第十六話 歩み寄る親切心、変わらない憎悪。
※渡会流星視点
楚乃芽と一緒にバイトをするようになって、俺に言い寄って来る女の数は激減した。
ゼロと言ってもいい。それぐらい、楚乃芽は魅力的だし、女として圧倒的だ。
楚乃芽に声を掛ける男も後を絶たないが、約束通り、俺が彼氏として全て追い払っている。
「ありがとう。流星君いなかったら、今頃私、どうなってたんだろうね」
「今頃? スカウトされて、アイドルにでもなってたんじゃないか?」
「またまた、私はそんな人間じゃないよ」
そういう苦笑ですらも天使に見えるのだから、楚乃芽はやっぱり別格だ。
心の底から、楚乃芽の彼氏が羨ましい。
神山大樹……だったかな。
もし会うことがあるのなら、一発殴らせてもらおう。
きっとそれぐらい、笑顔で許してくれるに違いないさ。
「ただいま、瑠香、またお前にお土産だぞ」
木造の平屋、昭和時代の古ぼけた家の玄関を開けると、いつもの声が聞こえてきた。
おさげにしていた髪をほどいたのか、若干波打たせた髪のまま、妹が出迎える。
「え? また? お兄ちゃん、ホストにでもなったの?」
「バカいえ、兄ちゃんの女友達のおさがり貰ってるだけだよ」
「おさがりか、でも嬉し、ありがとね」
楚乃芽がどんなものを瑠香に渡しているのかは分からないけど、妹の顔を見る限り、結構高い物を渡しているような気がする。
さすがは一流企業のお嬢様、といったところか。
部屋の隅、畳の上に荷物を放り、襖の上の部分に制服を掛ける。中に着ていたシャツを脱いで洗面所のカゴに入れた後、カゴの中身が今朝から変わっていないことに気づいた。
「母さんの様子は?」
「さっきまでは起きてたけど、また寝たんじゃないかな」
「そっか、まぁ、無理してなきゃいいんだけど」
二部屋しかない家、その内の一部屋は母さんの部屋だ。
襖で区切られた部屋へと向かうと、蝋燭だけのか細い明かりが室内を灯す。
光源である蝋燭、その横に一本だけ、先端に火が付いた線香が立っていた。
「母さん、線香あげたら蝋燭消さないとダメだろ」
布団で横になる母さんへと声を掛けるも、返事はなかった。
別に返事が欲しかった訳じゃない、そこにいてくれれば、それでいい。
俺も仏前に座り、線香へと火を灯し、香炉へと刺し込む。
鈴を鳴らし、両手を合わせた。
(親父、今日もウチは元気でやってるぜ)
写真の親父は、以前住んでいた店の前で、母さんを抱きしめ笑みを浮かべている。
誰が見ても仲の良い夫婦だった、比翼連理って言葉がまさにぴったりの夫婦だった。
だから、片翼が無くなっちまったから、母さんは飛べなくなっちまった。
店を畳み、新たな地で店を開き、そして失敗した。
親父の自殺、第一発見者は母さんだった。
母さんは精神を病み、働くことが出来なくなっちまった。
幸い、父さんが残してくれた保険金があったものの、それだって使ったら無くなる。
俺の学費、瑠香の学費、毎日の食費に諸々の出費、一円だって無駄に出来ない。
「あれ? お兄ちゃん、スマートフォンで遊んでるの?」
「ああ、兄ちゃんの友達がな、またシャドモンで遊ぼって言ってくれてさ」
「いいなぁ、私もスマートフォン欲しいなぁ」
「瑠香が自分で基本料金支払えるようになったら、だな」
「はぁい、ちぇっ、私も早く高校生になりたいよ」
楚乃芽に誘われて、再開したシャドモンだったけど。
廃課金勢の楚乃芽には、これっぽっちも勝てる気がしない。
別に、楚乃芽が楽しんでるみたいだから、負けっぱなしでもいいけど。
「ねぇ、流星君、ちょっと聞いてもいい?」
その日は珍しく、昼休憩に楚乃芽が俺の教室までやってきたんだ。
垢ぬけた存在、学校一可愛いんじゃないかと噂される楚乃芽が、俺の名前を呼ぶ。
クラスメイトがざわつく中、俺はちょっとだけ優越感に浸りながら、彼女を出迎えた。
「なに?」
「前から気になってたんだけどさ、流星君のお昼って、毎回おにぎりだよね」
「ん? ああ、これ? 自分で作ってるからな」
「妹さん、いるんだよね?」
「いるけど、瑠香はまだ中学生だから、給食だぜ?」
「お母さんは?」
「母さんは病気で寝込んでるから、料理とか無理なんだ」
