夢かくれんぼ
「どこにいるんだ」
家の中を隈なく探すが、隠れた者は見つからない。
学校や空き地など、広い場所であれば中々見つからないのも頷ける。だが、ここは一軒家。
狭い空間のため、隠れられる場所も限られる。
それなのに一向に見つかる気配がない。
「おかしい」
そう考えるのも無理はないだろう。
結局、今日も隠れた者を見つけることはできなかった。
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「・・・うぅ」
今日も目覚めの悪い朝を迎えた。
俺はいつも通り、カーテンを広げ、歯を磨き、朝食をとる。
そしていつも通りの電車に乗り会社へ向かう。
いつもと変わらない平凡な日々。
・・・そしていつも通りに見た、かくれんぼの夢。
最近になって毎日同じ夢を見る。実に不思議な現象だ。
今まで33年生きてきてこんなことは初めての経験。
しかし、なんでよりにもよって”かくれんぼ”なのか。
子供なら理解できるが、33歳の大人には相応しくない。
しかも、俺は独り身。自分の子供とかくれんぼをする、なんてこともない。
「おはようございます!」
いつも通りの出社。
「お疲れ様でした!」
そしていつも通り家に帰る。
今日もあの夢を見るのだろうか
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予想通り、今日も同じ夢の中。場所は変わらず自宅の一軒家。
何度も夢を見る内に、これが夢なのだと自覚できるようになっていた。
今日も、俺は隠れた者を探すのだった。
”もういいかい~。まーだだよ”
そんな言葉はいらない。
夢の中で誰かに「これからかくれんぼをします」と言われたこともない。
夢の中では俺以外、誰も登場したことはない。
だが、俺はこれがかくれんぼであると理解していた。
本能?とでも言うべきなのだろうか。”隠れた者”を探さなければならない。
そんな使命感が俺を動かしていた。
「今日も見つからないな」
風呂の中、クローゼットの中、布団の下。
家の中でかくれんぼをするなら、真っ先に隠れ場所に選びそうな場所は何回も確認した。
俺は次第に見つからない焦りや苛立ち・・・そして恐怖心という
入り混じった感情に苛まれた。
焦りや苛立ちはわかるが、なぜ恐怖心?と思うかもしれない。
だが、想像してほしい。子供の頃かくれんぼの鬼をした時のことを。
最初の一人目が見つかるまで、たった一人でみんなを探していた時のことだ。
「もしかして、みんなは隠れるふりをして帰ってしまったのではないか」
「この場所には実は俺一人しかいないのではないか」
と、変な深読みをしてしまうのだ。
もちろんそんなことはなく、みんなは見つかるのだが、今は違う。
誰一人として見つからない、子供の頃の変な深読みが、今まさに俺を襲っているのだ。
「くそっ!くそが!」
恐怖心を紛らわせるためなのか、イライラが募っていたのか
俺は大声で喚き、机を蹴った。
ここは夢の中だ、いくら騒いだところで近所迷惑になることもない。
・・・
一呼吸おき、冷静さを取り戻したところで、俺は初歩的な疑問を感じた。
なぜこの疑問を感じなかったのか不思議なくらいだ。
「隠れた者って一体何なんだ?」
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「・・・・・・」
いつも通りのつまらない朝。
毎日毎日、変な夢を見るから中々熟睡できない。
夢というのは、眠りが浅いレム睡眠時に見るものらしい。
つまり、夢を長く見ることは熟睡できていない証拠と言えるだろう。
・・・
「おはようございます!」
いつも通りの出社。
「お疲れ様でした!」
そしていつも通り家に帰る。
・・・
時間は夜の0時、またあの夢を見るのかと憂鬱な気分になりながら寝床に入ろうとすると、ふと本棚にあった一冊の本に目がいった。
”催眠導入術”
「なんだこれは」
こんな本を買った覚えは一切ない。
だが、分厚いその本を開くと、本の端から端まで、隅々に至るまで”俺の字”でメモが書いてあった。
付箋も沢山挟まっていた。
決して生半可ではなく、この本を本気で読みつくし学習した後がくっきりと残っていたのだ。
「・・・気持ち悪い」
みるみるうちに顔が青ざめ、一気に全身の鳥肌が立った。目の前のこいつが生理的に受け付けない!
