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ARCADIA BLUES.  作者: 那樹聖一
ナギア編
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哀を抱く少女II

8年前。私がこの国を治めて3年目の時だった。その頃の私は魔学を防衛のために発展させていなかった。アルステルクス渓谷はゼルファストの中でも何故か多く魔石が手に入る場所でね。その魔石を掘り出し、新技術の発展ばかりに時間を割いていた。その頃はまだ魔王の仲もそこまで悪くなかったんだ。平和ボケしていたと言うべきかその時の私たちは戦争なんて起こるはずがないと決めつけていたんだ。


「生産量はどうなったの?」


「昨年の1.2倍の生産量になります。農家の皆様も大変喜んでいましたよ」


「結構。爺や報告ご苦労。次は採掘量の増加を目指そう。食料問題は何とかできた。ならば次に取り組むべきは資源問題だ。魔学の知識が着こうが形にしなければ意味が無い。今日にでも作業員たちと話がしたい」


「承知致しました。伝えておきましょう」


平和な日々が続いていたんだ。毎日研究に勤しむ日々。それだけで十分だったのかもしれない。


「そういえば爺や。最近家族の元へ帰れているのかい?」


「帰ってはいるのですが、ちょうど子どもは寝ている時でしてな。いつも家内に任せっきりです」


「それはまずいわよ。来週は休んで家族とすごしなさい」


「御意。それでしたら少しは片付けや身の回りの事をやれるようにしてくださいませ」


爺やはテーブルに並べた資料を片付け部屋を出る。扉を開けるとドタバタと走る足音が鳴り響き、真っ直ぐにこちらへ向かっていることを示唆していた。


「おーい、アロウ。国民から野菜貰ってきたぞー!」


「はあ、これで何回目だい?もうそろそろ瞬間冷却装置(仮)にも入り切らなくなってきたんだが。まあいい。もう一個増設しようか」


この時のルーはわんぱくな子でね。今みたいに邪気はなかったんだ。国民には可愛がられていたよ。人は失ってから物の価値を理解すると言うがその通りだね。私はこの時が一番大切だった。国民の絶え間ない努力と、その上に成り立つ魔学。ルーとの有意義な時間。全てが大切だったんだ。ルーと私が笑いあっている時だった。時は突然狂いだしたんだ。


「大変です! 敵国が……色欲の魔王が攻めてきました!」


「何!? 何故だ。国交は円滑に行っていたはず」


私の思考は数分止まってしまってね。戦場では数分の迷いは死を意味する。数分の間に攻め込まれたんだ。当時は軍事力に全く手をつけていなかった。だから圧倒的兵力の前に私たちは成すすべがなかった。ただ蹂躙されていく街。意味もなく殺されていく国民。攫われていく女たち。その光景を嘘だと思った。いいや、嘘だと思いたかった。もっと軍事力を強化していれば。もっとほかの魔王を警戒していれば。全てが後の祭りだったのさ。


「報告します。死者70。行方不明者40。行方不明者は全て女、子どもだそうです……」


「そうか。すまない、すまない……」


私はその場に膝を着く他なかった。私の失態、もっとこうすればというやるせなさ。私がもっとしっかりしていればこうはならなかった。


「アロウ、童は少し出かけてくる。こんな湿っぽいところにいるのは勘弁じゃ。」


そう言って彼女は出ていった。自分の武器を持った状態でね。



帰ってきた時は満月が顔を隠し、太陽が空に上がった時だった。彼女は血塗れの状態で帰ってきたんだ。


「アロウ、この国に孤児院を建ててくれ。資金は童が稼ぐ。頼む子どもたちのために帰る場所を作ってやってくれ」


赤く染った皮膚に涙のあとが見えた。一本の線ではなく、何度も流したあとがあった。


「わかった」


後にわかったことだが、ルーは潜伏していた敵を全て片付けたらしい。私の不甲斐なさのせいで友人に虐殺をさせてしまったのだ。せめて、彼女の思いだけでも叶えてあげたい。そう思った。




「これが孤児院の真実さ」


「攫われた人はどうなったんだ?」


「ルーに聞いた話によると夜にはもういなくなっていたらしい。どうやって運んだかは私にも分からない」

一晩で40人の人を運ぶなんてことはできるのか?この国の技術をもってすれば可能かもしれないが魔学を持たないと思われる色欲の魔王にそんなことが出来るのか?


