第五十一話 魔の手
※綺月楚乃芽視点
芝居に付き合うこと二時間。
私は根取課長の将来の奥様として、無理やり振る舞うことになった。
お酌をしたり、一緒に微笑んだり。
ただただそれが嫌で嫌で、しょうがなかった。
「では、ご馳走様でした」
「夜も遅いけぇ、二人仲良くなぁ」
地獄の時間がようやく終わった。
タクシーへと乗り込み、ホテルへと向かう。
一人になったら、ちょっと泣いちゃおうかな。
そのあと、大樹に癒されよう。
そんなことを考えていたのだけど。
「え、部屋が予約されていない?」
「はい、根取様でのご予約はあるのですが。ツインの部屋で二名様、ですよね?」
「いえ、シングルで二部屋頼んだはずなのですが、あの、綺月での予約は」
「綺月様……大変申し訳ございませんが、ご予約の方は入っておりません」
「あの、今から新規での受付は」
「誠に申し訳ございません、明日大きなライブが開催される予定でして、本日は全室満室となっております。おそらくですが、他の宿も全て満室となっているかと思われますので、ツイン部屋を二名様でご利用なされるのが、一番の解決策かと思われます」
そんなの受け入れられる訳ないじゃない。
誰が根取課長と二人きりとか。
「これは、予約時に間違えたみたいだね」
「……」
「しょうがないさ、全室満室になるような日だとは、予約を取ったウチの人間も気づかなかったに違いない。幸いツインの部屋だと言うじゃないか。ベッドも離れているし、絶対に手を出さないと約束する。どうだろうか、このまま休まれては?」
「……結構です、どこかで泊まれる場所を一人で探します」
「おや、そうかい? でも今日はどこも空いてないんじゃないかな?」
「失礼します、おやすみなさい」
仕組まれたものだと思いたくないけど。
どうしても、そうだとしか思えない。
「大樹……電話、出てくれない」
今の怒りを聞いて欲しかったのに、しかも電源も入ってない感じかな?
大樹に何があったのか気にはなったけど、それよりも今の私を何とかしないと。
「すいません、今日は満席でして。他からも連絡が入ってましたけど、漫画喫茶も全室埋まっているみたいですよ」
「そうですか……ありがとうございました」
ホテルで聞いた通りだった。
民宿もホテルも漫画喫茶もカラオケも、全部埋まってる。
まぁ、鍵が掛からない時点でカラオケと漫画喫茶はダメなんだけど。
沖縄で野宿とか……さすがにちょっと、怖い。
とぼとぼと歩いていると、町の角にやたら明るいお店が目に飛び込んできた。
(生涯酒場……十七時から明朝七時まで営業?)
夜通し開いてるお店とか、あったんだ。
おっかなびっくりしながら扉を開けると、女性店員が出迎えてくれた。
「あの、このお店、朝まで営業しているんですか?」
「はい、やってますよぉ。席も空いてますし、今すぐお通しできます」
「良かった、泊まるとこなくて困ってたんです」
壁や敷居のない店内だけど、だからこそ襲われる心配もなさそう。
天井には造花の桜が満開に飾ってあって、なんだか綺麗で素敵だ。
(さっきまでは全然食べれなかったから、ちょっと食べちゃおうかな)
韓国系の料理が主なのかな、フライ盛り合わせを頼んでおけば、長々といても変な目で見られないかも。後は酒場だから、ワンドリンクで何か飲まないとなんだけど……うーん、大樹がいないのにお酒飲むのは、なんかちょっと気が引けるな。
「でも、しょうがないか。梅酒サワーお願いします」
「じゃあ俺も、生ひとつ」
どかっと、対面に根取課長が座った。
どうしてここに、というか、なんで注文したの。
「そんな、犯罪者を見るような目で見ないで貰えないか?」
「え? あ、すいません」
「娘さんを夜中、一人にさせたなんてなったら、俺が専務にどやされるよ」
貴方から逃げてました、なんて言ったら、さすがに棘があり過ぎるかな。
でも事実、私はこの人から逃げたかっただけなんだけど。
「ホテル、綺月さんが使えばいいよ」
「私が……でも、それだと根取課長が」
