三月は伝えて讃える。 〈二次創作4〉
<なろう作品の読者を妄想してみた短編第四弾>
*こちらの作品は、藍上イオタ様作品「【完結】神様のドS!! <ループした元悪役令嬢は逆転は望まないので穏やかに暮らしたい>」の二次創作になります。セリフをひとつ引用していますが、ネタバレなし、単独で読める作品になっております。
藍上イオタ様の許可をいただいております。
遠くで吹奏楽部のチューニング音が聴こえる。
春休みの午後、誰もいない部室で本を探す。
チューニングの音は結構好きだ。
何かが始まる気配を感じるから。
音を聴きながら、私は本を探す。でも、見つからない。
「どこだよ…出てこい…」
今、私は部活も何もない春休みの貴重な午後の時間を潰して、卒業生の先輩たちが作った一冊の同人誌を回収するために、壁いっぱいの木製の本棚の前に立っている。
なんでも、執筆者である先輩の弟妹が入れ替わりで入学するらしい。
姉としてのプライドのために、必死で嗜好を隠してきた先輩曰く、
「見つかったら死ぬ」
と真顔で言っていた。
そんな死を決した先輩が部室に忘れるわけもなく、軽い気持ちで卒業前に先輩に本をねだっていた私の友人の弥生が終業式後、部室に放置して忘れていったのだ。
あれだけ、必ず持ち帰れよ!と念押しされてたのに。
なんで忘れるかな、解せぬ。
しかも部室には様々な同人誌が既にあり、十把一絡げで先代たちの遺産として、本棚に収まっている。
見たことがあるので、だいたいの記憶で探せるが、似たような本も多い。
ちみちみと探すしかないのに、なぜ忘れた弥生本人がいない!
何が「昨日告白されちゃってー、今日デートすることにしたの。てへ」だ!ばぁか!
一緒にウェブ小説の海で泳ごうぜ!って約束してたのに!
耳を孕ませる声を探しにネットの海に行こうぜ!って、約束してたのに!
そりゃあ、弥生が前から『校内いい声選手権弥生杯優勝』と勝手に受賞させてた男の子から告白されたら、即日デート決めちゃうのも分かるけどさぁ!
「くそう。こっちはひとり、誰もいない部室で同人誌探しなのに。」
チューニングの音が侘しく感じる。
今ごろ、リアルな充になって、耳元で好みの声を聞いてるんだろうなぁ。
だから、余計にテンションが上がらない。
非常に、不満だ。
ひとりだけ、楽しみやがって。
だんだんイライラしてきた。
私だって、いい声聞きたい。
舌打ちをして、次の本棚へ移ろうと背を伸ばすと、部室のドアが開いた。
「千種いる?」
この声は、部員でこの前まで同じクラスだった町田くんだ。
間違いない。
本棚から振り返ると、私服の町田くんがいた。
町田くんは、普通の背に普通の顔だ。
でも、声がいい。
確実に声がいい。
大事な事だから、繰り返した。
町田くんと同じクラスだったこの一年間、どれだけ授業の癒しになってくれたか。
宇宙の果てに飛びそうな化学の時間でも、
「水素基の結合です。」
意味がわからない言葉でも、その声は私を目覚めさせた。
友人の弥生からは声より顔の方がいいんじゃないの?と変なところで修正を求められるが、所詮は好みの問題だ。町田くんは顔より声が良いタイプだ。完全に独断と偏見による判断だが、異論は認めん。
町田くんの声を聞いて、少し気持ちを持ち直した私は、もっと声が聞きたいと話しかける。
「町田くんこそ。わざわざどうしたの?何か用事?」
「用事っていうか、さっき街で千種の友達と会って。なんか、部室にいる千種の手伝いして欲しいって。」
弥生め。うきうきデートの報告のために、わざわざ町田くんを送ってくるとは。
爆発してしまえ!
