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ARCADIA BLUES.  作者: 那樹聖一
ナギア編
38/61

成長する者よ

 日も傾きこれ以上の移動は無理だとレオが判断し、俺たちは集落で夜を越すことにした。サラルスの兵士たちは物資を配り終え、見張り番をしてくれていた。


「どうです、最近の調子は」


「いろんなことが起こりすぎて目が回っちゃいますよ。ナリトカさんはどうです?」


「私は変わりませんよ。いつも通り手を伸ばす誰かのために我が矛を振るうだけです。しっかし、この幻式とやらは使いにくいですね。取り回しやすさはありつつもやはりメカニカルすぎますね」


「ナリトカさんらしいや」


俺とナリトカさんはこの1ヶ月間の情報を共有しあった。驚いたことはトリスが武者修行に出たということだ。デルクーイさんに負けたことが響いたらしく、彼の嫌いな鍛錬に勤しんでいるようだ。


「あとこれを渡すようにあれすから頼まれていました」


「あれすが?あいつが手紙を書くなんて珍しい」


アレスか。彼は俺の友人であり、トリスと同等の剣技の持ち主だ。彼の性格はおとなしく少し人見知りなところがあるが、剣を握れば性格は一変する。


「トリスに変わり、今は彼が第三小隊の隊長を務めています。みるみる力をつけてきてますから私としては嬉しい限りですね」


ナリトカさんから手紙を受け取り開くと荒々しい文字が紙いっぱいに広がっており、字が踊っているように見えた。芸術と言うにはおこがましく、ただ心の赴くままに筆を奮っていることが分かる。


『拝啓、ゼフィス様。阿呆な行動は変わらぬようで私自身安心しております。きっと貴方のことでしょうから地べたに這いつくばって醜態を晒していることでしょう。次会ったら殺すから、夜露死苦ね!お前をぶっ殺しに行けないのが私の心残りだわ。まあ俺と戦うまで死ぬんじゃねーぞ♡

PS、カンレーヌ支部のジジイマジうぜぇ』


「なあ、あいつのキャラ変わりすぎじゃないですか?」


「まあ文章は煽り8割り、気持ち2割だと思いますよ」


「まあそう言われればアイツらしさがある文には見えますけど」


手紙再度見直し、少し俯く。


「ナリトカさん、俺ってお節介ですかね」


「ええ、ゼフィスは今も昔も変わらないお節介ですよ」


「俺、ティルナシアの事を守ろうとするあまり彼女には無理だって第一に考えてしまうんです。けど彼女は少しずつ自分を変えて新しい世界に向かっている。その強さを認めてやれないんです」


テレジアの時といい、今回といい俺は彼女の安全ばかり考えてしまう。けどティルナシアは苦難に抗い成長しようとする。


「聞く限り、ティルナシアさんは昔の貴方そっくりですよ。それに今の貴方は昔の私たちそっくりです」


「え?それはどういう?」


「覚えてないですか。まあまだ私の腰ぐらいの頃ですからね。まだあなたが団に入りたての頃です。村から逃げ私たちの仲間になった頃、『俺も戦う!』ってバカの一点張りのように頼んできた。団長は容認したものの、みんな不安でいっぱいだったんですよ」


「あの時のことはその忘れてください……」


「忘れられませんよ。だって貴方は私達の不安(お節介)にあらがって強くなって行ったんですから。今のあの娘も同じです。守られているばかりじゃいられない。だから強がるし、心配を払い除けてしまうんです」


ナリトカさんは手に持ったグラスを揺らしながらたゆたゆとと揺れる発泡酒を見ていた。


「ナリトカさんはその時どうしたんですか?」


「簡単ですよ、ただ見守っていた。それだけです」


「見守るだけ?」


「ええ、決意のある行動は誰にも止められません。ならば私たちにできることは1歩引いて見守ることだけです。もし挫けそうになったり、諦めそうになった時は手を差し伸べるんです」


見守ることか。俺もそうやって守られてきたのか……俺には親はいない。ナリトカさんやベルゼハート団長達が親代わりだった。思い返せば挫折した時いつも手を貸してくれた。今俺はその役目にたとうとしているんだ。強いなこの人は。いつだって前を向き、人を導くのだから。