「なに、俺はこのままここにいるか、もしくは近くの雀荘でも行って荒稼ぎしてくるさ」
普通に受け取れば、優しさなんだと思うんだけど。
でも、根取課長名義で予約してあるんだから、鍵なんか後でどうにでも出来るよね。
「ご親切にありがとうございます、ですが、私がここに残ります」
「そうかい? ……その、指輪の彼氏に申し訳ないって感じかな?」
右手の薬指にある指輪。
大樹がくれた大事な指輪。
絶対に、私は彼を裏切る訳にはいかない。
「お、注文したのが届いたか……とりあえず、乾杯だけはしておこうか」
「結構です、私一人で大丈夫ですから。根取課長が出ないのなら、私がここを去ります」
「ずいぶんな嫌われようだな、さっきの地主の家でのことを怒っているのかい?」
「……なんでもいいです。お金は払いますから、失礼します」
「まぁ待ちなって、一杯だけでいいんだ、俺の愚痴を聞いてくれればそれでいいから」
立ち上がろうとした手を、掴まれてしまった。
さっきも思ったけど、この人、力が凄い。
「ここは沖縄だぜ? いまだに表に出ないニュースがごまんとある場所なんだ。そんな中を綺月さん一人でぶらついて、無傷でいられるとは思えない。さっきも言ったけど、君に何かあったら俺が責任を取らされるんだ。一杯だけだから、安心して座っていて欲しい」
言っていることは理解できる。
私に何かあったらお父さんが黙っていない。
それに今の言葉、この人が何かをするっていう風にも受け取れる。
この店なら女の人もいるし、開けているから乱暴も出来そうにない。
ここにいるのが一番安全……かな。
「ほら、君が注文したサワーだってあるんだ、これぐらいは飲んでも罰は当たらないんじゃないか?」
「……わかりました、じゃあ、一杯だけですよ」
「ああ、それで充分だ」
一気に飲んですぐに終わらせてしまおう。
そのあとは注文したフライを摘まめばいい。
大樹に電話したい、助けてって言いたいよ。
(はぁ……梅酒は美味しいのになぁ)
さすがに全部は飲めなかった。
ジョッキの半分も飲めてないけど。
「……?」
何か、身体がおかしい。
「ヒック」
酔った? そんな、梅酒一杯も飲んでないのに。
熱い、とっても熱いし、なんか、変。
やだ、なにこれ、おかしい。
「どうしました? お酒、あまり強くなかったのでしょうか?」
「……っ、別に、大丈夫、れす」
「いやいや、様子がおかしいですよ? どこか具合が悪いのですか?」
私の肩に手が触れる、それだけで身体が委縮しちゃう。
指が震える、力が入らない。
やだ、なにこれ、おかしい、なに、これ。
「はっ……はぁっ…………はっ、はぅ…………うぅ」
「どうしました? 息が荒いようですが」
「……ふぅ、……ふぅ」
「ふむ、これはいけない。少し休んだ方が良さそうだ。君、タクシーを一台頼むよ」
テーブルに体が突っ伏しちゃう。
視界がぼやける、呼吸がまともに出来ない。
それと……なんでか分からないけど、とても興奮してる。
いやだ、なにこれ、なんなのこれ。
しかも……濡れてる、なんで。
「さ、タクシーが到着しましたよ、一人で立ち上がれますか?」
……っ、やだ、やだぁ。
「しょうがない人だ」
身体を引っ張りあげられて、そのまま抱きかかえられる。
抵抗したいのに、何も出来ない。
それに触られるだけで、普通の場所なのに、なんでか反応しちゃう。
やだ、やだやだやだやだ、やだって叫びたい、叫びたいのに、声も出ない。
「うー…………うー…………」
「大丈夫、安心してください、ホテルまで行くだけですから」
信じられない。
絶対にこれ、何か飲まされたんだ。
今まで大樹と一緒に何度もお酒飲んだけど、こんなことなったことない。
連れ込まれたら終わる、こんなの、嫌だよ。
タクシー、もう来てる。
いやだ、乗りたくないよ。
助けて。
「ちょっと待って下さい」
歩きが、止まった?
もう、あんまり見えない。
「彼女、僕の恋人なんです。離してもらえませんか」
大樹……。
次話『彼女がくれた警告』
明日の朝、投稿いたします。




