合流
「静かに行けよォ……」
ゼフィスたちはルナエラが統治するルクスリアの地に入っていた。村を迂回し、ナギア軍の待つ拠点を向かっていた。
「もうすぐで到着だが魔王様よ、なんか変じゃないか?」
「ああ、村人もいないし、兵士1人見ない。建物はあるのに住んでいる気配がない」
「つまりもぬけの殻ということか?だがナギアにもサラルスにも軍が出動してたよな」
ルクスリアに入ってから兵も村人も見ることがなく、一行は順調に拠点に向かっていた。しかしその静けさがゼフィスたちの不安を逆撫でしていた。
「ええーい、もうさっさと進まんか!見つかったら返り討ちにすればええ!」
「数はこちらが勝る。一気に突っ切るのが1番ですね」
「ナリトカさんまで何言ってるんですか!けど裏にはかなってるし……どうするよアロウ」
「わかった。索敵は任せてくれ私が……何とかするわ」
「では私も。Butterflyなら遠くまで飛ばせますし索敵も可能です。それにアロウさんに過度な負担はかけられません」
アロウたちはいっせいに走り出す。ラプラスに反応するのは小動物の反応や、冷気、風の向きなど様々だ。情報を読み取る度にアロウは頭痛に耐え、それを心配しつつティルナシアも銀の翼を展開する。
「前衛拠点まであと少し、ティルナシア、アロウ耐えてくれ!」
朝日を背にし6頭の馬車、そして馬車を囲むように大勢の騎馬兵がオルテアたち強欲軍が貼った陣地に到着した。
「みんな待たせた!」
「魔王様、無事でしたか!敵に動きなし。攻めるなら今です!」
「そう、サナダさんからの贈り物は?」
「まだ到着していません。バイコーンが足りませんしもう……」
「いや、来るまで待つのよ。魔石がこの戦いを左右させるカギになるの」
「魔石がカギに?」
「ええ、今から説明するわ」
アロウはアバドンに教えられた魔石から力を吸収する方法を兵士たちに共有し、サナダたちの到着を待つ理由を説明した。
「爺や、カノン砲の準備はどうなっている?」
「配置の方は完了致しました。ですが同胞が盾にされているのに撃っても構わんのですか?」
「やつは最前線に捕虜を配置すると言ったわ。だからまずは敵軍の中心を叩く」
「前線に置かねば肉壁の意味を成しませんからな」
「それにこれはこの戦いにおいて最善であると同時に最悪のシナリオ……」
アロウは俯き、おどろおどろしく言葉を紡いでいた。言葉につまりながらも少しづつゆっくりと話しているとオルテアはこう言った。
「捕虜は……同胞はもうしんでいる……と」
「そう、私が敵陣の前線までラプラスを使った時、誰もナギアの光景を見た者はいなかった」
アロウの魔力放出ラプラスは不完全ながらも周囲の情報や、生物の癖や知っているまたは信じる記憶を集める力があった。
「だからそんなに疲弊していらっしゃるのですか。ですがありえない話ではありませんな残虐非道な急襲を仕掛けた相手ですから」
アロウとオルテアは丘から見える敵軍を見ていた。敵に動きはなく、ルナエラの指示を待つように城門を2分するように陣を貼り、動かなかった。
「今思ったけどなにあの陣形」
「はて、私もわかりません。なにか出てくるとか?」
(なにか……たしか場内には金属の反応が4つあったような)
「まずいかも。爺や!全兵士に戦闘準備を!私としたことが見落としていた」
「御意!」
「それと、ガルシアス、ゼフィス、ルゥ、ハザマをここに」
オルテアは兵士たちが集まるテント群へと全力で向かい、アロウの指示を早急に伝えて回った。金属が擦れ駆け足に地面を蹴る音が群れとなってなり、兵士たちの行動の早さを物語っていた。
「アロウどうした」
「ゼフィス急に済まない。それに3人も。君たちには頼みたいことがあるの。君たちにタイタンの
撃破を頼みたい」
「タイタンの?まさかロボット兵器がこの戦場にも!?」
「ルナエラからの宣戦布告を思い出したの。やつはあれほどの兵器をおもちゃと言った。そして
