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ARCADIA BLUES.  作者: 那樹聖一
ナギア編
52/61

強い思い

 戦場には血肉が焼かれ焦げ臭いにおいが立ち上る。黒く焦げた死体が散らばり、黒い水たまりがあちこちにあった。烏の塗れ羽色に包まれた空は晴れ、青々とした空が広がった。ティルナシアはその場から動けずにいた。


「助けて……助けて……」


ティルナシアはうずくまり震えていた。耳を塞ぎ、目を強くつむる。太陽の暖かさだけが彼女に伝わる。そして地面が小刻みに弱く揺れる感触が伝わる。


「おーい、ティルナシア殿―!」


耳を塞いでいても伝わる大声は馴染みのある声だった。ハザマだ。ハザマが走って向かっていたのだ。箱状の通信機を背負い、息を切らし走ってきており全力で走ってきたことが伺えた。


「ハザマさん近づかないでください。私に近づいたらあなたまで……」


「あの黒い魔法は君だったか。大丈夫、もう魔法は晴れている」


ハザマは駆け寄り、ティルナシアを抱え込む。彼女は脱力したように手足をぶらぶらとさる。まるで意識がないように生気がなかった。ふたりは中継拠点のほうへ進んでいく。なるべき揺らさないようにハザマは注意して向かっていた。ふたりに近づく誰かが歩く音。その歩く音は不穏でハザマにとって聞いたことのない足音だった。すぐさま振り向き対象を確認する。


「ゼフィス……生きてたんですね」


そこに立っていたのは他でもないゼフィスだった。しかし目は赤く、髪も混じりけのない白髪へと変わっていた。眼光は鋭くゼフィスとはかけ離れた雰囲気を醸し出していた。普段のゼフィスは優しさのある雰囲気だが、今の彼の雰囲気は殺気に近いものだった・


「まて。ゼフィスなのか君は。いつものゼフィスならのほほんとしたばかげたオーラを出している。だが今の君にはそれがない。今の君は殺気にあふれている」


「我を感じ取るか。貴様があの黒い魔法の持ち主か。いや違うな。そこの小娘か」


ゼフィスは一瞬で前進し、ティルナシアの胸部を貫こうとする。ハザマは手刀が届かないぎりぎり後方へ下がる。通信機が邪魔で回避がうまくできなかったが、ティルナシアは無傷だった。


「ティルナシア殿、この通信機で応援を読んでください。こいつは拙者が相手を致す」


ティルナシアを下ろし、通信機を下ろすと二刀流を構える。いつものはざまであれば相手を分析したうえで戦い方を決めるが、ゼフィス?相手にはすぐさま二と黄龍の構えを取ったのだ。ハザマが三藤流を取る相手とは自分と対等に戦える相手または相当する状況の時の身だ。稽古のときからゼフィスには対等に戦えるようになれる素質があると悟っていた。しかしそれはゼフィスの剣技が完成された時だ。だがまだその時ではないはずだった。しかし今の彼の技量はハザマと対等以上の強さだった。


「ほう、我の一撃を避けるか。貴様、なかなかの者だな」


「名をお聞きしたい。お前は拙者の知るゼフィスじゃあない」


「よかろう。我の名は*+<@:だ。といってもお前たちには伝わらんか。そうさな。アイギスとでも名乗ろうか。では参ろうか。集えシナバル」


アイギスは周囲の魔石を流体上にし、周囲にためる。それは魔法なのかそれとも別の力が働いているのか。ハザマには理解できなかったが、今のゼフィスが彼の知る存在ではないことは確かだった。戦場周辺には魔学で作られた武器や道具が多数落ちており、集まった魔石の量はかなりのものだった。液体化した魔石シナバルを鋭利な刃のように変化させる。空中に数本の刃が浮き、ハザマに向かって飛んでいく。一本一本を弾き飛ばそうとするが、弾く瞬間に流体化してしまう。すぐさま回避を試みるが血の刃は体を貫いていく。幸いにも急所や内臓などは避けることはできた。


「瞬時に急所を外したか。すばらしい。ヒューマンにもできる奴はいるものだ」


「まるで自分が人間じゃないみたいに言うじゃないか」


「ああ、我は人間ではない。魔獣でも霊獣でもない。我には過去も未来も存在もない」


「ではお前は何なんだ」


アイギスは真っ直ぐに指をさす。指す先にはアヴァロンがある方角だった。ハザマには意味が分からなかった。刀を構え息を整える。そして一直線に走り出す。シナバルを防ぐ方法がない以上、止まっていてはいい的になるだけだった。足を動かし続け、飛んでくる刃を巧みに避けていく。アイギスは一歩たりとも動かず、ただ必死に動くハザマを見て静かに笑っていた。アイギスが手を抜いているのはわかっていた。攻撃は激しいものの、覇気がなかった。まるで大道芸を楽しむ観客のようにハザマを泳がせているようだった。しかし着実に距離を詰めているのは確かだった。シナバルの刃は決して目に追えない速さではない。そのため全神経を集中させ少ない動きで回避をしていった。そして間合いに入る。強く一歩を踏み出し距離を一気に詰めた。


