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ARCADIA BLUES.  作者: 那樹聖一
ナギア編
32/61

黄金の夜と藍鼠の月

街に吊るされた提灯が朧げな光を灯し街を黄金色に照らし始める。街にはいつも以上に賑わい、誰もが洒落た格好をしていた。いつもは麻製の服を来ている民たちはシルクでできたドレスや紳士服に身を包み酒を呑んでいた。ゼフィスやティルナシアたちはアロウのメイドたちに制服を選んでもらっていた。


「こんなちゃんとした服は夢幻の式典でしか羽織ったことないぞ」


ゼフィスは紺色のタキシードに袖を通すと少しぎこちなさそうに肩を動かす。


「結構似合ってるじゃないか。これならいつお婿に行っても大丈夫だな」


「俺にそんな相手はいねぇよ」


ガルシアスの言葉を少し臭そうに返すとゼフィスはガルシアスの身なりを見て少し笑った。


「すげぇや。こうやって見と紳士みたいだな」


「何を言うか。俺はれっきとしたジェントルメンだぞ」


黒い紳士服に身を包み、シルクハットを被った姿は叔父様と呼ばれるような出で立ちで、首に負った大きな傷を隠すようにマフラーを巻いていた。


「まあ男の見なりなんざ興味はねぇ。ゼフィス、もうそろそろ我らが淑女を迎えに行こうじゃないか」


二人は女性の更衣室へ向かった。革靴で城の廊下をコツコツと音を立てながら向かう。いつもとは少し違った自分を理解すると背筋を少し張りたくなった。タキシードを少し引っ張ると気が引き締まったような気がした。ガルシアスはシルクハットをに手を入れくるくると回しながら遊んでいた。使用人たちもお洒落をし、街に出る人もいれば、宴会場に向かう人もいた。そうこうしていると更衣室の前に辿り着く。ゼフィスはドアを3回ノックする。


「え?ちょっと待ってください!まだ心の準備が……」


とティルナシアの声が聞こえる。ゼフィスは一歩後ろに下がると、使用人がドアを開ける。


「おふたりともとてもお似合いですよ。ちょうどお着替えか終わったところですよ。ティルナシア様、ミホノ様、お迎えの方が見えられましたよ」


奥から使用人に手を添えてもらいながらゆっくりとティルナシアとミホノが現れる。ドレスを身にまとった二人は煌びやかなもので思わず息を飲むほどだった。


「可愛い……」


ティルナシアは青空のように淡いドレスを身にまとい、赤銅色の長髪はまるで燃え上がるような夕焼けのようで、黄金を秘めた瞳は太陽のようにも見えた。


「いやあティルナシア自身でひとつの世界を作り出してるなこりゃ」


「さすがお姉ちゃんです。世界一の美貌です」


「やめてください。こういうの初めてなので恥ずかしいんです……」


ティルナシアは顔を赤らめ、両手で顔を覆い隠す。その姿を見た使用人は微笑ましそうな顔をし、その場から去っていく。


「さて、お姉ちゃんの美恵麗しい姿を堪能したところで、街へ繰り出しましょうか」


ミホノはシルバーグレーに輝く長髪耳にかけ外に続く扉の方向を指さす。彼女のドレスは紅桔梗色のドレスを身にまとい特徴的な髪は月夜に浮かぶ月のように輝いていた。


「ティナが夕焼け空ならミホノは夜空に浮かぶ月か……」


「いや、短髪ならその表現はわかるが長髪なら天の川と表現すべきだろうて」


「あのあなた方男二人の冷静沈着な解説はどうでもいいので早く向かいませんか?」


「相変わらず二人には冷たいですね。ふふ……」


テイルナシアはミホノはティルナシアの発言を聞くと少し恥ずかしげにそっぽをむく。その光景にティルナシアは笑い、手を取り二人だけで街へ向かった。男ふたりはその光景をただ呆然と見ていたが、少し頬を上げ二人をゆっくり追いかけていく。

