第二十六話 誤解
※綺月楚乃芽視点、少し時間がさかのぼります。
「お父さん、大事な話があるの」
その場のノリで大樹と一緒に住む、なんて言ったけど、それはお金を出してくれるお父さんの承諾ありきの話だ。
さすがに受験前はお父さんに相談もできなかったけど、受験も終わった今なら、というか、今しか話をするチャンスはない。
「大事な話か、なんだか怖いな」
二人だけの食卓で、お父さんは食べていた手を止め、箸を置いた。
「あのね、大学合格したら一人暮らしをするって話を、前にしたでしょ?」
「ああ、したね」
「それをね、ちょっと変えて欲しいの」
「変える……この家から通うのかい?」
「ううん、彼氏と同棲しようかなって、思って」
静寂。
完全に止まってしまったお父さんを見ながら、私も空気を読んで止まる。
そろそろ三分かな? と思った辺りで、大きくお父さんが息を吐いた。
「楚乃芽に彼氏がいたなんて、お父さん知らなかったな」
「言ってないもん。だってお父さん家にいないこと多いし」
転校は無くなったけど、お父さんはちょくちょく家を留守にしている。
長い転勤は無くなったけど、出張が増えた感じ。
「それで、相手は誰なんだい?」
「お父さん、神山大樹君って、覚えてる?」
「神山大樹……確か、中学校二年生の時の男の子だったよね」
さすがお父さん、記憶力が良い。
思い出すように腕を組み、顎をさする。
「そうか、あの時の子か……」
「うん。バイトのヘルプを頼まれてね、行った先で大樹と再会したの。大樹もK大受験するみたいで、そのまま連絡取るようになって、それで……」
「それで、同棲したい、ということかな」
「うん。ダメ、かな?」
ダメって言われたら、大樹と二人でお父さんに土下座するしかない。
それでもダメって言われたら、そこは素直に引き下がるとしよう。
お父さんを敵に回したくもないし、困らせるのも嫌だ。
大学卒業後、その時、改めてお願いすればいいだけのこと。
そこまで考えたところで、お父さんが組んでいた腕を解いた。
「基本的には、ダメだ」
「基本的?」
「大学とは勉強だけではない、人脈を作るにも最適な場だと、お父さんは考えている。一流企業の社長同士が、実は同窓だったなんていうのは、実によくある話だ。その点、楚乃芽は女だ、女である以上、どうしても男を違う意味で引き寄せてしまう。楚乃芽は佳乃に似て、とても美人だからな。美人だし聡明だ、非の打ち所がない」
「それは言い過ぎだよ」
お母さんと似ているとは思うけど、私はお母さん程ではないと思う。
「だからね、必要以上に、男が寄ってしまう可能性が高いと、お父さんは思うんだ」
「それはね、今もバイト先で偽装彼氏作らないといけないくらいだし」
「偽装彼氏か……その役目としてなら、同棲を認めないこともない」
「……ほんと?」
「ああ、それに、相手が神山君なんだろう? また楚乃芽に大泣きされても困るからね」
「もう、お父さんったら……でも、ありがとうね」
もっといろいろと言われるかと思ったけど、案外すんなりと話が通ってしまった。
後で大樹と二人で改めてお父さんに話をしないとだけど、それでも、この結果は大きい。
食器を片しながら、自然と笑みが零れてしまう程だ。
(大樹に教えてあげようかな?)
そんなことを考えながらスマートフォンを手にしたけど。
大学が不合格だったら意味がないかとも思い、連絡はしないことにした。
サプライズ的な話にもなりそうだし、大樹の喜ぶ顔が目に浮かぶ。
一緒に住めるの? やったぁ! って、子供みたいに喜ぶかも。
後日、バイトへと向かおうとすると。
「え、ホーム火災で運休?」
私の最寄り駅の電車、ほとんどが動いてなかった。
誰よ、駅のゴミ箱に放火した大迷惑な人は。
駅のホームは人であふれてるし、他の路線も動いてない感じ。
タクシーを使おうとロータリーに向かうも、ここも人だらけだった。
(どうやっても遅刻だし……しょうがない、歩くか)
都内の良いところは、最悪歩こうと思えば歩けてしまうことだ。
どうあがいても遅刻だけど、やむなし、こればっかりはどうにも出来ない。
「いいよー、ゆっくり歩いておいでー」
バイト先の店長さんもこう言ってくれているし、お散歩がてら歩いて行くことに。
普段は電車で十分くらいの距離を、徒歩でたっぷり、一時間以上掛けて歩いた。
到着した頃にはなんか疲れちゃってて、これから仕事かってげんなりしていたのだけど。
「楚乃芽、すまねぇ」
店に入るなり、流星君が謝罪してきた。
「すまねぇって、何?」
「神山が、どうやら店に来たみたいなんだ」
「え、大樹が? どこにいるの?」
大樹がいると知って、咄嗟に店内に首を巡らす。
でも、いない。どこか別の場所にいるのかな?
