クロノセカイ
戦争は始まった。始まってそんなに時間が経っていないにもかかわらず、すでに血のにおいが充満していた。吐きそうになる気持ちを胸に抑え、私は後方からButterflyを駆使して兵士さんたちの援護をしていた。私は武器を弾いたり、攻撃を防いだりと敵の無力化に努めた。いまだに人を殺すことに抵抗があった。殺さなければならない相手であることはわかっている。けど殺せばその人の人生を奪ってしまうことになる。杖を強く握り、現状を見つめ続けた。無力化したとしても前線で戦う兵士さんたちに殺されてしまう。私は間接的に人を殺していることから目を背けていた。
「よし、そのまま進めー!」
軍は勢いを増し、そのまま前進する。敵全体がどこか変だ。気力というか生気がまるでない。本来魔力や鋭い爪などで人族に勝るはずの獣人の動きが鈍い。逆に人族のほうが良く動いているように感じるのだ。このまま戦闘が進めば勝てるはずだ。だがそう思ったとたん、味方兵士の動きが止まったのだ。何が起きているのかわからない。だが兵士さんたちの様子がおかしい。苦しんでいて、体が小刻みに震えているのだ。
「大丈夫ですか!」
「わからない!体が動かないんだ!」
静止した兵士さんたちは突然争い始めた。まるで自分の意志ではなく、誰かに操作されているようだった。争う兵士たちの群れから一人の人族が現れる。腰に機会をつけ、両腕を指揮所のように振りながら出てくる。
「ああ、この戦場はいい!人形がたくさんある!さあ踊り狂え私の操り人形よ!」
「あなたがこの事態を引き起こしているのですか?」
「おおそこのお嬢さん。そうともわたしがこの舞台の監督。エスパシーと申します。この舞
台は参加型でねえ。お嬢さんも参加してくれたまえ!『HEY BROTHER』!」
腰につけた機械から光が放たれる。そうすると周囲の敵、味方が私に向かって突撃してきた。操られたように攻撃をしてくる。私は必死に逃げることしかできなかった。
「これは第2世代型幻式『HEY BROTHER』。どんな素人もプロの役者にする素晴らしい道具さ!どうやら君には効かないようだね。どうやら私と同じなようだ。」
「同じじゃない。あなたの目的は何です」
「金とリアル、そして快楽さ!戦場とは生死が入り乱れる最高の舞台だ!そして勝利の後のルナエラ様からもたらされる快楽は最高のENDだと思わないかね!私はここで得たリアルを最高の作品として飢える世界に轟かせるのだー!」
私はその言葉に絶句した。人の命を何だと思っているんだ。倒さなければみんなの命が危ない。けど操られたままでは戦いにくい。まずはあの男を倒さなくちゃいけない。私は杖を構え、炎魔法を唱える準備をする。
「あなたのつまらない目的のためにこの人たちの命は奪わせない!私は孤児院の子どもたちのために戦っているんだ!」
「なるほど、操られていない《アドリブ》だからこそのリアル。君は名女優だ!」
操られた人たちがエスパシーの前で群がる。これじゃあ魔法が使えない。まずは操られた人たちをどうにかしなくちゃ。ゼフィスが言うには幻式には欠点がある。その仕掛けがわかれば奴を倒せるはず!操られた人たちがなだれ込むように襲ってくる。今は無力化をするしかない。殺さず、一時的に動けなくする程度の攻撃しかできない。今は無属性魔法で対処しよう。幸いにもButterflyの銀の翼《小型無人機》は複数の人を相手にすることが可能だ。少しづつ数を減らし攻撃の機会を狙うしかない。孤児院でButterflyの扱い方を考えさせられた。Butterflyは私が思い描いた動きを実現してくれる。私は銀の翼を足場に操られた人の頭上を走っていく。通り過ぎた翼を迎撃に使い、移動と攻撃を両立させている。真上こそ一番の近道であり、彼らを無力化するには一番だ。
「ほう、身軽だな君は。アクションもこなせるのかね!」
「あなたの演目に付き合うつもりはありません!ファレイク!」
