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メンヘラ彼女との別れ方。  作者: 書峰颯


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第四十九話 彼女こそが、俺の嫁にふさわしい。

根鳥(ねとり)葉佩(はばき)

 沖縄にある町役場にて、俺は老人相手ににこやかに話を進めていた。

 集まってくれたのは四十人弱、上出来と言えよう。


「以上が、今回の沖縄再開発事業の全体計画になります。予定では二〇四〇年、那覇から普天間へと延長されるモノレール運航開始に合わせて、弊社が手掛ける大型ショッピングモールを開業させる予定です。集客予想は図の通り、市内では四越百貨店が二〇一四年に閉店以降、地場産業のデパートメントが残るのみであり、弊社が手を挙げたことを、沖縄総合事務局の方々からも大変快く受け取っていただけております。求められるは最先端であり、かつ地元を守る企業です。ぜひとも所有する土地のご活用のご検討を、宜しくお願いいたします」


 沖縄再開発事業は、俺が入社前から存在する案件だ。

 前任者が用意したものを、俺は伝えるだけでいい。

 笑顔を絶やさず接していれば、大抵なんとかなる。


「今回も結構な人数が来てくれましたね、とんとん拍子に話が進んでくれればいいのですが」

「ああ、そうだね……というか、手伝わせてしまって済まなかったね」


「いえ、現場視察という名目の地域住民の調査が私の主な仕事ですから、結局ここの集会に顔を出した方が早いんです。根取課長は土地の買収が主な仕事ですものね。京都と同じく、沖縄も地域伝統を重んじる土地柄ですから、買収は大変でしょうが、ぜひとも成功させて下さい」


 笑顔を浮かべるだけで、こちらの苦労が報われた感じがする。

 リーシング部所属、綺月(きづき)楚乃芽(そのか)係長。

 専務取締役である綺月(きづき)壮志郎(そうしろう)の愛娘であり、約束された将来の持ち主だ。


 正直なところ、俺に伴侶は生涯不要だと考えていた。

 いるだけで足枷になる存在、それが俺にとっての女という認識だったのだが。


「根取君は、まだ独身なのかな?」

「三十歳? そろそろ身を固めないといけない年齢だな」

「男が独身で許されるのは三十五歳までだよ。未婚というだけで変な目で見られるからね」

「世間体の為にもこれからの出世の為にも、結婚をお勧めするよ」


 どうやら、男が独り身でいることを、世の中は良く思わないらしい。


 男がスーパーにて一人、買い物をしてるだけで奇異の視線を飛ばされるのだから、残念ながらこの話に嘘は無い。


 世の中の免罪符という形だけでも、結婚をした方がいいのだろう。

 だが、結婚とは人生の終着駅というのも、有名な言葉だ。


 生涯を一人の女に縛られ、他の女に手を出したが最後、法で裁かれる事になる。

 自由恋愛の末路、それが結婚だ。


 ならば、適当な相手というのは、あまり望ましくない。


 求めるは生活力、俺の稼ぎを当てにせずとも生活が可能であり、なおかつ俺のプライバシーへの口出しは一切しない。欲を言えば毎日抱きたくなるような容姿の持ち主であり、更に言えば、俺の出世街道への足掛かりになる存在がベストだ。


「根取、お前それ欲張り過ぎ。そんな女なんかいる訳ないだろ」


 以前、俺の欲望を友人に語ったところ、鼻で笑われて終わってしまった。

 そうだと思う、そんな女が世の中にいるはずがない。

 いるはずが、無かったんだ。


 数か月前、本社会議室にて、俺と彼女は出会った。


「リーシング部所属、綺月楚乃芽です。今回の人事発令にて係長へと就任いたしました。皆様、ご指導ご鞭撻のほど、宜しくお願いいたします」


 彼女がいるだけで、部屋の空気が変わった。

 他の部署の重鎮たちの顔が一発で緩む。

 無論、俺もそのうちの一人だ。


「綺月係長は、専務の娘さんなのですか?」

「はい、とはいえ父は放任主義ですので、私にあまり話しかけてくることはありません。そもそも国内にいることが少ないですからね、本当に同じ会社にいるのかなって、たまに疑問に思ってしまうくらいです。……あ、このこと、父には内緒にして下さいね」


 初めて会ったその日に確信した。

 この女こそが、俺の生涯の伴侶なのだと。


 三つ年下にはなるが、それだって全然、許容範囲内だ。


 聞けば、専務は奥様を事故で亡くしており、不在になった奥様の代わりに、彼女が家事も一人でこなしていたのだとか。


 仕事、家事、更には性格も容姿も良い。


 人は初めて会った時に良いところを三個見つければいい方だと言うが、彼女の場合は三つどころではない。


「なあ、砂渡(さと)君、ちょっといいかな?」

「なんですか?」

「リーシング部の綺月係長って、男の噂とか聞いたことあったりする?」

「なんですか課長、次は係長狙ってるんですか?」

「いいから、教えてくれよ」


「へいへい……まぁ、私の知る限りでは、綺月係長の周辺に男の存在は無いですね。意図的に誘いを避けているようにも見えますが、社内恋愛は出世に関わりますからね。専務の娘という立場もあるでしょうし、相手は選ぶんだと思いますよ」


