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メンヘラ彼女との別れ方。  作者: 書峰颯


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第四十六話 私の生きる道

※綺月瑠香視点

 お兄ちゃんの結婚式をぶち壊してから数日後。


「瑠香、神無組(かんなぐみ)というところから請求書が送られてきたのだけど」


 支払いの催促がなぜか私ではなく、お父さんのところに直接入ってしまい、私の蛮行は即座にバレることに。請求額は合計で一千万円、分割で支払うといくらになるのか、そもそも分割なんて出来るのか。


 呼び出された私は、お父さんの待つ実家へと、車を走らせた。


「とりあえず、説明を」


 お父さん相手に嘘を付くつもりはなかった。 


 勝手にパソコンをいじったこと、結婚式のことを一言も伝えなかったこと。

 式をぶち壊したこと、お兄ちゃんの結婚式が許せなかったこと。


 全てを赤裸々に伝えると、お父さんは腕を組み、黙り込んだ。


 お姉ちゃんが言っていたんだ、お父さんには独特の間があるって。

 きっと、いろいろと考えているのだと思う。


(これで縁切りかな)


 私だって既に二十三歳なんだ、大人としての責任を取らないといけない。


 一千万円か、頑張れば十年ぐらいで払い終わるかな。

 場合によっては、夜の仕事もしないといけないかも。


 天音お姉ちゃんみたいな身体だったら、あっという間に終わりそうだけど。

 悲しいかな、私にはあの豊満な胸も、男を誘うお尻も備わっていない。


 愛嬌だけは、あるつもりだけどね。


「ふむ、わかった」


 ん、お父さんの答えが出たみたい。

 受け入れよう、どんな結果でも、私が選んだのだから。


「ならば、この一千万円は私の方で立て替えておこうか」

「……え?」


 瞬きを必要以上にする。

 一瞬、聞き間違えたのかと思った。


 一千万円を立て替える? 

 そんな簡単に結論出すこと出来るの?


「驚くことはあるまい、支払いさえすれば先方は訴えることなく示談で済ませると言ってきているのだ。金で解決できる問題は金で解決すればいいだけのこと。ただ、そうだね、一点、瑠香には約束を守ってもらいたいと思う」


「約束、ですか」


「うん。実兄、渡会流星との絶縁。今後彼から何かしら連絡があった場合には、私へと必ず報告を入れること。それさえ守ってもらえれば、今回のことは不問とするよ」


「不問って、そんな」

「不服かな?」

「ううん、不服じゃない。でも、軽すぎませんか、一千万円ですよ?」


 私の手取りが月二十万、つまりは五十ヵ月、四年分に相当する。

 それを絶縁ひとつで終わりとか、ぬる過ぎる。


 それにお兄ちゃんとは自分から絶縁するつもりだったんだ。

 言い換えれば、その罰は無いに等しい。


「普通なら、親子の縁を切ってもおかしくないです」


 私は養子なんだ、血の繋がりがない他人でしかないのに。

 昔から思っていたけど、お父さんは優しい、優しすぎるよ。

 私のことを、楚乃芽お姉ちゃんと同じ、実の娘みたいに――――


「ふむ、勘違いして欲しくないのだけれど」


 泣きそうになっていると、お父さんは首をかしげ、眉を少しだけ(ひそ)めた。


「瑠香と親子の縁を切ってしまうと、楚乃芽が悲しむからね」


(え?)


「……それが理由、ですか?」


「ああ、それだけだよ? 瑠香との養子縁組は協議離縁という形を取れば、いつだって親子関係を解消できる。ただ、それをしてしまうと楚乃芽にこっぴどく怒られてしまうのが目に見えているからね。私はね瑠香、楚乃芽にだけは、悲しい思いをさせたくはないんだ」


 涙の意味が変わる。

 

 私との縁を切らないのは、楚乃芽お姉ちゃんを怒らせたくないから。

 この人は、楚乃芽お姉ちゃんのことしか考えていない。


 その時、ようやく私は理解する。

 私を引き取ったのも、楚乃芽お姉ちゃんが喜ぶからなのだと。


「ああ、そうそう、今回の結婚式、楚乃芽と大樹君に知らせなくて本当に良かったよ。あの二人も渡会君に思うところがあるだろうからね。瑠香と一緒になって殴りこみ、楚乃芽が怪我でもしていたらと思うと、いやいや、その点に限っていえば、良い判断だったと言えるよ」


 笑顔を浮かべ、乾いた拍手を私へと送る。


 なるほど、と思った。


 綺月壮志郎が求めるのは、楚乃芽お姉ちゃんが喜ぶお人形としての私なんだ。


 楚乃芽お姉ちゃんが喜ぶ限り、私はどんなことをしても許される。

 逆を言えば、楚乃芽お姉ちゃんが要らないと言えば、私はすぐさま捨てられるんだ。

 親子としての情なんて、私には微塵も与えられていない。


 浅く深呼吸をし、瞳を壮志郎さんへと向ける。


「立て替えてくれた一千万円、いつか必ずお返しします」

「ん、無理はしなくていいからね。一千万ぐらい、大した金額じゃないのだから」


 人としてのレベルが違う。

 この人から逃げるとかは、考えない方がいい。


「失礼しました」


 お人形でいられるのなら、お人形でいた方が、きっと幸せだから。 


 でも、なんかちょっと。

 ちょっとだけ、悲しくなっちゃうな。




 それから数日後、家で一人くつろいでいると、家の呼び鈴が鳴った。

 出てみると、そこには金髪をポニーテールにした女の人が一人。


 スーツ姿に薄いお化粧、キツネみたいな目をしているけど。

 こんな人、知り合いにいたっけ?


