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メンヘラ彼女との別れ方。  作者: 書峰颯


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第二十九話 私という女

※加佐野天音視点

 大樹がEDを患ってから、さらに二週間が経過した。

 外は灼熱、四十度を超える暑さだというのに、室内は冷房が効いて少し寒い。

 毎日のように大樹と一緒に眠り、毎朝毎晩、私は彼のを口に含むようにしている。

 いつか大きくなって欲しい、心因性というのであれば、肉体的には問題ないはずだから。


(……ダメか)


 小一時間ほどいろいろとしたけど、今日も治る気配すらしない。

 大樹の方でも、栄養ドリンクとか促進剤とか飲んでるらしいけど、それでもダメ。

 諦め、薄い布団から顔を出すと、彼の腕を枕にし、横になる。


「天音、ありがとう」

「ううん、大樹が治るまで、毎日してあげるからね」


 彼との行為は、もはや完全に治療行為と化してしまっている。

 しかも、治る見込みのない、どこまでも平坦な作業だ。


 心因性ED、精神的なものが原因だというのであれば、その原因が必ず存在する。

 その原因はずっと、綺月楚乃芽にあると、思い込んでいたのだけど。


(まさか、私ってことは、ないよね)


 嫌な考えが頭をよぎり、首を横に振った。

 私が原因ならば、大樹はもっと早く私を追い出しているはずだから。

 それはない、それだけは、絶対にあっちゃいけない。

 腕の傷が、少しだけ疼いた。




「よ、今日も一人か?」


 あの日以降、彼は頻繁に声を掛けてくるようになった。

 渡会流星君、綺月さんの彼氏のくせに、当然のように浮気行為を求める最低な男。

 彼の顔を見たあと、私は視線を教材へと下ろした。


「見ての通りよ」

「彼氏の授業が終わるまで待つとか、健気だねぇ」

「彼女なんだから、当然でしょ」


 彼は横に座ると、自分の腕を枕にして、顔を斜めにしながら私の方を見やる。


「なんですか」

「いや、可愛いなって思ってよ」

「そうですか、ありがとうございます」

「毎日彼氏としてんだろ? 羨ましい限りだぜ」


 毎日しているのかと問われたら、その答えはNOだ。

 大樹としているのは治療行為であり、性的行為とは言えない。

 欲求不満的なものは、もう随分と高まってしまっている。


「してない」

「ん?」

「毎日一緒に寝てるけど、一回も出来てないの」


 だからかな、言わなくても良いことを、言ってしまったのは。


(あっ)


 言葉にした後、余計なことを口にしたと、自らの口に手を当てる。

 大樹の身体のことなんて、コイツに喋っちゃいけなかったのに。


「一回も出来てないって、どういうことよ?」

「別に、貴方に相談しても意味ないから」

「意味あるぜ? これでも俺、相当なプロフェッショナルだからさ。前も女の子に相談されたんだよな、彼氏に飽きられそうだから、どうにかして欲しいって。男ってのは素直な生き物だからよ、飽きてくると勃起しなくなるんだわ。最初はあんなに野獣だったのにな」


 勃起しなくなる。

 それってEDってことなのかな。


「……それで?」

「ん?」

「その子には、どんなアドバイスをしたの?」

「男が勃起するテクニックを伝授してやった」

「それって、ただ単に貴方が抱いただけでしょ?」

「そうとも言う」


 アホらし。


「だが、女の子からも感謝されたぜ? 彼氏と上手くいったって、めっちゃ喜んでくれてさ。まぁ、男なんて生き物は下半身で生きる生き物だからな、欲望に忠実になった方が、人生楽だし愉しめるってもんよ」

「……その子の彼氏は?」

「彼氏? 別に、何もないぜ? いちいちお前の彼女抱いたから、なんて報告しねぇし」

「そんなのが、通用するものなの?」

「相手にもよるが、俺は口が堅いからな」

「今、全部喋ってるじゃない」

「でも、その子には届かないだろ?」


 守秘義務的なものが、彼の中に一応はあるのかな。

 大学で話しかけてくるけど、大樹には全くと言っていい程にバレてないし。


 きっと、この男とこうして会話をしていることだって、大樹には負担になってしまう。 

 だから、大樹にはこの男の存在を語ってはいないのだけど。


「悩みがあるのなら、打ち明けちまった方がスッキリするぜ?」

「悩みというか」


 喋りかけて、いったん止まる。

 絶対に関わらない方がいい。


 だけどこの男は……この男は、あの綺月楚乃芽の彼氏なんだ。

 普通の男よりかは、断然、信用が出来る。


「……ねぇ、貴方から見て、私ってそんなに魅力的に見えるの?」

「どうしたよいきなり、見えるから声かけてんだろ?」

「これでも?」


 着ていた服の長袖の部分を、ぐっと、捲り上げる。

 手首の辺りから肘上の部分まで、残る傷痕は二十を超える。


 それが両腕にあるんだ、こんなの、普通の男なら逃げ出すに決まってる。

 それだけじゃない、手だって傷つけ続けた結果、硬質化が始まってしまっているんだ。

 獣か何かの鱗のように見える肌は、十代後半の女の子の手には、到底見えやしない。


「魅力なんて、私には無いでしょ? 最近ね、もしかして彼がEDなのは、私が原因なんじゃないのかなって、思い始めちゃっててさ。だって一か月近くだよ? 毎朝毎晩、ずっと勃起しない彼のを相手に、私は出来ることを全部しているのに、何も反応がないんだもん」


