第四十五話 兄を殴る。
※綺月瑠香視点
『よう、久しぶりだな。渋谷のハンバーガー屋以来か?』
映像が流れた途端、式場にどよめきが走った。
この動画が何の動画か、お兄ちゃんはすぐに気づいたみたい。
「消せ! 今すぐこの動画を消せ!」
そうだね、今すぐ消せばチンタラ喋ってる画面のままだもんね。
でもね、その為に消さないように念を押したし、動画の編集だってしたんだ。
無駄な場面は削除して、大樹お兄さんの名前を呼んでいる部分も全部カットした。
実の兄の性行為を何時間も見続けることになるとか、結構な苦痛だったよ。
『あ、ちょっと……これ、本当に録画してるの?』
いきなり裸の天音ちゃんが映し出されると、どよめきが消える。
水を打ったような静けさの中、お兄ちゃんですら、映像の天音ちゃんに釘付けになった。
(やっぱり綺麗だな……天音お姉ちゃん)
私も一緒だ。
記憶のままの天音お姉ちゃんが出てきて、視線を逸らすことが出来ない。
涙で視界が滲んでも、それでも見続けちゃうよ。
『いいんだよ、俺は隠し事が嫌いだからな。という訳でだ、これからお前の彼女……じゃないんだっけ? 同居人って奴か? まぁなんでもいいけど。とりあえず天音を抱くからよ、しっかり見ておけよな。ほら、天音からも何か言ってやれよ』
『これまでありがとうね。私はもう、大丈夫だから。これから流星君と幸せになるから…………身体良くなって、良い人と幸せになってね。……さようなら』
『じゃあ、もういいよな』
『うん』
『最後の最後だ、SDカードの容量限界まで、見せつけてやろうぜ』
会話が終わると、二人は見せつけるようにセックスをし始める。
さすがにそこで不味いと判断されたのか、画面が消えて照明が戻った。
「なに今の映像」
「あの女って誰?」
「寝取り動画ってやつ? 初めてみたかも」
「っていうか、今のって新郎なんじゃないの?」
いろいろな人たちがごちゃごちゃ騒いでる中、私の下へとお兄ちゃんが走ってきて、物凄い勢いで胸倉をつかみ上げてきた。
「お前、一体何考えてんだよ!」
殴りつける勢いだったけど、さすがにそれはしないみたい。
前科一犯だもんね、さすがに出来ないか。
一拍おいて、一呼吸してから、私はお兄ちゃんを睨み返す。
「そのセリフは、こっちのセリフだよ、お兄ちゃん」
「ああッ!?」
「お兄ちゃんのせいで天音ちゃんがどうなったのか、知ってる?」
「知らねぇよ! あんな女、どうだっていいだろうがッ!」
「全然良くないよ」
「はぁ!?」
あんな女? どうだっていい?
歯を食いしばって、怒りでどうにかなりそうな感情のまま、全部をさらけ出す。
「全然良くないって言ってんだよ! お前のせいで天音ちゃんは死んじゃったんだからね!? 精神壊して何も食べられなくなって、餓死して死んだんだよ! 全部お前のせいなんだよ! お前が天音ちゃんの幸せの何もかもを奪い取ったから! だから!」
一歩踏み込み、腰を捻りながら。
強く握り締めた拳をお兄ちゃんの顔に――ゴッッ!――という音と共に、叩き込んだ。
「もう二度と、お前が幸せになる権利なんかねぇんだよ!」
全力だった、何もかも限界だった。
こんなのを、天音ちゃんが望んでいる訳がない。
でも、私がこの男を許せないから。
「天音の奴……死んだのか?」
床に倒れこみ、そのままの姿勢で私を見上げる。
心の底から情けないと思う、こんな人が実の兄だなんて。
「同じことを、二度も言わせないで」
言うと、お兄ちゃんは何も言わず、俯いたまま何も喋らなくなった。
天音ちゃんのこと、知らなかったんだろうね。
なら、今日はそれが知れて良かったじゃない。
「帰るね」
衆目の中、映写機まで向かい、刺さっていたUSBを抜き取り、そのまま地面に叩きつけた。