「雷雷太鼓!」


「いい剣筋だ。シナバルよ集え」


散らばった液体化した魔石がアイギスの周囲に集まり、壁のように広がる。刀に帯びた雷は壁に防がれてしまい、攻撃は無意味と化す。壁からは無数の針が飛び出し、カウンター攻撃を繰り出した。


「ゼフィスは今どこにいる」


「眠ってもらっている。一時か。それとも永遠か……もしかしたらもう消えたかもしれん」


「なぜ、ティルナシアを狙った」


「おまえも見たはずだ。あの魔法を。我には過去も記憶もありはしない。だが使命があるのだよ。過ぎた力を摘むという使命がな。過ぎた力は世界に混乱をもたらし、いつかは滅ぼす。であればその力を消し去り均衡を保つことがこの世界のためなのだ」


壁だったシナバルは球状にまとまると翼の生えたトカゲのような形になる。それは生きているように翼をはためかせたり、顎を動かしたりしていた。


「これはドラグーン。どうやって対処するか楽しみだ」


ドラグーンは真っ直ぐにハザマへ特攻する。今のハザマには避けることしかできない。しかしかし何倍もの大きさの敵からの攻撃を避けるのは難しく、攻撃をもろに食らってしまっていた。図体のわりに早く、先ほどの刃よりも鋭い。攻撃方法もなければ、回避も難しい。今のハザマには攻撃する手立てがなかった。必死に逃げるがぎりぎりだ。一刻でも集中が途切れれば攻撃を食らってしまう。もうアイギスを気にする暇などない。獣のような単純な攻撃ばかりだが、今まで戦ってきたものとは非にならあい攻撃のラッシュ。


「こんなにも切迫した状況はいつぶりか。ああそうだ。姫殿と初めて戦ったあの夜以来だ。面白くなってきやがった!」


『面白くなってきやがった』その一言は強がりではなく己自信を奮い立たせるとともに冷静にさせる一言だった。彼は今の状況を一つ一つ整理することから始めた。まずシナバルは周囲の魔石を液体化させ、刃のようにも怪物のようにもできる。それはおそらくアイギスのイメージした通りになるのだろう。そしてシナバルを斬ろうとした瞬間に流動的になり刃を通り抜けていく。しかし壁を斬ろうとしたときはそのまま弾かれてしまったのだ。アイギスの思い通りにできているとしてもこの違いは何なのか。考えながらの回避行動は難しく、前足による攻撃が当たりそうになった。


「っ!爛花火!」


とっさに炎魔法を発動して攻撃を防ごうとする。それは魔石でできたワイバーンの体表を通り過ぎることなく爆発した。攻撃が初めて当たったのだ。


(そうか、魔石は魔力を帯びた石。つまり魔法を込めた攻撃であれば攻撃が通る!)


剣先にまで魔力を流し、ワイバーンが特攻してくるのを待つ。獣のように単純な特攻を仕掛けてくるワイバーン。右足を突き出し、飛び蹴りのような特攻を小太刀で攻撃を逸らしたのち片翼を切り上げる。攻撃は通り抜けることなく、斬られた片翼は落ちていく。そして両足、片翼、首と斬り落とすとワイバーンは液体になっていった。


「待たせたな」


「いい見世物だった。すこしはやるじゃあないか」


液体化した魔石を集合させ手足、そして背中に集合させる。それはカギ爪のように尖る。背中に集合した魔石は翼のように広がった。次第に翼は光はじめる。


「本来の姿は取り戻せぬか。まあいい。今はこれだけで十分だ」


目の前からアイギスの姿が消える。そしてハザマの後ろに現れ、腹部を思い切り殴る。衝撃で数メートル吹き飛ばされ、蹲る。肺の空気がすべて出ていき、呼吸ができなくなった。すぐに立ち上がり朦朧とする意識を保つ。すぐに剣を構えアイギスをにらむがまた消えまた殴る。人間には。いや、生物ではできない動きがハザマを翻弄していった。


「お前たち人間は視覚情報に頼りたがる。全身で感じることを知らん。貴様もそうだ。いくら強かろうと、結局、目の前のものに重視してしまう」


人間は目、耳、触角、嗅覚、味覚の五感を通し外から情報を得ていた。特に視覚に主に頼っているのだ。しかし視覚に頼っているからこそ惑わされることもあった。ハザマはこの言葉に似たことを過去に兄に言われたことを思い出す。


「そうか。そうだな。拙者は目に頼りすぎていた。だから力を使えずにいた」


納刀し、目を閉じる。吹く冷たい風、ほのかに冷えた土、太陽の暖かさ。それだけでない燃えた人肉のにおいのほかに土のにおいが混合していた。感覚を研ぎ澄ませれば先ほどまで感じることができなかった感覚を感じることができる。


