業
俺たちは夢幻の応接室へ案内された。ティナは独房に連行され、離れ離れになってしまった。
「ティナが混血?何をおっしゃる。そんなはずないでしょう」
俺は震える口を噛み締めながらハッタリをかける。なぜバレた?彼女が彼らの前で魔法を使ったことは一度もないはずだ。
「こんなものが我社に届きましてねぇ」
夢幻の課長は四角い機械を取り出す。機械のボタンを押すとティナとミホノの声が聞こえてきた。おそらく二手に別れた時の音声記録だろう。なぜそんなものが残っている?記録するものなんて無かったはずだ。まさかミホノが裏切った?だが二人の連携は本物だった。ならばどうやって?
「あなたたちは操られていたのです。この悪魔にね。さあ、あとは私たちに任せてください。処刑の際は最前列で見ていただきますから」
課長はにこやかに話す。俺の心はその一言で疑問から怒りへ変わった。俺たちが操られていただと?ふざけるんじゃない!俺は彼女を守るために旅をしてきた。ガルシアスだってこの世の中を変えるために旅に同行したんだ。それを操られたの一言で済ませるんじゃない!
「ふざけるな……ふざけるな!」
俺は課長に向かって殴り掛かる。それをガルシアスが両手を掴み押さえつけた。
「抑えろ。ここでいざこざを起こしては意味がないだろ。課長さん、その時は頼む」
「離せ! 俺はこいつを!こいつを殴らなきゃ気が踏ますまねぇ!」
俺は押さえつけられたままミホノの家に連れていかれた。
「クソ!」
俺は壁を思い切り殴る。痛い。壁が壊れるわけでもなくただ拳を痛めただけだった。
「おい、家が壊れるだろうが」
カーヴェは冷静に俺の頬を叩く。この怒りをどこぶつければいい。守ると約束した。だがこの約束は潰えてしまった。
「一つ言うが俺の娘は裏切ってねぇからな。多分、ツインターボか、髪飾りだろうよ」
俺はミホノの髪飾りを調べた。多分アンテナのような形は、試験データの送信が目的だったんだろう。それが今回の作戦では盗聴に使われたわけだ。髪飾りをばらすと、やはり基盤が埋め込まれていた。
「ミホノすまん、疑ってしまって」
「いいえ、私を疑うのは無理ありません。あなたと会ってまだ浅いですし、夢幻社員ですから」
顔に影を浮かべた。自分のせいでミホノが捕まってしまったと思っているのだろうか。
「で、これからだがどうする?」
「まずは救出最優先に決まっているだろ。そこから先は知らん」
奴らの首を物理的に切り落としてやりたいとも思っているほどに苛立っている。ティナは彼らを救ったと言えるはずだ。俺たちと発電所を止めた。奴らは自分たちの敵を探しているように思えた。
「Butterflyがない以上、彼女の魔力が暴走しかねんな。まずはButterflyの奪還が最優先だな。っておい、ゼフィス! お前、剣持ってどこに行くつもりだ!」
「決まってんだろ。俺一人でもティルナシアを救いに行く」
作戦を立てている暇なんてない。今すぐに救いに行かなくちゃ。俺は彼女を守ると約束したんだ。バーン!
