人生は基本苦くてたまに甘い
Ⅰ 星は遠くで輝く
「結婚おめでとう」
自身の口からいとも簡単にこの台詞が流れ出たことに面食らった。昨晩鏡の前で練習した時でさえこんなに自然に言えなかったのに。彼の門出を素直に祝うことが出来ないままの私の心とは裏腹に、私の口はするすると言葉を紡ぐ。
「ホントお似合いだよ、末永くお幸せにね」
結婚を祝福するには満点の台詞。しかし、自分の心の内は模範解答とは全く異なる答えを持っていて。鼻の奥がツンとするのを誰にも悟られまいと、軽い咳払いで誤魔化した。
高校時代、私は彼と一番距離が近い少女だったと、少なくとも彼が結婚するという知らせを聞くまで、いや、先程の彼のスピーチを聞くまでそう確信していた。
私は目の前の彼の何を見てきたのだろう。
白いタキシードに身を包まれて、同じく白いドレスの花嫁に微笑みかける彼は、高校時代に私の隣にいた彼と同じ人物だとは到底信じられなかった。
彼と花嫁とは高校時代からの付き合いだということをさっきのスピーチで初めて知った。その事実はまさに青天の霹靂だった。
スピーチを聞きながら笑ったり、涙ぐんだりと表情をコロコロと変える純白のドレスを着た花嫁は私とは正反対だ。
にこりと無理やりに作った笑顔を保ったままの紺のフォーマルドレスを着た私は泣きたいような、笑いたいような、どうしようも無い気持ちを抱えて下唇を軽く噛んだ。
永遠に続くのではないかと思われるくらい長い挙式はようやく終わりを告げた。二次会に流れていく群れからそっと離れ、ちょっとした街灯以外には人気も何も無い道を、家をめざして歩み進める。手渡された引き出物は一人で持つには少々重く感じた。
大きな深呼吸をすると、澄み切った秋の夜の空気が肺を満たす。それでも私の心は澄み切らなくて。涙を落とさないように見上げた夜空にはいつもより遠くで星と月が輝いて見えた。