そこに真実があるのなら
そこは薄暗く、お香の煙が漂っていた。一人の女性を囲むように無数の男と女が倒れ伏していた。
「魔王様、例の物がアダム殿より届きました」
「ご苦労さま。で?アダムはどこにおるん?まさかわっちに会わずに帰ったとか言わんやろなぁ?」
女は部下に煙管の中にある灰をかける。
「も、申し上げにくいのですが、献上品が届いただけでして、あの男はまだ来ておりません」
女は大きくため息をつき、その場に立ち上がる。
「まだ来てないも、帰ったも一緒や。わっちを待たせることに変わりない」
ゆっくり配下の男に近づく。腰に着いた黒い尻尾は左右に少し揺れていた。
「お、おやめ下さい。食べないで!食べないでください!」
「嫌や。わっちが犯す時と同じように食べると決めたらぜーんぶうちのもん。生きた牛であろうと人間であろうとそこにあるのはわっちのごはん。子供であってもなぁ」
女はゆっくりと男の体を持ち上げる。まるで赤子をゆっくり抱き上げるようなその姿は美しさすらあった。そして男の腹部に顔を埋めると彼女の白い口元に赤い液体が垂れる。それと同時に男は悲鳴を上げた。男の腹からは血が滲み、身につけた白いシャツに赤黒いシミが広がっていく。そう、彼女は男の腹を食べているのだ。その姿は高級ディナーを嗜む貴族のように落ち着きながら一口また一口と口に男の肉を入れる。そして味わうように噛み、ゆっくりと咀嚼をする。彼女の口元は薔薇の模様のように血が塗り乱れていた。男の悲鳴をオーケストラの合奏かのように嗜み聞き惚れる。次々と食べ進め、最初は腹から食べていたものの内臓が見え始めると次は足を食べ始める。彼女は内臓を一切傷つけていない。悲鳴と食事を楽しんでいるのだ。
「嗚呼、美味しいわァ。やっぱり人間は悲鳴を聴きながら食べるにかぎるわ。あんた、最近下半身鍛えとるやろ。肉のつき具合が最高やわぁ。はむ……」
食事は続き、外側の肉がもうなくなってきた頃。男は既に失神していた。死んではいない。それを見た女は大腸の一部を噛みちぎり、無理やり起こした。
「今、痛みがぜーんぶ気持ちよくなる魔法をかけさせてもろたわ。さあ、メインディッシュと行きましょか」
女は男の骨ごと噛みちぎる。神経から伝わる間隔は先程の強烈な痛みではない。芳醇な快楽で、悲鳴はまた別のものへと変わる。男の脳からは快楽物質的が大量に流れ出て男の感情は恐怖から幸福に変わった。この快楽が続くならもう死んでもいい。この女性に食べられるなら本望だと。
「嗚呼、恐怖もいいけどやっぱり快楽は美味いなぁ。全ての生物は快楽という頂点を知ってしまっとるからこんなに美味しくなるんか。まあええ、このままわっちの一部になりぃや」
その甘い言葉は男の意識を狂わせた。食という名の快楽。その沼に溺れ男は人生を終えた。
「ごちそうさま。雌じゃない分、子宮はなかったけどやっぱり雄も美味やわぁ」
「いやあ、いいものを見せてもらったよ。ルナエラ様」
「アダムはん、来とったん?人の食事を盗み見るなんて悪いやっちゃ」
桃色の髪や、白い肌に付いた血をを舐め取りなつつ女は赤面する。
「貴方の食事は性そのものだ。なぜ食事に気を配る?」
「当たり前や。食事は性そのもの。知っとるか?生物は死ぬと感じた瞬間、本能的に自分の子孫を作ろうとするんや。その時が一番美味しいんや。勿論、快楽による快楽物質?とか言うやつも美味しいんやけどね。食う側は美味しく、そして快楽を感じながら食べなきゃあかん。食われる側には最高級の悲鳴と快楽をプレゼントせなあかん。そして食べた血肉は全部食ったもんの一部となる。これはいわば神聖なる性の営み。まさに快楽」
「なるほど、君に食べられた兵士はさぞ嬉しかったんだろう」
「当たり前やろ、性を拒む生物なんてこの世にいない」
「で、僕からの贈り物は喜んでもらえたかい?」
「嬉しかったわァ。あんなでっかいおもちゃ生まれて初めてや。あれで強欲の魔王を滅ぼせるやろ」
「足りなかったらいつでも言ってくれ。我々が欲しいのは戦闘データとあの渓谷に眠るお宝だけだ。そういえば暴食は倒さなくていいのかい?」
