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第三話 こうして、私の周りには誰もいなくなった。

 ※加佐野(かさの)天音(あまね)視点

「ごめん、加佐野さんとは付き合えない」


 あの日の告白は、クラスメイト全員の協力を得て実現させたものだ。

 絶対に失敗したくなかった、断られるなんて夢にも思わなかったのに。


(こんな思いをするのなら、告白なんかするんじゃなかった)


 夏休みも後半になったのに、私は未だに枕を濡らしている。

 小学生の頃から好きだった、でも告白をする必要は無いって思ってたんだ。


 この町は子供が少ない、小学校から中学校まで、九年間ずっと同じクラスになるのが確定している。だから、告白するにしても高校生になる前か、もしくはなった後でも良いと思っていた。それだけの時間と猶予が、あると思っていたのに。


 ――告白の一か月前――

 

「天音、父さん、店を畳まないといけなくなるみたいだ」

「え? お店を畳むって、閉店ってこと?」


 青天の霹靂に、自分の耳を疑った。


「ああ、今度出来るショッピングモールにな、大きな電気屋さんが入るらしい。値段勝負なんか個人店では出来ないし、品揃えだって最新のものが当日入荷してしまうんだ。とてもじゃないが、父さんの店じゃ勝てる見込みがない」

「でも、修理とか、設置とか」

「それだけじゃ天音の学費にすらならないんだよ。だから店を閉店して、父さんも都内で働こうと考えてるんだ。天音も都内に行きたいって言ってただろ? だから、むしろ良かったんじゃないかって思ってね」

「よ、良くないよ、全然良くないよ!」

「天音」

「私、転校なんかしたくない! ずっとこの町で生きていたかった!」


 それが無理なことだって、頭の中じゃ理解してる。

 世の中お金がないと、生きていくことは出来ないんだ。

 転校の可能性があること、それを教室で話題にしたところ。


「ウチもヤバくってさ。ショッピングモールにはスーパーが入るんでしょ? これまでは近くのスーパーって言っても車で三十分以上だったけど、あそこオープンしたらウチの店はやっていけなくなるかもって、お母さん泣いてたんだ」

「私の家も、学用品扱ってるからって安心してたけど、ショッピングモールの中に同じ店が出来るんだって。しかも大量入荷でいつでも対応可能とか、ウチじゃそんなの出来ないよ」


 クラスメイトの何人かが、私と同じ境遇だということが判明した。

 私だけじゃなかったって、どこか安心する。

 でも、安心しただけで、何か変わる訳じゃないんだ。

 どうにもならない現実が一歩一歩近寄ってくる。

 怖かった、明日いきなり転校なんじゃないかって、死刑囚みたいな気分だった。


「お母さん言ってたけど、あのショッピングモール、ウチの商店街をリサーチして、それと全く同じ内容のお店を用意したらしいよ?」


 この話題を友達が口にした途端、綺月さんが席を立って教室からいなくなった。

 最初は彼女の行動が理解できなかったけど、話を聞いていく内に、彼女の行動が逃げであることを理解する。


「何それ、完全に潰すつもりじゃない」

「でね、あのモールの建設が始まる前に、綺月さんのお父さんを見たって人がいたの」

「え? 綺月さんのお父さん?」

「うん、あの子の父親、都市開発の会社の偉い人らしいよ? 事前に調べて、私たちを完全に潰そうって考えてたみたい。だから何もかも同じお店が入っているのよ。私たちの商店街を潰せば、ここら辺一体の人はショッピングモールに行くしかなくなるからね」


 最低の戦略だと思った。根こそぎお客様を奪い、自分たちだけ得をする。

 そんな親の娘が一緒のクラスにいることに、イライラが募る。

 だから、慰めて欲しいと思った。

 私たちは今、間違いなく悲劇のヒロインなのだから。


「神山君、最近綺月さんと仲良いよね」

「神山君の家、両親公務員だから、ショッピングモール完成しても被害無いしね」

「でも……昔からの付き合いもあるし、こっちに引き込まない?」


 もちろん、提案したのは私だ。

 男子には一言も伝えていないけど、女子は恋バナの度に誰が好きかを暴露している。

 だから、私が神山君を好きなのも、皆が知っている訳で。


「了解、神山君を敵には出来ないよね」

「ちょうどいいから告白しちゃえばいいんじゃない?」

「ちょ、ちょうどいいって、なに」

「だって、もし転校になったら、もう彼とは会えないんでしょ?」


 転校したら会えない。

 分かっていたことだけど、それはまだまだ先の事だと思っていた。


 でも、彼女たちの言う通り、ショッピングモールの開店を待たずして引っ越す可能性だって確かにある。今ならまだ稼ぎがあるから、だからお金のある今の内に引っ越しして、都内で再起を図る。お父さんがそう考えていてもおかしくはない。