「ミホノちゃんあの時の約束覚えてる?」


「もちろん覚えてますよ。忘れるはずがない。貴女と初めて交わした約束なんですから」



商店街へ出るとその光景に4人は呆気を取る。路上では人々が踊り合い街中に弦楽器の音が響きあう。フラメンコのように情熱的なサウンドは自然と心拍数を上げて熱い血潮を身体中に巡らせていた。3人はダンスの練習を使用人やハザマとしかやってこなかった。だが不特定多数で行われるブオヌモーレダンスは圧巻でその光景に美しいと思う気持ちと恐怖を与えた。強い踏み込みによって鳴り響くパソは大勢のパソが重なり合い地鳴らしを起こしていた。パソはギターのサウンドと共鳴し合いリズミカルに国中へ駆け巡る。


※パソとは:フラメンコの用語でステップのこと。


「これ私たちみたいな素人が参加していい空気なんですかね……」


「確かに入りにくいよねこの空気」


ダンスに合わせた掛け声や歌を熱唱する声は圧巻だった。


「お主らここで突っ立ってどうしたんじゃ?」


後ろからの声に三人は振り向くとルーデルワイスとハザマが立っていた。ルーデルワイスはいつものドレスとは打って変わって白を基調としたドレスだった。白銀のツインテールと白いドレスの相性は抜群でまるで人形のような見た目は抱き上げたいという欲を掻き立てるのであった。


「そんなとこで突っ立っておらんではよ踊らんか」


「そうだぞゼフィス、せっかく稽古を休みにしたんだ。今日ばかりは羽を伸ばしたまえ」


ゼフイスはハザマのなにか企んだ笑顔を見た途端ため息を着く。


「変なこと思い出しちまったぜ」


「じゃあ各自ダンシングパーティーまで自由行動ということで。お姉ちゃん行きましょー!」


「え、ちょ、ミホノちゃん待って!」


ミホノはティルナシアの腕をグイグイと引っ張りながらその場を後にする。またゼフィスとガルシアスは置いてけぼりになったのだった。唖然としたゼフィスの背中をハザマが思い切り叩く。


「ほれ、ボケェっとしてないでお前も楽しまんか。ティルナシアと踊るのは舞踏会の時でいいからお主も楽しみたまえ」


「童まず焼きそば食べたい!ハザマ買ってくるのじゃ!」


「へいへいわかりましたよ。お小遣いは500ゴールドまでですからね」


「子ども扱いするでは無いわ!こら、待てーい!」


「とりあえず俺達も出店を見ようぜ」


「そうだな。歩きがてらこの土地、いいやゼルファストの歴史でも教えてやるよ」


出店を練り歩くと宮殿からはよく見えなかった景色が広がる。普段この街は魔学による街灯で照らされているが祭りの日には皆提灯に火を灯したり篝火をつけたりと古典的な方法で光を確保していた。そのせいか街中が暖かい光に覆われ、料理の出店で野菜を炒める時に使われる大豆で作られた油や人々の瞳に淡い橙色のハイライトが浮かんでいた。


「まずブオヌモーレダンスの歴史から語ろうか。まずなぜあんなにも強いステップを踏むかわかるか?」


「パソが力強い方が盛り上がるからとかじゃないのか?」


「そんなわけあるか。あれは皆が力強く大地を踏むことで地を清めているのさ。遥か昔、この大陸を収めていたマクベスという王様がいてな。その王様が人間との戦争へ出向く前に大地を強くそしてリズミカルに踏んだことが始まりらしい。それを家臣が真似し、大陸民が真似だしたんだ。結果地に潜む魔をブオヌモーレ特有のステップで追い出し、来年の豊作を願う文化がナギアで根付いたんだ」


