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第92話 怨嗟

かこ?


 男はかつて鎌倉の世に生きた陰陽師であった。生まれた時は1250年代の頃。



 当時陰陽師という職は占いから医術、豊作を祈る祈祷に魔物退治、様々な事を現代で言う術式、当時で言う陰陽術を用いてこなす事が出来た。陰陽術を扱い、マルチな活躍が可能である職であった。



 その技術を高く評価され、陰陽師という職を持つ者は当時の貴族や豪族等の権力者に重宝された。




 かつて男は当時の陰陽師達の中でも非常に優秀な技術を持ち合わせていた。その力量を買われた男は齢十四程の頃、朝廷直属の陰陽師として勤務する事となる。




 男には非常に強い向上心があった。同僚達ですら一種引いてしまう程の尋常ならざる技術への探究心。休日も存在せず、常に己の実力を上へ上へと高める執念染みた何かがあった。常に彼の手には考えついた事を書き留める為のわら半紙に筆が携えられていた。




 朝廷で働く陰陽師達の多くが彼の奇行に眉をひそめる中、唯一、彼の見る景色を理解していた者が居た。




 名も無き山中の村の出身の男。男というにも満たぬ、まだ齢十二にも満たぬ少年であった。真正の天才とも言える才を幼き頃から発揮し、当時の朝廷から直々に我々の下でと召集が掛かり務める事になった少年であった。



 当時男と少年は二歳差。少年の方は男を兄様と呼び、本当の兄であるかのように慕っていた。



 

 一方、男の方から見ればこの少年は邪魔で邪魔で仕方が無かった。邪魔どころの騒ぎでは無い。憎悪の感情すらこの少年へ抱いた。



 この少年が来てからというもの、初めて追われる者としての立場を実感する事となった。



 男は結局天才ではなかった。



 他の同僚達は鍛錬を積めば積む程に実力を引き離す事が出来た。それがどうだろう。この小僧は大して鍛錬を積んでいないように見えるにも係わらず、日に日に己との実力差が詰まってきている。



 いつの頃からか、楽しくて仕方が無かった筈の鍛錬が苦痛になる。



 嫌でも視界に入ってくるのだ。側で私を追い抜かんと己の倍の速さで成長してくる少年の姿が。



 男は、かつての誰と比べるでもなく、ただ己の成長を喜び、鍛錬を積む事を繰り返す事が出来た幸せがこの小僧に崩されたのだと思うようになっていった。




 きっといつの日かそう遠くない未来、この小僧は俺の実力を追い抜くのだろう。そう思った時、男は我慢がならなくなった。




 * * *



 いつの頃か読んだ海の向こう側より伝来した書物に載っていた。




 神を呼び覚ます秘術。対価と引き換えに己の願いを叶える術。



 まさかこの術を使うことになろうとは思っていなかった。その気になれば大概の事など己の陰陽術一つで叶うから。




 しかし今回の己の願いばかりは叶える事は難しかった。




 神になる事。最早人の身であいつに勝つ事は諦めよう。あの小僧の勝ちで良い。



 人の域を脱し、あの憎き小僧を我が手で下すのだ。神に直接小僧を殺してもらう事などは絶対に祈らない。




 私はあの小僧を、それも人生で到達しうる実力の最高到達点の瞬間のあいつをこの手で殺さねばならないのだ。




 常に追い続けられるこの恐怖はそれでしか拭えない。間違い無く人類最強となった存在をこの手で捻じ伏せなければ、一生安心して眠る事は叶わないだろう。



 あの小僧を殺す。




 * * *



 1288年から1293年にかけて発生した後世の世で言われる所謂、国沈戦。



 その引き金となったのは神へ成らんと願った男であった。




 神上がりの対価として大量の命が差し出された。



 大量の血の上で男は人の域を脱し、小精霊程の存在へと成り上がる。



 格としては小精霊程とはいえ、人間であった頃の知能に技術を加えた時、間違い無く彼は当時の世界で最強の座をほしいままにする実力を手に入れた。




 それでも男の願いは叶わなかった。




 事が起きる前、国沈を呼び覚ます過程でいち早く異変に気付いた少年は朝廷へ声を発した。




 「空に裂け目があります。何かが起こる予兆です。調査するべきです。」




 悲しいかな、朝廷で空の裂け目が見えるのは認知可能な範囲が非常に広い男と少年のみであった。



 男は計画を邪魔される訳にもいかず、兄様と縋る少年を振りほどき、空の裂け目が見えないふりを徹した。




 するとどうだろう。どこか脇から出て来た貴族の一人が「この者は朝廷を混乱に陥れようとする国賊である。」等と言いだした。



 結局、己以外にもこの少年を除かんと願っていた勢力が居たという事だったのだろう。



 鍛錬に身を注ぎ、政に一切の興味を示していなかったツケが来た。当時の権力者が揃いも揃って小心者だったのも悪かった。




 男がしばしの外出をしていた隙に少年は朝廷によって斬首の刑に処されていた。







 首だけとなった少年の姿を見てもなお、男は己を追う天才の影を振り払う事は叶わなかった。




 男の眼は虚ろな物となり、ただかつて立てた計画のみを遂行した。きっと神へと成り上がれはこの不安から放たれると信じて。




 男の不安が晴れる事はついぞ無かった。




 不安に苛まれる中、神へと身を変貌させた男はやがて動きが鈍くなる。現世へこの身を適応させんと身体が休眠を欲したのだ。




 こうして男は数百年の眠りに着くこととなる。




 再び彼が目を覚ました時、この国最強の存在として頂きに経っていたのは宇喜田裕一であった。



 男は思う。彼を殺せば、この不安は解かれるのではないのか―。









 

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