「あんなヘタレ、おいとけばええ。食を自分で独り占めして尚且つ戦争という名の美酒を避けるヘタレなんて眼中に無いわ。知っとるか?アイツわっちに月一で生贄を捧げとるんよ。全くあほらしわ」
ルナエラは煙管に煙草をつめ、火魔法で火をつけたあと煙を味わいながら吐く。
「で?わっちがあんたの遅れを許してるとでも思うん?」
「ははは、ちゃんとプレゼントを持ってきたさ。気に入ってくれると嬉しいんだが」
アダムを名乗る男がフィンガースナップをすると謎のアタッシュケースが6つ目の前に現れる。男がそれを開くと中にはヘルメットが入っていた。フルフェイスのように顔全体を覆うように作られたヘルメットにバイザーらしきものはなく、3つのカメラが三角形を描くようにつけられていた。
「あんたまさかわっちをからかっとるん?あんたみたいな人間、快楽に堕とすことなんて造作もないんよ?」
「とんでもない。これは幻式さ」
「げんしき?確か人間のおもちゃやったよね?わっち使えんよ?」
「使うのは君じゃない。使うのは君の玩具さ」
「ほぉう、それは面白そうやなぁ。おおきに。な……」
男は笑いながら影へ消えていく。煙管の煙はルナエラの体の曲線を描くように立ち上りそして消える。
「さて、まずは一機向かわせてみるとしようかね。さすればあの頭の固い魔王もさすがに動くやろ」
対策を考え始めてから数日が経つ。未だ解決策は見つからず、ハザマの言った言葉も分からなかった。俺は今ハザマに稽古をつけてもらってる最中だ。ハザマからは体の動かし方と重心の動かし方を徹底的に学んでいる。彼の流動的に戦う姿を真似ようとすると必ず足を捻る。彼曰く、
「一歩目は大胆に。そして舞う時は軽やかに」
との事だ。やろうにもこれは難しい。とにかくステップを踏むタイミングが独特なのだ。
「お主、なぜそんなに体が硬いのだ」
「はぁ、はぁ、そうは言われても次の足の位置を予測しながら攻撃なんて難しいだろ」
俺の型は基本その場で根を張り、強い一撃を繰り出す。そのためハザマの戦闘スタイルを真似ようとすると足が追いつかない。
「ふうむ、どうするべきか。拙者の兄上はなんと教えてくれたかな」
「お前、兄弟がいるのか」
「ああ、いると言うよりいただな。拙者は兄上から武術を学んだんだ。まあ今はどこにいるかも分からんし、果たして生きているかも分からないが」
生きているか分からないか。この男の武術の元にあたる人だ。きっと生きているに違いない。
「きっと生きてるさ」
「それなら嬉しいんだがな。さ、休んでいる暇はないぞ。あと30分後には対策を考えに行くんだろ?」
そうか、もうそんなに時間が経っていたのか。早くこの動きを体得しなくては。
30分が経過すると階段の方からティナが俺たちを呼びに来た。
「お二人さん、ごはんですよー」
「はいはい、今行きますぞ。今日の朝餉はなんだろな♩︎」
「今日は私も手伝ったんです。この国で採れる野菜って量が多いのにどれも新鮮なんですよ!」
「お、そこに気づかれましたか。この国では今農地改……おっと、口を滑らせてしまうところでした」
ん?農地改?農地改革の事か?確かにアロウが魔王の座に着いてから農地改革を行ったのは聞いだが、今でも行っているということか?なんのために?後で調べてみることにしよう。生産量と質をあげているということはハザマの言った助言に関係しているに違いない。とりあえず、腹を満たしますか。俺たちは階段を下り城へ戻る。相変わらず活気に満ちている。まだ朝の7時だというのにもう出店に人が集っている。商品は肉や魚なども売られているものの、最近は野菜が多く出されている。野菜でも豆類とパンが多かった。なぜ痩せた土地で育つ物ばかり多く売られていた。
朝食のテーブルに並んだ料理は色とりどりの野菜たち。
「朝にしては多くないか?」
「もぐもぐ、美味しいですお姉ちゃん。」
美味い。どれも新鮮なのは間違いないようで、朝稽古で疲れた体にはもってこいの食事だった。ガルシアスはあの日の夜から俺たちと一度も話さなかった。ずっと書庫に閉じこもり、資料を漁っているようだった。