「あ、すいません、私、神無組の神無(かんな)清姫(きよひめ)なのですが」

「神無……あ、お兄ちゃんの新婦さん」


「はい! あの、ご請求先をウチの会計が間違えたみたいで、いきなりお父様に送ってしまったみたいでして、あの、即日現金を振り込み頂きウチとしては大助かりなのですが、やらかしはやらかしですので、綺月様にも一度謝罪を入れないとと思いまして、はい」


 やたらと低姿勢でヘコヘコ頭を下げてくる。

 そっか、壮志郎さん、もう一千万円支払ったんだ。


(ふぅ)


 痒くもない頭をぽりぽりと掻いて、軽くため息をついた。


「あの」

「はい!」

「ここだと(なん)ですので、中に入ってお話しませんか?」

「え」


 神無さん、嫌そうにしているけど。

 今は、私の方が立場が上だから。


「麦茶しかなくてすいません」

「いえいえ……あの、お話とは?」


 嘘みたいに敬語、椅子に座っても背筋がピンって伸びてるし。


(お話か) 


 椅子に座り、どこでもない場所を見た後、まっすぐに神無さんを見る。

 この人は暴走族のリーダーもしていたし、今や女社長として第一線で活躍しているんだ。

 結婚式を壊されたのに動揺もせず、その場にいる人たちへと的確に指示を出した。


「実は私、先日勤め先を退職したんです」

「え、そうだったのですか」

「はい、父の……壮志郎さんの七光りで入社したようなものでしたので」


 退職する時、上司や社長が止めに入ったのも、壮志郎さんの影響を恐れてのことだと思う。

 新入社員なのに全員お辞儀してくるし、全員丁寧語だったし。


 それはつまり、あの会社の誰一人として、綺月瑠香としての私を見ていなかったんだ。

 全員が私の背後、綺月壮志郎を恐れ、接していた。


「あの、神無さん……兄はまだ、そちらに在籍しているのでしょうか?」

「……いや、流星さんはあの事件の後、姿を消してしまいまして」


 お兄ちゃん、また逃げたんだ。


「ウチって建設関係の会社なんですけど、元レディースが多いんです。つまり社員のほとんどが女の会社でして、結構業界では珍しい会社だったりするんですよね。で、何が言いたいかというと、天音さん……でしたっけ? 彼女を寝取り自殺まで追い込んだ流星さんを許せないっていう社員が多くいまして、恐らく私の目が届かない場所で、まぁ、それなりのことがあったのかなって思いまして、はい」


 なるほど、天音ちゃんを思って、皆が女の敵を追い出したって感じなのかな。

 それってつまり、私と同じことをしたってことだよね。

 レディースが多い会社か……。


「あの、神無さん」

「はい」

「先ほど言いました通り、私、無職なんですよね」

「はぁ」


 手のひらを自分の胸に当て、神無さんへと向け身を乗り出す。


「ですので……私を、神無組で雇ってはいただけないでしょうか?」

「え」

「私も、神無さんの下で女を磨きたいんです。よろしくお願いします!」

「え? いや、まぁ、ウチは別に構いませんけど……お父様、大丈夫です?」

「全然大丈夫です! 壮志郎さんは私のこと、お人形としか思っていませんから!」


 無駄な抵抗かもしれないけど。

 私は、お人形さんのままじゃ嫌だから。


 神無さん、姿勢と表情を崩すと、テーブルに肘をついて口角を上げてくれた。


「なんだかわかりませんけど、ウチは大歓迎ですよ。なんて言ったって、アタシの結婚式をぶち壊してくれたんですからね。瑠香ちゃんの胆力、見上げたもんだって皆言ってましたから。ウチのチームに現役で欲しかったくらいですよ」


「暴走族はちょっと……でも、ありがとうございます!」


 壮志郎さんの娘としての私ではなくて。

 一人の女として、私を受け入れてくれる。


 なんでかな、これでようやく、大人としての第一歩を踏み出した感じがするよ。


 いつかは一千万円も返して、完全にお人形さんから脱してやるんだから。

 そしていつの日か、壮志郎さんに認めて貰うんだ。


 楚乃芽お姉ちゃんの人形じゃない。

 壮志郎さんの娘である、私のことを。

次話『五年後の僕ら』

明日の昼頃、投稿いたします。

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