誰もいない時に、起きてはいるみたいだけど。
今の母さんに以前みたいに料理してもらうのは、不可能だと思う。
起きても父さんの写真や動画を見ながら、ずっと泣いてるんだ。
俺も瑠香も、家事をしない母さんを責めることなんか、出来やしない。
「夜ご飯は?」
「夜は総菜買って食べてるよ。下手に作るよりも安いんだ」
「でもそれって、夜遅くの値引きされたお弁当、とかでしょ?」
「ああ、そうだな」
「じゃあさ……流星君、良かったらだけど。ご飯、作りに行ってあげようか?」
楚乃芽の言葉で、教室内が一瞬で静まり返った。
「あ、あ、あれ?」
楚乃芽も異変に気づいたのか、周りを見て、一人たじろぐ。
普通に聞いていれば、恋人同士のやり取りにしか聞こえない。
でも、俺たちは恋人ではない、単なる知り合いなんだ。
「やめとけよ、残った食材とか、ウチの家族じゃ何も出来ないし」
「大丈夫、私、冷蔵庫空っぽに出来るぐらい料理出来るから」
「自炊歴七年だっけ、大した自信だな」
「うん。良ければ、瑠香ちゃんに料理教えてあげてもいいけど」
「瑠香の料理かぁ。それはちょっと、なんか怖いな。まな板とか入ってそう」
「ふふっ、何それ」
「いや、アイツ加減とか知らないから」
くだらない会話をしている間に、教室内は普段の賑わいを取り戻していた。
腕組みし、どうしたものかと、一人悩む。
「で、どうするの? 流星君さえ良ければ、今日のバイト終わってから行ってもいいけど」
「そっか……まぁ、そうだな。一回だけ頼んでみようかな」
「一回でいいの?」
「だって大変だろ?」
「大変じゃないよ。普段してることだから。それにほら、瑠香ちゃんにいろいろと渡してるけどさ、使い方とか分かってるのかなって、ちょっと気になるし。いろいろと理由付けしてるけど、要は一回、瑠香ちゃんに会いたいんだよね」
「なるほど、それが一番の目的か」
「うん。だってなんか、妹って可愛いじゃん」
破壊力抜群の笑顔、きっと楚乃芽が家に来たら、瑠香も喜ぶ。
「わかった。ただ、俺の家本当に貧乏だから、驚かないでくれよ?」
「そんな失礼なことしないよ。するように見える?」
「見えない」
「じゃあいいじゃない。今日のバイト終わったら、食材買いに行こうね」
こうして、楚乃芽が俺の家へと来ることになったのだけど。
(マジか、どんだけ買うんだよ)
楚乃芽の買い物、カード決済で一括支払いだった。
買い物カゴ二個分いっぱいに食材買って、金額も五桁だった気がする。
なんていうか、生活レベルの差を見せつけられた感が凄い。
「ただいま。瑠香、お客さん入るぞ」
「お客さん? え、え、ちょっと待って」
玄関開けたら二秒で居間な我が家。
へたったビーズクッションに寄り掛かる瑠香は、ランニングシャツにドルフィンパンツという、下着姿に近い恰好だった。
慌てて立ち上がり、手身近にあった中学校のジャージを一瞬で着込むなり、俺を睨みつける。
「もう、お兄ちゃん、お客さん連れて帰るなら連絡頂戴よね」
「どうやってだよ。電話も何も無いだろうに」
「確かに」
ケラケラと笑う。
瑠香も楚乃芽に負けないくらい、可愛い妹だ。
そんな、他愛のない日常の会話だったのだけれども。
それを聞いた楚乃芽がぱたぱたと室内に入り込み、瑠香の前に座った。
「瑠香ちゃん、スマートフォン持ってないの?」
「え? あ、は、はい」
「それって不便じゃない? だって中学三年生でしょ? 学校の便りとか、クラスのSNSグループとか、そういうのに参加できてないって訳だよね? それに、誰かに襲われた時とかどうするの? こんなに可愛いんだから、絶対狙ってる男いるよ?」
「狙われてなんかないですけど……というか、お姉さん、誰ですか?」
「私? 私は……えっと、お兄ちゃんの友達の、綺月っていいます」
瑠香の奴、さっぱり分からないって顔をしている。
しょうがない、助け船出してやるか。
「いつも瑠香にお土産くれてるの、このお姉ちゃんだよ」
「あ、あー! いつもありがとうございます! あれめっちゃ高い奴ですよね!」
一瞬で尻尾振りやがった。
