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メンヘラ彼女との別れ方。  作者: 書峰颯


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第三十九話 知りたくなかった現実を捨て、夢の中へ

※加佐野天音視点

 お父さんが言っていたことは、嘘じゃなかった。

 後ろ手にされた手錠は外されず。


 頑張って両足を通そうとして、転んで動けなくなった時は、本当に死ぬかと思った。

 ご飯の時はお母さんがパンを食べさせてくれたり、冷めたスープを口に運んだり。

 手錠が唯一外れるのはお風呂の時だけど、その時だってお母さんと一緒だ。


 お母さんの右手と、私の左手が手錠で繋がる。

 とても嫌な気分になった。

 お母さんは嬉しそうだったけど。


 実家に監禁されて、半月以上が経過した。

 私の我慢も、もう限界だ。


「ねぇ、お父さん、いつまでこうしているつもりなの?」

「天音が反省するまでだ」

「反省反省って……反省したって何も変わらないよ? 大樹のことなんかどうでもいいし、流星君のことを愛しているのだってずっと変わらないからね? そもそも、流星君が逮捕されたのだっておかしいじゃない。部屋にある本とかで調べたけどさ、流星君が逮捕された罪って全部親告罪でしょ? つまり私が被害を訴えなければ、彼はすぐにでも釈放されるはずなんじゃないの?」


 記憶を頼りに調べ上げた。

 手が使えないから、部屋にあった勉強用の本を足の指で開いて、じっくり読んで。


 私事性的画像記録の提供罪、名誉棄損罪、公表目的提供罪、撮影罪。

 撮影罪を除き、他は全て被害者が被害を親告して初めて成立する罪だ。

 撮影罪だって同意していなければ罪になるけど、同意しているのだから罪にはならない。


 つまり、私が被害を取り下げれば、流星君は無罪ということになる。


「天音は、本当に自分が騙されてないと、思っているの?」


 お父さんと話をしているのに、お母さんも混ざってきた。

 お母さん最近すぐ泣くから、ちょっと面倒に感じる。


「騙されるも何も、私は幸せだったよ?」


 これは、ハラスメントと同じ部類の問題なのだと思う。

 受ける側の意識の問題。


 お母さんから見て、撮影した動画を大樹に送り付けるという行為自体が受け入れられるものではなくて、その時点から私とは意見が食い違ってしまう。


 流星君が大樹に動画を送りつけたのは、大樹の為ではなく、私の為だ。

 だからこそ撮影も受け入れたし、自分の裸を大樹に見られたとて、何とも思わない。

 というか、大樹は私の身体を全て見ている訳だから、今更な部分でもある。


「私が大樹に依存していたのは、お母さんだって分かってたでしょ? 二回も彼が原因で不登校になっていたのだから、これは言い逃れ出来ないと思うの。それを、流星君は動画という形で修正してくれた。そのせいで大樹とは完全に縁が切れたけど、私は悲しくないよ」


 現に、監禁されていても、私は自傷行為の一切をしていない。

 手錠されている手首だって、無理に外そうともしていないし、身体は綺麗そのものなんだ。


「警察官が逮捕の時に言ってたんだよね、法定代理人としてどうたらって。あれってお母さんたちが私の代わりに被害届を出したってことでしょ? なら、当の本人である私が被害を取り下げれば、全部丸く収まるってことなんじゃないの?」


 既に半月が経過している以上、留置期限を迎えた彼には、起訴状が届いてしまっている可能性が高い。


 刑事裁判は免れない、だけど、おそらく被害者として私が証言台に立つ日が来ると思うんだ。


 その時、私が全て同意の上での行為であること、被害の一切が無いと証言すれば、流星君は無罪放免になるはず。


「天音」

「なに」

「天音にとって、大樹君はどんな存在だったの?」


 私にとって大樹がどんな存在だったのか。 

 以前の私なら、昔を思い返して、良いところを百個以上言えたことだろう。

 でも、今の私は――――


「私のことを好きにならない、最低な男だよ」


 微塵も、彼のことを好きだと思えない。


「……そうか」

「ねぇ、いい加減、流星君に会いに行かせてよ。そうだ、お母さんとお父さんも一緒に来ればいいよ。そうすれば私と流星君がどんな関係か、すぐに分かるから、ね?」


 百聞は一見に如かず。


 私と流星君がどんな関係かを知れば、両親だって謝罪して、私達を認めてくれるはず。

 だからじゃないけど、手錠をされてからずっと、お利口にしてたんだ。


 全ては愛すべき流星君との生活の為に。

 私は、どんなことでも我慢できる。


「……わかった」


 腕組みして悩んだ後、お父さんは静かに頷いてくれた。


「一度、面会しに行こう。そうじゃないと、天音も納得出来ないだろうしな」

「ほんと?」

「ああ、その上で、彼という人間を見定めるとしよう」

「やった! お父さん、ありがとう!」


 お母さんは嫌そうな顔をしていたけど。

 大丈夫、流星君と直に話し合えば、彼がどういう人間か、分かってくれるはずだから。



 

 留置所にいる人との面会を、接見(せっけん)と呼ぶらしい。

 お父さんが予約をしたらしく、私達が留置所へと向かうと、案内はすぐだった。


(ドラマの撮影場所みたい)