「そういえば、お主らは収穫祭に出るのか?」
「ルーデルさん、収穫祭とは?」
「今年の収穫を祝い、龍神様に奉納をし、来年の豊作を願う。君たち人間もやっていることだろう」
アロウの言う通りアドラールでもやっているが龍の石像に対してでは無い。あのアルトゥーム神とやらに祈りを捧げるだけだ。
「出るは出るでいいんだがこの収穫祭では踊りがあってな。拙者たちでドレスを用意するがそれでいいかい?」
「いや、俺たちには仕事が」
「「出ます!」」
ガルシアスはため息を吐き食事が終わるとその場を去る。正直2人とも目的忘れてないか?食事が終わり、2人の近くへ駆け寄る。
「お前ら目的忘れてないか?」
「忘れてるはずないでしょ。私とお姉ちゃんはデンドロちゃんを不安にさせまいと動いているにすぎません」
「まだ何も掴めていないのは焦るべきですよね」
ルーデルワイスに気づかれずに解決策を見つけるのは難しい。彼女はどこにだって現れる。そのためコソコソと調べるのが難しい。
「もしかしたら収穫祭で見つけられるかもですね」
だといいんだがな。早く見つけないと色慾の第二波がいつ来るか分からない。
街を歩くと朝とは違う光景が目に映る。露店一つ一つに提灯がぶら下がり、祭りの空気が漂う。この陽気な空気は俺の心を奮い立たせた。守らなくちゃ行けない。そのためにもこの不思議な違和感を解決しなきゃ行けない。
「あの、最近豆類や穀物が多いようですがどうしたんですか?」
「ああ、お客の兄ちゃんかい。最近魔王様が痩せた土地でも育つ作物を作れと言ってな。何故かと私たが聞いたら、『山岳地帯のような作物が育ちにくいところで農業がしたい』と言い出したんだよ。私にはさっぱりだったが、あの人のことだから誰かのために頑張ってるんだろうねぇ」
女性の言葉はさらに謎を深める。つまりアロウがやろうとしていることは品種改良ということか?だがなんのために?この谷の近くに山なんてない。考えられるのはひとつ。他国へ売る、又は種を分けるということか?
「山岳地帯で国が存在してるのですか?」
「そうだねぇ、この近くなら村が沢山あるけどそこはうちの国で管理してる。『サラルス』って国なら近いねぇ」
サラルスか。一応メモしとこうかな。
日が落ち、ハザマとの稽古の時間がやってくる。
「で、これはなんだ」
俺はタキシードを着せられ剣を取り上げられていた。
「収穫祭で思い出したんだ。あの動きはダンスで練習できるのではないかとな。『ブオヌモーレダンス』と言ってな。まあお前たちの社交ダンスみたいな感じだ。こっちの方が激しく情熱的だがな。特に難しいのは男側ステップでね。めちゃくちゃ複雑なんだ」
ダンスでステップを学ぶか。確かに社交ダンスもステップが大事と言うが。社交ダンスなら踊ったことがある。夢幻が主催するパーティーに呼ばれて徹底的に団長に教え込まれたっけ。
「男は女性をリードしなきゃだからな。モテるぞ〜」
「つまり、祭りまでの2週間でひたすら踊り続けるってことか?」
「まあそういうことだ。朝は剣術、夜はダンスってことで」
とりあえずダンスの練習に入る。最初はハザマの動きをひたすら見ることから始まる。アウトサイトエッジやアクロスは先程の言葉通り激しく、インサイドエッジも相手側のギリギリを狙う足さばきばかりだ。確かに男側のリードがこのダンスの魅力であり、難点のひとつだ。回転ひとつとっても足の位置は寸分の狂いがなく同じ幅が保たれている。剣術の応用にもってこいの練習と言えるだろう。
*アウトサイドエッジ:足の外側のみが地面に設置すること
*アクロス:ステップをする足が支えの軸足を横切る動作
「さあ、お前もやってみろ。とりあえず女性側は拙者がやるから」
「お手柔らかに頼むぞ」
「お前次第だ」
ダンスが始まる。音楽がない分ハザマの8カウントで踊ることになる。いざ手を繋ぎダンスが始まると技の一つ一つが見ていたよりも難しいことに気づく。技はコンパクトなものから大胆なものまで多種多様。しかし、このブオヌモーレダンスは技の構成が緻密すぎる。足さばきが重要なのが身に染みて実感させられる。ひとつ間違えれば全てが崩れ去る。足を動かすタイミングをひたすら身に刻まなければ足をくじいてしまう。男のリードだけがこのダンスの魅力ではない。女性側がグイグイ来るのだ。おそらくこのダンスのリードは女性側の動きの制御し、導くということなのだろう。
