プロローグ2
赫辻染はこの国の将軍の剣術指南役の息子として産まれた。
母親譲りの赤く美しい宝石のような目と女のように美しい顔立ちだった。
父、母、妹の四人家族で剣術の才にも恵まれ父親を超える逸材と言われていた。
父親は表向きは剣術指南役であったが裏では将軍の命令で人斬りを行っていた。そんなこと一家は知る由もなかった。
そんな父親が任務を放棄し、失踪した。
一家は投獄され処刑される事になった。
だが、将軍からの最大限の譲歩として染が人斬りとして百人の命を奪えば一家を無罪とし、自由を与えると言われ、すがる気持ちでその条件をのむことになった。
それから、毎日のように人斬りとしての日々が始まった。
疲労困憊であっても傷を負っても命令が下れば敵を斬った。
十人斬ったあたりから目の下のくまは取れなくなり、綺麗だった赤い目から光も消えつつあった。
三十人を斬った後、母が病で亡くなった。
五十を越えた後に妹は売られた。
彼は亡き叫び己で命を断とうとしたが将軍との契約の際に用いられた異国の契約書のせいで自らで命を選ぶ事もできなくなっていた。
それでも『仕事』は続く。
五十以上の猛者との斬り合いで皮肉にも彼自身の腕前は飛躍的に上がり手傷は負えども彼を「止める」ことが出来る者は現れなかった。
そんな中で彼は彼女に出会う。
昼は涙と名乗り夜は藍華と名乗る花魁だった。
「俺は、咎人だ。きっとろくな死に方もしないし、絶対に地獄に堕ちるだろう。でも、わずかな時間でも涙と生きたい。だからこの『仕事』が終わったら俺とこの国を出てほしい。」
そして、彼女も
「地獄へ堕ちるのなら私も堕ちます。沢山の男に身を委ねても愛を語ったのは貴方だけです。」
そんな約束をして再び人斬りの道へ戻った。
その最後の『仕事』が終わった最中だった。
黒鉄の鎧と白髪の人斬りの撃ち合いは続く。
鈍い鋼同士のぶつかる音、擦れる音が林道に響き渡る。
「いいね。いい具合に殺気がこもってきたね。」
「目的はなんだ?」
「強い相手と斬り合いたいではだめかな?そもそも君は人斬りだろ?僕の国でも有名だぜ。『白髪赤眼の人斬り』って。」
侍はそこで何かに気付き、動きを止める?
先ほどまでの殺気が消え、鎧の男も動きが止まる。
「あれ?どうしたの?キレッキレの殺気が消えちゃってるけど……」
「嘘だな。」
「?」
「『白髪赤眼の人斬り』なんて名前が国中に知れ渡ってたら俺はとっくに奉行所にしょっぴかれてる。そもそもこの国ではそんな人斬りがいることすら知られていない。」
侍はさらに続ける。
「そもそもお前、最初の一太刀以降徐々に手を抜いてまともに撃ち合う気が……」
侍は気づく。そして、刀を納め、居合いの要領で鎧の男に猛突進する。
「!!」
突然の侍の行動に虚を付かれて鎧の男は動けない。
だが、侍はそんな鎧の男を素通りしそのまま全速力で走り去る。
「あー、逃げられちゃった。まぁどうやら気づかれたみたいだし良しとするか。」
一人になった鎧の男は侍がここまで来た足跡をたどる。
そして、しばらく歩いた木の陰に小さな墓石を見つける。
墓石の前には侍と斬り合ったであろう者の得物が綺麗に横たわり、花が添えてあった。
「ずいぶんと律儀な人斬りさんだね。」
その墓を前に鎧の男は兜を脱ぎ正座をし、拝んでいた。
先ほど対自した男とのやりとりで分かったことを頭で整理しながら侍はひたすら走り続けている。
まず、自分の情報を流していた者がいる。おそらく将軍に仕えている誰か。もしくは将軍本人かその身内。
そして狙いは自分ではなかった。自分ではないとするとただ一人だけだ。
遊郭に近づくにつれ、騒がしくなっている。
遊郭に入ると道行く人が、「異国の…竜が…」とか口々に言っているがそんな言葉は耳に入らない。
目的の店に急ぐ。
目的の店に着く。
『華乃家』。藍華という花魁のいる店……だった場所。
その店は無惨に崩れ去っていた。
そこで初めて通行人の声が耳にしっかりと入る。
「異国の飛竜が藍華太夫を連れてっちまった!!」