「貴方なりにやりなさい。試行錯誤し、悩みなさい。それが成長の兆しなのですから」


「そうですか。じゃあおやすみなさいナリトカさん。久々に話せて嬉しかったですよ」


「ええ、おやすみなさい」


「あ、それと……呑みすぎないでくださいよ。あんた、酔ったらめんどくさいんですから」


「ゼフィスに言われるとは。まあ気をつけますよ」


 私は一歩一歩気持ちを確かめながら歩いていた。今向かう先は以前お世話になり、私を選んでいた人。そうナリトカさんだ。夕食時に私が料理している時手伝ってもらった。その時、「夜、空いてますか?」と聞かれ「はい」と応えてしまった。彼女は私達の味方だと言った。しかしあの夜私を殺すことを提案したことが頭から離れずにいた。手が震え、目の前が少し傾く。喉が渇き唇も僅かに震える。


「おや、こんばんはティルナシアさん。夜分にすみません」

「こ、こんばんはナリトカさん。大丈夫ですよ、今日見張り番なので」


たどたどしく私は応える。声は若干低く、少し威嚇したかのように感じてしまった。ナリトカさんの手足から目が離せない。襲われるのではないかと意識してしまう。現に私は木や石の影に銀の翼を隠し自己防衛をしてしまっていた。


「ふふ、大丈夫ですよ。そんなに固くならなくても。今日はただお話がしたかったんです。貴女と」


ナリトカさんはどうやら少し酔っているようで、その声と肌の酒皻のせいか色っぽくみえた。


「あの、大丈夫ですか?」


「心配ご無用ですよ。貴女達が運んできた焼酎なる酒が美味しくて酔いに浸ってるだけですから」


ナリトカさんは目の前に置いたお猪口に焼酎を注ぎ、一口一口を味わっていた。私は彼女の横に座り、しばらく黙っていた。それを察してのことかナリトカさんも無言で酒を呑み、ときどき空を見てはため息をついていた。


「どうですか?旅は」


「大変なことばかりです。魔道具の売買を止めるために戦ったり、モンスターと戦ったり。大変なことばかりでした」


振り返れば戦い、妬まれる旅だったように感じる。ルイスさんもカンレーヌの人たちも私が混血だと知った瞬間目の色を変え、私を否定してきた。仕方がないことなのはわかっている。私は生まれてはいけない存在なのだから。


「本当にそうでしょうか……」


「そうですよ。実際ナリトカさんも私の事悪魔扱いするでしょう?」


「確かに私は貴女を世界の基準としてみれば殺さなくてはなりません。しかしだからといって世界の全ての人が貴女を混血という名のフィルターで見ているとは限りませんよ」


ナリトカさんはそう言うと胸ポケットから一通の手紙を取りだし渡した。差出人はデルクーイさん?


「貴方に渡すようにデルクさんから頼まれました」


『拝啓。この手紙を読んでいるということは貴女は生きているのでしょう。体に大事は無いですか?僕は今あなた達と救ったゼルファストを新たな仲間カーヴェさんと共に建て直している最中です。あの騒動の傷は深いらしく、未だ立て直しの目処はたちませんがきっと『秋のない国』を再建し、貴女に見てもらいたいです。話は変わりますがあの夜、ルイスを助けて下さりありがとうございました。弟子に変わり御礼申し上げます。無事な旅路を心からお祈り申し上げます』


手紙を丁寧に畳み、服のポケットに丁寧にしまう。目元が少し暖かくなり、喉が急に乾き始める。鼻をすすり、目元を拭うと初めて自分が泣いていたことに気づいた。


「そっか……デルクーイさんたち、今も頑張ってるんだ……」


「今でも私はティルナシアさんを裁くべき者として見ています。しかし貴女が出会い、守ってきた人たちみんながそう思っているわけではありません」


初めてだった。誰かから手紙を貰うなんて。誰も私に寄り付かない。誰も私と仲良くしてくれなかったから。涙がめいっぱいに溢れだし、手だけでは拭えないほどだった。この感覚は前にも味わった感覚だった。ゼフィスが私を守ると誓ってくれた時のように、心が暖かくそして身体中から溢れだすような感覚だ。