気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い
俺はその本をゴミ箱に投げ捨てたが、嫌悪感が止むことはなかった。
家の中に存在しているだけで気持ち悪いのだ。
日をまたいでいたが、急いで俺は近くの公園にあるゴミ箱までその本を捨てに行った。
捨てに行った後、嫌悪感は徐々に和らいでいき眠りにつくことが出来たが、今日はいつも以上に深くは眠れないだろう。
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・・・今日もいつもの夢の中。俺はすでに探すのを諦めていた。
いつもいつもいつもいつも・・・同じことの繰り返し
であれば、何もやらなくても同じことだ。
スパイ映画のような、隠し通路や隠れ場所があるのではないか。
とバカなことを考え、家の壁を隅々まで確かめたこともあったが、当然そんなものは存在しない。
現実にある俺の家と全く同じ構造。
既に、家の中で探せる場所は探しつくした。
昨日疑問に思った”隠れた者”についてだが、頭の中で考えるだけでは答えが出ることはなかった。
「俺は一体何を探しているのだろうか」
隠れている相手が何なのか知らないとは、こんなかくれんぼあるだろうか。
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ジリリリリリリリリ!
「・・・!?」
耳障りな目覚まし時計が鳴り響く。
いつもより夢の時間は短かった。当然だ。昨日はなかなか寝付けなかったのだから。
「・・・はぁ・・・はぁ」
睡眠時間が極端に短かったためか、気分が悪く吐き気がした。
今日はもう会社を休もう。そう考えた。
だが、高熱や大ケガならともかく、睡眠不足は完全に自分の不摂生が原因。
こんな理由で休むと、上司に怒られると思ったが、意外にもすんなり受け入れられた。
「無理しなくていいよ。あんなことがあったのだから」
上司の優しい言葉に、俺は胸をなでおろす。
それにしても・・・あんなことがあったのだから?
何のことだ?
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「もうこの夢は飽きた」
上司に休む連絡を入れた後すぐ寝たから、今は朝の筈だが、夢の中の家の外は暗い夜のままだ。
俺はうなだれながら、ソファに横になる。
夢の中で疲れるというのもおかしな話だ。
昨日、夢について少し調べていたら、夢占いというのがあるらしい。
それによると”かくれんぼの鬼”になる夢は運気の低迷を示しており、自分一人では対処しきれないような大きな問題に直面しているらしい。
誰かに助けてほしい・・・そういう心境を表すらしい。
「まぁ、俺には当てはまらないがな、所詮占いだ」
そして、こうも書かれていた。夢はその人の深層心理を表すもの。
その人の中にない物は、夢の中にも出てくることはないのだ。
見たことない物が夢の中に出てきた。そういう人もいるだろう。
それは、その人が意識していない、自分の深層心理にある物が見えているのだ。
夢の中で何かを探しているなら、現実世界にも探し物があるのではないか。
・・・とね。
最後のは俺の妄想だ。
・・・
夢の中で、ソファに横になる俺。
このまま寝たら夢の中で夢を見るのだろうか。そうなったら面白いな。
そう思っていた時、ある考えがふと頭に浮かんだ。
「そういえば、家の外に出たことないなぁ」
そう、今まで夢の中の家から外に出たことがなかったのだ。
だが、かくれんぼをするなら家の中だろう。
・・・
・・・
いや、誰がそんなことを決めた。家の中でかくれんぼをしなければいけないルールなんてない。
それは俺の勝手な先入観に過ぎない。
だが、家以外のすべてを探さなければならないとなると、どれだけの時間がかかる。
そもそも、この夢の空間はどこまで広がっているのだろうか。
俺は足早に玄関に向かい、扉を開いた。
すると
・・・
・・・
「見つけた!」
あっさり・・・実に呆気なさすぎる終わりだった。
こんなことで、と思うかもしれない。だが、人間はこんな単純なことさえ見えなくなることがある。
先入観に捕らわれ、視野が狭くなっていたら尚更だ。
・・・
玄関を出たすぐの通りに、それらはいた。
俺の深層心理に”隠れた者達”がそこにいた。
「ミユキぃぃぃーーー!!! ミオォォォォーーー!!」