 溜まっていたのだろう、()き止めた水が溢れるように、全てを語ってしまった。


(はぁ)


 ため息が無駄に出る。

 最初は、綺月さんが原因だと思い込んでいたけど。


 だけど最近は、そうじゃないんじゃないかって、思い始める自分がいるんだ。

 だって、最初から大樹は私を受け入れようとしていなかったから。


 中学校二年生の時からずっと、私は彼の視界に入れずにいる。

 今だってそう、慰めの感情で家にいられるだけ。

 私が好きだから、恋人だから一緒という訳ではない。


「え」


 思案にふけていると。

 いきなり、彼の手が私の頬に触れた。

 元々近くにあったんだ、少し動けば、キスが出来てしまう。


「な、何してるの」

「いや、言葉で語るよりも、行動の方が早いかなって思ってよ」

「だからって」

「今日だって期待してたんだろ? 声を掛けて欲しいってさ」

「ちょっと、自意識過剰過ぎ――――んっ」


 重なった唇が、少しだけ熱を帯びたものに変わる。

 大樹よりも強い力で引き寄せられると、私の貧弱な力じゃ逃げる術を知らない。


 抵抗しようとした手を手首から抑えられて、身体全体で私を束縛する。

 唇を閉じて逃げようとするも、頬に力を加えられて、強引に開かされた。


 口の中、彼の舌が入ってきて、私の中を蹂躙する。

 歯の裏側から、舌の先を絡めさせてきて、奥歯まで全部、舐めつくされた。


「あの男の講義、今日は長いんだろ?」


 凄く、求められている。

 身体が反応してるって、言葉にしなくても分かる。


「それに、アンタは嫌がっていない。大丈夫、安心して俺に任せておけよ」



 

 理性が訴える。

 バレたら終わる。

 何もかもが終わる。

 私は彼を一度裏切っているんだ。 

 それを後悔した、死ぬほど後悔した。

 絶対に繰り返してはいけない。

 ――――なのに。




「はぁっ、はぁっ、はぁっ」

「っ、……やべぇなアンタ、最高じゃねぇの」

「やだ、そんなこと言わないでよ」

「俺は素直なだけだぜ?」


 波打つシーツを、ぎゅっと握りしめる。

 私はまた、彼以外の男と共に、ベッドの上にいるんだ。


 彼には出来ないことを、この男はいとも簡単にこなしてしまう。

 ううん、他の男のほとんどが、きっと普通に出来てしまうものなんだ。

 大樹だけが出来ない、私と綺月さん、二人で傷つけてしまったから。


 目頭が熱い、申し訳なくて涙が出てくる。


「うっ、うううっ」

「裏切って、悲しいのか?」

「だって、私、また」

「大丈夫だって、溜まってたんだろ? 今だけは欲望に忠実に生きようぜ」


 果実のような甘美な言葉に、素直に酔いしれる。

 二度三度と果てるも、彼の精力は衰えを知らない。

 何もかもが規格外だった、こんなのを、綺月さんは相手にしているんだ。


(羨ましい)


 言葉に出せない、思ってもいけない言葉が、頭を支配する。

 大樹への想いは間違いのないものなのに、どうして私は。




「待たせたね、どう? 勉強捗った?」

「うん、そこそこ、かな」

「じゃあ、帰ろっか。今日は僕が夜ごはん作るからね」


 講義を終えた彼の笑顔を見て、久しぶりに胸が痛んだ。 

 私はまた、間違いを犯してしまっている。 


「ううん、私が作るから、大樹は休んでていいよ」

「そう? ありがとう、じゃあ、そうさせて貰おうかな」


 彼の笑顔を見て、少しだけ安心する。

 流星君との密会を、大樹は気づいていない。


 緑谷の時は、告白を見られていたから。

 今回は絶対に、誰にもバレないようにしないといけないんだ。




「よっ、彼氏どうだった?」


 次の講義の日、流星君は当然のごとく私の前に姿を現した。


「全然、治らないよ」

「そっか、じゃあもっと、教えてやらないとだな」

「別に、教えて貰わなくてもいいし」

「まぁそう言うなって」


 当然のように隣に座ると、私の顔に手を当て、唇を奪った。


「――――っ、また、そんな強引に」

「強引じゃないだろ、だってお前、嫌がってないじゃん」


 嫌がってない。

 普通なら助けてって叫ぶのだろうけど。

 私は、彼が誘ってくれることを、心のどこかで望んでしまっている。


「今日は講義九十分だっけか」

「……うん」

「ほら、行こうぜ」


 だって、この男は。

 この男は、私が何をやっても叶わなかった、綺月楚乃芽の彼氏なのだから。

 だからこそ安心してしまうし、だからこそ優越感に浸ることが出来る。


「なんだお前、そんなに嬉しいのか?」

「だって、私、勝ててるから」

「勝ててる?」

「うん、嬉しい……私、嬉しい」


 綺月さんに夢中になっていたのは、大樹だけじゃなかったんだ。

 私も同じ、いつの間にか、綺月さんに夢中になっていた。

 絶対に勝てない相手、生まれも育ちも違う彼女の彼氏に、私は抱かれている。


「……なぁ、天音ちゃんよ」

「なに?」

「そんなに嬉しいなら、彼氏と別れちまいなよ」

「大樹と別れる?」

「ああ、それで、俺と付き合わないか?」


 悪魔の誘惑。

 私の心は、揺れ動いてしまった。

次話『送られてきたビデオレター』

明日の昼頃、投稿いたします。

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