 相手は選ぶ、俺と同じか。


「ありがとう、良ければ今度、一緒に食事でもどうかな?」

「結構です、課長と食事したら、お腹が必要以上に膨らむことになりそうですからね」


 まるで妊娠したと言わんがばかりに、お腹を撫でるジェスチャーをする。

 まったく失礼な部下だな、女を抱いた数は星の数ほどだが、妊娠させたことはないさ。

 適当な女が俺の血を受け継いだ子供を産むとか、想像しただけで身の毛がよだつ。


(しかし、相手が相手だ、先に外堀を埋めておくか)


 通常、どこの企業でも課長から上は幹部という扱いに変わる。

 幹部会議には必ず取締役が座列するのだから、そのタイミング狙えばいいだけのこと。


「綺月専務、個人的に、お時間を頂戴しても宜しいでしょうか?」

「個人的に?」

「はい、実は、綺月係長についてなのですが」


 娘の名前を出した途端、専務の表情が変わった。

 これは、箱入り娘の可能性が高い。

 手を出すには、相当の覚悟を必要とするだろう。

 だが、俺はもう踏み出してしまったんだ、止まる訳にはいかない。


 場を改め、後日、専務に呼び出された俺は、都内にある高級料亭へと足を運んだ。

 酒を一献(いっこん)、そして美味い(さかな)に表情を緩ませた後、本題へと入る。


「ふむ、娘を嫁に欲しいと」

「まだそこまでは言っておりませんが」

「根取君の年齢を加味すれば、そういう意味になるのではないのかな?」

「……まぁ、そうですね。そういう意味になります」

「ふむ……」


 専務は腕を組むと、ふさぎ込み、自身の顎を摩り始めた。


 これはアレだな、営業的に見る必要な沈黙という奴だ。

 思案している相手の邪魔をすることなく、沈黙を楽しむ。

 営業に必要なスキルのひとつ、ここを邪魔するような奴は、二流もいいところだ。


「ただ」


 長い沈黙の後、専務はゆっくりと喋り始める。


「君が相手で、娘が笑顔になるのだろうか?」

「それはもちろん、私以外、彼女を幸せに出来る男はいませんよ」

「……ふむ、なるほど」


 自分が独り身だから、娘にだけは幸せになって欲しい。

 典型的な親バカ目線もあるのだろうが、それ以上に過保護な感じはする。


「わかった、娘ももう大人だ、根取君の好きなようにしたらいい」

「――っ! ありがとうござます!」

「くれぐれも、娘を泣かせることのないよう、宜しく頼むよ」


 その後、沖縄への視察に彼女が加わると耳にし、俺は外堀が埋まったことを確信した。

 あとは当の本人を、その気にさせるだけなのだが。




 集会の片付けも終わったあたりで、声を掛けてみることに。

 半袖にパンツというケレン味の無い服装なのに、それだけで艶っぽくて良い。


「綺月係長、今晩一杯どうでしょうか?」

「え? ああ、すみません、私、そういうお誘いは全てお断りしておりまして」

「そうなのかい? やはり、綺月係長は人気者なんだね」

「そんな、人気者とか……」


 髪を耳にかけ、視線を逸らしながらも苦笑する。

 親の七光り、とでも思っているのだろう。


 そんなの、ネックに感じることもないだろうに。 

 使えるものは何もかも使えばいい、その方が人生楽だし、楽しめるものさ。


 がっつくこともせず、その場は笑顔で解散とする。


(しかし、沖縄の夜で一人とは、さすがに寂しいものだな)


 店の女を抱きたいとは思わない、外を歩き、抱きたい女は自らの手で漁り取る。

 適当に道を歩いていると、一人の女と目があった。

 男女の駆け引きなんざ、それだけで充分だ。


「お兄さん、これ、使ってもいい?」

「……錠剤? 何かの薬か?」


「基地の人から貰った興奮剤でね、これを使ってセックスすると、信じられないぐらい気持ち良くなれるの。アタシ、完全にこれにはまっちゃってさ。ああ、お兄さんは飲まなくていいよ、私が気持ちよくなりたいだけだからさ」


 飲むのは勘弁願いたいが、相手が飲む分には構わない。

 精力剤や興奮剤、そういった媚薬の類は大抵が偽薬、プラセボ効果と呼ばれるものなのだが。


(これは、凄いな)


 その薬の効果は想像以上だった。 

 飲んですぐ女は漏らし始め、触れるだけで全身を震わせる。

 最終的には痙攣させながら意識を飛ばしてしまったのだから、想像以上だ。


「なぁ、この薬、俺にも売ってくれないか?」

「いいけど、結構高いよ?」

「構わないさ、今ある分だけを現金で購入させて貰うよ」


 一期一会、繋がりを残そうとは思わない。

 女がその日持っていた錠剤は十錠、これだけあれば充分だろう。

 念のため、翌日も別の女を誘い、飲み物に錠剤を混ぜて飲ませてみたところ。


「あああ、ああああああああっ!」


 平凡そうな女が痴態を露わにする、この薬、本物だ。

 面白い玩具を手に入れた。

 そしてこれは、ある種の武器にもなる。

 残り九錠、大切に使うとするか。

次話『僕からのプレゼント』

明日の昼頃、投稿いたします。

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