親父
戦士たちは戦場を駆ける。目の前に迫る敵を自分が殺される前に自分の持つ武器で喉元や、腹部を貫き敵を殺す。俺も同様に拳で砕き、敵兵士の内臓に攻撃を与える。
「師匠!これが戦場か!」
前には敵の軍勢。蛮族を相手にすることとは全く違う。一度に多くの敵を意識しなければならないこの状況は臨場感が違う。一瞬の隙が命通りであるために全神経を集中する必要がある。五体に魔力をまわし、攻撃を確実に急所に当てていく。
「ああ、ここが戦場だ。数十年前の血肉躍る気持ちが蘇るようだ」
慣れた攻撃は今まで見たことのない体の動きだった。動きはまるで風に吹かれて宙を舞うように軽やかでつかみどころのない動きだった。だが確実に急所をとらえ、一人一人を殺していく。俺も負けていられない。奴らは母さんを殺した敵なんだから。俺も負けじと前へ進む。俺も頑張らなくちゃ、強くなった意味がなくなってしまう!
「レオ、あまり突っ込むな。敵の多さに気を取られてはいけない!」
「うるせえ!俺はこいつらを殺さなきゃいけねえんだ!」
「戦争はひとりの力が左右するわけじゃない!前に出すぎれば数に殺されるぞ!」
「わかった……ちくしょう敵が目の前だってのに!」
冷静さを掻いてはいけないのはわかっている。けどこの気持ちを抑えるのは無理だ。敵に生気がないように見えるのが頭にくる。もっと狂ったような形相の奴らだと思っていた。だが奴らにやる気はない。抵抗力がない。張り合いがない。これが母さんを殺した国のありさまか!
「オルテア、こいつらおかしくないか?戦士として弱すぎる。母さんを殺せるような奴」
「たしかに何か変だ。快楽に脳が狂わされているのか。それとも魔法か何かか……」
殺す分には構わない。だがこれでは俺たちの怒りが収まらない。しかもこれでは俺たちも奴らとやっていることは変わらないのだ。市民を虐殺していないにしても無力な人間を虐殺しているのに変わりはない。
「「くっ、こんな奴らを殺したいわけじゃないんだ。母さんを殺した奴よ出て来い!母さんを……アノールを殺した戦士よ!俺と戦え!」
「アノール……?どこかで聞いたことがあるわねえ。その名前……」
兵士たちをかき分けて女が現れる。露出の多い甲冑に腕につけた棘がついたメリケンサック。何者だこの女。母さんの名前に反応したということは、あの8年前の強襲に参加した敵なのだろう。だが戦える見た目じゃあない。
「たしかあ……むかし私に名乗りを上げたトカゲ頭の女の……あ、思い出した!獣人《家畜》の名前だあ!妙に強かったんだよなあ!家畜のくせに!しかもぉぉぉ、子どもがいたんだぁぁ……私よりも幸せそうだったなあぁぁぁ!」
メリケンサックで自分の腕を殴り続ける。自虐で苦しんだり痛がったりするわけでもなく、いたぶるたびに頬格が上がっていった。こいつ、狂ってやがる。だがこいつが生きているってことは仇の可能性がある。ならば俺がやることはただ一つ。こいつを殺す!母さんの仇!制御していた進撃昇華を一時的に開放し、一瞬且つ自虐女がとらえられない速度で間合いに入り、こぶしを叩きつける。
「その動き……あの女の動き......!まさかあの時の子ども?親子そろって馬鹿よねえ!」
殴った衝撃で自虐女は吐血し、自虐によって噴出した血が俺にかかる。こいつが本当に母さんを倒したのか?呆気なさすぎる。こんなやつに母さんはやられたのか⁉困惑しているとかだの異常に気付く。体が動かない!
「レオ、危ない!」
視覚外から繰り出される攻撃の数々。オルテアが必死で俺を守ってくれているのか。
「どうしたんだ。こんなところで固まるな!」
「わからない……体が動かないんだよ!奴を殴ってから体が石になったみたいに動かないんだよ……」
「体が石に……?」
「アハハハハハハハハハハハハ!親が親なら子も子か!まんまと私の魔法にかかってくれた。確かこうだったかな?わーれこそはー色欲の魔王ルナエラの親衛隊所属ぅぅぅ、ブリーストでアール!似てたかなあ?君のお母さんに~」
この自虐女がルナエラの親衛隊……?