「私、決めました。世界が混血を憎むのなら、私がその認識を変えるよう行動します。ゼフィスやデルクーイさんのような人たちを私が増やしていくんです」


「ほう、なぜ?」


「ただ人々が私を見る目を変わるのを待つのは感簡単だと思います。けど変わるのは何十年何百年もかかってしまう。だから私が理解者を増やすんです。理解してくれる人を知る私が」


「すべての人が理解してくれるとは限りませんよ?例えば私とか」


「そうかもしれません。けど話したり、行動することで考えは少しずつ変わると思うんです。だから私はやりますよ。そしていつかナリトカさんにも理解してもらえるようにしてみせます」

私ひとりではこの理想を叶えるのは難しい。けど私にはミホノちゃんやゼフィス、ガルシアスさんがいるんだ。みんながいればこの理想は叶うはずだと思えるのだ。


「それは楽しみですね」


ナリトカさんはそう呟くとお猪口を脇に置き、正座から横座りへと座り方を変え、体を少し私の方へ向けた。


「ある程度緊張がほぐれたところで貴女に話しておかないといけないことがあります」


「話したいこととは?」


「ゼフィスのことです。多分あの子は貴女に自分の過去を話したがらないでしょうから。代わりに私が話そうと思いましてね」


一呼吸し、少し俯くがゆっくりとこちらを見て話し始めた。


「彼は戦争孤児なんです。母親は出産時に無くし、父親は戦争に巻き込まれた。そして育ての親がいたハティニ村も彼を残し全焼してしまったんです。私たちが到着する時にはもう村の姿はなく倒れているゼフィスだけが発見されました。彼は親も友人も帰るところも失くしたんです。傭兵団に入ってからは色んなものを私たちとみてきました。紛争地域や戦果によって帰る場所を失った人たち。ゼフィスは惨劇を見る度に泣き、苦しんでいました」


ナリトカさんの話を聞くほどにゼフィスの性格やこの旅での行動に当てはまる点があり、心の中で罪悪感が生まれてしまう。彼にとって私は守られる存在とばかり考えてしまっていた。私はその考えに反発してしまっていたんだ。


「私、最低ですよね。わがままばっかり押し通して、ゼフィスの気遣いを真っ向から否定してしまったんです」


「いいえ、ティルナシアさんが悔やむことはない。ただあの子は不器用なんです。誰かを助けたい、誰かに笑顔なってほしい。その気持ちが空回りしたり上手く伝わらなくてああなってしまうんです」


右腕に着けた蒼い腕輪を撫でながら少し下を向いた。ゼフィスも同じような物をつけていた。おそらくロウギヌス傭兵団の証なのだろう。腕輪は月に反射し、冷たい光で周りを照らしていた。


「今のあの子を見てると昔の団長を思い出します。私たちが無理だと思っていることも実現させようとするところとか、誰かのために動こうとするところとか」


焼酎を注いでは呑み、注いでは呑む。あれ?なんかナリトカさんの呑むペースが早まっているような……


「けどいつもいつもいつも無茶ばかりしてくるんですよぉー。うわぁーん!」


な、泣き出した?


