乃芽、どこか具合悪い?」

「……ちょっと」


 どうしたんだろう、口元抑えて、辛そうにしてる。

 もしかして根取のことを話題にしたから、気分が悪くなっちゃったのかな。


 なんてことを考えていたのだけど。

 古木さんと砂渡さんが何かに気付き、楚乃芽へと駆け寄る。


「楚乃芽さん、休める時に休んだ方が良いっすよ」

「ありがとう……大丈夫、なんだけどね」

「絶対無理しちゃダメ、もう検査とかしたの?」


 検査?

 楚乃芽の側に座り込み、彼女の肩を抱きよせる。

 青ざめた顔のまま、楚乃芽は僕を見て、苦笑とも受け取れる笑顔を作る。


「本当は、もうちょっと隠しておきたかったんだけどね」

「隠すって、何をさ」


 そしてまた、楚乃芽は黙る。

 一体何なのかと、不安な気持ちで圧し潰されそうになったのだけど。


「あー、神山君」

「古木さん、楚乃芽は」

「おめでとうございます」

「……え?」

「わからないものなのね、男ってホントに頼りない」


 古木さんに祝われて、砂渡さんに罵倒されたけど。

 きょろきょろと視線を二人にした後、楚乃芽がくいっと、僕の襟を引っ張る。


「楚乃芽」

「大樹……あのね、実は、もう結構前から分かってたことなんだけど」

「……うん」

「…………お腹の中に、赤ちゃん、いるみたいなの」


 …………。


 …………。


 …………。


 …………え?


「そいうことっすよ、感じ的に妊娠三か月目ってとこっすか?」

「それぐらいだとまだお腹膨らまないから、ちょっと分かりづらいよね」

「ということっすから、エプロン外しましょ、お腹締め付けちゃダメっすよ」


 え? え? え?

 ちょっと待って。

 待って、え、まさか、本当に?


「楚乃芽、本当に、僕の子を」

「……うん。出来てるよ」

「そうか……そっか、うわ、そうなんだ、うわわ! うわ! 僕、父親になるのか!」

「そうだね、大樹ももう、お父さんだね」

「楚乃芽だって、お母さんじゃないか!」

「ふふっ、そうだよ。私はもう、お母さんなんだ」


 嬉しくて、嬉しくて、嬉しくて。

 柄にもなく万歳三唱とかしちゃって。 


 みんなが集まってくれた試食会だったのもすっかり忘れてしまい。

 その日、僕と楚乃芽は喜びに渦に巻き込まれて。

 どこまでもどこまでも、幸せを語り続けてしまったんだ。

 




 ※――――視点





「あーあ、やっと幸せになってくれたんだね」


 テレビ越しに彼と彼女の物語をずっと見続けていたけど、ようやくか。

 二人は気づいてないんだろうな、壮志郎さんもこっそりパンを食べに来てたこと。


 私はここから見てたから、全部知ってるけどね。

 一回だけお節介焼いちゃったけど、それ以降は見守ることに徹したよ。



 

 良かった、大樹と楚乃芽ちゃんが幸せになってくれて。

 これでようやく、私も踏ん切りをつけることが出来るよ。

 

 ずっと夏の日のこの部屋は、とても居心地が良かったんだけどね。

 だけど、このままここにもいられないみたいだし。


 人は、忘れられることで、本当の死を迎えることが出来る。

 メンヘラ彼女との別れ方を、しっかりとしてくれた大樹には、とっても感謝してるよ。

 

 だからもう二度と、出会わない方が良かったのに。


 ――楚乃芽、お腹の中の子の名前なんだけどさ。

 ――うん。

 ――男だったらまた考えるんだけど、女の子だったら天音って、名前にしないかな?

 ――うん、ふふっ、私も同じこと考えてた。

 ――本当?

 ――天音ちゃん、絶対にもう一度、私達と一緒にいたいって言うと思うから。





※神山天音視点





 これじゃあもう一度、会うことになっちゃうじゃない。 

 本当に、バカなんだから。

 









「ほら天音、パパにチョコレート作ったんでしょ?」


「うん!」


「そうなのかい? どんなのか楽しみだな」


「あのね……パパ、はいこれ! ド本命チョコ!」

fin


ご愛読、誠にありがとうございました。

あとがきは作者近況ノートに載せておきますので、宜しければご閲覧下さいませ。

この作品はネット小説コンテスト応募作品です。

皆様の評価が選考に影響を与えると思われます。

宜しければ再度評価を頂けたら、とても嬉しい限りです。

最後まで、誠にありがとうございました。

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