そういえば、最近お兄ちゃんもなんかそわそわしてたな。
急に異世界恋愛のハッピーエンドもののおすすめ聞いてきたり。
なんなの。あれ。春なのかしら。
ヘタレのくせに。
周りが春過ぎて、こちらが寒くなるわ。
私は疲れ果てた顔で、弥生が持ち込んだ卒業生の同人誌を持ち帰るように言われたけれど、見つからないことを伝えた。
すると、町田くんは、顔をしかめると、
「もしかして、これ?」
と、鍵のついた引き出しを開けて一冊の本を渡してきた。
確かに、これは、アレだ。あの本だ。
「あ、ありがとう。これだね。
でもどうして鍵かけてまで。」
あっさり本が見つかり、嬉しさより戸惑いで本に手が出せない。
それを見た町田くんは、さらに腕を伸ばして本を私に押し付けてきた。
「4月から男子の新入生も来るのに、男同士の絡みの本は隠すだろう。」
ですよね!!
ありがたく受け取り、回収させていただきます!
心広く腐りを理解してくれる子ばかりじゃないものね!染めていくけどね!
深々と頭を下げて、町田くんから本を受け取り、そっと鞄にしまう。これ、忘れちゃダメ。
「探してもないから本当に困ってたんだよ〜。ありがとう町田くーん!」
「終業式翌日に来てくれてよかったよ。ちょっと困ってた。」
「さすが、心配りができてるね。声だけじゃなくて、性格もいいね!」
「ちょくちょく、そう言ってくるけど、そんなに声いいか?」
「いいと思うよ!私だけかもしれないけど。」
力強く答えると、ちょっと町田くんが黙った。
支持者がひとりだけでは喜びようがないからかな。後輩で支持者増やそうかな。
「いや、うん、ありがとう。」
おや、ひとりだけの支持でもお礼を言うとは。町田くん、いい人だな。
いつも弥生との妄想話と、互いに好きなセリフの言い合いっこしているのを部室でも穏やかに見守ってくれているし。
いい人ですね。
いい人ですよね?
じゃあ、ちょっとやってみてくれたり、するかな?
部室にふたりきりという誘惑にのまれた私は、以前からの希望を町田くんにお願いするとことにした。
弥生が今、この時、己の嗜好まっしぐらに、好みの声を直接耳で楽しんで、きゃっきゃうふふしてると思ったら、止まらなかった。
「ねぇねぇ、町田くん、町田くん。
ちょっとお願いがあるんだけど。」
私はスクショで撮った小説のある場面の部分を町田くんに見せた。
「これ、読んで?」
町田くんは、首を傾げた。
まぁ、突然言われれば、そうですよね。
けれど、好みの声で好きなワンシーンのセリフを一対一で言って欲しいとお願いできる機会は、今だけだろう。
その上、今、他に人はいないのだ。
ちょっとくらいの嗜好暴露の恥くらい忍んでみせようとも。
「いつも弥生と私で、好きなセリフの読み合いしてるの見てるよね。
それを町田くんのいい声でやって欲しいんだ。」
嬉々として、スマホを押し付けてくる私を見て、嫌そうな顔をしながら、町田くんは画面を見る。
「え〜、なんで。イヤだよ。」
「大丈夫、大丈夫。ちょっとだけだから。」
「なんか言い方怪しいんだけど!」
嫌がる町田くんにちょっとにやつきながら、私は画面を示して、お願いした。
「これ、ここだけ!ね?」
「なんだろう、セクハラ受けてる気分…」
普段から、私の勢いを知っているなら、いまさらだね!
ぶつぶつ文句を言いながらも、町田くんは引き受けてくれる。
いい人だね、町田くん!
「じゃあ、読むよ。」
こほん、と軽く咳払いをして、町田くんが言った。
「『ああ、唇を噛んで。いけませんね』」
「いや、もうちょっと情感持とうよ⁈」
「注文多くないか!!」
速攻でキレられた。
ちょっと町田くんの顔が赤い。
「これ、情感って、いや、ちょっと無理。」
「大丈夫、出来る、町田くんなら!」
無責任な励ましをする。
だって、この機会逃すわけにはいかん。
商業ではないリアルな声を、この耳で直接聞けるんですよ⁈
しかもちょっと恥ずかしそうに読んでくれるんですよ⁈
友人の弥生ばかりが、今、この春休みという
素晴らしい時に、好みの声をデート付きで楽しんでいると思えば、頑張らせますよ。ここで私のターンが無ければ、春休みの間、何を楽しめと⁈
絶対、弥生は遊んでくれない!