「筋はいい。だが足さばきはまだまだだな」
「はあ、はあ……まだ行ける」
「そうだな。じゃあ立ち上がれ」
練習は続く。何度転ぼうと何度足をくじこうと続く。とにかく足を前に前に出すことが難しい。
「どうした、遠慮してる暇はないぞ!」
ハザマの配慮なのか足を踏まれることは無い。だが圧がすごい。気を抜けば呑み込まれそうになる。だが俺も負けてられない。これは導くものじゃない。張り合わなければならない。激しく、情熱的に!足はギリギリを狙って前に出す。怖がっちゃいけない。遠慮しちゃいけない。少しづつ足の距離が一定になる。息が合う感覚が感じられるようになってきた。もう少し行けるか。エッジもアクロスも意識すればできるようにはなってきた。だが、
「うおっと!」
目にはいっぱいの星が映る。どうやら倒れたらしい。
「大丈夫か?」
「空が蒼い」
「今日は終わるか」
「うん」
ハザマの手を取り立ち上がる。そして先程までとは違う静けさを冷たい空気とぼやけた月光で感じた。月はあっという間に真上に上がり時間の経過を思い知らされる。女性側は使用人の人が教えているようで、おそらくバテているだろう。
「ハザマは誰にこの踊りを教えてもらったんだ?」
「戦いで身についていたのもあるが、ほとんどは姫殿のおかげだな。あの方いっつも拙者の足を踏んでくるから手を焼いたな」
頭の中で想像するとハザマが中腰で踊っている光景が浮かぶ。それとも魔学で足にアームをつけて伸ばしたか。いや、それはないか。
「ハハハ!お前の頭の中は面白い!大丈夫さ、姫殿と踊る時はなんら問題はなかったよ」
魔眼乱用してんじゃん。まあそれはさておき、俺はこの男に答え合わせをしなければならない。
「あの夜の答え合わせをしないか?」
「いいとも」
「ハザマ、あんたが教えてくれたことは大変役に立った。でだ、アロウは穀物を品種改良して何をする気だ?」
「ふーむ、そこまで辿り着いたか。60点あげよう。で、魔王様がやろうとしている事だが」
俺は唾を飲み込み緊張を張り巡らす。
「他国との貿易さ」
「どこと?」
「もう主も気づいてるんじゃないか?」
「サラルス」
「ご明察。なぜだと思う?」
「うーん、サラルスが山岳地帯の国でそこが鉱山だとするならば鉄の確保か?だがこの国でも鉄は取れるだろ?」
「まあそこまでいけば80点かな」
「あと20点はなんだよ」
「この国で取れる鉄は少々弱くてね。防衛の時に使ってた大砲あるだろ?あれはこの国の鉄を使ってるんだが長期使うことが出来ない。だからこそあの国と交渉材料を作ってるのさ」
なるほど、いい鉄を使って防衛を強化するわけか。だがおかしい。鉄をたかが穀物で貿易ができるとでも?いや、まさか
「山岳地帯は食料が育ちにくい」
「ピンポーン。あの国は鉱山の影響で植物が育ちにくいんだ。だから食料を他国からの輸入でしか手に入れられない。そこで品種改良した豆ってわけだ。はい、90点」
「あと10点はなんだよ」
「これは個人的な解釈だがあのお方は食で苦しんでいる人達を救いたいんだと思う。きっと自分の技術を誰かのために使いたいんだ」
誰かのためにか。確かにこの国の風景を見ればそれは分かる気がする。スプリンクラーやベルトコンベア。民のためにあの人は寝る間も惜しんで食事中でも働き続けていた。
「謝らないとな。アロウのことを冷酷な魔王だと思ってしまった。一番ルーデルワイスやあいつが苦しんでいるはずなのに」
「いや、あの人はお前の言葉で本腰を入れ始めたぞ。拙者は難しいことは何も出来ない。だがあの方が少し前を向いたのは嬉しいことだ」
だが穀物だけではこの連合が上手くいくとは思えない。何せこちらが欲するものが欲するものだ。そう簡単には行きそうにない。いや、アロウなら強欲の魔王なら自分の求める物を必ず手に入れるだろう。