ここに来て発動したラプラスには大きな金属反応が4つあったわ」
「面白い。童がまたコテンパンにしてやるわ!」
「しかし難しいぞ。奴らの魔力防壁はどうやって破る?」
「ガルシアス殿、そこは2人1組で対処しましょう。拙者とゼフィス、ガルシアス殿と姫殿でいか
がか?」
「安心せいガル爺。明日は満月じゃ。童のヤトノカミは大太刀じゃ!」
「だがルーデルワイスに頼りきるのはダメだ。君にはルナエラを討つ使命があるだろう」
「では私が請け負いましょう」
後ろからゆっくりと歩いてくる人影。エメラルドグリーン色の短髪を靡かせ歩いてくる人影。ゼフィスその声を聞いた瞬間安心を覚えた。
「ナリトカさんだったかな。いいのか、タイタンには強力な魔力防壁があるのよ」
「大丈夫ですよ。戦い方はある程度予想がつきますし、私には奥の手がありますから。1機は確実に落してみせましょう」
「では、拙者も1機任せてもらおうか。ゼフィスとガルシアスで上手いこと頼む」
「いやいやハザマそこ張り合うところじゃないだろ」
「うるさいうるさい。弟子は師の言うことを聞け」
「ほう、あなたがゼフィスの新たな師匠ですか……どうもゼフィスがお世話になっております」
「こちらこそうちの弟子が迷惑をかけたようで……ハハハハハハハ」
ナリトカとハザマはにこやかに笑いあっているものの、二人の間は謎の威圧を感じており、ゼフィスは張り合う空気を感じていた。けしてふたりは張り合っているだけではなかった。お互いの実力をはだにかんじていたのだった。
(この女実力はここにいる兵士50人を相手にしても負けないほどだ。ロウギヌス傭兵団……おそらくあの男の仲間だろうな)
(ここに来た時からひしひしと感じるプレッシャー。おそらくこの人が団長の言う男……実力は私よりもはるか上だ)
無言の圧が周りの兵士たちにも伝わり、ただならない空気を作りだす。今にもどちらかがきりかかりそうな空気はルーデルワイスの手を叩く音によってかき消される。
「お主ら少しは状況を考えろ。ドンパチするならこの戦が終わってからにせい」
「ハハハ……姫殿ただ見つめあってただけですよ。そうこれもまたコミュニケーションです」
「本当かぁ?」
「まあまあこれでロボ対策はよりいっそう万全になったな。俺の魔弾も数は十分確保出来ている。任せてくれ」
「あと1機だがオルテアとレオに任せたい」
「承知致しました。では私はレオに伝えてきますので失礼致します」
オルテアは駆け足でその場から離れる。なんとも言えない空気がその場にたちこめた。
「いいのか?俺はオルテアさんとレオだけではタイタンを破壊するのは無理だと思うが」
「ガルシアスがそう言うのもわからなくはない。だが私は彼らの強さを信じている。そうだろうハザマ」
「ええ、オルテアさんは歳の枷がありますが、レオならそれをカバーできるでしょう。拙者としてはあの親子の仲がもっと良くなったらなぁと思いますがね」
「え?あのふたりが親子?」
「あれ、姫殿かアロウ様から聞いてないのか。あの二人は親子だ」
衝撃の真実に驚きを隠せないゼフィス。声を荒らげるもののすぐさま口を両手で覆い隠し、その場で言葉を押しとどめた。
「じゃあタッグを組ませちゃいけないでしょうが!レオはオルテアさんのことめちゃくちゃ憎んでるんだぞ!」
レオは父親を憎んでいた。その憎んだ相手と組ませては連携に支障が出る。いくら師弟関係であったとしてもレオのの憎しみは深いものだとゼフィスは感じている。ガルシアスはポケットに突っ込んだ手でゼフィスの肩をたたき、静止させる。
「まあそれも百も承知で2人を組ませたってことさ。そうだろうアロウ?」
「まあ怖いっちゃ怖いけど今のふたりならきっと大丈夫だよ」
「まあもしピンチなら童が助け舟を出すだけじゃ。お主らはドーンと戦ってこい!」
ルーデルワイスは胸を張り、居合わせた4人を笑わせた。
