Question
カンレーヌを出た俺たちはとりあえず街から離れるために馬車を走らせた。走らせてから4日が経ち、ティナの傷も少しづつ治ってきていた。気持ちも落ち着いたようで徐々に笑顔が戻ってきた。
「この後どこに行こうか?」
「ティファーナに行ってもいいですか?もしかしたら母を知る人がいるかもしれませんので」
多分ティナは自分の親について知りたいのだろう。自分を愛してくれた人が暮らした大陸へ行けば何か知れるかもしれない。そういうことだろうか。俺たちはティファーナ大陸に繋がる橋に向かうために手綱をしならせた。アヴァロンに聳え立つ世界樹が真横に見え、島の側面に掘られた12体の龍のうち4体の龍もはっきりと見えた。何世紀も前からあるとされているにもかかわらず、彫刻にはヒビが一切入っておらず、まるで昨日掘り終わりましたってほど綺麗に残っている。そしてアヴァロンに最も近い大陸周辺には魔石が生えており、それを採集しに来た研究者や商人がせっせと発掘作業をしていた。
「あの、なんであの島にはみんな行かないんですか?」
ティナは不思議そうに聞いた。
「行かないと言うよりかは行けないんだ。あそこに近づいても結界に邪魔されるんだ」
古代文献によると3つの結界に守られており、人間だけでなく、精霊も魔族も入ることができない。言葉通り前人未到なのだ。なぜ結界が貼られているのか、なぜ3枚もあるのか、あの彫刻はなんなのかなど、現代でも分からないことが多い。
「まあ、何かを守るためにあるんだろうな」
ガルシアスは目を輝かせていた。あの中には遺跡がある。それを読み解けば野望の実現に大きく近づける。そう思っているのだろう。海に浮かぶその島はガルシアスのロマンを滾らせていた。しばらく進むと馬車の渋滞が見えた。そこは端までまだ距離がある位置で普通は渋滞など起こらない場所だった。
「どうしたんですか?」
「風の噂なんだがテイファーナに行くための橋が壊れてしまってね。何者かによって斬られたあとがあるらしいんだがまだわかっていないんだ」
橋が壊れた?しかも斬られたって……橋は木製ではない。ちゃんとした鉄橋だ。それを斬るなんて人間業じゃない。まさかモンスター?だが何枚にも重なった鉄を切り落とすほどの生物はいるのだろうか。Lエネルギーで強化されているとしても強すぎる。
「どうする?このまま橋が直るのを待つか?」
「いや、橋を直すのに数ヶ月はかかるだろ。そんなに待ってはいつ宗教勢力が追いつくかわからん。ゼルファスト大陸から遠回りしてでも向かおう」
ガルシアスが提案をした。遠回りだが待っているよりかはいいかもしれない。だがゼルファストに向かうのもリスクがある。あの大陸の支配制度だ。とある7人の魔人によって支配されている。その7人を魔族内では魔王と呼び、一人の命令だけでもひとつの国が動く。つまり、混血だという情報を耳に入れられた瞬間乱戦になる。彼らは混血の命を使い、【儀式】を行う。人間みたいにただ殺すのではなく、混血の生き血や、命を媒体に魂を集めるらしい。ゼルファストは使い終わったLエネルギーだけでなく、3種族や、ほかの生命の魂が集まる。それを集めて儀式をするらしい。そしてあの大陸では階級制度がある。魔人は全て人型でありつつも、獣の体をしている【獣人】や、人に外見の近い【魔人】がいる。容姿が獣人に近いほど身分が低く、魔人に近いほど階級が高い。俺たちは獣人にとって嫌われる存在なのだ。魔力も持たず、生まれつき強靭な肉体や、爪を持たない下等生物がなぜ魔人に見た目が近いのか。そう思われているらしい。このふたつの点から行くのは危なのだ。
「危険はあるがこのまま待つのも危険だな。わかった。とりあえずゼルファストへ向かおう」
「私の幻式の力を使ってお姉ちゃんと私だけあちらに行ってますのであなた方は遠回りしてどうぞ」
ミホノは幻式にエネルギーパックを着け、飛び立つ用意をしていた。
「それはいいが自分の飯代は自分で払うんだぞ」
俺はにこやかに言った。確かにミホノであればすぐにあっち側へ到達するだろう。だが、途中でエネルギーが切れる可能性がある。
「ま、まああっちに行ったら行ったで危険かもですから。だからみんなで行きましょ?」
「私だけでも守りきれるのに」
ミホノは頬を膨らませ、ゆっくり息を吐いた。精霊たちの混血への扱いは俺にも分からない。彼らは基本差別などは表には出さないのだ。
「ま、行ってみるだけ行きますか」
幸いにもここからならゼルファストへ繋がる橋までは距離が変わらない。俺たちはゼルファスト大陸へと繋がる鉄橋へと向かった。俺は道中、ティファーナで芽生えた疑問を考えていた。『アダム』という存在だ。やはりLエネルギーの流出させた理由がわからない。俺は夢幻社員の誰かだと思っていた。その考えは今でも変わらない。だが、他企業の陰謀という考えが新たに生まれた。そう考えてみると課長が知らないこと、Lエネルギー流出に納得ができる。だが、あの報告書の存在が分からない。なぜまとめる必要があるのか。この疑問が頭の中をむちゃくちゃにする。
「ガルシアス、アダムってなんなんだろうな」
「あの後調べてみたんだが、アダムはこの世で初めて生まれた人間だそうだ。ある意味、俺たちにとっては御先祖みたいな存在だろうよ」
さらにわからなくなってきた。ティナの話じゃ人間のモンスターもいたみたいだ。様々な動物にLエネルギーを投与していたのはデータ収集のためなのか?考えても分からないことだらけだ。今はゼルファストに行くことだけを考えよう。途中、俺たちはゼルファストへ行く商人たちが立ち寄るリッガル村という場所へ行った。この村はゼルファストへ向かうための中継地点として使われている。俺たちは休息と情報収集のためにここへ立ち寄ったのだ。情報収集の結果アダムのことを知る人はいなかったが、鉄橋を斬った者の話を入手した。このような事件は最近起き始めたらしく、鉄橋の他にも時計塔やビルが斬られたらしい。しかもここ近辺のものばかりだった。ある人が言うには月初めで毎度毎度斬られるらしい。
「うーむ、わからんな。斬ったやつを存在Xと呼称しよう。存在Xの剣技はゼフィス以上のもので鉄橋や時計塔を切るほどの刀身の長さがある。謎すぎるだろおい……」
「そもそも人間なんでしょうか?」
ミホノはガルシアスの言葉に疑問を持った。確かに自然界にはカマキリのように剣ではないが斬るものを持つ生物はいる。だがなぜ中旬にいつも建造物が斬られる?モンスターに知能があるとは思えない。課長の言い分が正しければ最近起こっているのだ。数ヶ月で知能が着くとは思えない。
「考えても仕方ない。今日はもう寝るぞ」
俺は立て続けに起こる事件が頭を混乱させてなかなか寝付けなかった。そしてこの先に待ち構える不安と怪しげに俺を照らす半月がさらに目を覚まさせるのだった。




