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第42話 馬鹿

俺も馬鹿になりました。


 赤谷は困惑する。



 困惑の理由は明確であった。他の怪異家とは別格。最強かつ圧倒的なカリスマ性を持つ生ける伝説、宇喜田裕一が全く知性を感じさせない表情で立ち尽くしているからである。



 「裕一さん……?」



 声を掛けても返答が無い。



 赤谷自身も今見ているこの光景が幻でないのか確証が持てない。頭の処理が追い付かず、赤谷も立ち尽くす。



 「ようやく来たのかい。」



 赤谷が対応に困っていると宇喜田たえが小屋の中へと入ってきた。



 「やっぱりこうなったかい。情けないね。」



 呆れたと言わんばかりの表情でたえは言う。



 「たえさん……、これはどういう事なんじゃ?」



 赤谷は困惑しつつ質問をする。



 「裕一が馬鹿になった。原因はまぁ分かってるんだが。とりあえずはっきり耳元で命令を言ってやれば多少そこらの怪異家よりかは動けるから。よろしく頼むわい。」



 たえは雑な説明で済ます。



 裕一がこうなっている原因は当然、廉が近くに居ない事によるロスである。精神的ショックにより裕一の普段の聡明な知性は微塵も残っていない。



 「馬……え?馬鹿に?全く分からないんじゃが……。まぁたえさんが言うならそういう事か。」



 赤谷は何も理解していないが、裕一に並ぶ怪異家界を牽引するたえの放つ妙な説得力により納得をする。



 「ええと、それじゃあ裕一さんは今は複雑な作戦とかも理解できない感じじゃろうか?」



 赤谷が問う。



 「そうだね。知性が下がっているから多分まともに使えるのは爆発術式くらいだろうしね。他は使い物にならないと考えるべきレベルだ。」


 


 爆発術式オンリー。怪異家としてはかなりの致命的な選択肢の狭さである。通常怪異家は属性の通りを見て術式の選択を行う。裕一は既に怪異家としてのセオリー通りの戦い方すら封じてしまっている状態となっていた。



 「なまじ素の術式耐性が高いのも厄介だね。洗脳術式が使えない。」



 そう言ってたえは肩をすくめる。




 赤谷は思う。そんな状態なのなら無理に招集するべきでは無かったのでは……と。



 「それは無理さね。今回の怪異の波長は特殊だ。裕一レベルじゃないと認識できない可能性が高い。それにね。」



 焦点の合ってない目線のまま立ち尽くす裕一の方に手を置き、たえは言う。



 「爆発術式しか使えないとしてもうちの裕一は誰にも負けんよ。」と。




 * * *



 不可視の怪異の情報がたえに伝わる数日前。




 町外れの洋館の庭で吸血鬼の王、リーザ・フェリナは儀式を始める。



 彼女の祖国に伝わっていた邪神召喚の儀式。正確な魔方陣に豚、羊、人間の血肉を必要とする上、特殊な祝詞の詠唱が要求されるためそれなりに儀式に漕ぎ着けるまでのハードルが高かった。



 「それにしても、こんな形で人間の血肉が手に入るとはラッキーよ。」



 人間の臓物を並べながらリーザは言う。



 彼女が儀式を行う上でネックとなっていたのが人間の血肉であった。



それなりに高い霊力を持つ人間が好ましいとされていた為、ずっと条件に合う人間を見つけられておらず難儀していたのだ。



 しかしその悩みは思わぬ形で解消される事となる。



 リーザが条件に合う人間を探そうと町に出て来ていた時の事、丁度交通事故によって人が亡くなったのであった。一般人にはただの人身事故に見えたのであろうが、リーザにだけは車によって轢かれた人間が偶然にも怪異家である事を見抜いた。



 一般人に見られぬよう隠匿術式を掛けた上で即座に遺体を回収し、今回の儀式に転用したのであった。



 「ちと体が崩れてしまっているが、まぁ問題ないだろう。」




 リーザはその手を血塗れにしながら呟く。



 こうしてリーザ・フェリナの手によって邪神召喚の儀式は始められたのであった。



 



 

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