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メンヘラ彼女との別れ方。  作者: 書峰颯


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第三十七話 兄との離別

※渡会瑠香視点

「瑠香ちゃん、ウチの子にならないか?」


 斎場の一室、私達以外誰もいないこの部屋で、綺月さんのお父さんはこう言った。

 とても真剣な眼差し、冗談とか嘘とかじゃないって、雰囲気で分かる。


「ウチの子って、どういう意味ですか?」

「そのままの意味だ。私は、瑠香ちゃんを養子に迎え入れたいと考えている」


 養子縁組、言葉の意味はもちろん理解している。

 でも、にわかには信じられない。

 そんな簡単に決めていい話でも無いような気がするし。

 とりあえず、疑問を全部ぶつけてみることにした。


「でもアタシ、十六歳ですけど」

「養子縁組に、年齢は関係ないよ」

「でも、十八歳のお兄ちゃんいますし」

「お兄さん、逮捕されたらしいね?」


 綺月さんのお父さん、お兄ちゃんのことを知ってるんだ。


「逮捕されたお兄さんでは、未成年後見人になることが難しいと考えられる」

「未成年後見人……?」

「要は、瑠香ちゃんの財産管理とか、身上監護とかをする人のことだよ」


 綺月さんが割って入って教えてくれたけど。


「それって、お兄ちゃんじゃ難しいんですか? 今までもずっと、親代わりでしたけど」


 スマートフォンだってお兄ちゃんが買ってくれたんだ。

 稼ぎもあるし、お兄ちゃんじゃダメな理由が、私には分からない。

 そんな、無知を露わにした質問だったのだけど。


「難しいと、言えるだろうね」


 綺月さんのお父さんは、私にも分かるように、ダメな理由を羅列していく。


「まず、年齢が二十歳に達していない。十八歳から成年と認めるようになったものの、未成年後見人として求められる年齢は二十歳からと定められている。さらには逮捕されている現状を、家庭裁判所が良しとしないだろう。未成年後見人の欠格事由に〝不正な行為をする恐れのある者〟〝心身の状態により職務を適切に行えない者〟がある以上、お兄さんは君の後見人とは認められない」

「もし、それでも嫌だって言ったら、どうなるんですか」

「瑠香ちゃん」


 綺月さんが、とても悲しそうな顔をした。 

 でも、それでも、確認はしておきたい。


「その場合、既に君は十六歳だ。君の意見は尊重され、児童相談所が君の身柄を引き取ることになる。その後、児童養護施設へと送られるか、里親が現れるかは分からないが、お兄さんの下に戻る……という道は、絶対にあり得ないとだけ、伝えておこう」


 つまり、この申し出を受けなかった場合。

 私の人生は、多分、もっと悪くなる可能性が高いということか。

 膝の上に手を置いて、しばらく考える。


(お父さん……)


 自殺してしまったお父さんが、死ぬ間際に何を思っていたのか。

 そんなお父さんの第一発見者であるお母さんが、何を考え生きてきたのか。


 お父さんとお母さん……思い返せば、一度も綺月さんに対しての、恨み節を吐いていたことが無かった気がする。子供の私達からしたら、元々あった店を畳む結果となったのだから、それだけで敵意を抱いてしまうものだけど。