「よくも調べあげたな」


「アロウの書庫のお陰さ。流石と言うべきか歴史的書物が多くてな。飯の時間を忘れるほどに没頭してしまったよ」


「じゃああの激しいダンスにも理由があるのかい?」


「勿論だとも。あの踊りはマクベスの武勇そのものを表している。大陸民の為に戦う王の姿、そして配下の死に荒れ狂う姿が表現されているらしい。その荒れ狂うマクベス王を支えるのが王妃、つまり女性側ってことさ」


ゼフィスはガルシアスの言葉を聞くと踊る男女を観察すると聞く前と後では捉え方が変わったのだ。


「確かに言われてみればそう見えるな。その伝説に少し興味湧いてきたよ。もう少し聞かせてくれ」


「いいとも」



二人は少し足を弾ませて煌びやかに光る出店の通りを歩いていた。ミホノは右腕いっぱいに食べ物を抱え込み、左手でフランクフルトと飴を持ち、食べていた。ティルナシアは利用手でサンドイッチを持ち笑顔でかぶりついていた。


「手が止まりまへん」


「ミホノちゃんそうがっつかなくても食べ物は逃げないよ」


二人は笑顔だった。まるでこれまでの悲劇が嘘であったかのようにただの少女のように笑っていた。

「もぐもぐ、私はご飯だけで満足してるわけじゃないですよ。お姉ちゃんと一緒に祭りを歩く。それが今の私の満足なんですから」


カンレーヌでの一件で二人の交わした約束は今果たされていた。それがティルナシアにとっての心の支えになっていた。


「昔はお母さんとお父さん一緒に祭りに参加してたんです。けどお母さんの消息が絶ってからお祭りに参加してもあまり楽しくなかったんです」


「ミホノちゃんのお母さんってどんな方だったの?」


「笑顔の絶えない人でした。いつだって家族で馬鹿騒ぎして職場でもその性格からムードメイカーとして場の空気を和らげていたそうです。けど、突然どこかへ行ってしまって。夢幻の人達は仕事で遠くに行ったって言うんです。すみません、こんな話してしまって。今はお姉ちゃんがいるから楽しいですよ!」


ミホノの顔に少し陰が落ち、すぐさま笑顔に戻る。しかしティルナシアにはその笑顔が作り物であることがすぐにわかっていた。頬の上がり用や微妙な声の低さ。些細な差ながらもティルナシアにとっては違和感を隠しきれていないように思えていた。


「ちなみにお姉ちゃんのお母さんはどんな方だったんですか?」


「優しい人かな。いつも泣いて帰ってくる私の怪我の治療をしてくれておまじないを教えてくれたんだ。『イザナミ様が有明を見せてくれる』って」


「イザナミ様?」


「確かティファーナの精霊達が祀ってる神様だったような?何かを強く願う人の前に現れて助けてくれるんだって」


「ほう、アドラールにも同じ神様がいますよ。ヘルメスっていう神様なんですがね。現れては意味ありげなこと言ってどっか行っちゃうんです。それでその言葉を実行すると願いが叶うらしいです。母は無信教なのですが『ヘルメス様は自由奔放だからお前の前に現れるかもな』ってお母さんが」


「もしかしたらゼルファストにもあったりしてね」

「有り得る話です。何時だって人は見えぬ何かに縋ろうとしますから」


見えない存在や手が届かない物にこそ人は縋り崇拝する。点にちりばめられた星々を繋ぎ星座を描いた少年のように。太陽や月に絶対神を想像した過去の人々のように人は到達できないものに価値を見出そうとするのだ。


「私この国に来るまでに疑問に思ったことがひとつあるんだ。なんで人は自分とは違う存在を嫌うのかって」


混血をアドラールの人々が断罪しようとするように魔人は獣人を差別し獣人の人達はアドラールの人々を嫌う。ティルナシアはその差別に疑問を抱いていた。自分が混血であることだけでなくゼルファストにら来たことで抱いた疑問だった。ナギア国のように獣人や魔人の垣根がない国は珍しいはずだ。


