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第100話 終幕

完結話です。


 「あー、痛ぇ。あの空間じゃ殆ど無かった感覚だな。」



 国沈は膝を付きながら己の腹をさすり、言う。先程まで国沈が囚われていた己の空間では国沈の痛覚などは鈍っていた。久しぶりに感じた痛みを国沈はかみしめる。



 「良かったなぁ。」



 裕一はそう言いながら国沈へと一気に距離を詰める。裕一の戦い方も本気中の本気。裕一がいくら強いといえど、国沈もこの世界においては圧倒的な猛者のそれであり、裕一が気を抜ける道理は無かった。



 故に裕一はここで勝負を決めにかかる。



 裕一は国沈の懐へ飛び込もうとしつつ、必殺とも言える火力を誇る攻撃系術式を己の拳へ纏わせる。



 裕一のこの術式は所謂、〝当たれば強いけど〟と称されるタイプの術式であった。発動には複雑な詠唱を必要とし、それ故に他の術式とは数倍とも言える差が発生する詠唱時間。ようは当てる為には相手を数秒間の間無防備にしつつ、相手に一切攻撃される事無く当てなければならない、といったまるで実用性の無い術式であった。



 裕一が必殺の術式を用意し始めた事を察知した国沈は、いち早くその術式の扱いにくさ、その性質を見抜く。



 現在裕一は既に跳躍して国沈の下へと飛び込んでいる。高火力術式の詠唱完了にはまだ四秒ほど必要とする。この間裕一は無防備。明らかに国沈の目には裕一の選択は悪手に見えた。



 「裕一!!決め方の美しさにこだわったのが仇となったな!!」



 勝ちを確信した国沈はそう叫ぶと、空中で無防備となった裕一へ亜空間術式を発動する。



 このタイミングであればもはや、高火力術式の詠唱を破棄して再度、対抗策の転移術式を多重詠唱する事は間に合わない。国沈の考えでは、どうあがいても一度裕一は国沈の亜空間術式によって拘束される筈であった。



 「!?」



 国沈は驚きの表情で裕一を見る。



 見れば裕一を取り巻いていた筈の発動済みの亜空間術式は裕一の詠唱した全方位の転移術式によって掻き消されている。



 「はぁ!?間に合うはずが無いではないか!!」



 高火力術式の詠唱破棄から再度の転移術式の多重詠唱。どうあがいても間に合うはずが無いと思った。



 「あぁ。そういうことか。」



 直後、国沈は納得の声と共に、一瞬の戦慄が伴った笑みを浮かべる。



 裕一は高火力術式を維持したまま、さらに重複して転移術式、それも同時に複数発動する多重詠唱を成立させていたのである。



 国沈がその手を思い付かなかったのも無理はない。常識では考えられないからである。明らかにこの戦いにおける裕一の手筋は対国沈においても、この怪異家という世界においても完全に初見とされる戦法だらけであった。



 国沈は宇喜田裕一という存在に恐怖する。あれ程複雑な詠唱を必要とする高火力の必殺級の術式を詠唱しつつ、さらに同時に転移術式を複数個詠唱するのだ。果てしないほどの集中力と出力が必要となる。まさに現段階、世界においてこれを可能とするのは裕一のみ、といえる技であった。



 「しかも本番で一発成功か……。」



 懐に飛び込まれた国沈は感嘆の声を漏らす。あまりの超絶技巧に国沈は心が追い付かない。これは武の頂きに近しい者故に、ここに至るまでの修羅の道を誰よりも鮮やかに想像する事が出来てしまった故の物である。



 もはや国沈に裕一のこれを返す手は残っていない。



 裕一は絶大な威力を持つ術式を携えた拳を国沈の身体の芯、その中心部へ振り抜き、国沈の身体を撃ち抜く。直後、国沈は全ての意識を手放す事となった。



 * * *



 宇喜田裕一が生存していた。



 この事実はまたたく間に全国の怪異家達へと広がり、界隈を揺るがす大ニュースとなった。



 裕一とその伴侶、たえはしばらくの間、様々な場所へと状況説明を必要とされ、忙しく全国を飛び回っていたらしい。



 ニュース以降、裕一の不在によって発生していた各怪異家間の勢力争いによって発生していた混沌とした落ち着きのない空気感は直ぐには消えなかったが、時が経つにつれ次第に薄れていった。



