第四十三話 惜別
天音の葬儀は、家族だけで執り行われた。
ご両親だけで、一人娘の葬儀を行う。
それがどれだけの悲しみに包まれたものなのか、僕には想像も出来ない。
どんな形であれ生きていて欲しかった、それが、ご両親の望みだったはずなのだから。
十一月某日、僕達は楚乃芽の運転する車にて、天音が眠る霊園へと向かっていた。
葬儀への参列は許されなかったけど、お墓参りぐらいは行きたい。
僕達の我がままを母さんにぶつけた結果、母さんは霊園の住所を教えてくれた。
「天音ちゃんが亡くなったのは、この町に住む全員の責任でもあるの。家にいる時に何度も助けてって天音ちゃんは叫んでいたのに、私達はそれを当然の如く無視をしてしまったから。もし、あの時誰か一人でも天音ちゃんの為に動いていたらと思うと、やりきれなくなっちゃってね。ご両親は嫌がるかもだけど、きっと天音ちゃんも、大樹に来て欲しいと思うから」
電話越しでも分かるぐらいに、母さんは落ち込んでいた。
後悔という言葉が、町全体を包み込んでいるとも。
あの町は、小さな町だから。
大人たちは全員繋がっているし、子供たちのことを全員が見守っていたから。
起きてしまった悲劇は、否が応でも、責任という形で圧し掛かってくる。
「到着したよ、大樹、瑠香ちゃん、花束とお菓子、忘れずにね」
後部座席に座っていた瑠香ちゃんは、楚乃芽に言われた通り、積んであった花束を手にすると、自らの足でお墓へと向かった。
聞けば、僅かな時間だけど、天音と一緒に暮らしていたとのこと。
亡くなったと聞き、彼女も沢山泣いたのだとか。
「瑠香ちゃんから見たら、天音ちゃんもお姉ちゃんだったから」
高校生二年生の時に母親を亡くし、そして大学二年生になった今、姉を亡くした。
その前には、父親すらをも亡くしてしまっている。
喪服を着慣れるには早すぎる年齢、けれども悲しいかな、彼女の喪服姿は様になっていた。
「わっ、天音ちゃんのお墓、お花と飲み物がいっぱいだね」
葬儀から既に一か月は経過している。
ご家族が持ってきたにしては多すぎる量だ。
町の人達の贖罪、それが形となって、天音の墓前に供えられている。
葬儀に参加出来なかった分、墓前に供えてあげたい。
悔やんでも悔やみきれない思いが、形となっているように見えた。
「さて……僕達の分を、どこに置こうか」
花に関しては、枯れかけている花を除くことで、花立に活けることが出来た。
でも、飲み物やお菓子に関しては、置く場所が見当たらない。
どうしようかと悩んでいると、瑠香ちゃんがおもむろに、お菓子を開封した。
「本来、お供え物って、亡くなった人と楽しむ為に持ってくるものなんです。だからこうして、墓前で食すのが一番正しい形なんですよ」
「あ、それ何かで聞いたことある。お供え物のお下がりって言うんだよね」
「はい、さすが楚乃芽お姉ちゃん、博識ですね。という訳で、お兄さんもどうぞ」
手渡されたのは、天音が渋谷で飲んでいたウーロン茶だ。
あの日の天音の笑顔が思い浮かんできて、ちょっと、簡単には封を開けることが出来ない。
あの日、渋谷に行かなければ、僕は楚乃芽と再会することもなかった。
(あの時はなんで渋谷に行ったんだっけ)
そんなことを考えていると、僕の手からウーロン茶が消えた。
「お兄さん、ダメですよそんな顔してちゃ」
「ごめん、ちょっと、考えごと」
「私だって無理してるんですから、お兄さんも頑張って下さい」
開封されたウーロン茶を瑠香ちゃんから手渡されると、僕も一口、口に含んだ。
「良い人、だったよね」
楚乃芽がコーヒーを片手に、天音の墓に触れる。
「中学生の頃ね、大樹と私、仲が悪かった時があったでしょ?」
「……そんな時あったっけ?」
「あったじゃない、ほら、彼の話を聞いて大樹が拗ねちゃった時」
言われて思い出す。
中二の正月、くらいだったかな。
楚乃芽が彼をまだ好きだと勘違いして、一人勝手に距離を取った時か。
「ああ、あったね、それで?」
