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メンヘラ彼女との別れ方。  作者: 書峰颯


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第五十話 大樹からのプレゼント

「ただいまー、あー、やっと帰ってこれたー」

「お帰り、沖縄大変だった?」

「うん、ぼちぼち、それよりも大樹(たいじゅ)


 楚乃芽(そのか)ったら、玄関に座り込んだまま両手を広げてきた。

 早く抱きしめて欲しい、そんな彼女の欲求には、素直に答えたい。


「はぁ、一番落ち着く」


 互いの肩に顔を沈めながら目を閉じる、それだけでなんだか嬉しくなるし、安心する。

 ずっとこうしていたいって思うけど、それじゃあ話が進まないから。

 離れ際に三回ほど唇を重ねた後、彼女はようやく、その場から立ち上がった。


「これ、大樹へのお土産ね」

「雪塩ちんすこうと、泡盛? 凄い、いろいろと買ってきたんだね」

「他にも、部署に配るのも買ったんだけど、それは会社直接配達にしちゃった」

「その方が楽でいいよね……それと、あの件は大丈夫だった?」


 あの件とはもちろん、根取(ねとり)課長の件だ。


 古木(こぼく)さんから教えてもらった情報によると、根取課長はかなり本気で楚乃芽を狙っているらしい。役職者会議の場にて、壮志郎(そうしろう)さんへと話しかけている根取課長を目撃したとの話も聞いているし、彼の本気度が伺えるというもの。


 正直なところ、沖縄に行ってほしくなかった。

 でも、それは完全に僕の我がままになってしまうし、彼女のキャリアを傷つけるものだ。


 だからこの一週間は、死ぬ気で我慢した。


 楚乃芽とは毎晩、夜から朝までビデオ電話で繋がっていたし、仕事中も連絡を取り合うようにしていたんだ。


 お陰様で、石田課長にはまた怒られたけど。


「ホテルは別にしてもらったし、二人きりになるのも極力避けてたからね。でも、結構な頻度で誘われたから、もうちょっと態度で示してもいいのかも。っていうか、もう全員に暴露したい、大樹と結婚したい、そうすればこんな下らない悩みなんかしなくても良くなるのに」


 楚乃芽の言葉は、間違いのない本心だろう。

 だからじゃないけど、僕の方でも対策になればと思い、これを用意したんだ。


「楚乃芽、手、出してもらえる?」

「手?」

「うん、右手」


 差し出された彼女の右手の薬指へと、僕はゆっくりと指輪を嵌める。

 途端、愚痴を零していた彼女の目が、どんどんと輝き始める。

 それはもう、可愛くて仕方がないぐらいに、輝きが止まらない。


「大樹、これ」

「決して高い物じゃないんだけど、右手の薬指に指輪があれば、根取課長も諦めてくれるかなって思ってさ。一応、恋人がいるっていうアピールには繋がるでしょ?」

「うん……うん! ありがとう、私これ、一生外さないから!」

「いや、エンゲージリング付けたら外してね」

「ええ!? 嫌だ、私これ一生付けてたい! 宝物にする!」


 指輪をあげてからというもの、楚乃芽は都度都度、笑顔で右手を眺めるようになった。

 楚乃芽の指輪は、社内でもちょっとした騒ぎになったらしい。

 誰が渡したのか、誰が恋人なのか、楚乃芽は全て、隠し通したらしいけどね。


 それからしばらくは、平穏な日々が続いていたのだけど。


「ちょっと、厄介な情報を仕入れたっすよ」

「厄介な情報?」

「はい、根取課長、リーシング部から綺月(きづき)係長を引き抜こうとしているみたいっす。用地部の砂渡(さと)さんの他、人事部の加須(かぞ)さんからも同様の話を聞きましたっす」


 古木(こぼく)さんからの情報は、信頼度が高い。

 楚乃芽を用地部へと引き抜く。

 その思惑は間違いなく、楚乃芽へと近づく為だ。


「それって現実になりそうなの?」

「人事権を持っているのは課長クラスからっすからね、可能性はゼロじゃないかと。ただ、リーシング部としても綺月係長を引き抜かれるのは痛いと思いますので、今すぐな話じゃないと思うんっすけどね」


 あまりいい話ではなかったことに、正直、不安を覚える。

 そしてその話が眉唾ものではなかったことを、楚乃芽から聞くことになった。


「私、また沖縄に行かなきゃいけないみたいなの」

「どうしてまた、この前行ってきたばかりじゃないか」


 二人だけの食事の最中、楚乃芽は目に見えて落胆しながら事情を語る。


「前回の時に私、集会所にも顔を出したのよね。土地活用の集会って、その土地の地主さんとか、集落を掌握している人が参加することがほとんどだから、顔を覚えて貰おうっていう考えで参加したんだけど」

「それで、その人たちがまた集まるから、楚乃芽にも来て欲しいってこと?」


 俯きながら上目遣いになり、眉をハの字にしながらも楚乃芽は寂し気に頷いた。


「今回来る人達が、モールとの幹線道路を結ぶ土地の地主さんなの。この人たちが首を横に振った瞬間に計画が頓挫しちゃうから、早めに買収契約を結びたいっていうのが、ウチの本音なのね。で、その話がまとまりそうだからって、また集まるみたいなんだけど」


 話に理不尽さは感じられない。

 普通に考えれば、将来の顧客との関係が良くなったと喜ぶ話なのだけれど。


「その場に、根取課長も」

「うん、来るよ。だって陣頭指揮取ってるの、根取課長だもん」


 嫌な話だけが、どんどん進んでいる気がする。

 僕の方は何ひとつ変わっていないというのに。


「そういえば古木さんから聞いたんだけど、楚乃芽、用地部に異動するって?」

「え、何それ、聞いたことないよ」

「なんか、根取課長が直接動いてるみたいで、人事の方にも話がいってるとか」


「うそうそ、そんなことになったら私すぐさま会社辞めるよ。今だって嫌なのに、これ以上近くなるとか耐えられないよ。今度、お父さんに相談してみる。社内環境としてどうなのって、文句言ってやるんだから」