「どうした。もうあきらめたか?」


「いいや、覚悟を決めただけだ。いざいざ参ろうぞ。『劣等勇華』!」


大刀に手を掛け構えたまま静止する。目は閉じておりただ動かずアイギスが攻撃してくるのをじっと待っていた。


「カウンターか。面白い」


アイギスはまた姿を消し、ハザマの後ろへ瞬間に移動する。殴りかかろうとした瞬間にハザマはアイギスの方向を向き、勢いよく抜刀しアイギスの腕を切り落とした。


「すまん。ゼフィス」


「ほう、我が腕を斬るか。いい剣筋だ」


斬った腕を拾い上げ、切断部に押し付ける。そうすると肉の繊維が切断部を結んでいき、傷を修復した。何事もなかったように指を一本一本動かしたり、手首を振ったりしていた。距離を取りまた剣をしまう。そしてまたカウンターの構えを取った。先ほどまで反応できなかったアイギスの攻撃を次々と防ぎ、斬っていった。


「おまえ、目の感覚を消したな?」


「ご明察。目だけじゃない。味覚嗅覚を消している。これぞ我が鬼の部族に伝わる秘術よ」


劣等勇華。鬼の一族に伝わる特殊能力だ。五感の一部に障害の持つ人は補うようにほかの感覚が発達することがある。この能力は一時的に感覚の一部を停止させ他の感覚を強くさせる能力だ。今、ハザマは視覚、嗅覚、味覚を停止させている。特に視覚を失っては戦いに支障をきたしてしまうが、今のハザマに必要な情報はアイギスが出現する正確な位置だ。目は目の前の情報しか知ることができない。しかも多くの情報は視覚からの情報がほとんどで、今の状況では邪魔だ。そのため視覚を消し聴覚と触覚を強化することで移動時の音や空気の振動を瞬時に感じ取り行動に移す。ハザマ自身の身体の身体能力と反射神経が合わさることでアイギスの動きを確実にとらえていたのだ。


「ではこれにはどう対処するか。ファントム!」


シナバルを分裂させゼフィスと同じサイズの分身体を作り出す。ハザマも振動で対象が増えたことはわかっていたが、視覚を遮断している以上どれが本物なのかわからない。しかも分身体はアイギスと同じ速さで動く。四方からの同時攻撃。攻撃を逸らしたり、かわしたりするものの、すべてをかわし切ることは難しく攻撃を受けてしまう。やはりまだ視覚を遮断したことによる違和感が残っており、さばき切れていなかった。


「五神流カグツチ、煙筒刃斬」


両刀に炎をまとわせると回転し、炎は柱となって空へ上る。分身体のほとんどを倒すことに成功するが、ハザマの魔力はつきかけていた。戦争から今に至るまで休むことなく戦ってきていた。しかもアイギスとの闘いは魔力を常に放出し続けているため魔力はもうほとんどなかった。


「よくぞ倒した。では少し本気を出そうか。レイニーブルー」


シナバルを複数の球体に分裂させ、空中に浮かばせる。球体からは魔法が降り注いだ。降り注ぐ魔法をよけ続けるが、数に圧倒されてしまった。


「思兼神の瞳」


ハザマは一種の賭けに出た。それはゼフィスの有無だ。もしまだゼフィスがまだ体の中にいるのなら心が読めるはずだと。視覚を戻し、魔眼を発動する。急に色づいた世界に脳は混乱するが魔眼に意識を集中させる。アイギスの心は何も映し出されなかった。ぐっと目を凝らす。


(グス……みんなどこだよう。ばあちゃん、父さん、みんな……)


(まさかゼフィスか……アイギスは眠っているといった。もし目覚めさせることができれば体の主導権が変わるかもしれん)


「目覚めろゼフィス!お前が目覚めなきゃ、ティルナシアが殺されてしまうぞ!」


しかしどうすれば目覚めさせることができるのかが思いつかなかった。できることなんて思いつかなかった。体の内に眠っているもうひとりの人格を起こす方法なんて思いつくはずもなかった。ハザマは刀を構えアイギスへ特攻を仕掛ける。策などない。今はゼフィスを目覚めさせることを優先していた。攻撃をしながら叫び続ける。体の中に眠るゼフィスを目覚めさせるために喉が枯れようと潰れそうになろうとも叫び続けた。降り注ぐ魔法を浴び体中を痛めようと、アイギスの打撃に打ちひしがれようと彼にはそれしかできなかった。


「そんなにこの男が大切か」


「ちがうさ。拙者は大切な人の命を奪われる悲劇をティルナシア殿に味わいさせたくないだけだ!」


目を閉じゼフィスの名を呼びながら攻撃を続けた。それが無意味に近いことは感じていた。だが今のハザマにはこれぐらいしかできなかった。アイギスとの圧倒的な差を感じ、何もできない自分に嫌気をさしながら必死に今できる行動を続けたのだった。


