第十五話 無くなった転校、変わりは始める関係。
※綺月楚乃芽視点
高校に入学して、一年が経過した。
再会した流星君との距離は、以前と変わらず。
放課後、バイト先でシャドモンを遊ぶ程度で、教室ではあまり会話をしていない。
お互いに優先度が低い緩い関係、好きになることもないし、嫌いになることもない。
親友っていうのかな、多分、そんな感じなのだと思う。
二年生になり、流星君とは違うクラスになったものの。
特段寂しいとか、そういうのは感じなかった。
むしろ、それとは別に、私は違和感を覚え始めていたんだ。
一体いつ、転校するのかなって。
日曜日の朝、休みの日でも、お父さんは必ず朝七時にご飯を食べる。
私も食卓につき、苺ジャムを焼いたパンに塗りながら、お父さんに聞いてみた。
「一年以上引っ越さないのって、久しぶりだよね」
手渡されたパンを一口食べた後、お父さんは牛乳で口を潤す。
若干の間。何かをしゃべる時の、お父さんの間だ。
おとなしく待っていると、お父さんは語り始める。
「そういえば、楚乃芽には言っていなかったね。お父さん、また少し偉くなるみたいなんだ」
「そうなの?」
「うん。これまでは新規開発部門だったけど、これからは総括部門の取締役になることが決まってね。全国の既存物件の対応が、主な仕事になるんだよ」
「全国って、大変そうだね」
「言葉だけ聞くとそうかもしれないけど、各支社からの報告を受けるのが主な仕事になるからね。これまでみたいな単身赴任はほとんど無くなるんだ。重要な打ち合わせとか、問題が起こったら顔を出さないといけなくなるけど、でも、それだけだね」
「というと……もう、引っ越しは無いってこと?」
「そうだね、この家から本社に通えるし、引っ越す必要もないね」
もう、転校をしなくてもいい。
そういう大事なことはもっと早く教えてくれたら良かったのに。
でも、片親で育ててくれるお父さんに面と向かって文句は言えず。
なので私は、気軽に話が出来る親友の下へと、愚痴をこぼしに向かうことにした。
「楚乃芽お前、それを言うためだけにポテト食べに来たのかよ」
「だって、流星君なら私が言いたいこと、分かってくれるでしょ?」
日曜日だというのに、彼はお店の制服に身を包み、カウンターに立っている。
休みは全部バイト、それでいてテスト上位常連なのだから、流星君って凄い。
「そりゃ分かるけどよ、俺いま仕事中だぜ?」
「うん。ポテトだけでご不満なら、スマイルも付けていいよ」
「ご注文ありがとうございます」
「あはっ、良い笑顔だね。相変わらずのイケメンさんだ」
「ったく……愚痴聞いてやっから、少し待ってろよな」
「うん、ありがとう。やっぱり、持つべきは親友だね」
「親友って……はいはい、とっとと列から外れてお席へお向かい下さいな」
話していて、気を遣う必要が一切ない。
ほんとに、どこまでいっても流星君は流星君なんだ。
こんな流星君なら、彼女の一人や二人、いてもおかしくないと思うんだけど。
不思議なことに、彼の周囲に女の子がいたことは、一度も見たことが無い。
「きゃー! カッコいい! 連絡先交換してくれませんか!」
席に付いていると、黄色い悲鳴が聞こえてきた。
二人組の女子高生と、カウンターには流星君の姿が。
「ごめん、俺いま仕事中なんだ」
「じゃあ、今日は仕事、何時に終わるんですか!」
「仕事はそろそろ終わりなんだけど、先約がいてね」
流星君、私の方を見た。
女子高生二人も、私の方を見る。
なんとなく、会釈。
「なんだ、彼女さんいるのかぁ」
「そういうこと、ごめんね」
「うぅ、わかりました。じゃあ、あの女と別れたら連絡下さいね!」
別れたら連絡とか、凄いメンタリティーだね。
私には到底、真似出来そうにないよ。
それからしばらく、流星君の彼女、という視線を無駄に浴び続けることに。
やっぱり人気者なんじゃないかな、結構な人数に睨まれてるんだけど。
縮こまりながらポテトとちびちびと食べていると、ふっ……と、視線が消えた。
私の前に流星君が座ったからだ。今や視線は全て彼へと注がれている。
「お待たせ、シフト交代の奴が遅刻しやがってさ。これ、お詫びのリンゴパイ」
「ありがとう。もうちょっとしたら帰ろうと思ってたよ」
「ごめんごめん、というか、今日って楚乃芽が愚痴言いたいだけなんじゃ?」
「そうだけど。でも、さっきみたいのはヤメて欲しいな」
「さっきみたいのって、彼女って言ったこと?」
「うん、私と流星君って、そういう関係じゃないし」
「じゃあ、どういう関係なのかな」
貰ったリンゴパイを食べようとしたのだけど。
口へと運ぼうとした手を止めて、テーブルへと戻した。
「楚乃芽ってさ、好きな男、いるの?」
椅子に座り、真剣な眼差しで、私を見ている。
手櫛で整えた緩く波打つ髪、鋭いまなざしに、それと反比例した緩む口端。
耳たぶを飾るピアスに、太くて鍛えられた首筋。
モデル体型であり、それに甘んじることの無い鍛えられた身体。
さっきの女子高生がこの目で見られていたら、即死級の衝撃を受けるのだと思う。
だけど、私は今の流星君を見ても、何も感じない。
ドキドキのひとつもしないんだ。
だから、素直に答える。
「いるよ」
あの日、大樹に答えた時と同じように。