玄関を出たすぐの通りに、壁に激突し大破した車。
その車の傍で泣きわめく、一人の男。
そして、車の中にいる血まみれの妻と娘。
夢の中で初めて自分以外の人間に会ったが、とてもそれを喜べる状況ではない。
「大丈夫ですか!」
大丈夫ではない、そんなことはわかっている。だが、そう声をかけずにはいられない。
俺は家を飛び出し、泣きわめく男性に近寄った。
「・・・」
・・・言葉を失った。
車の傍で泣きわめく男・・・それは俺だった。
夢の中だから、自分自身に会うこともあり得るだろうが、こんな形で出会うとは。
「声をかけても無駄ですよ。その男・・・厳密にその俺にはどんな言葉も届きません」
突如、道の奥から一人の男が歩いてきて声をかけられた。
その歩いてきた男も、紛れもない俺だった。
今ここには、泣きわめく俺、かくれんぼをしていた俺、道の奥から現れた俺の
三人の俺が存在している。
「一つ言っておきます。今ここに俺は三人いますが、偽物は一人もいません。俺は深層心理に存在する、つまりはあなたが自覚していないもう一人の俺。そして、そこにいるのは妻子を失い嘆き悲しむ俺。全員本物なのです」
「何を言っているんだ。俺は独り身だぞ。失うも何も最初から持っていない」
「いいえ、いたんですよ。俺には家族がいたのです。ですが、トラック運転手の居眠り運転により追突事故をおこされ、壁に激突。二人とも命を落としました」
「そんなことはあり得ない。実感も全くない」
「それはそうでしょう。あなた・・・いいえ俺は催眠術にかかっているのですから」
「催眠術!?そんなゲームみたいなふざけた話は止めてくれ」
「ふざけていません。精神的に不安定で追い込まれた人間程、催眠術にかかりやすいのです。故に俺は催眠術に非常にかかりやすい」
道奥の俺は喜怒哀楽という感情が存在しないのか、俺にとって辛い経験である筈の話を終始真顔で淡々と説明してくる。それとは対照的に感情を爆発させているのが車傍にいる俺だ。
「この催眠術は俺の精神を守るために、俺自身がかけました。催眠は催眠でも自己催眠というやつですね」
「妻子を亡くし精神を病んだ俺は、まともな日常生活を送れないほど衰弱しました。食事も喉を通らない、仕事にもいけない。少しでも空き時間が出来れば、妻子のことが頭をよぎり苦しみました」
「だけど、もう大丈夫。専門書を読み漁り、自身にかけた催眠は完璧です。ですが、自身の深層心理と出会う夢の世界では、まだ無意識に夢の中に隠れた妻子を探していたのです。」
「今日まで、よく頑張りましたね。これからは、この夢で苦しむこともなくなります。だって鬼が隠れている人を見つけたら、かくれんぼは終わりですからね。俺はこの夢を二度と見ることはありません」
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××××××××××××××××××××××××
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・・・あれから数か月が経った。
俺は母に連れられてある場所に向かった。
「見つけた!」
母がそう言った。
ここにあるのが、俺の妻と娘の墓・・・らしい。
二人のことを完全に忘れたわけではない。記憶は薄っすらだが残っている。
だが・・・確かに一緒に暮らしていた筈なのだが、自分がそこにいたという実感が全くない。
全部夢の中の出来事だったかのように、フワフワして実体がないのだ。
そう・・・妻子と暮らした時間は、俺にとっては夢世界の物語。
みんなはその日見た夢を、いつまで覚えていられるだろうか?
現実の記憶より、夢の記憶はあっという間に消え去る。
大切な記憶の筈がみるみるうちに消え去っていく。
いや、そもそも今の俺にとっては大切ではないのだろう。
簡単に消え去る記憶が大切な筈がない。
事実、今こうして二人の墓の前に立ったが、何の感情も湧き出してこない。
ニュースで赤の他人が死亡した事件を見ても、何も感じないように。
これが過去、自分の精神を守るために行った、強力な自己催眠のおかげだろう。
精神・・・俺の心は守られたが、二人に対する感情は死んだ。
二人はもう俺にとって必要のない人間だ。
今はもう、何の悩みもなく毎日ぐっすり眠れている。あの頃が嘘のようだ。
あぁ・・・朝がとても気持ちいい。
今日もいい一日となるだろう。
END