「それでね、私と天音ちゃん、二人で大樹に渡すチョコを作ってたんだけど。あの時、天音ちゃんから大樹との関係はどうなんだって、沢山聞かれたんだよね。天音ちゃんから見て、大樹が私を避けているのは何でなんだって」
「あ、それ、僕も聞かれたかも」
「やっぱり? 天音ちゃん、何とかして私と大樹をくっつけようとしてくれてたよね。そもそもド本命チョコを一緒に作って同じ人に渡すって、普通あり得ないよね。なんか、思い出したら笑えてきちゃった」
懐かしいフレーズが出てきて、僕もつられて笑ってしまった。
ド本命チョコか、天音が丸い形で、楚乃芽がハート型だったはず。
天音はハート型のチョコを見て、何を思っていたのかな。
結構不器用なとこあったから、そんなの私には無理! って言いそうかも。
「それで、大樹が告白を断るようなら、私が次に行くからねって、言ってたんだよね」
「……まぁ、その時の告白は、無事成就しちゃったんだけどね」
「ね、天音ちゃん、あまり言わなかったけど、結構残念だったのかも」
残念がってたかな? 僕の変なジェスチャーを見て、爆笑してた記憶しかないけど。
「まぁ、そのあと高校で一緒だったから、その思いは果たしたんだと思うけどね」
「あ、私、天音ちゃんの高校時代ってあまり知らないんだよね、部活は何してたの?」
立ち話に疲れてきたから、天音の墓の前に腰を下ろすと、二人も一緒に座り込んだ。
買ってきたお菓子の袋をもう一個開け、それを摘まみながら僕は答える。
「天音は、男子バスケ部のマネージャーしてたよ」
「え? 中学の頃は陸上部だったよね?」
「僕がバスケ部だったから、一緒に入るって」
「えー、何それラブコメっぽいね、大樹モテモテじゃん」
楚乃芽にツンツン突かれて、苦笑する。
天音と二人、シューズを買いに行ったこともあったっけ。
着飾った私を可愛いって言え! みたいな、そんなこともあったけど。
「でも、思えばあの時、陸上部に入っていれば、天音はまた違ったのかな」
県大会で入賞していたのだから、実力は本物だっただろうに。
そしてバスケ部に入ったが故に、緑谷の目にも止まってしまった。
彼の告白を見た僕が、あの時あの場所で、声をかけていたら。
「たらればを言ったら、キリがないよ」
楽し気な雰囲気から一転、一気に現実に戻される。
何を話題にしても天音が笑うことはないし、戻ってくることもない。
冷たいお墓に触れていても、もう、何も聞こえてこないんだ。
静けさと、駆けよってきた冬の寒さに目を瞑る。
天音はもう、寒いと思うことも、辛いと思うこともない。
きっと今も、天音は一人、あの部屋にいる。
僕との楽しかった思い出の中、ただ一人、ずっと。
……すんって、誰かが鼻を鳴らした。
見ると、瑠香ちゃんがぽろぽろ涙を流しながら、天音の墓をじっと見つめている。
「お二人の話を聞いていて、天音お姉ちゃんがどういう人だったのか、以前よりもちょっとだけ分かった気がします」
瑠香ちゃんは立ち上がると、流れ落ちる涙を袖で拭い取った。
「私はもう、お兄ちゃんを許せそうにありません」
「瑠香ちゃん……」
「だって、天音お姉ちゃんが亡くなったのは、私のお兄ちゃんが一番の原因ですから。裁判を傍聴し、兄が何をしたのかを知りました。兄は自己満足の為だけに天音ちゃんを傷つけ、彼女から幸せの何もかもをも奪い取ったんです。兄がいなければ、きっと今頃」
歯を震えさせながら、ぎゅっと目を瞑る。
そんな瑠香ちゃんのことを、僕達は二人で抱きしめ、やっぱり涙するんだ。
一人でも多く、天音の為に泣いてくれること。
そのことだけが、不謹慎かもだけど、嬉しいと感じることが出来た。
※綺月瑠香視点
三年後、一人暮らしを始めた私の下に、一通の手紙が届いた。
差出人の名前、それと内容を見て――――
「招待状……お兄ちゃん、結婚するんだ」
――――私の目から、光が消えた。
次話『お前が幸せになる権利なんかねぇから!』
明日の昼頃、投稿いたします。




