プロローグ5
染が屋敷に向う少し前。
豪華な部屋に三人の人間がいた。
着物を着て、手に拘束をされている美人な女性と、その女性を下品な眼差しで見る男と、染の対峙した全身真っ黒な鎧を身に着けている男だった。
「ヘボイト殿。この度はご協力頂き感謝します。」
鎧の男が見た目も眼差しも下品な男に言う。
彼は、ヘボイト・ポールマンこの街の長であり、この後、染に襲撃される者だ。
ヘボイトは下品な眼差しをそらし、鎧の男に目を向ける。
「いやいや、王族の……ラーゼクス様の頼みとあればこのヘボイトいくらでも協力させて頂きまする。」
鎧の男、『ラーゼクス』に深々と頭を下げる。
「それにしても、」
ヘボイトは続け、女の顔を手で撫でながら話を続ける。
「この女が異国の遊女ですか。肌は白く長い黒髪、少しキリッとした目付き、色っぽい唇、遊女にしておくにはもったいない美しさでございますな。」
女は顔を触られながらも微動だにしない。だがその目つきはゴミを見るようにきついものとなっていた。
そのきつい目つきでさえも彼にとってはそそるものらしく、余計にその眼差しの下品さが増す。
「たまりませんな」
ニヤニヤとしながら話を続ける。
「この女をどうするおつもりですか?王に献上でもするのですか?」
「いえ。王はただの女にはもう興味も持っておりません。」
「なんと、もったいない。」
「なんなら、ヘボイト殿に差し上げてもいいですよ。」
「まことですか!!」
男達の下衆な会話を聞きながら女は内心呆れていた。
「ただ、間もなくその女、『藍華太夫』を取り戻しに異国の侍が来るでしょう。その者に勝ったあかつきにはその女をヘボイト殿に差し上げましょう。」
ヘボイトの顔が笑顔になる。だが急に真顔に戻る。
「ありがたい申し出ですがそれでは何が目的でこの女を拐わせたので?」
「王族のただの気まぐれですよ。」
「そうですか……」
王族の考えることはわからん。と思いつつも急にきたビッグチャンス!!ただでこの美人が手に入り、王族の一人ラーゼクスに一つ貸しを作れる。断る理由はなかった。
「お任せください。このヘボイト異国の猿ごとき討ち取ってみせまする。」
「頼もしいですね。流石は領主殿。」
「目先の利益に囚われた愚かな男……」
ここで初めて女が口を開く。その美しい声に二人の男が女を見る。
「彼には勝てないわ。むしろ兵を下げて私を彼に返せば誰も死ななくて済むわ。」
藍華太夫は淡々と続ける。
「だそうですよ。ヘボイト殿?」
煽るようにラーゼクスは言葉を発する。
ヘボイトは顔を真っ赤にしてすごい形相になっている。
「ふん!!異国の猿ごとき完膚なきまでに仕留めてくれるわ。その死体は腐るまで街でさらしてやる。その男の死に顔を見ればお前も少しは素直になるだろう。他の男の女を奪うのは儂は大好きでな。」
ヘボイトは女に向けて言葉を発する。
それを見たラーゼクスは、
「ヘボイト殿。私からも提案をよろしいでしょうか?」
「ラーゼクス様?はい。何なりと。」
ラーゼクスの声で顔がいつもの顔に戻る。
「メイド等の非戦闘員は別館に移してください。」
「何故です?」
「盾にされると厄介ですし。」
「盾になるか分かりませんけどね……」
「ヘボイト殿とその優秀な兵士達の情に漬け込まれるかもしれませんよ。」
そう言われると悪い気がしない。
「ま、まぁそうでしょうな。我々は異国の山猿と違い情に厚い。」
「それともう一つ、この街にいる魔術騎士も含め全勢力をぶつけてほしいのですよ。」
「何故ですか?」
「ヘボイト殿の的確な人員確保、配置能力と優秀な指揮能力はやはり実戦でしか見られませんからね。せっかく王都から来たので見ていきたいのですよ。」
「は、はぁ?」
この国にいる兵士だけで五十人はいる。一人の異国の猿ごときにそんな大量投入する必要があるのだろうか。ヘボイトは疑問に思う。
「もちろん、謝礼は弾みません。この城の修理費、治療費武器などのコストは後ほどしっかりと私に請求してください。父上……王にもこの事はしっかりと報告させて頂きます。」
「お任せください。」
そう言うと、机にある鈴を鳴らす。
鳴らすとすぐに隊長と思われる者が駆けつける。
そして今までの事をすぐに隊長に伝える。
隊長は足早に部屋から去っていく。
「では、ラーゼクス様。私も準備がありますので、しばしこの部屋でお待ち下さい。」
「ご武運を。」
そのやり取りが終わり部屋が静かになると藍華太夫が口を開く。
「貴方どういうつもりなの?」
「何がだい?」
「私を拐わせて、おまけに死人を増やす気?」
「僕はね、彼の本当の実力が知りたいんだよ。まぁここの連中がそれを引き出せるかは分からんけど。」
「自分の手は汚さないで染に汚させるのね。」
「まぁなんとでも言ってくれよ。」
「貴方、ろくな死に方しないわよ。」
「ははは。」
そんな会話をしながらラーゼクスは鎧の中でボソッと、
「……分かってるよ。」
と言う。
そして、兜を一瞬外し、耳元に手をやる。
女と男の声がする。男が質問し、それに女が答えている声が聞こえる。
そのやり取りを微笑みながら聞いている。
急に兜をとり、笑っている男を藍華太夫は不思議そうに見つめていた。