会っても惚気をずっと聞かされる自信しかない!
両手を拳にして、頑張れとジェスチャーをすると、町田くんがスマホを左手に持ちながら、私をじっと見つめる。
眉間に皺を寄せながら、しばらく黙っていたが、「あーもう。いいか、バレても。」と言うと、諦めたように息を吐いた。
「じゃあ、情感を出すために、ちょっと協力して。」
いい声でお願いされたので、快諾する。
「いいよ。何する?」
「ちょっと、顔貸して。」
「顔?」
「そのまま動かないで。」
そう言うと、町田くんは、スマホを持っていない右手を私の頬に触らないギリギリの位置で止めて、ゆっくり笑った。
そのまま、
「『ああ、唇を噛んで。いけませんね』」
と、私の唇を見ながら囁いた。
「………っ!……」
私は顔を真っ赤にしながら、町田くんの右手から逃げるように、後ずさった。
長机とパイプ椅子が腰に打つかる。
けれど、それどころではない。
「ま、まちだくん、そ、それ」
何か言ってやりたいのに、言葉が出ない私の前に、町田くんはスマホを突き出して、
「あ、情感、大丈夫?」
と、しれっと言った。
「はぁ…、充分です。」
ため息をつきながら、私は自分を落ち着かせようとゆっくり答えた。
「あぁ、もう。声がいいってだけで、狡いわぁ…」
私はスマホを受け取りながら、町田くんの声の威力の凄さを讃えた。
褒めて伸ばせば、またやってくれるかもしれないという下心付きで。
ちょっと威力が予想以上だったけど、悪くない。うん、むしろ良い。
私が声を褒めていると、町田くんが面白くなさそうに言った。
「なぁ、俺って、声だけなの?」
「え、そんなことないよ。」
褒めて伸ばすのスタンスで、即座に返すと、
「じゃあ、触ってもいい?」
と、もう一度右手を頬に伸ばしてきた。
「え」
「俺に触られるの、イヤ?」
「え、それは分からない。」
「じゃあ、触ってみるから、教えて?」
「へ?」
訳がわからないままでいると、町田くんが私の頬に手を添えてきた。
「どう?イヤ?」
混乱する頭の中で、素直に答えた。
「いや…じゃない、と思う。」
「そっか。よかった。」
町田くんは、ぱっと頬から手を離すと、
「じゃあ、俺のこと、彼氏に出来るか、春休みの間、考えてね。」
とんでもないことを言い放った。
「え、かれ、かれし、な」
「千種が告白してくれたら、俺、ちゃんとオーケーするから。」
「え、こく…」
「じゃあ、待ってるから。」
「え」
最後に、固まる私の耳元で、町田くんは声を落として、
「さっきのセリフの続き、してみたい」
と言うと、すぐに部室を出て行ってしまった。
耳元から顔を離す町田くんの表情が、目に残った。
そんな顔、見たことない。
部室にひとり残された私は、真っ赤な顔を両手で覆うと、
「えええ⁈」
叫んだ。
遠くから吹奏楽部が、春を讃えるように聴き覚えのあるマーチを響かせている。
三月のマーチは、私の心臓の音に負けじと、朗々と春の訪れを伝えていた。
引用したセリフは、個人的推しの生駒綱守の中学時のセリフです。中学生ですよ⁈(大事なことなので繰り返した)
アオハルになるよう精一杯頑張って短編作りましたが、引用セリフに勝てませんでした。
意義ある敗北を感じた二次創作の元になった作品はこちらです。↓
https://ncode.syosetu.com/n9239ex/