「もう戦う力も残っていないか。殺すには惜しい。眠ってもらおうか」


翼に収束した青白い光が放出され、ハザマを包み込む。目の前は真っ白い光に包み込まれ、次第に意識が遠のいていく。光が虚空に消えると光に燃やされたハザマはその場に倒れこみ、消えゆく意識の中で小刀を強く握り続けた。もう動くことも戦うこともできなかった。魔力も雀の涙ほどしかなく、息も止まりかけていた。眼球だけを動かし持った小刀を睨みつけた。


(まだだ。まだ眠るわけにはいかない)


蒼い光を放つ小刀を息を吸う力も、か細い意識をつかむ力を使い切って小刀を投げる。小刀は青白い線を描きながらアイギスの背中に向かって飛んで行く。小刀は深くは刺さらず、切っ先が刺さった瞬間に勢いをなくして落ちていった。


「最後のあがきか。我にも予想できなかった攻撃。見事。名を聞きそびれたな。二刀流の男よ。我の記憶にとどめておこう」


小刀を取りハザマの近くに刺す。そしてティルナシアのもとへゆっくりと歩いて行った。



ティルナシアからノイズと鳴き声混じりの通信が拠点に届く。空気中の魔素が少ないのがこの通信からうかがえる。途切れ途切れで聞こえる声は情報というにはあまりにも不十分だったが、確実に聞き取れた情報があった。


『ゼフィスがゼフィスではなくなった』


最初は何を言っているのかわからなかったが、ひとりその意味を理解した人物がいたのだ。


「ティルナシアさん!本当にゼフィスが暴走・・しているんですね」


ナリトカだった。彼女は酷く冷え切った顔をしていた。壊れかけた体を振り絞ってティルナシアのもとへ向かおうとしていた。


「その体で向かうのは無理ですって!」


「今のゼフィスを止めなければ二次被害が出ます!」


「詳しくは国で聞こう。レオ、ハイポーションを全部持ってきなさい」


「けどよ魔王様。体が持たない可能性が……」


「いいから。今はナリトカ殿に任せるほかない。そうだろう」


小さくうなずき、暴食の兵士たちに槍を持て来るように指示をした。差し出されたハイポーションをすべて飲み干し、急激に体を治癒していく痛みに耐えながら槍を強く握りしめていた。ベルゼハートから貰って以来手入れを丁寧に施していたことが刃には涙を流す自分の顔が映ることで表されていた。ゼフィスが初めて傭兵仕事に参加したころだった。当時まだ珍しかった第2世代の幻式を腕にはめ、戦闘に参加したのだった。小さい体ながらも魔法を巧みに使用しながら蛮族を蹴散らす姿はロウギヌス傭兵団の団員たちを圧巻させた。しかし戦闘が終わりごろに差し掛かるとゼフィスの身には異変が訪れていたのだった。暴走だった。配給されたLエネルギー以上の魔法を周囲に暴発させたり、謎の液体を自在に操り周囲に甚大な被害を出したりとその所業は人ならざる何かとしか形容できない状況だった幸いにも団長であるベルゼハートの活躍によって事件は解決したものの、暴走の原因はつかめずにいた。そしてこの暴走は一度ならず二度三度と起こり、暴走が起こるたびに止めることが難しくなっていったのだ。この場にはベルゼハートはいない。ならば止められる方法を知るのはナリトカだけだった。Crazy Rendezvousのエンジンを噴かせ急いでティルナシアのもとへ向かう。切る風はぬるく、先ほどの黒い魔法の余波がまだ残っているようだった。


「ティルナシアさん大丈夫ですか!」


ナリトカが駆け付けた時にはすでに戦闘が始まっていた。否。戦闘というには何ともおこがましいことか。ティルナシアはただ逃げ回っているだけで、ゼフィスらしき人物が逃げ惑う兎を追い詰めるがごとく攻撃を放っているに過ぎなかった。バイクから飛び降り、すぐに攻撃に転じる。鋭い突きやなぎ祓いをするものの、すべて謎の液体に防がれてしまう。彼女が実際に見た怪物のような暴走状態とはかけ離れているほどに知性のある行動が目立っていた。


「おまえ、素でそれほどの力を持つか。さっきの二刀流の男のように楽しめそうだな」


「その言い草。ハザマさんは破れたそうですね。彼の無念を払拭してみせましょう」


槍を攻撃の構えを取り、息をつかせないほどの攻撃を繰り出していく。基礎的な攻撃だけでなくフェイントやカウンターを混ぜた攻撃を繰り出すが、アイギスはすべての攻撃を防いでいった。そして防いでいく中でシナバルによる間接攻撃をしていく。ナリトカはシナバルには魔法でしか対抗できないことは知っていた。そのためシナバルか飛んでくるのを即座に察知し、避けていった。


「ティルナシアさん!今戦えますか」


「無理です……魔力がないんです!それにゼフィスを傷つけるなんて私にはできない!ゼフィスは私の心を救ってくれた。そんな人を傷つけるなんて私にはできません」


ティルナシアにとってゼフィスは家族以外の存在で自分を認めてくれた人だった。混血というレッテルを気にしない人物だった。それに彼女は魔法を使うのを心の中で強く否定していた。黒い魔法が彼女にトラウマを植え付けていたのだった。自分が魔法を使えばまた被害を出してしまうと思っていたのだった。