 裕一の釈明により、多くの怪異家から死刑を願われていた西洋吸血鬼、リーザ・フェリナとリペの誤解は解かれる事となり、晴れて宇喜田家からの拘束状態は解除される事となった。



 現在では宇喜田家その他複数の怪異家の協力の下、西洋吸血鬼達の復興支援が行われている。



 一部では裕一の弁明は若干の嘘が混じっている、などと言われているが、何処の怪異家も、もはや最初に国沈を呼び出したのはリーザ達であると信じる者は居ないだろう。



 現在では国沈が現れるに至った理由として、数百年前の国沈戦、あの時の封印が長い年月を掛けて風化していった事が原因であろうと思われている。




 * * *

 


 九月下旬、海代高校。



 「裕一さん!!本当に生きていたんですね!?」



 海代高校の校長室へと訪れた裕一を見て、冬弥が大きな声で叫ぶ。



 「死にかけはしたけどな。暫く高校に通えていなくて申し訳ない。」



 裕一は苦笑いしながら頭をぽりぽりと掻く。



 「本当ですよ!!学校に来れない事は知っていましたが、理由なんか正直に言えないし。下手な説明をしてもぼろが出そうで怖かったですよ!!」



 冬弥は本当に怖かった、といった様子でおいおいと泣く真似をする。



 「それで校長さん。俺、復学出来そう?」



 裕一は椅子へ座る校長に問う。



 「確かに長期間休んでは居ましたが、間に夏休みの期間もありましたからね。出席日数もギリギリ足りているので問題は無いでしょう。」



 校長はそう言いながらべったりと汗をかく。この汗が未だ残る残暑による物なのか、裕一を恐れての冷や汗なのかは分からない。



 「あっ。というか裕一さん。そもそも廉さんが納得してるんですか?」



 ふと、冬弥は気付いたように裕一へと聞く。



 「あー、それがな……。」





 国沈を撃ち倒した直後、もとの世界へと戻っていった時の事。



 「ほら、心配掛けたんだ。一回、ちゃんと自分で言いな。」 



 裕一の背中をぽん、とたえは叩き言う。



 「いや、そもそも俺は絶対言うなって言ってたし、その……。」



 裕一はいつもとは大きく異なり、何かまごまごとしている。



 「良いから行け!」



 そんなうじうじとした様子の裕一を見て、たえはぴしゃりと言う。



 「裕一く……裕一。」



 堪らず、目の前で見ていた廉は裕一へと話し掛ける。



 「あぁ……。」



 「俺のじいちゃんって本当?」



 「そうだ。」



 「若返っているんだよね。」



 「そうだ。」



 「何で僕と一緒の高校に正体を隠して入ってきたの?」



 いつもの廉ではあまり見られない容赦ない廉の詰め方により、裕一はたじたじとした様子になる。



 「高校で頑張っている孫の姿を近くで見たくって……それで……。」



 正体がバレた裕一はあまりにも脆い。結局全ての状況を伝えきるまで、裕一は終始もにょもにょとした態度のままであった。



 「廉……、あの、俺、まだお前と一緒に高校行って良いかなぁ?」



 廉との話し合いの終盤、裕一はかなり下手といった位置から廉へ懇願ともとれる発言をする。



 「あんたこの期に及んでまだそんな事言ってんのかい。廉は嫌に決まってるだろう。」



 たえは若干呆れながら裕一を嗜める。



 「じいちゃん、まだ俺と高校に行きたいんだな。」



 ふと、廉が言う。



 「高校、まだじいちゃんと京子に狐翁くらいしか友達居ないんだ。良いよ。また一緒に高校行こうか。」



 廉はそう言うと裕一へと若干照れたような笑いを浮かべる。





 裕一はその笑みを見て心のキャパシティが限界を越え、その場で崩れ落ちたという。




 * * *



 「いえーーい!!裕一さん!復帰、おめでとーーう!!」



 「いえーーい!!」



 春雨寮、寮内での事。裕一が校長達への挨拶を終えた後、春雨寮の扉を開くとパーティーなどでよく見るとんがり帽子につけ髭、といった装いをした廉、そして市村京子と海代之狐翁がクラッカーをぱんぱんと鳴らしながら近付いてくる。