「おい、アノールを馬鹿にするんじゃあねえ……おまえが語っていいほどあいつは安くねえ!」
オルテアはブリーストをタコ殴りにしていく。血は噴出し、オルテアに降りかかる。しばらく殴り続けていたオルテアも、俺同様に動きが止まる。オルテアも俺と同様に奴の術中にはまったということか。だが今の俺の体は動く。なぜだ?さっきまで動かなかったはずの体が動く。オルテアが攻撃してからだ。なぜ?何が引き金になっているんだ。
「くっ……本当に動かなくなるとは」
「きみたち……幸せ?」
「なんだよ急に。幸せだったらこんな戦争に参加していねえよ!」
「幸せだったよねこの8年間。だって君強いもん。強いってことはご飯を食べていっぱい遊んで、いっぱい頑張った手ことでしょ?いいないいな、いいなああああ!」
ブリーストは喉元を掻きむしり、傷跡を増やしていく。そして目の前で止まっているオルテアを殴り飛ばし、俺に突っ込んでくる。鋭いメリケンサックは俺の体に食い込み、殴りきる瞬間体をえぐっていく。こいつ、見た目のくせしていいパンチしてくる。殴られた部位を抑える俺の姿によだれを垂らしていた。
「いいわその顔、その姿……私今、幸せを壊しているんだわ!私ね、人の幸せを壊すことが生きがいなの!幸せな瞬間、幸せに育った体を壊すたびに体中が疼いて仕方ないの。だからこうやって体を傷つけて幸せを完全に壊す瞬間まで正気を保てるようにしているの!」
「自分の欲求のために人の命を……人の人生を狂わせるんじゃあねえー!」
足払いでブリーストの体勢を崩し、距離を取る。攻撃しても体は固まらなかった。つまり攻撃又は奴を傷つけることが魔法の発生条件じゃない。ではなにが発生条件なのか。俺やオルテアが攻撃した時の共通点は何だ?攻撃の方法は全然違った。狙った部位も違う。結果は?攻撃を与えて奴の傷口と口から出た血が体にかかって……まさか血が魔法の条件?だが解除条件がわからない。なぜ俺は解除されたんだ。血は血でも何が違うんだ?オルテアを観察しろ。奴は上半身全体に血をかぶっている。俺は肩だけにかかっている。つまり血がかかった量ってことか?試す価値はある。
「師匠、ちょっとやってみたいことがある」
「ああやってみろ」
母さんが奴にやられた要因は2つ考えられる。魔法の概要を知らなかったこと、一対一であったことだ。つまり血を多くかぶらなければ奴の闇魔法にかかることはない。であればヌメルスアセンデアの機動力ならば造作もないことだ。ヌメルスアセンデアを発動し、ヒットアンドアウェイの攻撃を仕掛ける。一撃与えては出血してはブレーキをかけて後ろへ下がり、ブリーストの視覚へ回り、攻撃をする。これを繰り返すことで血をかぶらず攻撃できる。
「へー、少しは頭を使ってるじゃあないか。けど君は勘違いしている。私の闇魔法は私の血にかぶった時点で発動するのよ」
身体が……動かない……血の量は影響しないのか。だがこれでオルテアは動けるはずだ。
「ねえねえどうだった?幸せだった?私の闇魔法を見破ったと思えた時は優越感があったでしょ?けど残念。君は私に驚されたんだよ!アハハハハハハハハ!」
ブリーストの野郎、狙って俺とオルテアを離しやがった。このままじゃ防御もできないで攻撃を受けることになる。体の自由が利かないんじゃ死ぬ!