 その後、楚乃芽から壮志郎さんに直談判し、社内通知にて、風紀を乱すようなことはしないよう、全社員に向けたお達しが流れたものの。流れただけで、楚乃芽の部署異動が消えたのかどうかまでは、以前不明なまま。


 そして時間だけが流れ、あっという間に、沖縄出発当日の朝を迎えてしまった。


「行きたくない」

「楚乃芽……」


「当日便で帰ってきちゃおうかな……なんて、私が言ってちゃダメだよね。安心してね大樹、催涙スプレーとかスタンガンとか、可能な限りの防衛手段を持っていくから。場合によっては殺しちゃうかも! なんてね……じゃあ、行ってくるね」


 悲し気な笑顔を残し、楚乃芽は沖縄へと向かう。

 二泊三日、出張としては短い部類に入る出張だけど。


(なんだろう……胸が、ざわつく)


 誰もいない部屋、楚乃芽がいた空気だけが残る部屋は。

 あの夏の日の部屋を、なぜか連想させた。




 ※綺月楚乃芽視点

――――――――――――――――――――――――


「この度はお招きいただき、誠にありがとうございます」


 以前開催した集会所ではなく、地主さんの家に私達は招かれた。

 会合には不動産会社の人も立ち合い、本格的な土地の売買の話が進む。


 参加したのは私と根取課長だけではなく、部長や副部長、更には執行役員も座列し、今回の話が単なる会合ではなく、社運を賭けたものなのだと理解できる。


「では、残る書類は社内にて精査し、また改めてご郵送させて頂きます。ご英断、誠にありがとうございました」


 滞りなく商談は終わり、無事、土地の所有権は会社へと移ったのだけど。

 家に招いたのだから、そういう意味だよねって分かってたけど。

 地主さんの家の大広間には、彩り鮮やかな料理が、すでに用意されてしまっていた。


「では、ご締結を祝しまして、簡単ではございますがお食事を用意させて頂きました。時間が許す限り、ごゆるりとなさって下さい。特に、根取さんと綺月さんにおかれましては、今回の立役者でもございますから、ぜひとも最後まで、お残りいただけたらと存じ上げます」


 本当は帰りたい。

 でも、トンボ帰りの上席と違い、私も根取課長もホテルを予約してある。

 時間が無いとは言えない以上、付き合わざるを得ない。

 それに、今いる地主さんたちはモール運営が始まった後も付き合いがある人たちなんだ。

 私の部署的にそっちが本命である以上、話はいろいろと聞かないといけないのだけど。


「根取君、そろそろ私達は失礼するから、後は宜しく頼むよ」

「はい、お任せ下さい」

「じゃあ綺月君も、後を宜しくね」


 いいなぁ……私も帰りたいよ。

 大樹の待つあの部屋に帰りたい。


 顔で笑って心で泣いて、おくびにも出さないように作り笑顔でなんとかやり過ごしているけど、隣に根取課長座ってるし、なんか無駄に近いし、もう逃げちゃおうかな。


「いやぁ、この地は若い人たちがみんな本土へと出ちまうもんだから、残ってるのがジジィとババァだらけになっちまってね。お二人みたいな若い男女が並んでいると、それだけで嬉しくなっちまうもんさ」

「そうだなぁ、なぁ根取さんや、もしかしてお二人はそういう仲だったりするのかい?」

「集会所でもずっと一緒だったもんなぁ、今も一緒だし、そうに決まってるべ!」


 地主さんたち、お酒が入って結構出来上がってきているのかも。

 沖縄のお酒、度数凄いもんな……でも、ちゃんと訂正しないと。


「違い「はい、実はそうなんですよ」」


 ……、え、何を言ってるの、この人。


「実は彼女のお父様が弊社の専務でして、僕は彼女にこき使われる立場だったりするんですよ。見ての通り美人ですし頭もいい、今回私がここにいられるのは、彼女のお陰だったりするんです。いやぁもう、頭が上がらない限りですよ」


「ああ、やっぱりそうかい! そうじゃないかと思ってたんだよねぇ!」

「カカア天下の方が家族円満だっつーからねぇ! じゃあ祝い酒っちゅーことで、もう一杯飲もうか! はいカンパーイ!」 


 どうしよう、訂正出来る雰囲気じゃない。

 でも、このままは不味い、無理にでも訂正しないと。


「あの」


 喋ろうとしたら、ぐっと、手を掴まれてしまった。


「綺月君、今はこのままの方がいい」

「でも、訂正しないと、洒落になってないですよ」


「どうせ酒の場だ、ご年配の方が多いし、明日には全員覚えていないさ。それならば、剣呑とした空気で終わった宴よりも、なんだか分からないけど楽しかった、という空気で終わらせた方が、後々に繋がると思わないか?」


「そうかも……ですけど」

「という訳でだ、今だけ芝居に付き合ってくれよ」


 私の肩を無理に引き寄せる。

 大きな手で、なんだかとても怖い。

 大樹のところに帰りたい。

 本当に、逃げちゃおうかな。

次話『魔の手』

文字数多くなったので二話に分けました。

本来一話でしたので、本日の昼頃投稿いたします。

※予約投稿済みです。

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― 新着の感想 ―
父親と距離を置かないと碌なことにならなさそうですね。 とても娘を思っての行動とは思えないし、同じ会社に入れて守ることもできてない。 この2人なら別の会社に行った方が活躍できるのに。
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