 「あぁ、お前ら。ありがとうな。」



 裕一ははにかみ、感謝を述べる。



 「何だかんだで戻って来れたわ。お前達のお陰だ。助けてくれてありがとうな。」




 「裕一が……、感謝を覚えた……!!?」



 狐翁達はあからさまにといった感じで驚いてみせる。照れ隠し、とも言えた。



 この場に居る誰もが、少々の照れを感じていた為、国沈へと対峙した事は深くは掘られる事は無いまま、パーティーは開かれる。



 パーティー、とはいえ数人しか居ないが豪華な食事を楽しむ会、といったささやかな催し物が開かれた。



 「あ、シド、お前まだ家の掃除してたんだ。」



 裕一は巨大なチキンを頬張りながら、ふと視界に入った、かつてリーザ達の眷属であった悪魔、シドへと話し掛ける。



 「掃除こそが裕一様が私に与えてくださった使命。なればこの私、完璧にそれを遂行して見せましょう!!」



 裕一に文字通り一度心臓を奪われてからというもの、シドは裕一の狂信者っぷりを発揮していた。



 「あぁ……、そう……。頑張ってくれな……。」



 裕一は掛ける言葉が見つからず、そのまま流してしまう。




 パーティーが終わって暫く。もう真夜中と言えるような時間、裕一はふと、春雨寮のベランダへと向かう。



 「よう。パーティーはもう良いのか?」



 ベランダには先客が居た。



 「腹いっぱい食ったからな。お前こそパーティー参加しなくって良かったのか?国沈様よ。」



 「あのパーティーって、ようは国沈討伐おめでとうの会ではないか。何で倒された我自身が行ってやらなければならないのだ。」



 「はは。確かに。」



 国沈は確かに裕一の手によって倒された。しかし、国沈は死んだわけでは無い。



 裕一は国沈を殺さなかった。そして、国沈ですら宇喜田家が受け入れるという、裕一といえども正気ではないといった判断を下していたのだ。



 「しかし何だ、あの面子は。堕ちた神に精霊を宿す娘、加えて貴様の孫だ?中々奇妙な経歴を持つ者ばかりだな。貴様は不思議な収集癖があるのか?」



 「断トツで奇っ怪なのはお前だけどな。」



 裕一はそう言い、はは、と笑う。



 再び、春雨寮へと平和が戻ってくるに至った。



 


 * * *



 「裕一!!僕の力!早く取り戻しておくれよ!!」



 パーティーの翌日、朝一で裕一へとしがみつきぎゃんぎゃんと狐翁は喚く。



 「あー。頑張るな。」


 

 しがみつく狐翁を面倒くさいといった様子で裕一は目玉焼きを焼きながらあしらう。



 「じいち……裕一!そろそろ文化祭あるよ!それでここのペアなんだけど……。」



 喚く狐翁に起こされたのか、廉も起きてきながら、直近に迫った文化祭の話を裕一へと聞きに来る。



 「はいはいはい!廉様一体何でしょう!!」



 足に狐翁をひっつけながら裕一は廉へと擦り寄る。祖父であることをバレないように、といった自制心を失った裕一の行動は以前よりも若干廉への距離が近くなったように思える。



 これから廉達は文化祭に修学旅行、様々な高校生活を謳歌していく事になる。廉達を狙ってくる怪異などにより、時には危ない目に遭う事も有るかもしれないが、もはや心配は要らない。



 「俺海行きたい!今日五限でお終いだよな?青春といったら海だ。海に行こう。」



 目玉焼きを焼き終えた裕一はそんな事を言いながら机へと朝飯を用意した。






 







 




 

ここまで追って下さり、本当にありがとうございました!後書きもありますので、良ければ読んでいってください!

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