「ルナエラ様が教えてくれたの。勝ったと思った瞬間の人間ほど壊れやすく絶望に顔をゆがませるんだって!」
「レオー!」
だめだ。ギリギリ間に合わない。もう俺も終わりか。俺は目をつぶり、諦める。ごめん母さん俺、結局仇打てなかったよ。俺も旅に出てみたかった。ゼフィスのように世界を旅してみたかった。もっと強くなっていたら。オルテアのような強さがあれば……
「大丈夫か……レオ……」
「へ……?何してんだよオルテア……」
目の前にあ見覚えのある背中があった。オルテアは突き刺さった拳をがっしりと両手でつかんでいた。オルテアだ……なんで……
「なにって……お前を助けにきた……」
「助けにって……もういいよ。俺はこいつに勝てないんだ。もうわかったんだ……」
「あきらめるな!お前の前には敵と恨むべき親がここにいる!」
「憎むべき親……まさか……オルテアが俺の親父……」
拾われたころ俺はこの男を信用できなかった。母さんを知る男。こいつがどんな男なのかを知る必要があった。
「執事長?えーっと優しいかな?私の仕事もやってくれるし、魔王様の実験も積極的にやってくれるしね!」
「オルテア殿?うーん強き者、武人だな。拙者はあの人の強さに尊敬を抱いているよ」
「オルテアァ?うーん厳しい奴じゃ。妾が蛮族狩りに行くというと止めてくるんじゃ。この国の最高戦力なのにー!」
皆ばらばらだ。やさしいと言うし、厳しいとも言う。これは俺があの男と生活していくうえで知るしかないってことなのか。
「おいレオ、紅茶の入れ方はこうだぞ。そのまま注ぐんじゃない」
「いいだろ別に」
「いいか、紅茶とは気持ちを休めることや、客人をもてなすために入れるものだ」
オルテアは所作に厳しかった。紅茶を入れるときは必ずティーストレーナーを使うことを言われるし、紅茶の茶葉ごとに保管方法や、入れ方を分けることを教えられる。そして失礼がないように毎日勉強をさせてくるのだ。厳しいかと思いきや時に優しいところもある。街に出たら出店のお菓子を買ってくれたり、昼食をおごってくれたりとつかみどころのない奴だった。そしてハザマの言う通りこの男は強い。稽古はいつも全力で見てくれる。ダメなところを瞬時に判断し、教えてくれる。悪いことをすればおっかない。えらいことをすればほめてくれる。本当につかみどころがない。
「もー執事長!レオ君に対して過保護すぎじゃないですか?仕事も全部ほっぽり出しちゃうんですから。ちゃんと寝てます?」
「寝てるよ。けどこんなにも子育てというものは難しいのか。…ノー…にはえらい迷惑をかけていたことを実感するよ」
「なあオルテア……俺お前の重みか?」
「げ!レオさっきの話聞いてた?」
俺は無言で首を振る。
「そっか、いや違う。俺にも子どもがいてな。嫁さんに任せっぱなしだったから子どもの世話が慣れねえだけだよ。ほら仕事仕事」
「あーい」
あの男は何か隠している。小さい俺でもすぐわかった。けどオルテアはそこまで悪い奴じゃないと少し思えた。孤児の俺を顔色をあまり変えないで育ててくれているんだから。厳しくもやさしい。保護者とはこういうものなのだろうか?
「ん?爺やのこと?うーん、どんな人にも謙虚な男だね。けど、君に対しては過保護だね。あの鬼のオルテアと呼ばれた男が子どもを持つとああなるなんてね」
俺のオルテアの人物像が変わったのはある事件がきっかけとなった。俺は蛮族の征伐にひっそりとついていくことがあった。だが敵の策略か、俺だけが捕まったのだ。
「おいおい、こんなガキ本当に価値があるのか?」
「あるさ、半人半魔とは物好きな奴もいるもんだが、他国にばれればナギアもおしまいだぜ」
「それもそうか。ワーッハハハハハハハハ!」
「くっそ、離しやがれ!ぶっ殺すぞ!」
俺は縛られたまま、暗い洞窟の中で蛮族の人質にされていた。奴らが要求したのは金品と食料だ。要求をのまなければ俺を殺し、死体をつるし上げながらゼルファスト中をめぐってやるというのだ。俺は魔人と獣人の間に生まれた子ども《半人半魔》だった。貴族と妾の間に生まれた子どもがいい扱いをされないように、半人半魔は他の国からすれば笑いものだ。足は動く。攻撃昇華であればこんな奴らすぐ倒せる。だが攻撃を当てることができない。
「どうせ来ねえよ。俺は捨て子で、たまたま拾われただけだ」
「だが、来たぞ小僧。よかったな。半人半魔の癖に大切にされているものだ」
「おい、蛮族ども……よくも俺の弟子を攫ってくれたな」
「その声はオルテアか!馬鹿野郎、この数じゃあいくら強いお前でも勝てねえよ!」