王宮に戻るとティナとミホノが華麗で情熱的なステップで踊る光景が目に映る。ハザマはその光景に頬を上げこちらを見る。
「やめろその顔はァ!」
「あ、ゼフィスだ。戻ってたんですね。どうしたんです?そんなカリカリしてるとモテませんよ?」
「うっ、うっせぇわ!」
「どうでした?ちゃんと踊れてましたか?」
「いやあ、上手い上手い。拙者の目からウロコですわ。ねぇーゼフィス君?」
「精進します」
にしてもティナの成長というか飲み込みは本当に早い。一日そこらでここまで上達するとは。あの顔的に楽しんでいるのだろうか?確かに楽しいことはすぐに覚えると言うが。
「あのことを話さなくていいのか?」
「話すさ。けど今の2人を見てるとちょっとな」
「やっぱり女性は笑顔が1番だな」
俺はその言葉に頷く。正直彼女らを巻き込むのは嫌だ。女性が戦う姿なんて見たくない。だが彼女らのこの国を救うという意思を否定するのも失礼な事だ。取捨選択をしなければいけないことはいつだってある。だがこれ程苦しく、悲しいことは無い。
練習が終わり、俺たちは会議を始める。
「対策案がある。この国の取り組みを活かす対策だ」
「それは言わなくても分かります。で?なんなんです?」
「それはこの国の農産物だ」
「農産物?確かに料理中野菜の多さと新鮮さには気づきましたがそれになんの関係が?」
よし、食いついた。
「山岳地域にサラルスという国がある。そこの国は山岳地帯が故に食料が育ちにくいらしいんだ。だから交渉材料として食料、特に豆類と穀物を送るらしい」
食は生物が生きていくには必要な物だ。だからこそ対策にもってこいだ。
「なるほど、それなら!」
「お姉ちゃん待ってください。なんのために?」
「鉄を摂るためというのが表向きだろうな。だがアロウは、あの人は民のために誰かのために何とかしたいんだよ。きっと」
「そこに漬け込むなんて、私たち最低な人間ですね」
「まあゼフィスらしさはあると思いますよ。さすがゼフィス汚い。ですが、そうでもしないと兵力差は埋まりません。それで行きましょう」
まあミホノの言う通り俺の案は汚いな。だがなんと言われても構わない。手段なんて考えてる暇はない。俺たちはアロウとガルシアスを呼びこの案を話す。
「ほう、私のやっている政策にやっと気づいたか。確かに君の言っていることは素晴らしい政策だ。だがね、それだけでサラルスが了承すると思うかい?食べ物なんて輸入すればいい。あちらには鉱山があるんだ。それだけの事は容易に出来ると思うが?」
やっぱりそうなるよな。ここまでは予想出来ている。だからこそもうひとつあるんだ。
「さらに付け足そう。この国の技術、魔学の技術提供をする」
ミホノとティナは驚く顔をする。ガルシアスも少し表情筋が動き、俺を睨んだ。
「ほう、どういうことか説明してもらおうか」
「ああ、まず俺とミホノが見たベルトコンベアだ。俺さえあれば運搬のしやすさが格段に上がるだろ?鉱山開発はとにかく危険が付き物だ。しかも運搬を人力でやろうものなら労力は尋常じゃない。だがベルトコンベアを売ればどうだ?格段に作業効率は上がる」
「私が自分の技術を敵になるかもしれない国に送るとでも?」
「アロウ、俺にとってあんたは苦しむ人に手を伸ばし続ける成人のような人だ。スプリンクラーだってベルトコンベアだって民衆のためのものだろ」
「あれはただの副産物さ。技術者でも研究者でもない君には分からないと思うが研究には副産物が付き物だ。山ほどできる副産物の末に出来上がるのが研究成果なのさ」
「違う。お前はその力を手に入れてからずっと国民のために頑張ってきたんだろ。愛した人を失い自分に与えられた力を受け入れてこれ以上の悲しみを、危険を生み出さないためにお前はお前なりに頑張ってきたんだろ!」
「違う!私にとってあれは全部研究の副産物だ。私は君が言うような成人なんかじゃない!攫われた民を見捨てる王が優しはずないじゃないか!」
「じゃあなぜ孤児院を開いた!」
アロウの目からは涙が出ていた。その感情的な一言一言は自分自身を心から否定していた。
「それは子どもを育て労力にするためさ」