「誰?」
「神山大樹って、男の子」
「神山大樹……って、誰?」
「中学二年の時に、同じ学校だった子」
「ソイツが、楚乃芽の恋人なの?」
「うん」
別れたけどね。
「そっか……でも、今は側にいない感じか」
「いないけど、別に流星君とは関係ないよ」
「まぁ、そうだな。相変わらずだな、楚乃芽は」
「相変わらずって……あ、それ」
流星君は、テーブルの上にあったリンゴパイを手に取ると、ぱくりと食べてしまった。
「私のリンゴパイだったのに」
「ダメ、恋人がいる楚乃芽にはあげません」
「何それ、差別じゃない?」
「ははっ、まぁいいだろ。リンゴパイぐらい、また買ってやるよ」
雰囲気が、元に戻った。
笑顔で優しい、いつもの流星君だ。
「それよりもさ、転校しないってことは、部活とか始めるってことか?」
「うーん、でもさ、部活をやるにも、二年生からじゃ厳しいよね」
「そっか……あ、じゃあさ、バイトしない?」
「バイト?」
「そ、ここで俺と一緒にバイト。社会勉強に最適だと思うぜ?」
バイトか、考えたことも無かったな。
「遠距離恋愛の彼氏がいるんならさ、俺がいた方が、変なの寄って来なくていいと思うぜ?」
「そうかもだけど。でもそれって、さっきみたいにするってこと?」
「ダメか?」
「ダメでしょ。私いまさっき彼氏いるって言ったばかりだよ?」
「何も本気にしなくていいんだよ。俺も彼女いるって言った方が楽だからさ。楚乃芽だってさっきの見てただろ? あんなのが毎日来るんだぜ? 最近だと出待ちみたいのもいるし、彼女いるって言った方が本当に楽なんだよ」
恋愛に興味ないと言っていた流星君だけど。
果たしてどこまでが本心なのかな?
さっきの雰囲気は結構本気、だったような気がするけど。
「流星君さ」
「なに?」
「どうして彼女、欲しくないの?」
「……どうしてだと思う?」
足を組み、頬杖を突きながら、アンニュイに微笑む。
本当にモデルさんだよね、何しても様になってる感じ。
「別に、教えてくれないなら、それでいいけど」
「そか、じゃあ教えない」
「え、本当に教えてくれないの?」
「なになに、気になる感じ?」
「……からかってるのなら、帰る」
テーブルの上を片付けて帰ろうとすると。
(わわっ)
流星君に、手を掴まれてしまった。
「分かった、ちゃんと話しするから、座ってよ」
「……最初からそうすれば良かったのに」
座るも、手が離れない。
「流星君?」
「楚乃芽の手って、小さいんだな」
「帰るよ?」
「冗談だって、楚乃芽って怒りっぽかったりする?」
「別に、怒りっぽくなんかないし」
手を離すと、椅子に深く座り直し、流星君は足を組んだ。
「実はさ、俺の家、すっごい貧乏なんだよな」
「……うん」
「まぁ、こんだけバイトしてるんだから、言わなくても分かりそうなもんだけど。使ってるスマートフォンだって、中学の頃から変わってないんだぜ? 未だに4Gの電波しか使えないし、最近だとWi-Fiの接続だって時間かかっちゃってさ。痩せたのも、単純に飯の量が減ったからってのが、一番の理由だったりするんだよな」
「そう、だったんだ」
「それに俺、妹いるんだよね」
「え、妹さん、いるの?」
「そ、瑠香って可愛い妹がいるのよ。瑠香に不自由な暮らしさせたくないしさ。留年する訳にもいかないし、妹も食べさせないといけない、となると、金がかかる恋人なんか欲しいと思わないんだよね。これが理由、わかった?」
「……わかった」
流星君の家が貧乏なのって、私のお父さんが原因って、ことだよね。
ちょっと、怖くて聞けないけど。
「ねぇ、流星君」
「ん?」
「妹さんいるのならさ、私が使ってるコスメグッズとか、着なくなった服とか、プレゼントしてあげてもいいかなって、思うんだけど」
「お? 本当に? ちなみに瑠香ってこんな感じなんだけど」
スマートフォンの画面に映る、ピースサインした女の子。
おさげにした髪、大きな瞳に、流星君と似た形の鼻、小さい口……普通に、可愛い。
身長は小さい感じかな。ただ、瑠香ちゃん、胸が結構ありそうな感じがする。
「ぴったりなのは、ちょっと無理かな」
「そうか? 楚乃芽と体型似てると思……ああ、なるほど」
「納得しないでくれる? 私でも傷つくことあるんだからね?」
「おお、すまねぇ。デリケートな部分だったな」
「まったく……まぁ、わかった。今度瑠香ちゃんのプレゼント用意しておくから、流星君も私のバイトの件、店長さんに宜しく言っておいてね」
「ん? 話、進めていいのか?」
「いいよ。流星君なら大丈夫だろうし」
「そか、分かった。瑠香にも伝えておくわ」
ハンバーガー屋さんでのバイトは、即日合格を貰うことが出来た。
ただし、流星君の彼女、という形での採用になってしまったけど。
(大樹が知ったら怒るだろうな)
彼、意外と束縛強かったし。
最後の最後まで、別れたくないって言ってたし。
それにしても。
「……私、なんで大樹と付き合ってるって、嘘ついたんだろ」
見上げる夜空は、何も答えてはくれない。
ただ、今日はやたらと月が明るい。
大樹が隣にいたら、月が綺麗ですねって、言いたくなっちゃうくらいに。
次話『歩み寄る親切心、変わらない憎悪。』
明日の昼頃、投稿いたします。