「これは私の見解です。人は皆自分の生きる世界が変わるのを嫌がるんです。住む環境が変われば自分の立場は崩れ去るかもしれない。だからこそ変化を嫌い誰もが信仰する神を信じようとするんです。それを心の拠り所にして変化を拒み目を背けるんです」


ミホノは右手首を強く握り締めるとすぐにケロッとした顔をした。


「まあ神なんて所詮創造の産物ですから馬鹿話にすぎませんけどね」


「私、ミホノちゃんのそういうところ見習いたいよ……」


祭りのムードを堪能しお互いが買ったものを交換しあったり娯楽を満喫していた。輪投げをやったり魚掬いをしたりと二人は祭りを満喫していた。

「輪投げの的中率9割とは……流石お姉ちゃんです」


「あはは……Butterflyのおかげかな。ミホノちゃんはよくそんなに入るね」


ミホノは両手いっぱいにあった料理を食べ終わり、また追加で焼き串や甘豆などを大量に買っていた。


「美味しいものに罪は無いのです。そういえばもうそろそろ宮殿に戻らないとでは?」


「そうだねもうそろそろ戻ろっか」


二人は宮殿に戻るために体を反対方向に向ける。見上げると満月が頭上で輝き周りの星々の輝きを妨げていた。


「今日は月が綺麗だなぁ」



焼きそばを頬張る小さな唇は豊満だったがま口財布の腹を情けのない腹に変えていた。


「姫殿……貴女様ももうそろそろ限度というものをですね……」


「知らぬ存ぜぬじゃ。美味い物を作る奴らが悪いんじゃ。次はあの塩焼きが食べたいのじゃ!」


はしゃぐルーデルワイスを見たハザマは少し笑みを浮かべる。


「そういえば姫殿に拾って貰ったのもこんな夜でしたな」


「なんじゃ急に気持ち悪い」


「いえ別に。こんなにも綺麗な月夜は中々ないですから思い出してしまったのです」


ルーデルワイスも月を見上げる。月光は藍鼠色に輝き、周りの星々を覆い隠していた。


「確かにお主と死合ったのはこんな月夜じゃったな」


ハザマは片膝を着き深々と頭を下げる。周りの人人はその光景を見て最初は驚きつつもルーデルワイスを見たとたん何事も無かったように通り過ぎて行った。


「ありがとうございます。拙者は貴女様のおかげでここまで腐らずやってこられました。今一度感謝を」


「よい。童への忠誠心が揺るがぬことは知っておる」


「ならば拙者を信じていただきたい。アロウ様を信じていただきたい。この国の民を信じていただきたい。姫殿が……いえ、ルーデルワイス様が一人で抱え込まなくていいのです」


「それは出来ぬ鬼の子よ。これは童の付けた因縁じゃ。お主らが関わることじゃないし童がやるべき事じゃ」


ルーデルワイスの顔は少し引き締まっていた。その顔は涙に溺れた少女の顔ではなかった。

「これも運命なのかのう。ティルナシアとミホノのおかげか童の護りたい大切なものを再確認できたんじゃ。だからこそ童がやらねばならんのじゃ。あの人との約束のために」


「ミエコ様のことですね」


「そうじゃ。アロウもお主も童も皆忘れるはずがない。あの人がいるからこそ童達はまだここにいられるんじゃ」


ルーデルワイスは色褪せた青い蝶の羽の髪飾りを優しく撫でる。


「わかりました。ですが無理はなさらないでください。姫殿には拙者が立っていることをお忘れなきように」


「ふん、お主相変わらず変なやつじゃ。兄に似たのかのう」


「かもしれませんね」


ハザマは着いた足を地から離しルーデルワイスの横に立つ。二人は宮殿の方向を向き歩き出す。ルーデルワイスは焼きそばの器に乗せていたフランクフルトを無言で渡し、ハザマは受け取ると無言で頬張った。



