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奇跡

作者: 佐賀かおり
掲載日:2023/04/15

 リーダーのムナが部屋に入ると部下のヨンは緊張した面持ちで右手のドアを見ていた。

 その部屋には色がない。

 真っ白な部屋にあるのは真っ白なテーブルと椅子があるのみで他には何もない。

 二人が身に着けている服も白という徹底ぶりだ。

 

 「もうすぐお見えになります」ヨンが言うとムナは(うなず)いた。

 その時だった。

 右手のドアが開き若い女性が姿を見せた。


 「こちらにおかけ下さい。聖母」

 「ここは?」女性は尋ねた。

 「ここはこの世とあの世を繋ぐ場所です。天国へのドアが開くまで暫くここでお待ちください、聖母」

 「何故、私を聖母と呼ぶの?」

 いぶかしげにヨンを見つめる女性にムナは言った。


 「あなたが命と引き換えに産み落とした赤子は二十二年後に革命的な発明をし、この星を、人類を滅亡から救うのです」


 星は死にかけていた。

 人類は環境破壊を自覚しながら経済発展を優先しずっと小手先の対策しかとらなかった。

 異常気象の為に災害が増えた。

 でもまだ、何もしようとしなかった。

 やがて温暖化の影響で海水面が上昇し海が広がり、残された大地は草木が枯れ砂漠と化し動物たちの多くは絶滅危惧種となった。

 その時になってようやく人類は重い腰をあげたのだ。

 でも、もう遅かった。

 滅亡へのカウントダウンが始まっていた。


 人類はこの星を捨て他の惑星に移り住む事を計画したが、かつては『水の惑星』と(うた)われたこの星にとって代わる所など何処にもなかった。


 そして自業自得のくせに右往左往する人類を救ったのが弱冠(じゃっかん)、二十二歳の男性の発明した環境維持装置だった。


 ヨンはその発明がいかに素晴らしいものであるかを聖母に説明しだしたが、彼女はそれを(さえぎ)り唐突に()いた。


 「心臓は?あの子、健康体ですよね?」


 言葉に詰まるヨンを見て彼女は少し青みがかった黒い瞳で涙を一筋、流した。


 「でも聖母、あなたのご子息の発明は人々から奇跡と言われ、彼は神とあがめられるのですよ」ムナが慰める様に言うと彼女はかぶりを振って言った。


 「聖母なんて呼ばないで。私には発明なんてどうでもいいのです。あの子に願う事は一つ、無理をせずに身体をいたわって一日でも長く生きて欲しい、ただそれだけなのです」


 その時、天国に通じる左手のドアが開いた。

 彼女は頬の涙を手で(ぬぐ)うと立ち上がり、ドアの向こうに消えた。


 

 二十三年後、室長に昇格したムナは足早に真っ白な部屋に入って来た。

 ヨンが顔色を変えながら言った。「先程、連絡が入りもうすぐお見えになるそうです」

 「どうした事だ、二年も早いぞ。予定では二十二歳の時に発明をして二十五歳で亡くなるはずだ」

 

 その時、右手のドアが開き、人々から神とあがめられながら息をひきとった青年が姿を現した。


 「お目にかかれて光栄です、救世主。天国へのドアが開くまでこちらでお待ちください」ヨンがすすめると青年は言われたまま椅子に座り、少し青みがかった黒い瞳で部屋を見渡した。

 「そうですか、ここはまだ天国ではないのですね」

 「はい」ヨンは頷きながらその特徴的な瞳に見入った。

 「どうしたのです?」

 「これは失礼いたしました。瞳の色が聖母と同じお色だと、つい懐かしく拝見いたしておりました」


 「母を知っているのですか?ああ、嬉しいな。初めて母を知っている人に出会えた。そうか、僕と同じ目の色をしているのか」

 救世主は子供の様に喜びながら言葉を続けた。

 「心臓の弱かった母は自分の命と引き換えに僕を産んだのです。だから僕はその母の(おも)いに応えようと研究に励んで・・まあ、ちょっと頑張り過ぎちゃって今、ここにいるんですが、ハハ・・」青年は恥ずかしそうに笑いながら


 「僕の研究を天国の母はきっと喜んでくれていると思うんです」と夢見る様に言った。


 ヨンは何も言えなかった、すると言葉に詰まっているヨンの代わりにムナは言った。


 「救世主の発明の事をわたくしどもから聖母にお伝えしたところ・・聖母はそれは、それは喜んでおられました」


 「ああ、ありがとう。よかった、本当によかった。頑張った甲斐があった」


 その時、左手のドアが開いた。


 人々から神とあがめられる青年はまるで子供の様に満面に笑みをたたえるとドアの向こうに消えた。


 閉まったドアを見ながらヨンはかすれた声で言った。

 「悲しいですね。互いを想いながらすれ違ってる」

 ムナは頷いて言った。

 「ああ、悲しいな・・でも救世主らしくない息子と聖母らしくない母、平凡な二人の人間が大きな大きな奇跡を起こすには愛情とすれ違いが必要だったんだ」



 三十年後、日が傾いた公園でムナは釣り竿を片付け、帰り支度をしていた。

 仕事はとうに引退し毎日、趣味の釣り三昧だ。

 夕焼け空を見ながら明日も天気で釣りが出来そうだ、と少し顔をほころばせた。


 その時、幼い男の子がパタパタと走ってきてムナの横を通りすぎた。

 「転ばないように気を付けて」前を走る我が子に声をかけながら若い母親もムナの横を通り過ぎる。


 ムナは少し曲った背中に荷物を(かつ)ぐと歩き始めた。

 日の傾いた公園は急に冷えてきたが彼の心は熱く震えていた。


 少し青みがかった黒い瞳の親子

  

 それはムナにしか気付けない奇跡。


 もう、すれ違うなよ

 

 そう思いながら神の起こした小さい小さい奇跡に彼の心は温かいのだった。

 

 

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