猫みたいに瞳孔まん丸にしながら、楚乃芽の手を握ってぶんぶんしてやがる。
「別に、そんなに高くないよ。お父さんが貰ってくるの渡しただけだから」
「え、貰い物ですか!? どれだけって感じですよ!」
やっぱり高かったのか。
ってか、それを貰ってるって。
やっぱり、楚乃芽はお嬢様だな。
「まずは料理って思ってたんだけど、その前にスマートフォン買ってあげた方が良くない?」
「買うって、十八歳以下は契約すら出来ないぜ?」
「お父さんは?」
「親父は……楚乃芽と別れた後、死んじまってさ」
間が開いた後、楚乃芽は眉をハの字にしながらその身を引いた。
「え……ごめん」
「だから、何よりも先に、線香あげて欲しいんだ」
特別、深い意味があった訳じゃない。
普通のことを、普通にお願いしただけだ。
だが、楚乃芽は無駄に頭がいい。
「そのお線香……私があげても、いいの、かな」
必要以上に、余計なことを考えちまったらしい。
「大丈夫に決まってるだろ」
「だって、流星君のお父さんが亡くなったのって」
言いかけて、口ごもる。
楚乃芽の親父が何をしていたのかは、中学生の頃から知っていた。
だから、クラスメイトは楚乃芽をイジメていたし、距離を取っていたんだ。
俺もそれは知りつつも、それでも楚乃芽と友達になることを選んだ。
だって、それは親のしていたことであり、楚乃芽がしていた訳ではないから。
「お父さんいなくなったの、事故だから」
「……瑠香ちゃん」
「だから、誰の責任かって言ったら、相手の運転手だよ。ね、お兄ちゃん」
空気を呼んだのか。
瑠香の奴、思っていた以上に、お利巧に育っていたらしい。
「ああ、そうだな。という訳だ、楚乃芽、親父に線香、あげてやって欲しい」
「……わかった。ごめんね、いろいろと気を使わせちゃって」
「いいって、瑠香もいいよな」
「うん。それに、楚乃芽さんがお姉さんになったら、私めっちゃ嬉しいし」
「いや、兄ちゃん、この人とお付き合いしてないからな?」
「え? お付き合いしてないの? してないのに家に来たの?」
「俺が毎日おにぎり食べてるから、心配して料理してくれるんだと」
「え、料理? 楚乃芽さん、料理出来るの?」
瑠香の奴、またしても目をキラキラさせていやがる。
「うん。瑠香ちゃんにも、しっかりと教えてあげるからね」
「マジで!? うわ、嬉しいかも!」
それから、親父にお線香をあげた楚乃芽は、瑠香と共に狭いキッチンに立ち、俺たちに美味しいご飯を振る舞ってくれた。
寝込んでいる母さんにもって、細かく刻んだ野菜たっぷりのおかゆとか、食べやすいように刻んだうどんとか。部屋の掃除までしていってくれたのだから、楚乃芽が家に来てくれたことは、渡会家にとってプラスでしかない。
でも、楚乃芽が帰ったあと。
瑠香は人が変わったように、静かな声で質問してきた。
「お兄ちゃん」
「ん?」
「綺月さんって、あの綺月さんだよね」
「……ああ、そうだな」
「じゃあ、お母さんには絶対に言えないよね」
「だな、これ以上悪化させたら、洒落にならねぇよ」
襖ひとつで話する内容じゃないかもしれないけど。
動く気配がないってことは、きっと母さんに俺たちの声は届いていない。
「良い人なのはすぐに分かったし、お兄ちゃんが惚れてるのもすぐわかったけどさ」
「お兄ちゃんは惚れてない」
「はいはい。とりあえず、妹として出来ることはしてあげるから、安心して家に連れてきなね。もし私が邪魔なら、一日二千円で友達の家にお泊りに行ってあげるからさ」
「だから違うって」
「わかんないよぉ? もうお兄ちゃんも高二なんだし」
「ったく……なぁ瑠香」
「ん?」
「もし本当に楚乃芽と俺が付き合って、結婚するってなったら、瑠香はどう思う?」
たらればだ。
絶対にありえないことを、妹に聞いてみた。
すると、瑠香は手を後ろで組みながら歩み寄り、冷めた視線を見上げこう言った。
「結婚と同時に、家族の縁を切るよ」
嘘偽りの無い瞳で言い切る。
大きくて可愛い瞳、そこには割り切れないだけの感情が、蠢いていた。
次話『蛇のように曲がりくねった幼馴染の思い。』
明日の昼頃、投稿いたします。