「違うな。あんたはルーデルワイスのために、そして親を失った子どもたちの為だろ!ルーデルワイスに怒りのままに敵を殺させたこと。子どもにとって大切な存在を失わせてしまったことを償うためだろ。あんた自身が親しい人を失ったからこそ助けたいと思ったはずなんだ!」
「私、あの孤児院にお手伝いしに行った時に思ったんです。あの子たちが今笑っていられるのはあなたのおかげだって。だからアロウさんはあなた自身が言うような悪い人じゃない」
「ティルナシアの言う通りです。孤児院の子どもちだってこの国で生きる人達だってあなたの事を尊敬し、敬愛している。それはあなたがあの人たちのためにやってきたことでしょう」
俺たちはこの国に滞在して俺はこの国に漂う温かさを感じた。この温かさはアロウがこの国のために尽くしたからだ。あの時の手紙だって心からのお礼なのだ。絶対にこの事実だけは変わらない。
「そうか、私はこの国のためになっているのか」
「あんたの考えている以上になってるさ」
「まったく君たち人間というのは汚い畜生だね。人の情に漬け込むだなんて。しばらく考えさせてくれないか?せめて祭りが終わるまでには決めるからさ」
話は終わり、俺はガルシアスにベランダへ連れていかれた。ガルシアスはタバコに火をつけ、一服する。
「お前、タバコ吸うんだな」
「ああ、一日一本って決めてるんだ。育ち盛りのお前らには毒だから夜な夜な一人で吸ってるんだよ」
ガルシアスは天に向かって煙を蒸かす。副流煙が俺の鼻を刺激するがタールの匂いも何もしなかった。不思議だ。市販で売っていないものなのだろうか。
「俺を呼び出してなんの用だ?」
「気になってな。なぜお前は困っているという理由だけで会ったばかりの人を助けようとする。自分が死ぬかもしれないというリスクをはらんでいながらもなぜそんなに必死になれる?」
「俺はただ困っている人を助けたいだけだ」
「そんなのはお前の行動を見ていればわかるさ。俺はその感情に到るルーツを聞いているんだ」
ガルシアスは真っ直ぐに俺を見つめる。タバコを指に挟み、眉間に少し皺を寄せていた。
「聞かれてまずいことじゃないしいいか。俺は7歳ぐらいの時に家族も親しい人もみんな失ったんだ。ガルシアスはハティニ村を知っているか?」
「あの村は酒が美味かったからな。しかも遺跡が眠るという噂もあった。だから何度も行ったことがある。残念なことに全焼したらしいがな。まさか、お前ハティニ村出身なのか!?」
「ああ。生まれは別らしいが10歳ぐらいまではあの村に住んでいたんだ。だがあの村はイドチス帝国の残党兵に燃やされ、奴らに村の人たちは虐殺されたんだ」
昔、エルガルド王国とイドチス帝国の戦争があった。結果はエルガルド王国の勝利で幕を閉じたがイドチスの兵士たちは降伏せず今もどこかで潜伏しているらしい。
「育ててくれたばあちゃんがさ俺に逃げろって言ったんだ。頭の中では残党兵を全員倒すつもりでいたんだ。だが聞いたことがなかったばあちゃんの必至な声で頭がこんがらがって結局逃げちまったんだ。その後みんな殺された。ばあちゃんも親戚も友達も。俺はあの時ばあちゃんの言葉に逆らえなかった俺自身を今でも恨んでいるのさ。だからこそまだ救いのあるものに手を差し伸べたくなるんだ。まだ間に合うならこの両手で抱えきれないものだとしても守りたいんだ」
「すまんな、過去を語らせて」
「大丈夫さ、いつかは話さないといけないことだからな」
そういえばベルゼハード団長にも同じことを聞かれた気がする。あの人と出会わなければ俺は復讐に溺れここにいることは無かっただろう。あの人には返しきれない恩がある。
「俺は火に飲み込まれるお前の故郷を目にしていないがお前の判断もお祖母様の判断も間違っていないと思うぞ」
「え?」
「よし、聞きたいことは聞けたし今日は寝るか。お前も早く風呂はいって寝ろよ〜」
「それってどういうことだよ!」
俺はガルシアスの言った言葉の意味が理解できなかった。長い人生からの教訓なのかそれとも同情なのか。俺はガルシアスという男を理解出来ていなかった。