連絡も無しに来るとか、大樹もサプライズが好きなんだね。
とはいえ、私も同棲の話を隠しているし、相変わらず似た者同士なのかも。
「楚乃芽、違うんだ」
「違う?」
「いつも通りの対応をしちまったんだよ」
「いつも通り――――」
何を言っているのだろうと思ったけど。
流星君が言わんとしていることを、秒で理解した。
「大樹、どこに行ったの」
「わからねぇ、訂正しようとしたんだが、アイツ走っていなくなっちまってよ」
最悪だ、私と流星君の過去を大樹は知っている。
恋人だと言われたら、疑うことなく受け入れてしまう可能性が高い。
電話……出ない、どうしよう、今すぐ誤解を解かないと。
「店長に言って、今日休ませてもらわないと」
「楚乃芽」
ぐっと、私の手首を流星君が握った。
「なに?」
「なぁ、こうなっちまってなんなんだが……このまま、勘違いさせたままでも」
血の気が引いた。
流星君は悪くない、私がお願いしたんだ。
でも、それは違う。
「それ以上何か言ったら、私、今日でここ辞めるから」
私は一度、彼の想いを裏切ってしまっているんだ。
再会した後、とても素直に私を受け入れてくれただけでも、ありがたいことなのに。
これ以上、彼を傷つけるなんて、絶対にあり得ない。
「……すまねぇ、ちと、とち狂った」
「二度と言わないで、絶対に」
「わかった」
掴んだ手を離すと、流星君は申し訳なさそうに頭を掻いた。
「店長はもう状況を知ってるんだ、だから、そのまま行って大丈夫だぜ」
「そう、ありがとう。……ごめんね」
「いや、謝るのはこっちの方だ」
言いながら、流星君は深く頭を下げた。
彼の謝罪を見届けると、私は踵を返し、大樹を探しに走る。
(駅かな、電話……出ないか)
一瞬だけ電話が通じたけど、物凄い爆音とともに通話が切れてしまった。
多分、スマートフォンの電源を切ったか、どこかに叩きつけたか。
このままじゃダメだ、絶対に探さないといけないのに。
(もう、どこにいるの。人が多くて、全然見つけられない)
新幹線のホームも探したけど、大樹のことを見つけることが出来なかった。
泣けてくる、もっとちゃんと話をしていれば良かった。
私から事情を説明していれば、こんな事にはならなかったのに。
「ダメだ……」
探し始めて三時間が経過した。
何万人といる都内で一人を探すのなんて、無理過ぎるよ。
「はい、明日もお休みで……はい、残り少ないのに、迷惑を掛けて申し訳ありません」
流星君にはああ言ったけど、どのみちバイトは辞めるつもりだった。
大学に通うようになったら、今のバイト先は遠すぎる。
それに、同棲もするのだから、家事と学業の両立だって必要だ。
バイトをする時間なんて、あるはずがない。
翌日、私は大樹の家へと向かった。
一人新幹線に乗り込み、東京を後にする。
懐かしい街並みを懐かしむこともせず、記憶を頼りに大樹の家へと、急ぎ向かった。
迷いなくインターフォンを押し、反応を待つ。
「はい」
「急な訪問、誠に申し訳ありません。私、綺月楚乃芽と申します。大樹さん、いらっしゃいますでしょうか?」
「綺月さん……ちょっと、待ってて下さいね」
良かった、大樹、家に帰ってたんだ。
もっと最悪を想定して、昨日は全然眠れなかったから、少しだけ安心した。
しばらくすると、玄関が開いた。
出てきたのは大樹ではなく、大樹のお母さん、樹里香さんだった。
次話『第二十七話 私の決断』
明日の昼頃、投稿いたします。