「それからこの国の防衛技術は上がったということか」


「そうよ。二度とあの悲劇を繰り返さないためにも軍事に力を入れた。悔しいかな。軍事関係の装置を作る度に新しい発想が生まれてくる。認めたくないものだが、戦争は技術を発達させると言うが全くその通りさ。皮肉なものね」


どれだけ世のため人のために作ったとしても戦争の道具に成り下がる。技術者にとってどれほど悲しいものか。


「あんたは悪くない。あんたがやっていることはちゃんと国民が見ている。今日だって突き詰めた技術のおかげで国民を助けれたんだ」


「そうか。いや、そうだね。ありがとうゼフィス君。このことは君の口から言ってもらえるかな?あまりこのことを自分の口で話したくなくてね」


その言葉は重かった。自分の警戒不足、友に人を殺させてしまったという罪悪感。彼女は涙ひとつ流さなかった。いや、我慢しているのだ。


「もう、あの子が流す血はなくていいんだ」



俺はみんなに説明した。嘘を混じえず言ったことをありのままに。他の人ならば嘘を混じえただろう。この過去はあまりにも悲惨すぎる。だがこいつらなら受け入れられる。そう思えた。


「そんなことがあったんですね。ルーデルワイスさん、一人で抱え込んでいたんですよね」


「あの嬢さん、抱えているものの重みで壊れないといいんだがな。一日で40人もの人を運ぶってのはどういうことだ?トレーラーなら可能だがこの大陸にはLエネルギーがないし、扱う技術もないから不可能だろ」


「8年前ですか…… いえ、なんでもありません。もし、ルーデルワイスがいいと言えば私もお手伝いに行きたいですね」


ミホノの考え込む仕草が気になる。8年前になにかあったのだろうか?


「ミホノ、8年前何かあったのか?」


「いえ、ただちょうどその年に父に私が幼少期の時に姿を消した母が行方不明…いえ、死んだと言われまして。どこで死んだかは教えてくれませんでしたが」


確かに、ミホノの家にはカーヴェ以外人が見当たらなかった。母親の死が重なったわけか。だが、この国の戦争とミホノの母親の死が同じ年に起こるのは偶然なのか?


「とりあえず俺は明日、その潜伏していた場所を調べてみようと思う。ゼフィス、来てくれるか?」


「わかった」


謎が謎を呼ぶ状況だった。とりあえず調査は明日へ後回しにしよう。今日は色々ありすぎたせいか疲れてしまった。俺たちはそれぞれの寝室へ向かった。



道中俺はルーデルワイスに会った。彼女の目からは涙のあとはなく、いつも通りの態度を取っていた。


「おお、ルーちゃん。ここで会うとは奇遇ですね」


「お主にルーと親しげに言われる筋合いはないわ!で、なんじゃ?こんな夜更けに」


「いやさ、お前みたいな小さい子が戦わなくていい世の中にするにはどうすればいいか考えでいてね」


「この世はお主に変えられるほど柔くはないわ。まあ、お主が変えたとして童は首を掻き切るために武器を持つがのう。で、今更なんじゃ?」


「デンドロさんが子どもたちと戯れているのを見たからな。そう思ったのさ」


「変なところを訳すな!あの癒し……ごほん、あれを見られてしまったからには殺したいところだがアロウにぶん回されるのは勘弁じゃから聞かなかったことにしてやるわ」


彼女の手は未だに強く握りこまれたままだった。顔や感情には出していないだけでまだあのことを気にしているのだ。ガルシアスは壊れないといいのだがと言った。彼女はもう壊れかけているのだ。あの子どもたちが支えになって少しだけ踏ん張れているのだ。


「そっか。俺は明日早いからもう寝るわ。そういや、明日ティナとミホノがお前の手伝いをしたいと言っていたっけ」


「そうか。それは嬉しいがあの子たちの体力にどれだけ持つか楽しみじゃのう」


俺は彼女の笑みを見たあとにその場を去った。せめて、何も無い時だけは子どもたちと遊んでいる時の顔でいて欲しい。

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