「今の私には魔法を使う術も暇もない。バイクにエネルギーパックがあります。あなただけが頼りなんです」


「できない……私の考えが間違っていたんです。自分の力もろくに抑えられない私に世界の認識を変えることなんてできない!」


だんだんと攻撃と回避が難しくなっていく。シナバルが彼女の装甲をかすっていく。ナリトカも完全に回復したわけではない。骨や肉の強制的な回復によって体力を消費していた。目をつむることすら出来ないほどに追い込まれていく。しだいに体中に攻撃が当たっていき、血を流していく。


「そうか。そうですよね。あなたのような小娘が世界を変えることなんてできやしない!それにあなたが守りたいものはあなた自身だ。あなたにゼフィスを助けることを求めた私が馬鹿だった!あなたにとってゼフィスは自分を守るための存在にすぎない!そんなあなたに翻弄されたゼフィスがかわいそうだ。こんなことならあなたなんてあの山で殺しておくべきだった!」


胸を締め付けるような言葉だった。そんなことは思ってはいない。ティルナシアという人物がナリトカ自身が口にした人物とはかけ離れていることは再開した時からわかっていた。彼女は誰かのことを思える人物だった。誰かのために涙を流し、戦える人物だ。そうでなければ戦いを知らない少女がこんな場所にいるはずがなかった。しかし彼女が戦わなければ彼女が大切に思う人を助けることができない。そして彼女自身を助けることはできない。


(魔法も使えず、こんなことを言ってしまう自分が情けない。ただの少女を戦いに巻き込んでしまう自分が情けない!)


ティルナシアは両手で胸を強く抑える。戦いゼフィスを助けなければならないという心と、戦いたくないという心が交差し、強く胸を締め付けた。


(私が戦わなくちゃ。私が立ち上がらなくちゃ。もう大切な人を失いたくない。守られるだけじゃダメなんだ。わたしが救うんだ!)


立ち上がりバイクへ駆け寄った。サイドバックを急いで開け、エネルギーパックをButterflyに取り付ける。そうするとエネルギーパックはすぐにカラになり、ほかのエネルギーパックと入れ替えた。


「女、お前も腕は立つがあの男よりも弱いな」


「自分の弱さに飽き飽きしているところですよ。しかもゼフィスに言われるんじゃあ期待を寄せてくれる団長に顔向けできない!」


シナバルをナリトカの周りに集め、囲む。そして一斉に飛んでいった。ナリトカは諦め槍を下げた。瞬間光の壁がありとかを包み込み、シナバルを弾いていった。


「遅くなりました。ナリトカさん!」


「ふん、やっと重い腰が上がりましたかレディ。わたしに混血への認識を変えるのでしょう?ならば証明してみせなさい。ティルナシア!」


ナリトカが特攻し、アイギスに直接攻撃を与える。防がれる攻撃が多いが、シナバルによる攻撃はすべてティルナシアが防いでいるため攻撃に専念することができた。それにティルナシアは精霊の血を引く混血だ。そのため魔法による攻撃も可能だったため、ナリトカの援護も可能だった。


「ゼフィス、目覚めなさい!あなたはティルナシアに戦わせたいんですか!」


「目覚めてください。私はあなたを記事付けたくないんだ!」


「無駄だ。呼びかけても目覚めない!もはやこの体は我のものだ」


しかしふたりで戦っても劣勢であることは変わらなかった。アイギスは二対一の状態を瞬時に見極め、ナリトカとの闘いをやめ、ティルナシアに標的を変えたのだった。シナバルをナリトカに集中させ、一対一の戦いを作り出したのだった。彼女を討てば彼の目的は果たされ、ナリトカを討つのも簡単になる。しかしティルナシアもただ泣いていた時とは違う。ゼフィスを助けると覚悟を決め、アイギスの攻撃を銀の翼を駆使して防いでいった。全身に魔力をまわし、劣る身体能力をカバーし鋭い打撃をかわしていた。だがハザマほどの武人さえも反応することができなかった攻撃に反応することはできず、攻撃を受けることが多かった。だが脳波によって動く銀の翼をクッションにし、攻撃を緩和させたのだった。


(ちまちました攻撃じゃあだめだ。もっと強い一撃が必要だ)


彼女が強くそう願うと銀の翼が変化を始める。6つの翼たちが合体を始めたのだ。3つの大きな大砲へと姿を変え、アイギスへ極太のエネルギー状のビームを掃射した。Butterflyは自己修復、自己改造を能力に持った幻式だ。それは他の第3世代の幻式と違う点は装着者の望んだ形に変化することだった。6つの無人機が装着者の脳波をキャッチし、自在に空中を飛んだり、無人機を改造したりすることができるのだ。しかしこの幻式を扱える人間は限られる。


(まだこんなんじゃだめだ。もっと強く……もっと強く!)