一足先に宮殿に戻っていたゼフィスとガルシアスは王座の間に置かれた椅子に座りゼルファストの歴史を語り合っていた。


「つまりマクベスの城の後がゼルファストの中心部に位置するコーダー遺跡ってところなわけか」


「そうだ。ウワサだがコーダー遺跡はゼルファストの首都だっただけあって金銀財宝が眠ってるらしい」


「えらい儲けじゃないか」


「まあ噂は噂だからな。だがきっとコーダー遺跡には歴史的文献がある。行ってみないか!」


「それは戦いとティナをティファーナに送ってからな」


ガルシアスが大きな声で笑いゼフィスは耳を抑えながら少し笑った。


「なあ、ガルシアスはなんで歴史を探求するんだ?」

「前にも言っただろ。真の平和のためさ。歴史には必ず教訓にすべきことがある。そしてこの旅は歴史と土地に生きる人々を知ることができる」


「それは知ってるけどよ」


「お前が疑問に思うのも無理はないさ。じゃあ例えばなぜ人族、魔族、精霊は二足歩行ができ、猿のような骨格を持つ?」


「えーっと、同じ祖先を持つってことか?だがありえないだろ。だって俺たち人族は魔力を持たないじゃないか」


「そうだな。だが同じように魔術回路は持っている。祖先が同じな可能性があるし、ゼルファストやティファーナが進化に影響を与えている可能性だってある」


ガルシアスは手帳を取りだし、ページを見ながらこれまで歩き集めてきた情報に目を通す。そして手帳を閉じるとどこか辛気臭い顔をし、俯いた。


「俺はこの目標を成就しなくちゃいけない理由がある。まだお前たちに話すことは出来ないし、単なる俺の償いでしかない。だから……」


ガルシアスが何かを言おうとした瞬間、目の前に経つ女性によって話しが遮られる。両手にたこ焼き、フランクフルト、豆菓子とたくさんの料理を抱え込んでいた。


「あなた方もう少し場を弁えたらどうですか?まったく恥ずかしい」


「「いつもバカ食いしてメイドさん達に苦笑いされるお前には言われたくない」」


ミホノはテーブルに料理を置き、右肩に手を当て右腕を回し殴る体制をとる。それを治めるようにティルナシアは回す腕を止め、下ろした。


「2週間前の対立が嘘のような光景でしたけどどうしたんですか?」


ガルシアスはにこやかな顔をしゼフィスに話したゼルファストの伝説を二人に話した。


「それは確かに面白いですね。私にももっと教えてください」


「お姉ちゃんイズ勤勉」


他愛もない話をしているとホールに他の人達も次々と集まる。多くの人々が男女二人で参加しており、扉が閉まるとバイオリンとチェロの音色が空間に鳴り響く。


「はぁ、まったく。なんでこんな物があるのかね」

アロウは体育座りの状態で宙に浮かぶ椅子に乗り4人の近くへ移動してくる。その顔は呆れ顔で、手に持った魔石のペンで空に文字を書いていた。

「私は自室で研究に没頭すると爺やに言ったら無言で衣装部屋に連れていかれたよ。はぁ」


ベージュ色の衣装に身を包んだ彼女はどこか退屈そうであった。


「似合ってるのに勿体ないですよ」


「ティルナシアくんはお世辞が上手いね。私には踊る相手もいないし君たちとの交渉で忙しいというのに。はぁぁー」


「確かこの舞踏会は王の婚約相手を決めるために行われるんだったかな。多分爺やさんはあんたの体裁を気にしての気遣いだと思うぞ」


「ガルシアス君、君に書庫に入れたことを私は今心の底から悔いているよ」


ゼフィスが会場を見渡す。そうすると来場者に頭を下げながら会場を口パクを彼なりに解釈すると「どうか姫様と踊ってください」と言っているように感じた。


「アロウさんよ、後で爺やさんにお礼言っとけよ」


アロウは手で宙を仰ぎ玉座まで戻った。根回しが終わった執事の爺やは会場の端っこである4人の方向へ汗を拭きながら歩いてきた。


「大変そうですね……」


「いえいえ、これも私の仕事ですから当然の行いでございますとも」


爺やは退屈そうに玉座に座り来客者の相手をするアロウをしみじみとした目で見つめていた。


「私、先々代の魔王様からお仕えしておりますがあの方は本当に民草思いの方です。ずっとあの方の横でお世話をしておりましたが小さき頃から民草にふれあい声をお聞きなってきた。ルーデルワイス様やハザマ様などの良き友にもあ恵まれた。私はあの方の成長がとても嬉しく思います」