 部屋の中央をガラスで区切られた面会室、接見は僅か二十分のみ。

 室内に入り椅子に座っていると、すぐに警察官と共に彼は姿を現した。 


 元々短かった髪がさらに短くなり、坊主になっている。

 でも、元が良い顔だから、坊主でもカッコいい。さすが流星君だ。


「お父様、お母様、この度は誠に申し訳ございませんでした」


 開口一番、流星君は両親に頭を下げた。

 逮捕されてしまったのだから、謝罪する。

 普通なら、それは必要なことだと思う。


「流星君、謝る必要なんてないよ」

「……いや、謝る必要はある」

「ううん、大丈夫、だって流星君は」


 無罪なんだから。

 そう言おうとしたのを、流星君が止めた。


「俺は、自己満足の為に、天音さんを騙しました」


 彼の目が、私の両親に向けられている。

 こんな目をした彼を、今まで見たことがない。

 まっすぐで嘘の無い瞳、でも、それって何? 騙す?


「やっぱり、そうなんだね」


 流星君の言葉に、お父さんが返事をした。

 私だけが、何も分からずにいる。

 分からずにいるのに、お母さんが続けて質問をしてしまった。


「どうして、ウチの娘を騙したの?」

「……俺、綺月楚乃芽さんのことが好きだったんです。楚乃芽さん、ご存じでしょうか?」

「ええ、彼女のお父様には、いろいろとお世話になりましたからね」


 綺月楚乃芽。

 その名前が出てきて、心臓が変に動いた。


「楚乃芽さんは神山君に惚れておりました。一度は離縁したはずなのに、それでも再会し(えん)が戻ったのですから、あの二人のことを神様が認めていたのでしょう。ですが、天音さんが神山君に惚れていたように、俺も楚乃芽さんに惚れていたのです。あわよくば神山君から奪い取れれば……そう思い行動した結果、楚乃芽さんから笑顔が消えました」


 流星君が綺月さんを奪う?

 手に嫌な汗をかきながら、私は待ったをかけた。


「流星君は、綺月さんの彼氏だったんじゃなかったの?」


 綺月楚乃芽の彼氏を奪い取る。

 それが私にとっての最大のアドバンテージだったんだ。


 どれだけやっても勝てない相手に勝つこと。

 だから、大樹を捨ててでも、流星君に付いて行ったのに。


「違う。俺は、楚乃芽の友人だ……いや、今や友人ですらない」


 どういうこと? 

 だとしたら私は一体、何のために。


「じゃ、じゃあ、大学での話は」

「全部嘘だ」

「テクニックがどうとか」

「俺は、天音とするまで童貞だった」

「な、なんで、そんなことを」

「楚乃芽と神山君の関係を修復する。その為だけに、俺は天音を騙した」


 私の中で誇っていた何かが、音を立てて崩れ去った。


 結局、目の前にいるこの男は、私が好きで声を掛けたんじゃない。

 大樹の側に私がいるから、邪魔だったから、引き剝がすために声を掛けたんだ。


 身体目的ですらない。


 理解したとたん、感情が死んだ。


「何それ」

「……天音」

(なん)なのそれ」

「すまない、だが」

「私、大樹を捨ててまで、流星君と一緒になることを選んだんだよ?」


 胸の中に渦巻く何かが、再燃する。

 だけど、これまでと、何かが違う。

 湧き上がるような激情も、ドス黒い殺意とも違う。


「流星君が声を掛けて来なければ、私はまだ、大樹と一緒にいられたんだよ? 毎日勉強してたの、見てたでしょ? 私、何も悪いことしてなかったんだよ? ずっと大樹の側にいて、身体が良くなるようにって、私の身体も全部使って、お母さんだって、お父さんだって、私が大樹と一緒ならって、全部許してくれてたんだよ? 私の何もかもを奪って、それで騙してたとか、ないよ、そんなの、ないよ」


 悲しかった。

 裏切られた現実を、受け入れたくなかった。

 涙が熱い、目が、開けてられない。


「天音」

「やだ、もうやだ……ええええええええぇん、ひっく、うええええええええええぇん」


 何もかも上手く行かない。


 私が判断すること、全部が失敗で、全部が間違いなんだ。

 何も判断したくない、全部、何もかも消えてなくなってしまえばいい。

 

 戻りたい、大樹と一緒だったあの部屋に、戻りたいよ。  


 後悔しかしない、ずっと私は後悔しか出来ないんだ。

 こんな人生なんか、終わってしまえばいいのに。


 もう、何も考えたくない。


 ただ、辛いよ。





 その時、ぷつんって、何かがキレた。







「渡会君」

「はい」

「私達は、娘の為に、君を許す訳にはいかない」

「はい、罪は、償います」

「金輪際、娘には近づかないでくれ」

「分かりました。本当に、申し訳ありませんでした」

「……」

「……」

「もう、会うこともないだろうが」

「……」

「最後に、正直に語ってくれたことだけは、感謝を述べる。ありがとう」

次話『忘れられない熱帯夜』

明日の昼頃、投稿いたします。

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