また銀の翼が変形していく。3機の銀の翼は一つにまとまっていく。それは巨大な筒へと変化した。しだいにエネルギーの光が収束し始め、エネルギーを充填していた。エネルギーの充填が終わるまでティルナシアはアイギスと肉弾戦を仕掛けた。勝てるはずがないのはわかっていた。だが彼女の目的は足止めだった。魔法を放ちながら打撃を仕掛ける。ミホノやゼフィスの動きの見様見真似で戦うが、かなうはずもない。


「ティルナシア、避けなさい!キングスバレイ!」


身体が自壊しない程度に出力を抑え投擲する。力を抑えたものの、全身の筋力が乗った一撃は普通の投擲よりもはるかに速く、一直線に飛んでいく。アイギスはそれを察知しシナバルで盾を作り複数展開する。威力は先ほどの戦いよりも劣るものの、シナバルの壁を壊していった。ティルナシアから一刻注意が離れる。それを見逃さず、足元を凍らせ動きを封じた。


「この程度の妨害など何の意味もない」


「意味がなくてもいい。この一撃をあなたに放てれば!起きてよ、ゼフィス!」


大筒から放たれるエネルギービーム。光はアイギスの体を包み込んでいった。光が去ると、アイギスはビームを直に受け、その場に立っていた。まるで虫にかまれた程度の不快感を顔に出し、ティルナシアを睨みつけていた。攻撃はまるで通じなかった。普通の人間だったらひとたまりもなくその場のチリとなるはずだった。だが今のゼフィスの体はいや、アイギスは普通の人間ではないのだった。


「生娘よ、おまえ我に何をしたか」


「ゼフィスの体を返してもらう!あなたの好き勝手にはさせない。出ていけ、馬鹿野郎!」



 その日の夜は新月で星がよく見える夜だった。少年はいつも遊ぶ花畑で星空を眺めていた。その日は唯一の肉親である叔母と喧嘩し、家を出ていた。夏場でも夜は寒く、薄着だった少年は体を軽く震わせていた。静かな夜だった。虫のせせらぎもなく、物音もない夜は少年に恐怖損を抱かせるとともにその神秘的な世界に心を奪われていた。いつも少女と遊んでいたその花畑は小さい足跡がところどころあった。ボーっとしていると村の方角がやけに明るいことに気づく。振り向いたときにはその光景の異常さに少年は汗を大量に描く。光を吸い込みそうなほどの夜空が荒々しいほど赤く、赤い光の粒が空へ舞い上がっていた。少年は体勢を崩しながらも走った。草木に足元をすりむかれようとも痛みを感じる前に焦りが前に出すぎて気にしている場合ではなかった。村に到着した時にはもう遅かった。家屋は焼け、村人たちは火に包まれ焼かれる身体を地面にのたうち回りながら苦しむ姿があった。そして村を焼きながら食べ物や女子どもを奪っていくバケツのようなヘルメットをかぶった兵士たち。目に映る光景を信じたくはなかった。しかし焼けるような熱風や、家屋の木材が燃える音が彼を現実に引き戻していた。


「ゼフィス!」


「ばあちゃん!これ、どうなってるんだよ!」


「静かに。おまえだけでも逃げるんじゃ。早く!」


「ばあちゃんはどうするの」


「わしはここに残って生きている人を探す。お主ははよ逃げろ!」


「そんなことできないよ!僕だって戦えるんだ。あいつらなんて」


「馬鹿を言うな!お前が勝てる相手じゃあない!」


少年は恐怖していた。外にも兵士がいると感じていたからだ。ひとりで暗い夜を歩くのが怖くなったのだ。しかしすぐにでもその場から逃げたい気持ちだった。


「いいから早く!ここから東にある村に生きなさい。そこにわしの知り合いがいる。これを渡すんじゃ」


渡されたのは書きなぐった手紙だった。叔母は真剣な顔だった。怒った顔はいつもどこか優しさがあり、目元はいつも笑っていた。しかし今の目は笑顔のかけらもなく、真剣にゼフィスの顔を見つめていた。その視線に圧倒され、少し圧倒された。


「わ、わかった。必ず助けを呼んでくるから……」


ゼフィスは振り返りながら走っていった。大粒の涙を抑えながら炎の光を背にしながら闇の中へ走っていった。その先には誰もいない。振り返っても家事の光は遠ざかっていくだけだった。


「グス……みんなどこだよう。ばあちゃん、父さん、みんな……」


暗闇の中を永遠に歩き続けた。無数に広がる星々はただ少年を照らし続けるだけだった。冷え込んだ風が熱い涙を冷まし、唇を一層震わせた。炎光はもう見えない。虫のせせらぎと、草木が風にあおられる音が心を騒がせていた。鳴き声はかき消されていた。


『ゼ……ス!』


「だれ?」


どこからか聞こえるかすかな声。それは静かな夜空に反響していた。どれも『ゼフィス』と少年の名を呼ぶ声であり、苦しんでいるような声だった。どこか聞いたことのあるその声は次第に小さくなっていく。