しみじみとした目から零れた涙は彼の感情の表れだった。


「ゼフィス様、私は貴方に感謝しています。しかし、同時に恨んでいます。姫様に決断を迫ったことは遅かれ早かれあの方がしなければならない決断です。ですが姫様はまだお若い。もうあのお方には苦難を繰り返して欲しくないのです」


「それはもしわけございません。確かにアロウの姉妹の事まで持ち出したのは下道という他ない。けど俺が避難を浴びてでもこの問題を放置したくなかった。これ以上放置すればもっと最悪な結果になってしまうと思ったから」


ゼフィスの顔には影が落ちていたがその顔は真っ直ぐに爺やを見つめていた。


「部外者だってことは重々承知です。けど部外者だからって俺は見過ごしたくない。この国には借りがあるし俺たち自信が守りたいと思ったんだから」

「最後に決めるのは姫様です。私はあの方の決定に全力を尽くすまで。では私はここで失礼します。舞踏会をお楽しみくださいませ」


爺やは会場を出て行った。彼の背中はゼフィスには大きく見え、彼の言葉が心の中で響き続けていた。


「今更怖気付いたか?あんなにも啖呵切っていたのによ」


「なわけあるかお爺さんよ。俺は何か失い何かを得るのが嫌なんだ。言った言葉は曲げねぇよ」


バイオリンの演奏がスピーディーになり音の重圧が一瞬にして変わる。


「そろそろ私達も踊りますか。お姉ちゃん、私と一曲いかが?」


「バカを言うでないわ。ブオヌモーレは女同士は禁止じゃ禁止」


後ろから元気な幼女の声が聞こえる。


「そうですぞ。あくまでブオヌモーレはマクベス王とその妃の物語。拙者もそれが許されるから姫殿とは踊りませぬ」


「ふ、お主いつも童と踊るとクタクタになってるからのう」


その声の主の会話は4人の耳に馴染むテンポだった。ハザマとルーデルワイスの会話は4人の緊張を解していた。


「ゼフィスくーん」


「わかってますよ、ししょー。はぁぁぁぁ」


ゼフィスはティルナシアの前に立ち、少し深めのお辞儀をし左手を差し出した。


「私と踊っていただけますか?」


その言葉を聞いたティルナシアの頬は少し赤らむ。たった一瞬の出来事であったがゼフィスにとっては数分数時間ほどに感じていた。


「よろこんで」


ティルナシアは手を取り会場の真ん中まで移動した。周りが踊り始める中二人はその場に立ちすくんでいた。そしてバイオリンとチェロが響き渡ると2人は握った手を強く握り直し向かい合い動き始める。ゼフィスはハザマに習った以上に強く大胆に身体を動かす。共鳴するようにティルナシアはゼフィスの動きを沈めるように静かに舞っていた。


「ゼフィスめ、本番に強いのか。あんな伸び伸びと踊るのは練習じゃ見られんかったぞ」


「多分俺が話したマクベス王の伝記が関係しているんだろうさ」


「マクベス王に魅入っているってことかい、ガルシアスの旦那」


「多分な。いや違うな」


「どっちですか」


ミホノはガルシアスの顔を睨み疑問気味に聞く。


「おそらくティルナシアの前だからさ」


ガルシアスは納得したかのようにいぶし銀色の髭を撫でながら言った。その言葉にミホノもルーデルワイスもハザマも納得したように唸った。ガルシアスの予想はほぼ当たっていた。マクベス王の伝記に影響を受けたこともティルナシアの前で緊張していることも当たっていた。普通の人であれば緊張すれば動きは小さくなり体が硬くなる。だが今のゼフィスは緊張とマクベス王へのリスペクトが混ぜ合わさり逆に体が大きく動いていた。


(ゼフィス、めちゃくちゃ張り切っているような。私も頑張らなくちゃ!)


