第四十四話 お前が幸せになる権利なんかねぇから!
※綺月瑠香視点
お兄ちゃんの結婚式の招待状、それと実家のカードキーを手に、私は家を出た。
どうやって私の家の住所を知ったのか。
気にはなったけど、別に隠している訳ではないし、調べようと思えばすぐに分かること。
お兄ちゃんは私が綺月家の人間になったことを知っている。
そこから辿れば、興信所あたりに依頼すればいいだけのことだ。
わざわざ調べて招待状を送る。
妹想いの兄らしいやり方だと、思えるのだけど。
車を運転し、お父さんと住んでいたマンションへと向かう。
タッチ式の鍵、このカードを持っているのは、私とお父さん、それとお姉ちゃんだけだ。
「ただいま……」
言ったものの、返事はない。
土日だったけど、予想通り、お父さんの姿はなかった。
お姉ちゃんも言っていたけど、お父さんは出張がかなり多い。
最近だと海外まで仕事をしに行っているのだから、一週間不在だってよくあること。
無人の家、だけどお父さんは、私やお姉ちゃんがいつでも帰ってこれるようにと、この家をそのままの状態で残してくれている。無論、お父さんが使用している書斎や、プライベートルームも、そのままの状態でだ。
お父さんの部屋、そこには一台のノートパソコンが置いてある。
仕事を家に持ち帰ることは無いから、このパソコンは完全に私用のはず。
開いてみると、モニターにはパスワードを求める画面が表示された。
「……」
昔、一緒に住んでいた頃、お父さんがリビングでこのパソコンを操作していたことがあった。モニターを開き、キーボードを叩く音を、何回か聞いたことがある。その時に聞いた音の回数は七回、そんなに長くないし、リズム的にはトトン、トトトン、トトン、だった。
誰かの名前の可能性がとても高い。
楚乃芽、だと六回だし、生年月日ならもっと長い。
だから残る可能性は、一人だけ。
(YOSHINO……あ、開いた)
やっぱりだ。
事故で亡くなってしまった、奥さんの名前。
家族愛が深いお父さんらしいパスワードだなって、表情が緩む。
(まぁ、仕事用じゃないからこそ、簡単なパスワードなんだろうけど)
開いた後、すぐさま目的の物を探し始める。
性格かな、ファイル名に日付がしっかりと書いてあったから、見つけるのは簡単だった。
それをUSBに保存し、私はパソコンの操作履歴を消去して、それから家を後にした。
後日、私は招待状に書かれた住所へと、足を運んだ。
(結婚式会場なのに、なんだか安っぽい建物ね)
ホテルとかチャペルではなく、外見からして普通のレストランっぽい建物。
誰でも出入り自由、安い結婚式で調べたら出てきそうな感じの会場に、軽く嘆息をつく。
中に入ると、受付のところにお兄ちゃんの姿があった。
新郎らしい白のスーツに、磨かれた革靴。
どうやら、本当に結婚するらしい。
「瑠香……瑠香! 来てくれてありがとう、瑠香!」
名前を呼びながら抱き着いてきたから、とりあえずはそのままにさせた。
お兄ちゃんと会うのは六年ぶりだけど、あまり変わっていない。
坊主だった頭が、今は少し伸びてオールバックにしている。
変わったと言えるのは、その程度かな。
抱きしめられていると、見知らぬ女の人が私達に声を掛けてきた。
「なに、今日結婚式なのに浮気してるの?」
「バカ、違うよ。妹の瑠香だよ。話しただろ?」
「ああ、あのお金かけてまで探した妹さん」
この人が新婦さん? 金色に染め上げたウルフヘアとか、お兄ちゃんの趣味じゃなさそう。
「でもまぁ、お金持ちの家の養子になったんでしょ? ご祝儀、期待してるからね」
背が高いな。
頭ぽんぽんされた時に、タバコの臭いが鼻に降りてきた。
臭いし綺麗じゃないしスタイルも悪いし性格も悪そう。
私をからかった後、その人は類は友を呼ぶって感じの集団に入っていったけど。
「ああ見えて結構いい女だからさ、気を悪くしないでくれな」
結構いい女? どこが?
あんなの、天音ちゃんの爪の垢よりも下だと思うけど?
胸倉掴んで言ってやりたかったけど、そこはぐっと堪える。
「ねぇ、お兄ちゃん」
「ん?」
「天音ちゃんって、覚えてる?」
「あまね? 誰だそれ? 瑠香の友達か?」
覚えてない、の?
