第三十八話 親の気持ちなんて理解出来ない
※加佐野天音視点
流星君が目の前で逮捕された。
そしてすぐ横で二人のお母さんが倒れ、瑠香ちゃんが叫んだ。
何もない朝だったはずなのに、いきなり世界が変わる。
「加佐野天音さんですね」
「え……あ、はい」
「保護いたします、こちらにどうぞ」
頭の中が真っ白だった私は、警察官に言われるがまま、外にあった車へと乗り込む。
乗り込んだ後、お化粧も何もしていないことに気付いて、急に恥ずかしくなった。
恥ずかしくなったのと同時に、ようやく、頭が回転する。
「あ、あの、私、どこに連れて行かれるんですか?」
「一旦は警察署へと向かい、その後はご両親へと引き渡します」
「え、でも私、保護とか必要ないんですけど」
私の問いに、警察官は何も答えてくれず。
「流星君だって、無理やり連れて来られてきた訳じゃないんです、彼は何も悪いことをしていません。それに、お母さまが倒れていたじゃないですか、瑠香ちゃんだって一人じゃ何も出来ないですし、私が側にいないと大変なことになってしまうと思うんですが」
何を言っても、警察官は無反応だった。
喋っている間に、どんどんアパートが遠くなっていく。
「あの、聞いてますか! 私、家に帰りたいんですけど!」
「君の帰る家はあのアパートじゃない、ご両親が待つ実家だ」
「そんなのお願いしていません! 帰らせてよ! 早く、車から降ろして!」
「暴れないでください、我々は貴方を保護しているのです」
「いらないから! 保護される必要なんてないの!」
どれだけ暴れても、どれだけ叫んでも、車から降りることが出来ず。
やがて到着した警察署でも、手錠こそなかったけど、強引に部屋に詰め込まれることに。
流星君や瑠香ちゃん、お母さんのことが心配で、気が気じゃなかった。
「天音」
数時間が経過して、ようやく両親が現れてくれた。
これで警察署から解放されて、二人の下に行ける。
「お母さん、私、流星君のところに行かないと」
「とりあえず、今は車に乗りなさい」
「ダメだよ、急いで彼の逮捕が間違ってるって言わないと」
「天音、いいから、今は言うことを聞いて」
いつになく、お母さんの言葉が強かった。
私が登校拒否になった時だって、優しかったのに。
車にはお父さんもいて、私が車に乗っても無言のまま。
(流星君……)
雰囲気を察して、私も何も言わず。
走り始めた無言の車内で、一人、彼の無事を祈った。
数時間後、高速道路を降りた後、車が家へと向かっていないことに気付く。
「お母さん、これ、どこに行くの?」
「病院、天音が性病に感染してないか調べに行くの」
「性病? なってる訳ないじゃん。流星君としかしてないし」
ケラケラと笑ってたんだけど。
助手席から振り返ったお母さんは、物凄い形相で私を睨みつける。
「……何よ」
「……」
「何か文句あるんでしょ。言ってよ、私バカで分からないから」
「本当……貴方は」
「だから、ちゃんと言って! 分からないって言ってるでしょ!」
後ろから助手席を蹴りつけるけど、お母さんは前へと向き直り、何も言わず。
それでもしばらく蹴り続けていると「やめなさい」とお父さんに言われ、蹴るのを止めた。
(病院行って家に帰って、また抜け出せばいいか)
警察に逮捕されてしまったのだから、すぐに駆け付けたところで何かが出来るとは思えない。スマートフォンで調べると、逮捕から三日間は弁護士しか会うことが出来ないとあるのだから、しばらくは家にいても問題ないはず。
瑠香ちゃんも気になったけど、警察がいたんだ、任せても大丈夫だと思う。
病院に行って性病検査を受けたけど、下半身を知らない人に晒しただけで、特に何の意味もなかった。避妊もしていたのだから、当然の如く妊娠もしていない。いたって健康、ただ、産婦人科の人たちは、私の腕の傷を見て、ちょっと変な顔をしていたけど。
「これで分かった? 私と流星君は、ちゃんと将来を考えてたんだからね?」
全てが誤解のまま実家まで連れ戻されてしまったのだから、謝罪のひとつもして欲しいくらいだ。なのに、両親は車の中で何も言わず、一言も発しないまま車を運転し続ける。
(ごめんなさいぐらい言えばいいのに)
何も言わない両親に怒りを覚えた私は、無言のまま助手席を蹴り続ける。
お父さんも何も言わないみたいだから、ずっと、家に着くまで延々と蹴り続けた。
「部屋にいるから、来ないでね」
帰りたくなかった実家、自分の部屋に行き、そのままベッドに横になった。
無駄に綺麗にされた部屋。
お母さんが勝手に掃除したんだろうなって思うと、イライラする。
長距離移動で疲れちゃったのか、物凄く眠い。
朝早くに起こされたのだから、眠くて当然か。
(あ、そうだ、瑠香ちゃんに連絡しないと)
いろいろな事が重なり過ぎて、すっかり忘れてた。
スマートフォンを取り出して、さっそく瑠香ちゃんに連絡しようと思ったのだけど。
(……あれ? 通話が出来ない。電波無し? なにこれ)
スマートフォンの電波が一本も立っていない。
家のWi-Fiも全然繋がらない。
こんなのじゃネットも見れないし、電話も出来ないじゃない。
ルーターの線でも抜けてるのかな?