 もしかして、実際は違ったんじゃないのかな。

 前はそう思えなかったけど、こうして話していると、そう思える。


 助けの手を差し伸べるも、その手を握る握らないは、相手に委ねる。

 そしてお父さんは、その手を握らなかった。

 私にも今、綺月さんの手が差し伸べられている。

 握るも握らないも、私の自由だ。


「……瑠香ちゃん」


 綺月さんが、心配そうに私を見つめていた。 

 お母さんが亡くなった後、電話ひとつで駆けつけて、その後も側にいてくれる。

 ここまでしてくれる人なんて、他にはいない。

 優しくて、美人で綺麗で聡明な―――


「……お姉ちゃん」

「……え」

「これからは、お姉ちゃんって、呼んだ方が良いんですよね」


 ぱあああああって、お姉ちゃんの顔が明るくなって、そのままぎゅーって抱きしめてきた。


「うん! いっぱい、いっぱい呼んでいいからね!」

「うわは、ちょっと、苦しいです」

「ああ、ごめんなさい、私、兄妹いなくて、初めての妹だったから、つい」

「別に、構いませんけど」


 ものすごい妹想いのお姉ちゃんになりそうな気がする。

 離れてくれたけど、手はつないだままだし、そこは離れる気がしない。

 お姉ちゃんの手に触れていると、とても安心するから、別に離れなくてもいいけどね。


「あの、お父さん……で、いいんですよね」

「うん、構わないよ」

「ありがとうございます。その、一個だけ、質問させてください」

「何かな?」

「お兄ちゃんも養子には」

「それは、申し訳ないが受けることは出来ない」


 即答で断られてしまった。


「彼は既に十八歳だ、職にもついている。私の保護が必要な状況にはないと、判断出来る」

「そっか……分かりました、ありがとうございます。あ、あの」

「うん?」

「苗字は……渡会から、変わるのでしょうか?」


 夫婦別姓って言葉を、聞いたことがある。

 養子縁組の際も、同じように別姓を名乗れるのかなって、思ったのだけど。


「養子縁組とは、親子関係を結ぶということだ。親子で苗字が違うなぞあり得ない」

「つまり、私の名前は綺月瑠香になる……ということですか」

「良い名前だと、私は思うけどな」


 手を繋いだまま、お姉ちゃんは微笑む。

 笑顔だけで、なんか心が温まる人だね。


 別に、良い名前かどうかで悩んだ訳じゃないんだけど。

 でも、お姉ちゃんと同じ苗字なら、それも悪くはないか。


「さて、そろそろ食事にしてしまおうか。せっかくの料理なんだ、瑠香ちゃんのお母さんにも、喜んでいただかないとな」


 献杯(けんぱい)、そう言うと、お父さんはグラスにあったお酒を、ぐっと飲みほした。


「瑠香ちゃん」


 お姉ちゃんに言われて、お父さんのグラスにビールを注ぐ。

 思えば、お父さんにもお母さんにも、こういうの、したことが無かったかも。 


「ありがとう」


 泡だらけになったビールを、新しいお父さんは美味しそうに飲み干してくれた。

 優しい人のお父さんは、やっぱり優しいんだなって、なんとなく思った。




「え、一緒に住むんじゃないんですか?」


 後日、お兄ちゃんと住んでた家から引っ越したのだけど。

 どうやら、お姉ちゃんは一緒には住まないらしい。


「うん、実はお姉ちゃん、彼氏と同棲しているのでした」


 ピースサインと共に言われてしまった。

 驚きの新事実に、心の底から驚いた。


 いや、これだけ綺麗なんだから、彼氏の一人や二人、いてもおかしくはないけど。

 そしてお兄ちゃんがお姉ちゃんを諦めた理由を、何となく理解する。


「じゃあ、お姉ちゃんの家に、今度遊びに行ってもいい?」

「あー……ごめん、今はちょっと無理なんだ」

「え、無理なの?」

「うん。彼氏が病気でね。まだ療養中なの」

「療養中の彼氏がいるのに、アタシのところに来てくれたの?」

「だって、瑠香ちゃんは妹みたいなものだったから……まぁ、今は妹なんだけどね」

「お姉ちゃん!」

「うぐっ!」


 嬉しくて、目いっぱいの力でお姉ちゃんを抱きしめる。


「ありがとうね! アタシ、一生忘れないから!」

「う、うん、わかったから、お腹締め付けないで、苦しい」


 私のお引越しとか、お母さんの手続きとか、納骨とか。

 全ての事柄が終わると、お姉ちゃんは本当に家からいなくなってしまった。




(それにしても、自分がこんなマンションに住むとは思わなかったな)


 駅から徒歩五分圏内のタワーマンションの二十階。

 見える景色は別世界だし、通学の度にエレベーターに乗るなんて想像もしていなかった。 

 エントランスにいる警備さんは挨拶してくるし、何だか完全にお嬢様扱いされている。


(財布の中身も、お嬢様なんだけどね)