「え、ちょナリトカさん!?大丈夫ですか!?」


「うちの団員はみんなバカばっかで後処理とか問題沙汰とかで経費を管理する私とシャナミしゃんの気持ちにもなれってんですよォー!」


「大変なのはわかりましたから、泣き止んでください。ね?」


「ティルナシアさん、貴女もそのひとりなんですからねー。貴女のせいでトリスは辞めるわ、カンレーヌのクソジジイから変な目で見られるわ大変だったんでしゅからね!」


「それは……なんかすみません……」


ナリトカさんの姿からは先程までの頼れる大人のイメージは無くなっていた。泣き上戸は日々溜まっていくいざこざの疲れや不満が泣き上戸を酷くしているように思えた。


「けど貴女はマシです!混血であることを除けば、素直ですし利口ですし。うちのバカどもにも見習って欲しいところです!」


「トリスはもうバカ中のバカですよ。1人でどっかいくし、女癖悪いですし、なにより女たらしなのが腹立ちます!」


「たしかに……トリスさんはちょっと……」


「でっしょー!あへ?」


「ナリトカさん!?」


ナリトカさんは急に後ろへ倒れ、ピクリとも動かなかった。私は慌てふためき、何度も肩を揺らしたり、呼びかけるが全く返事がなかった。


「フフフ……まだ呑めますよ……」


「酔いつぶれ?急に倒れるからびっくりした〜」


私の心は一幕の安心を得る。これ以上外にいては冷えるだろうし、テントに戻らないと。けどナリトカさんを置いていくわけにはいかないし。ナリトカさんを背負おうとするも、私の力では持ち上げることすら出来なかった。


「私じゃ持ち上げられないし、誰かに手伝ってもらうしかないかな。けど誰に頼めば……」


「あれ?ティナじゃないか。どうしたんだこんな夜更けに」


「その声はゼフィス!貴方もどうしてここに?」


「目が覚めちゃってさ。寝付けなかったからちょっと素振りをしてたところだ。そこにいるのはナリトカさんか?」


「ええ、飲みすぎちゃったみたいで。私の力では運べないので誰かを呼ぼうとしてて」


「ナリトカさんめ。いつもこうなるんだからちょっとは加減をしろって……しゃーなし、俺が背負ってくよ」


ゼフィスはナリトカさんを軽々と持ち上げ、慣れた手つきで背負う。鞘をナリトカさんの腰に敷きおんぶし、やや前傾姿勢の状態を取り、前へ進んだ。


「傭兵団にいた頃はいつもこんな感じなんですか?隊長さんたちとお酒を飲んだり、模擬戦をしたりしたんですか?」


「そうだよ。毎日戦って毎日呑んで毎日運んだよ。俺は飲めないから隊長たちをおぶって行く訳だけど。毎日が発見の連続で、少しずつこの人たちに近づいていくのが嬉しくて夢中になってた。ほら、このナリトカさんの手をみてごらんよ。こんなに綺麗なのに手のひらはタコだらけさ」


私はナリトカさんの手のひらを触る。手は硬く、ゴツゴツとしていた。手のひらにはタコだけでなく皮が向けた跡や、傷が感触で伝わる。傷やタコ一つ一つが鍛錬を物語っていた。テレジアにいた時、ゼフィスに手を握られた感触を思い出した。ゼフィスの手も同じようにゴツゴツしていて硬かった。


「今の生活は充実してますか?」


「ん?どういう意味?」


「その私のせいでゼフィスは仲間から追われる身になってしまいましたし、なによりアドラール全体から狙われる危険もありますから」


「たしかに仲間に剣を向けられるのは辛いさ。けどこの旅はとても充実しているよ。この旅のおかげで自分の知らない世界を見ることが出来たし、ハザマやカーヴェ。この旅のおかげで色んな人に会えたから充実しているよ」


ゼフィスは歯を見せながら笑った。ああ、ゼフィスはこういう人だった。いつだって誰かのために戦っているんだ。


「いろいろあるけどティナは楽しい?」


「楽しいかはわかりません。けどこの旅はあそこにいては気づけなかった何かを教えてくれました」


「何かって?」


「今はまだわかりません。時に胸の内が熱くなったり締め付けられる感覚にもなる。そんな感じです」


今の私にはこの感覚がなんなのかわからなかった。今まで恐怖しか無かった目に映る世界が少しづつ色づいているせいか。それとも多くの人と関わってきたからか。今の私には理解し難いものだった。


「俺は君をただ守るための対象として見ていた。けどティナは自分で戦う術を身につけていた。だからこれからは横で支えられるようにするよ」


「ええ、私もゼフィスが空回りしなように横で支えます。だからこれからも私をよろしくお願いします」


「ああ……って、空回りってどういうことだよ」


「ふふ、秘密です」


私はゼフィスの支えになれるだろうか。いつも支えてもらってばかりで迷惑をかけているのに。せめてこの戦いはゼフィスの哀しむ心を支えてあげたい。

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