(何だこの複雑な感情は。普通に向き合うことは旅の中で何度もあったけどこんなに近くで向き合うなんてことは初めてだ。ハザマめ、これを狙ってやがったな。何度もリハーサルをした方がいいって言ったのに「ぶっつけ本番が普通だから」とか抜かしやがって!よし、平常心だ。素数を数えよう2、3、5、7、11……)


ハザマは満面の笑みで二人を見つめていた。

「いやあいい物が見れますなあ」


「お主、鬼畜じゃな。まじで。そんなことでニヤついてないで童達も行くぞ!」


「あっ、ちょっと待って!拙者、心の準備が!」


グイグイとハザマの腕は引っ張られ呼吸を合わせる間もなく踊り始める。その光景はルーデルワイスのワガママさを表すような光景だった。周りで踊る貴族達が眼中に無いかのように大きく優雅に勇ましく思える舞は皆を魅了していた。ルーデルワイスだけではない。ハザマもそれに負けじと必死に動きを制御していた。荒々しく吹き荒れる風を受け止め推進力に変える帆のごとくハザマは粗い彼女の動きを制御し、研ぎ澄ましていた。


「ゼフィスが話してたことを冗談半分に捉えていましたがこの光景を見ると本当に2人のダンスは圧巻ですね。しかも役割が反転してますよ」


ミホノはゼフィスが話していた内容を思い出す。なぜハザマが女形をできるのか、なぜルーデルワイスに教えてもらったと言ったのか。この疑問が目の前に広がる光景に現れていた。ゼフィスは集中しすぎてその光景が目に入ってはいなかったが肌に突き刺さるような荒々しい気配は無意識のうちに感じていたのだった。貴族達は踊るのを辞め2組の舞をただ傍観していた。人族と混血のタッグが織り成す繊細で大胆なブオヌモーレ。そして魔族の主従同士が織り成す荒々しさと勇敢さを兼ね備えた王道と言わしめるほどのブオヌモーレ。ただ見ていることしか出来なかった。こんなにも対称的な光景はもう見ることが出来ないと感じていたからだ。演奏がヒートアップし、会場だけでなく町中にまで響き渡る弦楽器と管楽器のビートと魔石で作られた液晶に映し出された粗い映像ははこの国に住む生物の心臓の鼓動を熱くしていた。誰もがずっと見ていたかった。だがその時間はたった一つのサイレンによって幕を閉じた。


「緊急!緊急!色欲の魔王の根城、ルクスリア方向から謎の熱源反応を補足!高速でこちらに向かってきます!」


爺やが息を切らしホールの扉を勢いよく開き叫ぶ。爺やの言葉によって場にいる人々は混乱に陥る。誰もが我先にと会場から出ようとし、詰まっていた。町も同様に混乱していた。短い期間に2度目の襲撃。この出来事は国民達に「ルナエラが本腰を入れて攻めてきた」と思わせ恐怖感を仰いでいた。


「数は!」


「いっ、一体です!」


アロウは玉座に取り付けられたマイクを強引に伸ばし口元に近づける。


「皆の者落ち着け!今すぐ国民をシェルターに!来客者は今すぐ地下に避難!今すぐ人を集めて!ルナエラだ。ルナエラの刺客がきた!」


アロウの言葉は国中に轟いた。その声を聞いた途端国民達の動きが止まる。皆宮殿の方向を向いていた。そして隊列を組みシェルターに向かっていく。誘導する警備隊達は複数あるシェルターに効率よく国民を誘導していた。ナギアに住む人々全員の心がひとつにまとまっていたのだった。

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