「ねぇ、お母さん、スマートフォン使えないんだけど」
両親二人とも電気屋さんで働いてるくせに、家がこんな状態なんてありえない。
だから、文句のひとつでも言ってやろうと思ったのだけど。
(ん? 扉が、開かない)
部屋に鍵なんか付けた記憶ないのに。
どれだけやってもビクともしない。
「ねぇ、お母さん、扉開かない!」
叩いても蹴っても何をしても、扉が開く気配がなかった。
扉が開かないのなら、窓から降りてしまえばいい。
二階くらいの高さなら、飛び降りても問題はないはず。
部屋にある窓へと向かい、勢いよく開いた。
そして、目の前にあるものに驚く。
「なにこれ」
格子状の金具、溶接されているのか、何をやっても外れない。
数回蹴りを入れてみたけど、ダメだった、外れる気配がない。
そこでようやく、私は気づいたんだ。
これ、監禁されてる、ってことに。
「ちょっと……なにこれ、冗談でしょ?」
スマートフォンも、きっと勝手に解約したんだ。
そして家のWi-Fiも切断してしまえば、スマートフォンはただの板に成り下がる。
部屋にパソコンもないし、インターネットの類が何ひとつとして存在しない。
「天音」
現状を把握していると、お母さんが扉越しに声を掛けてきた。
怒りの沸点が一気に上昇して、部屋の扉を殴りつける。
「開けて! ここから出して!」
「ダメ、事が落ち着くまで、天音は部屋の中にいなさい」
「ふざけないでよ! 私には行くところがあるの! 流星君だって助けないといけないし、瑠香ちゃんだってお母さん倒れてたんだよ!? あの子一人じゃ何も出来ないよ!」
「警察が全部対応してるって聞いてる、貴方が行く必要はないの」
「勝手に決めないで! 出してくれないなら私、窓からずっと叫ぶからね!?」
「叫べばいい、この町に住む全員が貴方のことを理解しているから。どれだけ叫んでも、誰も何もしない。全員が、天音のことを思って、何もしないでいてくれるから」
最悪だった。
扉から離れて、窓を開けて、絶叫する。
「誰か助けてーー! 閉じ込められてるの、誰でもいいから助けてーー!」
力の限り叫び続けた。
でも、誰も何もしてくれない。
「なんでよ……どうして、この町は」
格子を掴み、頭を押し付ける。
歯がゆくて、怒りで頭がどうにかなりそうになる。
小さな町だから、大人たちは全員に繋がりがあるから。
この家からはショッピングモールだって遠い。
昔は商店街だったけど、今は開いてるお店なんて一軒もないんだ。
歩く人もいない、誰もいない町で、私は叫び続ける。
「本当、最低……」
もう、喉が痛い。
夕日が眩しい中、人がいない町を眺める。
昨日までは毎日が楽しかったのに。
叫ぶことを止めて景色を見ていた、すると。
「え?」
突然腕を取られて、そのまま後ろ手に手錠が掛けられてしまった。
振り返ると、そこにはお父さんの姿が。
「な、なに? ……お父さん?」
「すまない、お父さんには、こうする事しか出来ない」
「え、ちょっと待って、手錠とか、なにこれ、外れないよ?」
「高かったからな、警察でも使用している、黒色アルミ合金製だ」
「そうじゃなくて、私、両手が使えないんだけど」
お父さん、窓を閉めて、そのまま部屋から出ようとしている。
「ま、待って、私も外に」
「ダメだ、天音はこの部屋で反省しなさい」
「反省って、何を?」
その場にへたり込み、お父さんを見る。
以前は太っていたお父さん、今は痩せていて、なんだか角ばった感じだ。
そんなお父さんが、部屋の扉の前に立ち、ため息をついた。
「天音、今、大樹君がどうなっているか、知っているのか?」
「大樹? 別れてから一度も連絡を取ってないから、知らない」
「……大樹君な、死にかけてたんだぞ」
「大樹が? どうして?」
「どうしてって……天音のことが好きだったからに決まっているだろう。あの男が送り付けた動画を見て、大樹君は精神を崩壊させてしまった。発見された時は骨と皮だけになり、人の目も気にせず錯乱していたそうだ。天音だってそうだろう? 彼に会いに行くために、家を強引に出たんじゃなかったのか? 相手が大樹君だから、私達も安心して任せていたのに」
大樹が死にかけてた?
私と流星君が送り付けた動画を見て?
「うふふっ」
「何がおかしい」
「大樹もようやく、私の価値を理解したってことね」
もっと早く、私という価値を見出していれば良かったのに。
高校の時、向こうから別れを告げてきたんだから、自業自得だ。
立場が逆転しているからか、大樹がどうなろうと気にもならない。
それよりも、私が気になるのは流星君、ただ一人だ。
「とにかく、天音をこの部屋から出す訳にはいかない」
「手錠は? ずっとこのままって訳じゃないでしょ?」
「……外すつもりはない」
「は? だって、このままじゃトイレも行けないけど」
「全部私達が手伝う、ご飯もトイレもお風呂も、全部だ」
「ちょ、ちょっと待って、本気?」
「本気だ」
お父さんはそう言い残すと、そのまま部屋を出ていってしまった。
(手錠……本当に外れない)
後ろ手になってしまったから、窓を開けることも出来ない。
スマートフォンは使えない、部屋にあるのはテレビだけ。
私の環境から、インターネットが、完全に消えてしまっていた。
(流星君……)
連絡の取れない彼の無事を、部屋からただひたすらに祈り続ける。
そしてあわよくば、私をお姫様のように救い出して欲しい。
私が頼れるのは、流星君しかいないのだから。
次話『知りたくなかった現実を捨て、夢の世界へ』
明日の昼頃、投稿いたします。