杖を構え、中型魔法を放つ。エスパシーの近くには操られた人たちはいない。これなら容赦なく魔法を放つことができる。放たれた火球はエスパシーとその周辺を焼き尽くす。エスパシーは魔力防壁を張り、火球を防ぐ。そして空中にいる私に向かって中型風魔法を放つ。2機の翼を足場にし、残り4機の翼を防御に回した。魔力の差は混血である私に分がある。持久戦に持ち込めば私に勝機がある。だがあの男が何をするかわからない。
「きみ、人族だよね?魔法の威力が普通の幻式よりも高いなあ。まあいい。マリオネットたち彼女に絶望を味合わせたまえ。劇には悲劇がつきものだ!」
兵士たちが敵味方関係なく争い始めた。ひるませたとしても能力が解けたわけではないらしい。HEY BROTHER《あの幻式》の欠点は何なんだ。なぜ私には効かなかったのか。体の自由を奪う。つまり洗脳のようなものなのか。私と彼らの違い……。種族?まさか種族なのか?しかも彼はさっき私を「人族か?」と確認した。さっき聞いたときは幻式のわりに魔法の威力が高いという意味だと思った。だが奴の言葉を思い返せば能力の範囲といえるだろう。ではどう識別しているのか。種族を識別する方法は?必ずあるはずだ。
「一つ質問したい。なぜ私はその能力の対象にならない。私が人族だからですか?それとも別の何かが関係しているのですか?」
「ミステリー作品であればその答えは最後まで取っておくべきだろう?だがいい、答えを聞いてからの対応もまた作品の糧になるからね。この能力は範囲内の対象種族の魔力に反応し発動するのさ。カタログには精霊と魔族には独自の魔力があるらしい。ま、精霊魔力と魔族魔力とでも名付けようか。その魔力を対象に能力を発動しているらしい」
「魔力を対象に?つまり魔力がなければ発動しないってことですね」
魔力をなくせば能力の対象外になるということか?だがどうすれば彼らの魔力をなくすことができる。やる方法はあるにはある。彼らの魔力をなくせばいい。しかし彼らの魔力を抜く方法はないし、魔力を使わせようとしてもエスパシーは使わせないだろう。ならどうしたらいい。範囲外に誘導する?そんなこと無理だ。おそらく敵はそれをさせないだろう。奴が考えない方法を模索しなさいティルナシア!私にしかできないことは何なの。範囲?能力はあの幻式から広がっている。個に限定された能力ではなく広がる能力であれば範囲が能力で満たされているか、能力が波となって断続的に発動しているならできるかもしれない。イメージしたものが一つある。防波堤と壁だ。防波堤は海から打ち寄せる波を防ぐものだ。そして壁とは外界と内界を分け、風や外的要因から守るものだ。私の魔力で作った壁で覆えば能力を遮断できるはずだ。まずは味方と敵を分ける必要がある。私は味方兵士から敵を引き離す。エスパシーは決して動かない。HEY BROTHERがなくなれば洗脳は解け、形勢は逆転してしまう。
「君を襲った仲間がそんなにも大切かね?裏切った仲間を思うヒロイン。いい……いい!」
操られた人を見ると細かい指示はできないように感じる。動きは大雑把で読みやすい。ならば敵を引き離しやすい。敵を全員引き離し、5機の銀の翼を味方の周りに配置する
「トライフォースブロッカー!」
5機の銀の翼が頂点となり、私の魔力で生成した四角錘のバリアを作り出す。私の魔力である精霊魔力が壁となり、幻式の能力が阻害されている。
「みなさん、体のほうは?」
「ああ、無事だ!ありがとうティルナシアちゃん!」
ありがとう……なんと不思議な響きなんだろう。胸を高鳴らせている場合ではないことはわかっている。しかしその言葉は戦うためには十分だった。
「見方を背にして戦うシチュエーション……それは君ではなく男優にやってほしかったものだね。それになぜ君の仲間は私のマリオネットにならないのか?そのバリアが関係しているのかね?」
「あなたの力のロジックはわかりました。だから対策を立てさせてもらったまで」
距離を離した敵兵が立ち上がり、私を囲むように近づいてくる。四方からの魔法攻撃。今銀の翼は一機しかない。バリアは張れない。機転を利かせろ。基礎から応用へ!