二度三度と踏みつけ、粉々に砕け散ったのを確認した後、式場を去ろうとしたのだけど。
「ちょっと待ちなよ、結婚式ぶち壊して、そのまま帰れると思ってんの?」
物凄い目をした新婦に、腕を掴まれてしまった。
「こっちは親族全員恥かいてんだけど」
「責任は取ります」
「ふぅん、結構、高くつくと思うけど?」
「構いません、一生懸けてでも支払いますから」
「へぇ、さすが、良いとこのご令嬢は気風の良さが違うね」
別に、私がご令嬢な訳じゃないけど。
新婦さん、腕を離してくれたけど、そのまま私の前で仁王立ちする。
ウエディングドレス姿で仁王立ちとか、なんか圧が凄い。
「私、一応社長やっててさ、今日の結婚式に取引先の人達も来てもらってんだよね。損害賠償の他に慰謝料、式場から営業妨害とか訴えられると思うけど、そこら辺も覚悟してるってことでいいんだよね?」
「はい」
「そ、わかった。じゃあアンタはこれで終わりでいいや」
それぐらいの覚悟はしてた。
就職して一年目だし、刑事事件になれば退職することになると思うけど。
もしかしたら、お父さんからも縁を切られちゃうかもしれないな。
でも、後悔はないから。
「さてと」
新婦さん、そのままお兄ちゃんの方へと向かうと。
「フンッ!」
なんと、ドレス姿のまま、お兄ちゃんのことを思いっきり蹴り飛ばした。
「ぐぶぶぇッ!」
パンパンに膨らませた風船から一気に空気を出すような声を出しながら、お兄ちゃんは床を滑っていき、テーブルに激突してようやく止まった。
相当な威力だったのか、お兄ちゃん、立ち上がることが出来ないみたい。
咳き込むお兄ちゃんへと歩み寄ると、新婦さん、そのまま何度も足蹴にした。
結婚するんだよね? って、疑問に感じちゃうくらいのレベルで蹴り続けてる。
「ふぅ……まぁ、こんなもんか」
ウエディングドレスが返り血を浴びている。
お兄ちゃんは床に蹲ったまま、立ち上がろうとしない。
驚いていると、新婦さんの目が私へと向けられた。
「瑠香ちゃんって言ったっけ?」
「え? あ、はい」
「逃げたらお前もこうなるから、気を付けてね」
お兄ちゃん、起き上がってこないけど。
もしかして、死んでる?
新婦さん、悠然と式場の中を歩き、進行の人からマイクを奪い取った。
「という訳ですので、式は中止です。本日使用した交通費諸々、全てそこの妹さんが支払いますので、後日請求をお願いします。個々での請求は面倒でしょうから、ウチが窓口になりますので、お手数ですが宜しくお願いいたします」
静寂。
あまりの静けさに、私も動くことが出来ない。
「あの」
そんな中、誰かが新婦さんへと挙手をした。
「結局、結婚は」
「する訳ないだろ」
言うと、新婦さんは近くの椅子に座り込んだ。
「一人の女の子を追い詰めて寝取られ動画に付き合わせて、それでいて捨てられてその子が亡くなったんだろ? 妹さんがどれだけの覚悟を持ってここまで来たのかを汲んでやれば、本当は全ての請求だって流星にしたいくらいだ。でも、コイツは金が無いからね。もう一度アタシのところで鍛え直して、それから追い出すことにするよ」
呆けたまま新婦さんを眺める。
もしかしてこの人、いい人?
物凄く乱暴者で、ちょっと近寄りがたい感じだけど。
「はい、という訳で解散! 飲みたい奴らだけで二次会やるから! あ、暴走爆裂天使のメンバーはそのまま居残りな! これ元リーダーの命令だから、おめえら分かってるよなァッ!?」
「「「はいッ!!」」」
類友の女の人達が応援団みたいに後ろ手にして返事をしているけど。
暴走爆裂天使? 暴走族だったってこと?
なんか、物凄い人たちと関わっちゃったのかな。
なんていうか、世界が違う。
支払いだけは、しっかりしないと。
次話『私の生きる道』
明日の昼頃、投稿いたします。