「あれ?何か忘れているような……何か重要なことを。忘れちゃいけないのに」


記憶がぐちゃぐちゃに混ざっていく。今見ているものは何なのか。先ほどまで明るく照らしていた太陽はどこに行ったのか。声が少しづつ記憶を変えていく。


「今見ている景色はなんだ。それにこの体は……過去……ちがう、いつも見る夢だ。いつも見る夢なんだ」


夢だと確信した瞬間に視覚が急に上がる。そして手も大きくなり、腰にはムスカリが刺されていた。体をくまなく触る。傷口はなく、装備の傷もなかった。戦場でできた痕跡がないことから、ここが夢の中だと考えたのだった。気が付けば叔母が渡した手紙は消えていたのだった。そして目の前を見れば小さい少年が泣きながら歩いていた。おそらく先ほどまでのゼフィスなのだろう。


「なぜ俺は目覚めない。いや、目覚めないんじゃない。入れ替わっているのか」


あの声は『乗っ取らせてもらう』と言っていた。内なる謎の存在がゼフィスの体を乗っ取ったのなら、体の主導権が変わったということだろう。


「あの声、まさかハザマか……外はどうなっているんだ」


もしこの夢が過去につながっているのならこのまま進めばベルゼハートに会う。今のゼフィスにはこのまま夢を進めるほかない。しかしこの後の状況は彼もうっすらとしか覚えていなかった。まだ幼くそしてパニック状態だったため記憶が薄かった。


「とりあえず、行くしかないか。もしかしたら脱出の糸口がつかめるかもしれない」


少年ゼフィスに気づかれないようにゆっくり歩いていく。泣きながらも次第に足は速くなっていく。そして涙をふくのをやめ、真っ直ぐに隣村に向かって走っていった。パニック状態で呼吸が乱れながらも走った。途中石に躓いて転ぶが大粒の涙を流すだけですぐに立ち上がって走り出す。悲しくってやるせなくって自分だけ生き残って寂しかったのに少年は走った。そして隣村に着いたころには月は山に沈もうとしていた。見張りの傭兵に手江上を渡すと、傭兵は少年ゼフィスをベルゼハートのもとへ案内していた。傭兵はゼフィスには目もくれず少年を案内していた。おそらく夢の中の住人には見えていないのだろう。ゼフィスは後を追い、小屋にたどり着く。中にはドラゴンの装飾が施された剣『魔剣バハムート』が掛けられており、その隣で白髪が混じった鬣の巨漢が資料を読んでいた。傭兵は巨漢に耳打ちをすると、少年と同じ目線の高さになるように座った。


「少年、まず何があったのか教えてくれるかな」


「バケツをかぶった人たちが村を……焼いて」


「イドチスの残党兵か。野郎、残酷なことをしやがる」


「助けてください。ばあちゃんが……みんなが死んじゃう!」


「わかってる。いますぐ向かうぞ。ナリトカに伝令してくれ」


「しかし、個々の防衛はどうなるんです⁉これじゃあ契約違反ですよ!」


「子どもが泣いてんだ。依頼も契約もあるか。すぐそばで助けを求める者に手を差し伸べる。それがロウギヌスだ。それに俺がいなくともナリトカなら十分やってくれる」


男は剣を背中に背負い、装備を身に着けていく。そしてゼフィスを守るように傭兵たちに指示を与えるとベルゼハートは小屋を去ろうとする。


「待って!お願いだよ。僕も連れてって」


「無理を言っちゃあいけねえ。もうハティニ村は戦場になっているんだ。子どもが行っていいところじゃあねぇ」


無理は承知だった。しかし一人になるのが怖かったのだ。村は焼かれ少年は孤独になった。彼を知る人物はもう一人もいなかった。もう一人になるのは嫌だった。ベルゼハートの足をつかみ、引っ張る。振り向きまたかがむ。そして少年を背負った。


「少年、安心してくれ。君を一人にしない。必ず戻ってくる。大丈夫、おじさんはね、このアドラールで一番強いんだ」


ベルゼハートの言葉には温かみがあった。傍観していたゼフィスにもその偉大さが伝わってきていたのだった。少年は足を離し、ベルゼハートの座っていた椅子にこじんまりと座りこむ。自然と涙は止まり、心音も安定していた。


「そうか、忘れていた。俺はあの人《団長》のあの言葉にあこがれたんだ。強さでもカリスマでもない。安心させるあの言葉に惹かれたんだ」


村を焼かれ、知人をすべて失った少年がその言葉一つで平常心を取り戻したのだ。なぜ安心するのかはわからない。だがあのベルゼハートという男の言葉は自然と信用してしまう力があった。いや、言葉だけではない。目線の高さを合わせること、落ち着てて聞き取りやすい言葉のスピードなどさまざまな配慮が見られた。