 お小遣いからして桁違い。

 今の生活に関し、なにひとつ不自由は感じていない。

 でも、ずっと側にお姉ちゃんがいたから、行けてなかった場所がひとつだけある。

 それは、お兄ちゃんがいる、留置所だ。




「お兄ちゃん、会いに来たよ」

「瑠香……」


 逮捕されてから、初めて留置所まで足を運んだ。

 お兄ちゃんが逮捕されてから、既に半月以上の時間が経過してしまっている。


「ごめんね、本当はもっと早く来れたら良かったんだけど、土日は面会出来ないし、平日も四時までだからなかなか来れなくて」


 お兄ちゃん、髪を全部切ったんだ。

 元々短髪だったけど、坊主は初めてかも。


「瑠香、その、母さんは」

「亡くなったよ。葬儀も終わってる」

「そうか……瑠香、すまなかったな。兄ちゃんが全部やらないといけなかったのに」

「ううん、大丈夫。私も一人じゃ何も出来なかったしね」

「誰か、助けてくれたのか?」

「綺月さん」

「楚乃芽が?」

「うん。病院から斎場、納骨まで、全部手伝ってくれた」

「そうか……さすが、楚乃芽だな」


 お兄ちゃん、しょんぼりとしながらも、どこか嬉しそうにしている。

 お姉ちゃんとの繋がりがあったことを、喜んでいる感じだ。


 やっぱり、好きなんだろうな。

 お姉ちゃんと一緒の時のお兄ちゃん、笑顔が違ったもん。


「それとね、お兄ちゃんには伝えないといけないことがあるんだ」

「伝えないといけないこと?」


 椅子に座り直し、姿勢を正した。

 まっすぐにお兄ちゃんを見て、今の私を正直に伝える。


「私もう、苗字が違うの」

「苗字が違うって、まさか結婚」

「そんな相手いないよ。いたらお兄ちゃんに真っ先に報告するし」

「だよな、いや、一瞬焦ったぜ」


 私が結婚する時に、お兄ちゃんは泣いちゃいそうだね。

 そんなことを思いながらも、やっぱりきちんと、嘘の無い報告をする。


「今の私の名前はね、綺月瑠香っていうの」

「綺月……」

「私、綺月さんの家の、養子になっちゃった」


 笑顔と共に、現状を伝える。

 今の私の環境は、何も辛くないよって、伝えないといけないから。


「……瑠香」

「なに? お兄ちゃん」

「すまねぇ……っ!」


 なのに、お兄ちゃんは涙を流しながら、やっぱり謝って来るんだ。

 両手と頭、全部をカウンターに押し当てて、土下座するみたいに謝る。

 だから、私も隠していた感情が、表に引っ張り出されてしまった。


「やだな、謝らないでよ」


 喉が震える。

 ぽろぽろぽろぽろと、涙が出てきて止まらない。


 どれだけ繕っても、どれだけ優しくされても。

 私の家族は、お兄ちゃん一人なんだ。


「兄ちゃん馬鹿だッ! 大馬鹿野郎だッ!!」

「そうだね、大馬鹿野郎だね」

「俺には一生を懸けて守らないといけない妹がいたのに、俺は! 俺はッッ!!!」


 留置所の面会室で、兄妹二人して、大泣きしてしまった。

 お兄ちゃんと一緒にいられた時間は、間違いなく幸せだったのだから。


「あ……もう、面会時間終わっちゃう。お兄ちゃん」

「……ん」

「でも、これで、ちょっとだけ良かったよね」

「なんの話だ?」

「私と綺月さんが姉妹になったんだから、お兄ちゃんも綺月家の人間ってことだよ」


 養子にはして貰えなかったけど、お兄ちゃんと私は血がつながっているから。

 私から見たら、二人はお兄ちゃんとお姉ちゃんだから。


「……そうだな」

「にひひ、じゃあまたね、お兄ちゃん」


 か細いけど、確実に残った繋がり。

 それを伝えた後、最後に笑顔を残して、私は留置所を後にした。


 伸びをして、新しい生活の第一歩を踏みしめる。

 一日でも早く、お兄ちゃんが出てきてくれると信じて。

次話『親の気持ちなんて理解出来ない』

明日の昼頃、投稿いたします。

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