オルテアはレオのもとに向かい、アロウの指示を伝える。レオは溜息をつきながら軽く会釈をした。
「たく、魔王様もえげつないこと考えるな。で、戦法はどうするんだ?師匠」
「バリアを先ず壊すのは前提条件だ。お前の闇魔法でラッシュをかける。そのうちにワシが魔力の薄い部分を殴りバリアを壊す」
「まあそれが妥当な戦法だよな。それにあんたの体も歳であんまり動かんだろうし」
「たわけ、年寄り扱いするんじゃない。逆に俺はおまえが先におっ死まないか心配だよ」
オルテアは冗談を混ぜながらレオに応えた。そうするとレオはどこか迷っているような顔をし、俯いた。
「なあ師匠。あんたは俺を拾った時どんな思いだったんだ?哀れみか?それともまた別の感情か?」
「どうしたいきなり」
「疑問に思っちまったんだ。あんたは俺に対して師匠として接してくれる面もあればどこか保護者のように接してくれることもある。もしかしたら父親というのはこういうものかもと思うほどにな」
「父親か……俺はただおまえに才能があるから引き取ったに過ぎないさ」
嘘だ。オルテアは本当のことを言えなかった。1人の息子として亡き妻の忘れ形見としてレオに接していた。厳しく稽古をつけていたのだって約束を守っているに過ぎないのだ。ハザマの言葉が頭の中でこだまする。真実を伝えることへの恐怖と死んで本当のことを伝えられない罪悪感に板挟みにあい、オルテアの心は複雑に乱れていった。
「オルテアみたいなやつが父親だったら親を恨む気持ちなんて無くなるんだろうな」
「俺は……」
レオの言葉はオルテアにとって何よりも嬉しい言葉だった。そのせいか反射的に言葉が漏れそうになった。だが罪悪感が発しようとする喉を強くにぎり、止める。
『伝えてはならぬ』
罪悪感がそう答えた。
「どうしたんだ?泣いてんぞ。歳か?」
「いや、なんでもない。まあとりあえず頼む。戦争は一瞬の判断が命取りだ。肩の力を抜いて周りをよく見な」
オルテアはレオの肩を叩き、強ばった肩に意識を向けさせた。
「わかった。絶対生き残ろうな」
二手に分けて出動させた偵察隊が前線基地に戻り、アロウたちは会議を開いた。砲撃、前線部隊、救護体、暴食軍の隊長、副隊長が集い、少人数で行われた。人族の代表としてガルシアスが参加した。
「まず偵察隊の情報から聞こうか。まず敵情視察隊から」
「はっ、敵は未だ動かず。ガルシアス殿が懸念していたじらいとやらは設置する様子もありません」
「わかった。続いて周辺の集落の調査について」
アロウや前線部隊の移動を指揮したオルテアやハザマはルクスリアに入ってから人を見ていないことに疑問を持っていた。そしてオルテアの指揮の下周辺の集落の調査を行っていた。
「はっ、周辺の集落に人影は見られませんでした。首都に近い集落がです。そして家も見たのですが人っ子一人いやしませんでした」
「1人も?」
「ええ。それで大きめの建物を調べた際その謎が解決しました。集落に住む人々は皆殺されていたのです」
「全員を?国の運営に必要な民を殺すなど何たる所業か!」
「オルテアさん落ち着いてください。だが謎は深まるばかりだ。なぜルナエラは民を殺した?そしてどこにゼルファストの国々に派遣する兵がいる?そしてルナエラの目的はなんなんだ?」
「ガルシアスさん詮索は後にしましょう。今は戦争をどう戦うかが大切です」
「そう、ナリトカの言う通りだ。戦いに負ければナギアやサラルスだけじゃない。ほかの国々にも危険が及ぶ。やつの目的なんてあとから追い詰めればいい」
会議は進み、各部隊の役割が明確化されていく。部隊長には通信器具を用意し、情報伝達を円滑にしていた。
「今思えば魔学で現代に近い戦争しようとしてるんだよな俺ら」
「これが8年の準備の結果よ。奴らには数で負けてしまう。ならば兵器を充実させなきゃいけない。コミュニケーションを密に取らなければならない」
「文明の差が勝敗を左右するのはアドラールの歴史でもありましたからね」