「しかし、これで本当に帰る方法がわからなくなった。まさかこのまま過去を体験し続けるのか……うん?」


外に見える見覚えのある人影。ゼフィスは急いで小屋を出ると、そこにいた人物に驚きを隠せなかった。赤銅色の長髪に黄金をしたためた瞳。月明りがなくてもわかる、透き通った白い肌を忘れることはなかった。


「ティルナシア……なんでここに」


「ゼフィス……早く目覚めて」


「目覚め方がわからないんだ。もしかしたらもう目覚めないのかもしれない」


「私達にはあなたが目覚める方法はわかりません。目覚める方法はあなたしか知らない」


曖昧ながらもその言葉の意味はどこか納得がいっていた。謎の声が出た時は死ねないと強く願った時だった。つまり強く願う気持ちがあの声を呼び起こしたのかもしれない。しかし強く思うにも何を思えばいいのだろうか。目の前にいるティルナシアを見つめる。彼女の体はすこしづつ薄れていく。


「ティナ!」


「私はただの思念体。魔法に乗せてあなたの体の中に流れた思いなのです……」


ティルナシアの思念体の姿は消え、静かな夜にひとり取り残されてしまった。星の海には薄黒い雲に包まれていき、見えなくなってしまった。そして大粒の雨が否応なしに降り注ぎ、沈黙の世界は消えていってしまった。雨はゼフィスに降り注ぎ、全身を濡らしていく。セットされた髪の毛は雨によって倒れこむ。ただ防ぐ手段もなく情けなく雨に打たれ立っていた。熱い涙は冷たい雨によってぬるくなり、頬を伝って地面に落ちていく。


「このまま出られなかったらティルナシアたちとはもう会えなくなる。それは嫌だ……俺はまだティナと離れたくない!一緒に旅をしたいんだぁぁーー――!」


雨音をかき分けるように響きわたる。重々しい雲から眩い光が降り注ぎ、ゼフィスを包み込んでいく。一緒に旅をするという強い思いが彼が作り出した夢の世界を崩壊させていったのだった。



ナリトカが用意したエネルギーパックもすべて使い切り、もはやなすすべもなくなってしまった。ふたりにはもうシナバルから身を守る術がなかった。ゼフィスは一向に目覚める様子はない。もはやアイギスを止める手立てはなくなってしまった。


「これで終わりか小娘。ならば死ぬがよい。この世界のために、過ぎた力を封印させてもらうぞ」


「今死ぬわけにはいかないんです。今の私には成し遂げたいことがあるのだから!」


アイギスは一瞬にしてティルナシアとの距離を詰め、手刀を勢いよく降り下げる。風を切り、周りの土ホコリは勢いよく吹き荒れた。目をぎゅっと閉じる。しかし痛みも感覚がなくなることもなかった。目を開けると振り下ろされた手刀はギリギリで止まり、痙攣しているようにプルプルと震えていた。


「やらせはしない……やらせはしないぞ。ティナの命は奪わせない……」


「ちっ、目覚めたか。そのまま過去の思い出に泣きじゃくると思っていたぞ」


「ゼフィス!」


「ティナ……ありがとう。君のおかげで俺は君たちと旅をしたいという気持ちに気づけた」


「くっ。潮時か。おい小娘、我はお前がどこにいようと必ず殺す。この世界のためにな」


痙攣が止まり、重力のままに手刀は落ちていく。そして全身の力が瞬時に崩れ落ちるように倒れる。まるで今までの殺気が嘘のようにゼフィスは眠ってしまった。警戒心が張った糸が切れるように解けてしまい、その場で膝をつく。ナリトカも槍の柄を杖のように地面に突き刺し、息を整える。


「ティルナシア、あなたなかなかやりますね」


「ナリトカさんの力あってこそです。あなたがいなかったら私は死んでいたでしょう」


恐怖心や緊張感から解放されたせいか自然と笑みがこぼれ、手を取り立ち上がる。


「おーい、ティルナシア、ナリトカさーん!」


城の方角から伸びるしゃがれ、息が上がった大人びた声。ガルシアスだった。彼は背中にぐったりと気を失ったハザマを背負っており、小走りに二人のもとへ向かっていた。体中から血の跡があった。伏せるゼフィスのそばへ駆け寄り、状態を確認する。ふたりから訳を聞き、考え込むように顎をさすった。いつもの目ではなかった。引き締めたその目はどこか思うことがあるような眼だった。


「ガルシアスさん、何か思い当たる節でも?」


「いや……ナリトカさん何でもないよ。なぜ暴走したかを考えていてね。君たちはゼフィスの性格が急激に変わったと言っていたね。人格が二つ存在しているということか」


「ええ、しかもティルナシアのことを『過ぎた力』と」


考え込むのをやめると、ゼフィスを抱え拠点へと向かっていった。気が付けば日は傾き、星空と満月が顔を出していた。


「これも罪というものなのか……」


上を向いてガルシアスは歩いた。まるで過去に浸るように。月明りは静謐な光を陰に包まれた世界に注ぎ、うっすらと影を作り出していた。


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