ああ、ダメだ、顔に出そう。
今はダメ、今は我慢。
「友達は悪いが数に入れてないんだ、もし来てるようなら断っておいてくれな。渡すお土産とか、数がズレちゃうからさ。あと、今日のこと、綺月の親父さんには」
「言ってない、伝えたら絶対に行くなって言われるから」
「まぁ、そうだろうな。アイツのせいでかなり苦労したからな……今の俺がこうして職に付けているのも、彼女がいてくれたおかげだからさ。結構な恋愛結婚なんだぜ? 時間があったら瑠香にも教えてやるから。それと」
受付においてあったスマートフォンを手にすると、お兄ちゃんはLimeを起動させた。
「今日をきっかけに、俺たちの連絡先をもう一度交換しないか? 養子にはなっちまったけど、俺と瑠香は血が繋がった兄妹だからさ。やっぱり、兄妹なのに連絡先すら分からないっていうのは、どうかと思うんだよな」
お兄ちゃんの連絡先は、天音ちゃんのお墓に行った時に、全部削除している。
自分で買った新しいスマートフォンの番号だって、お兄ちゃんには伝えていない。
連絡先を交換する。
以前なら喜んでしたと思う。
でもね。
「結婚式が終わったらね」
作った笑顔で返事をする。
今のお兄ちゃんとは、繋がりを戻したいって、これっぽっちも思えないよ。
「お、そうか? まぁ、そうだな、俺も忙しいし。じゃあ、また後でな。料理とかすっげぇ美味しいから、楽しみにしてろよ」
プランナーの人に名前を呼ばれて、お兄ちゃんは姿を消した。
(お兄ちゃん、天音ちゃんのこと、覚えてないんだ)
六年前の今日に何を食べたかと聞かれたら、さすがに答えることは出来ない。
でも、六年前の今日に誰と住んでいたかは、答えることが出来る。
綺麗で優しくて、誰よりもお兄ちゃんを愛していた人のことを、私は覚えているよ。
「あ、すいません」
いろいろと悩みもした、どう転んでも実の兄なのだから、果たしてそれが正解なのか。
「これ、披露宴の時に、妹からのプレゼントとしてお願いします。サプライズですので、直前まで誰にも言わないでください。動画なのでちょっと驚くかもしれませんが、そのまま流して大丈夫ですから」
でも、この選択が間違いじゃないって、心の底から理解したよ。
お兄ちゃんはやっぱり、罰を受けるべきなんだ。
「新郎新婦のご入場です」
おごそかな雰囲気の中、二人は姿を露わす。
沢山の拍手と共に式場を歩く二人は、そのまま用意された席へと座った。
結婚式会場には、思っていたよりも多くの人が参列していた。
私の席は式場の末席、すみっこの方。
両親もいないし親戚も誰もいないのだから、当然といえば当然の場所だ。
最前席には新婦の親族が並び、友人も新婦関係が多い。
お兄ちゃんの立ち位置は、まるで婿養子になったみたいに感じる。
実際にそうなのかも。
立ち話を聞いたところ、就職先の娘さんと結婚するみたいだし。
「では、新たな家庭を築くお二人に、先輩として三つの袋についてお話をしたいと思います。まずひとつ目、奥様のトートバッグは頻繁に新しい物を用意してあげて下さい。妻の笑顔は家庭の笑顔と言いますから――――」
ゲラゲラと笑い声が聞こえてきた。
お兄ちゃん、苦笑しながらも拍手を送っている。
ここまで来るのに、どれだけの努力をしたのか知らないけど。
そうだとしても、私は素直にお祝いすることなんて、出来そうにないよ。
「続きまして、新郎の妹様、綺月瑠香様より、映像によるサプライズプレゼントです」
場内が暗くなり、壁一面を覆うようなスクリーンが天井から降りてきた。
薄暗い会場の中、参列者全員の視線が向けられている。
これから起こることを、きっとお兄ちゃんは許さないと思う。
大樹お兄さんも、楚乃芽お姉ちゃんも、お父さんも、全員が私の行動を否定するはずだ。
だから、誰にも言わずに、ここまで一人できた。
私一人くらい、天音お姉ちゃんの為に動かないと。
そうじゃないと、天音お姉ちゃんが可哀想過ぎるから。
スクリーンに投影が始まると、おしゃべりも消える。
お兄ちゃんの昔とか、この場にいる誰もが知らないよね。
だから教えてあげるんだ。
昔のお兄ちゃんが、何をしたのか。
『よう、久しぶりだな。渋谷のハンバーガー屋以来か?』
お兄ちゃん。
お兄ちゃんにはもう。
幸せになる権利なんて、ないんだよ。
次話『兄を殴る』
明日の昼頃、投稿いたします。