「ま、俺たちは俺たちに任された仕事を全うしますかね。まあそれはそれとしてアロウ、俺に任せて欲しい役目がある」
ガルシアスはアロウに耳打ちをし、内容を伝えた。アロウは小さく指で丸を作りガルシアスの案に了解を示した。
「魔王様ー、サナダさんが到着しやしたー!」
「了解。ガルシアス、このことは戦争が終わるまで私と君の秘密だ」
「わかってる」
「てかサナダさんどうやってここまで来たんだ?」
アロウはテントを出て目を開けた瞬間目の前の光景に驚いた。6つのタイヤに青く塗られた外装。そして背中に付けられたタンク。右腕にはドリルがつけられており、左肩には巨大な砲塔がつけられていた。砲塔とタンクは1本の管で接続されていた。
「おう魔王様、魔石お届けに参りました!」
「サナダさん、どういうことです!?なぜタイタンが……」
「この1ヶ月で動力を取り付けれたのさ。それで馬がねえからこいつで引っ張ってきたってわけさ」
「それでもこの装備は……誰が付けたんです?」
「全部わしが指示した。それにこいつはタイタンじゃあねえ。こいつは『アトラス』だ」
「アトラス……こいつは戦力になるかも!」
「ああ、ドリルの先にはタイタンから取れたマギカニウムを使っている。コレなら俺たちでもロボット退治をできるはずさ。そしてこいつに乗るのは魔王様。あんただ」
サナダはアロウを指さす。ナギアの兵士もサラルスの兵士もアロウを見る。何が起こっているのか分からないアロウはアトラスを見上げる。
「私がアトラスに?」
「ああ、君はこの連合軍を指揮する魔王だ。だが君の実力を信じていない奴らもいる。だから力を示せ。君が先頭にたちみんなを導くんだ」
力ないものに従う兵士などいない。アロウはそう考えた。アロウにあるのは新技術を開発するほどの知能と強欲の魔王というレッテルだけだ。歴史に残る王様のような武力もカリスマ性もない。だからこそ戦場で力を示す必要があるのだ。
「私が力を示す……そうね。そうよ。これは私が始めた戦争だ。私が力を示さなくちゃ、みんなを不安にさせる」
アロウは兵士たちに魔石と、杯を配る。オルテアが一人一人の杯に酒を入れて回っていた。
「皆の者聞け!8年前私は為す術なくルナエラに侵攻を許してしまった。判断が遅く多くの民を失った。ここにいる者の多くは親兄弟を失くしたものたちだろう。死んでしまった者たちのために我々は戦わなくてはならない!そしてこれから生まれてくる子孫たちのためにも勝たねばならん!だから……私にみんなの命をくれ」
その言葉は兵士たちにしばらく沈黙を与えた。だが地の底から震え上がるように兵士たちは声を上げる。「エイエイオー!エイエイオー!」と響く声は夜空の沈黙を消していた。兵士たちは杯に汲まれた酒を勢いよく飲み干し、地面に叩き付ける。鳴り止まない声たちは兵士の不安を消していたのだった。
私はガルシアスさんに呼び出された。渡したいものがあると言っていて、夜更けに見張り台に向かった。
「こんばんはガルシアスさん」
「こんばんはティルナシア」
「どうしたんです?渡したいものって」
「これを渡しておこうと思ってな」
ガルシアスさんは私に短剣と、銃を渡した。私は武器を渡されたとき少し動揺した。しかし、なんとなく意図はわかっていた。
「私怖いんです。人を殺すのが。戦争にこの思いを持ち込めば死んでしまうのはわかってるんです。けど……」
「わかっている。人を殺して何も思わないのは異常者だけさ。ただ身を守るものをみにつけて欲しいだけだ。死んでは君の思いは誰にも届かない」
「死んでも届かない……確かにその通りですね。けどそれは受け取れません。私は私の力で成し遂げる必要がありますから」
「そうか、わかった。だが死ぬな。ティルナシアは本当は戦争に関わるべきじゃない。やばいと思ったら逃げろ。俺とゼフィスが必ず守るから」
「優しいんですね。ガルシアスさん」
「違う。ただ若いやつに先越されたくないだけだ」