「大型水魔法フルバースト!」
杖の先を地面につけ、魔力を籠める。そして私を囲むように水が地面から湧き上る。水が魔法を打ち消し、落下する勢いで敵兵を巻き込んでいく。これで邪魔はいなくなった。あとはエスパシーを倒すだけだ。
「降伏しなさい。あなたの人形はもういない」
「マリオネットがいなくとも舞台は続けるさ」
剣を携え距離を詰めてくる。だが甘い。私はゼフィスやミホノちゃん、ルイスさんなど戦う人たちの姿を見てきた。だからこそ彼の動きは素人であることはわかる。きっと彼は後方支援を種とした傭兵なのだろう。
「中型炎魔法」
素人だからといって油断はできない。私が得意な中距離戦闘で戦うべきだ。回避させないためにも広範囲へ攻撃。
「危ないなあ。監督の指示は聞かなきゃダメだろう?それに比べてこいつらはいい役者になれそうだ。だから残念だ」
炎の先に見えた光景は私の目を疑う光景だった。エスパシーは自分の前に操った人たちを固め、炎魔法のダメージを軽減させた。腕には赤いバンダナがまかれていた。仲間だ。仲間の兵士さんたちだ。私がやったのか。私が仲間を……
「私が人を……仲間を殺した……」
「いいねえ、いいよその悲痛に沈むその顔!創作意欲が…インスピレーションが……湧く……湧く……湧く湧く湧く湧く湧くゥーーーー!」
その場で膝をつき体を丸めた。私は人を殺してしまった。敵ではない味方を。私たちを受け入れてくれた人たちを。私はなんてことをしてしまったんだ。
「もっと見せてくれ君の顔を、焼かれ殺されていく人の顔を!さあさあ私の舞台の礎となってくれえ!マリオネットたち!」
私の心はまた灰色に戻った。世界はまた白黒に映った。もう慈悲も殺してはいけないという気持ちもわいてこない。心にある言葉が現れる。
「ディザスター……」
わたしを中心に炎が広がる。炎だけじゃない強風が吹き狂い、大粒の雨や雷が降り注ぐ。まるで嵐だ。冷えた大気と雨は冷たく、炎のせいで熱風が吹く何も聞こえない何も見えない。ただ外気の狂った温度だけを感じることができた。
「なんだこの光景は……炎も……雨も……風も……雷も……すべてが黒い!フィクションかこれは!地獄……こんなの地獄じゃないか!君は……何者だ」
何……者……?私は誰なんだ。ただの人ではないのかもしれない。こんな厄災を引き起こした私はもう人ではないのかもしれない。
「助けてくれ!そこに入れてくれよおお!」
うしろ?もしやバリアに?奴だけは許さない。絶対に許さない。許さない。許さない。許さない。許さない。許さない。許さない。許さない。許さない。許さない。許さない。許さない。許さない。ゆるさない。ゆるさない。ゆるさない。ゆるさない。ゆるさない。ゆるさない。ゆるさない。ゆるさない。ゆるさない。ゆるさない。ゆるさない。ゆるさない。ユルサナイ。ユルサナイ。ユルサナイ。ユルサナイ。ユルサナイ。ユルサナイ。ユルサナイ。ユルサナイ。ユルサナイ。ユルサナイ。ユルサナイ。ユルサナイ。ユルサナイ。ユルサナイ。ユルサナイ。ユルサナイ。ユルサナイ。ユルサナイ。ユルサナイ。ユルサナイ。ユルサナイ。
「ユルサナイ……パンドーラ」
杖を構える。杖から魔法のようなものが出ているのはわかった。けど何が起きているのかがわからない。杖の柄が割れ、先端に付けられた魔石が落ちた音で濁った感覚が元に戻った。戦場には私一人が残ったらしい。戦場は荒れ狂っていた。黒い水たまり黒い炎。
「私がやったの?」
バリアを張った場所には焼き焦げた誰かも認識できない遺体だけがあった。わたしは何人の人を殺してしまったんだ。何人の仲間の人生を奪ってしまったんだ。私のやってしまったことはルナエラや私を軽蔑していた人たちと変わらない。地面に落ちた魔石を拾い上げ、抱きしめ泣いた。
「助けて……おかあさん……助けて……ゼフィス……」