「告白、してみようかな」


 自分に言い聞かせるように言葉にすると、周りの皆も全員協力してくれる事になった。

 絶対に成功すると思った、成功する未来しか想像できなかった、そして、砕け散った。


「ごめんね天音、でも酷いよね、どうして断ったりするのかな?」

「天音の気持ちなんて、ずっと前から気づいてたくせにね」

「俺、神山の奴、説得してくる」

「あ、俺も一緒に行く。これでダメだったらアイツとの付き合い考えないとだな」


 周りが動けば動くほど、神山君との距離は遠くなった。 


 今では以前のように話しかけることも出来ず、彼もまた、意図的に距離を取ろうとしているのが分かる。


 私はただ、私の問題を共有して貰いたかった。

 大変だなって言ってもらって、神山君なりに私を慰めて欲しかっただけなのに。


 どんどん離れていく彼との距離と、間近に迫る転校の恐怖で、どうにかなりそうだった。夏休みになるとそれは激しさを増してしまっていて、部屋から一歩も出ることが出来ないぐらいに悪化してしまっていた。それぐらい、ずっと泣いた。


(私、神山君のこと本気で好きだったんだ。もっと早く気づいて、もっとちゃんと告白すれば良かった。悲劇のヒロインなんか演じてないで、素の私で挑んでいれば、もうちょっとは諦めがついたかもしれないのに……あんなのじゃ、後悔しかなくて諦めきれないよ)


 浅はかな自分を心の底から恨む。

 恨んで、それでまた涙するんだ。

 枕に顔を突っ伏しながら、布団を全力で叩く。

 部屋の物を手当たり次第叩いて、壊して。

 はたから見たら異常者だ、それぐらい、何もかもが嫌になっていた。


「天音、大丈夫?」


 突然、私の部屋に、クラスメイトが入ってきた。

 八月十日、そういえば今日、旅行の約束してたっけ。


「ごめん、何も準備してなかった」

「いいよ、あんなことになっちゃったし、旅行なんて気分じゃないでしょ?」

「私たちはただ、天音が心配で来ちゃっただけだから」


 昔馴染みの彼女たちは、互いに苦笑しながらも、私を気遣ってくれている。

 彼女たちの一人がカーテンを勝手に開けると、あまりの眩しさに目を細めた。 


「部屋にいるのもいいけどさ、一緒に外、行かない?」

「カラオケでも行って歌えば、少しは気が晴れるかもしれないし」

「ね? 天音も一緒に行こ? 部屋に引きこもってると、あまり良くないよ?」


 もしかしたら、両親からの口添えもあったのかもしれない。

 一歩も部屋から出ない私を気遣って、友達を呼んで励ますようお願いした。

 充分あり得ることだし、とても余計なお世話だとも思う。


「……わかった。着替えるから、ちょっと廊下で待ってて」


 でも、それを無下にするほど、私は幼くも愚かでもない。


 大人の対応、適当に相手をして、楽しんだフリをすれば、両親もクラスメイトも納得してくれるはず。だから、行きたくもないカラオケだって行くし、真夏の空の下だって歩くことが出来る。心の底から行きたくなかったけど、断っても意味がないから。


 だけど、そのせいで、私は見たくないものを見た。

 神山君と綺月さんが、二人で楽しそうに歩いている。 

 身体だけじゃなく、心も凍ってしまった。


「え、あの二人、出来てたってこと?」

「だから天音の告白を断ったのかな」

「そうに違いないよ、本当、最低じゃない」


 思えば、告白の前からあの二人は仲が良かった。

 私が皆に彼をこっちに引き込もうって言ったのも、二人だけはいつも一緒だったから。


 引き離したかった、以前みたいに神山君は基本一人で、私が話しかける時だけ笑顔を作ってくれて、たまにグループで一緒になると二人だけの時間を楽しんだりして、二人だけで笑って、そういうのがしたくて、だから、一緒にいて欲しかっただけなのに。


 両手で頭を抱え込み、搔きむしる。

 頭の中がごちゃごちゃになって、上手く考えられない。

 どうして笑顔の彼の隣にいるのが私じゃないの。

 おかしいよ、間違ってるよ。


「……私、やっぱり帰る」

「あ、天音!」


 腕を捕まれた。

 振り払おうとしても、離してくれない。


「離してよ」

「ダメ、今の天音、一人にさせられない」

「……そういうの迷惑だから、いいよ」

「迷惑って」


 止まらない。


「だってそうじゃん。今日だって告白だって、皆が何も言わなければ私は何もしなかったのに。フラれて嫌われて、それで二人が仲良くしてるところを見なきゃいけないとか、どんな罰ゲームよ。実は皆、味方のフリして敵だったって方がまだ納得できるわよ」


 イライラと悲しみがない交ぜになって、全部表に出ちゃう。


「敵って、天音、私たちは」

「味方だったの? じゃあアレね、ヤル気のある無能な味方ほど恐ろしいって奴ね」

「何それ、ちょっと天音ひどくない? 私たちは友達だと思って」

「友達? 友達って言ったって、私たち一年後には全員さよならなんでしょ? どうせ消える友情ならさ、今全部消えたって別に良くない? 私はもう貴方達と縁を切りたいの、側にいて欲しくない、誰も、みんな、全員いなくなっちゃえばいいんだよ」


 ダメだって分かってる、こんなこと言っちゃダメなんだって分かってる。

 でも止まらない、悲しくて、どうにも出来なくて、全部口から出ちゃうんだ。


「わかった」


 掴まれていた手が、離れる。


「私たち、もう加佐野(・・・)に何もしないね」


 言い過ぎたと思った。

 でももう、取り返しはつかないから。


「じゃあね、ばいばい」


 こうして、私の周りには誰もいなくなった。

 そして私は、不登校の道を、選択したんだ。

次話『夜の太陽が輝く時』

明日の昼頃、投稿いたします。

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