来たのはオルテアひとり。勝てるはずがないじゃないか。敵は20人それに対してオルテアはひとり。勝てるはずない。そう思った。だがオルテアは殴られようと魔法で攻撃されようと立ち上がり、一人一人無力化していった。
「大丈夫か……レオ……」
「俺は大丈夫だけど、お前のほうが……」
「大丈夫だ。イテテ。早く戻るぞ。ハザマ殿も魔王様も待っている」
俺はオルテアを背負い、ナギアを目指す。あまり揺らさないように慎重に。
「オルテアが……俺の親父……」
「これで幸せが粉々に壊れる瞬間が!」
今なら奴の行動にも理解ができる。オルテアは保護者として俺に接していたわけではない。一人の親として俺に接していたんだ。今も俺を子どもとして守ろうとしているのか。オルテア。
「ごめんな。お前たちを置き去りにして……母さんを死なせちゃって……」
「なんで今頃そんなこと言うんだよ。なんで庇うんだよ!」
「俺、怖かったんだよ。自分の子どもに否定されるのが。けど今言わなかったら死んでも後悔する。それも嫌だ。庇ったのは父親としてお前にかっこいい姿を見せたかったからだ!」
オルテアは小声で「ニグレド」とつぶやき、支給された魔石から魔力を吸い出す。そして「アルベド」と唱えた。オルテアの体から魔力があふれる。
「波紋!」
右ストレートをブリーストの胸に打ち込む。まずい、このままじゃ闇魔法に……だが結果は違った。血が背中から噴き出す。
「我が闇魔法は波紋!今お前に打撃の衝撃、闇魔法、魔学装備『衝撃倍加』による攻撃をさせてもらった。しばらく動けまい。レオ!」
オルテアが駆け寄る。闇魔法が解けたのか、体が自由に動く。その顔は心配そうな顔で、今まで見せることのなかった顔だった。いや、見せまいとしていた顔かもしれない。こいつが俺が殺したかった男なのか。もっとクズでちんけな野郎だと思っていた。だがこんな顔をしてくれるのか。よかった、オルテアが父さんで。
「大丈夫。ありがとうオルテ…父さん。大丈夫。俺も戦える」
「なによ、幸せそうな顔をして……妬ましいうらやましい……私も幸せが欲しい!」
俺は立ち上がり、両手を構える。俺とオルテアの構えは同じだった。拳を下で構え、実質ノーガードのような構えだ。
「行くぞ我が息子」
「ああ親父。ついて来いよ」
「ブリーストお前に幸せはもう訪れない」
「お前が重ねた分、地獄で罰を受けろ!」
俺は進撃昇華で後方へ回り、強く踏み込む。それを確認してかオルテアもタイミングを合わせて踏み込む。
「「必殺!スターダストパニッシャー!」」
攻撃を与え、反動をばねにし、跳ね返りまた踏み込む。これを繰り返し、四方八方から目にもとまらぬ速さで攻撃を仕掛ける。闇魔法、衝撃倍加によってできた波紋が体中に反響しては増えていき、ブリーストの内臓をぐちゃぐちゃに壊していく。スターダストパニッシャーはオルテアと母さんが作った必殺技だ。四方八方から攻撃を仕掛け、衝撃を体の中にとどまらせる。そうすることで体内で反射し続け、増幅し続ける衝撃でダメージを与えることができる。
「合わせろよレオ!」
「ああ、遅れるなよオルテア!」
オルテアはブリーストの腹に手を当てる。レオは背中に手を当てる。
「「波紋反響《ダラグランマエンド!》」」
波紋を両方から発動し、最後の一撃を与える。ブリーストは倒れ伏し、息を荒くする。内臓は波紋によってズタズタになっているのだろう。目元が朦朧とし、全身が痙攣していた。体中から血を流し、体を動かす力はもうないらしい。
「私が死んでいく……幸せを前にして……幸せを壊せる瞬間を前にして……」
「おい、死ぬ前に教えろ。お前たちの目的は何だ?」
「私たちは……ただ……救いを……もらっただけだ……私たちは……手を……貸しただけ……すべては……ゼルファストの……ルナ…ラ…まのた…に!わ゛た゛し゛は゛し゛ん゛て゛あ゛の゛お゛か゛た゛の゛い゛ち゛ふ゛と゛な゛る゛。そ゛し゛て゛、こ゛れ゛か゛ら゛も゛こ゛れ゛ま゛でい゛し゛ょ゛う゛の゛し゛あ゛わ゛せ゛を゛……こ゛わ゛し゛つ゛つ゛け゛る゛!」
その顔は狂気に狂い、幸せそうな顔だった。死を直前に見せる顔ではなかった。「死んであのお方の一部となる。そしてこれからもこれまで以上の幸せを壊し続ける」この言葉の意味は分からなかった。だがわかるはずもわかってやる必要もないのだ。奴らは俺たちの幸せを壊した存在。望んだ未来を壊した存在なのだから。
「大丈夫か?レ……ォ……」
「オルテア!おい、しっかりしろ。死ぬな!俺を置いて先に行くな!」
息が浅い。受けた攻撃が深い。そうだよな。俺をかばったんだ。とりあえずハイポーションを飲ませて緊急処置をしなくては!持ってくれよ父さん!俺は傷が深くならないように揺らさず、急いで救護班のもとへ急いだ。今度こそ離さないために。