「まずは君が落ち着け」
俺の眉間をかするようにガルシアスは発砲した。痛い。掠れただけだが耳と髪で風を感じ、掠れたこめかみの部分からは血が流れた。
「安心しろゴム弾だ。落ち着いていない証拠だ。落ち着いたお前なら余裕で避けられるはずだ。俺だってな今すぐ救いに行きたいさ。だが今はダメだ。必要なものが揃っていない。だから時を待て」
冷静だった。何をすべきか見失っていた俺を引き戻してくれたのだ。痛みはまだ残っていた。戻すためとはいえ一歩間違えたら死ぬようなことするんじゃないよ。
「ありがとうと言いたいが、せめてビンタにしてくれないか?」
「考えとく」
俺たちはティルナシア奪還作戦について話し合った。いつ行うか、何が必要になるのかなど今できることを精一杯話し合った。
「Butterflyの奪還だがミホノ、君に任せたい」
「ええ、私も一緒に戦います。ですが、その前にお父さん。話があります」
ミホノはカーヴェを真剣に見つめた。俺は大体は察しがついていた。
「お父さん、私はこの作戦に参加します。けど、そうするとあなたに迷惑をかけてしまう。ごめんなさい」
俺たちの肩を持つということは彼らで言うところの悪魔に与するということだ。そうすれば親であるカーヴェは追われる身になるだろう。ミホノも追われる身になるため旅にてなくてはいけない。
「そうか、わかった。可愛い一人娘のためだ。珍しい娘のわがままを聞かない親なんていないさ。大丈夫ミホノ、君の好きなようにしなさい」
カーヴェは全てを悟ったように語りかけた。 その目は我が子の巣立ちを見守る親の目だった。わがままを聞いては自分の身が危険になってしまう。だがそんなことはどうでもいい。自分の娘が覚悟を決めたことを曲げられない。そう思っているのだろう。永遠の別れになるとしても。
「ガルシアスさん、娘を頼みます」
「ああ、この身に変えても守ってみせます。私の友人にあなたを匿うように文を書いておきます。安心してください」
安心に満ちた顔だった。俺はガルシアスに対する気持ちが少し変わった。謎が多く、信じられないのはまだ変わらない。だがこの男は優しい。心の縁でそう思えた。結局、作戦は処刑決行日に決まった。人が集まっているところを煙幕や爆竹で撹乱、その隙にミホノが幻式で空から救助を行う。それが終わるまでは俺が暴れまわり、気を引き続ける。怒りが溜まっている以上、願ってもないチャンスだ。精一杯暴れまくって彼らの言う悪魔になってやろう。
「じゃあミホノは早速明日から頼む。」
ミホノは笑みを浮かべながら頷く。
「同僚を撃つかもしれない。それでもいいのか?」
「ええ、構いません。これはお姉ちゃんにも話した事ですが私の友を嫌う者に興味はありません。害するものには死あるのみですから」
そんな約束をしてたのか君たち。その言葉を聞いてかカーヴェは大声で笑う。
「ははは! まさかミホノがこんなことを言うとはな。初めてだよ、他人にこうも入れ込むのは。昔から無愛想で他人に興味を示さない子でね。それだけ君たちを信頼しているってことだ」
信頼か。その言葉を聞いた俺は少し嬉しくなった。ティルナシアが混血だとしても一人の人として、友として見てくれる人はいるのだ。ならばその人たちを大切にしなきゃいけない。これから先彼女の生きる世界を作る為に。
「ミホノ、少し早いけどこれを渡そう」
カーヴェは2本の短剣を渡す。その剣は短剣よりも少し長く、取り回しの良さそうな剣だった。
「これはお前の誕生日にプレゼントしようと思ってた剣だ。大事に使ってくれ」
おそらく空からの急降下の時足技だけでは心もとないと思ったからだろう。いや、この考えは戦闘向きの考えか。彼の考えは剣はその人の命を守り預かるもの。だからこそカーヴェという、この街随一の職人が作った剣を持たせたかったのだろう。1人の鍛冶師として。1人の父として。
「ありがとうございます。お父さん。大事にします」
ミホノの目には涙が溢れていた。父との別れが寂しいのだろう。彼女を巻き込んでしまったのは心が痛む。だが彼女も覚悟を決めているんだ。そんな気持ちを持ってしまっては彼女に失礼だな。
「俺も覚悟が決まったよ。必ずティルナシアを救出する。それが世界を敵に回すことだとしても知ったものか!そんな正義ぶち壊してやる。一人の少女が笑顔になれない世界なんてぶち壊してやる!」
俺は固く誓った。もう迷わない。そう誓った。