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第97話 四天王VS三騎士



 少し遡り、ここは真魔王城、第一階層。


 バーガーとギアを送り出した勇者パーティ+αと対峙するは真九大天王たちだ。順に真九大天王たちを見ていく。一体目は改造魔人、人型をしたティラノサウルスの化石がそのまま動いているような魔人、化石魔人『カセキくん』だ。二体目はこれまた改造魔人だ、イズクンゾに瀕死のところを拾われ傘下に下った棘魔人『ニードルハック』。三体目も改造魔人、細胞から培養されたボディにイズクンゾの死の力により魂を呼び戻された、カッパーでラッパーなリッパーがワッパーだ。


 カセキくんが声を上げた。


「俺はカセキくんだ、一万年前は神クラス最上位として君臨していたが、今じゃ骨だけになってこのザマだ」


 骨のことならとホネルトンがと前に出る。


旧支配者(グレードオールドワン)の一柱でございますね。どうか、どうかお静まりください」

「そうもいかんのだ、俺はパロムに支配されている。お前たちを殺すまで止まらないぞ」


 エリノアはニードルハックを見ていた。


「お前見たことあるにゃ」

「俺はニードルハックだ」

「ああー、にゃんか棘増えてにゃい?」

「俺は貴様らにやられて、イズクンゾ様に拾われた、そしてパロム様に改造していただき、強力な肉体を手に入れた」

「たしかに、前とは比べ物ににゃらにゃいほどの魔力を感じる、けど」

「『けど』なんだ?」

「前の方が『尖ってた』にゃ」

「ぬかせ、この力でかつて勝てなかった貴様らを殺すことが出来る、俺は強くなった!」

「にゃんか言い聞かせてるようにも聞こえるよ、ミーの親父に唆されたんだにゃ」

「うるさい!」


 エリノアがニードルハックを煽っている横で、ジゼルはワッパーを睨みつけていた。その目には深淵の炎が宿っている。


「なぜ存在している」

「ワッパーがなんで生きているか知りたいのかッパー?」


 ワッパーはその心理状態を表すかのように軽やかなブレイクダンスを踊りながら答える。


「あの時たしかにお前に殺されたっパー! でも魔王様はパロム製バイオボディに魂を入れてくれたんだっパー!」

「お前はネスに仕えていなかったか?」

「OUとも! しかしワッパーは『魔王』というブランドに従うっパー!! 最強である『魔王』にこそ仕える価値があるっパー!」

「そうか」


 ジゼルはマイクを構えた。


「殺し足りないと思っていた」

「パッー!!」


 ワッパーはさらに距離をとる。


「ワッパーはそもそも後衛だッパー! カセキくんとニードルハック! お前たちが前衛やれっパー!」

「若造が指図するな」

「好きにやらさせてもらう」


 カセキくんとニードルハックは走り出した。


「パッー! まあ連携なんてなくても蹂躙できるっパー!」


 勇者軍はディザスターが前に出る。カセキくんが迫る。


「私が盾となる」

「愚か者めが、俺の攻撃は受けるな、躱せ! 『太古の一撃』!!」


 カセキくんの突き上げる頭突きがディザスターを吹っ飛ばした。


「ぐは!?」

「んん? 硬いな、操られてこそいる俺だが多少はわくわくしてきたぞ」

「今の一撃は惑星の硬度を持つ私にも響く一撃だ」

「はっ! 星を滅ぼせなくて何が神か、お前たちが挑むはそういう存在ぞ」

「操られているのにその力は健在ですな」


 ホネルトンが背後に立っていた。


「死者なら、私の骸骨魔法(スケルトンマジック)で上書きできますよ」

「やめておけ」


 仕掛けたホネルトンが苦しみ出した。


「ぐ!?」

「言ったであろう、俺は操作されていると、邪術に乗っ取られるぞ」

稲妻鞭(サンダーウィップ)


 雷属性魔力で生成された鞭がホネルトンの腰に巻きつきホネルトンを引き剥がした。


「ジゼル、助かりました」


 ワッパーが叫んだ。


「やっぱり要はやつだyo! ジゼルから殺すっパー!」

「あの星のヤツのほうが硬くて面白いぞ」

「そうだ、俺も好きにさせてもらう、そんなに言うのならお前がやればいいだろう」

「それもそうだっパー!」


 ワッパーが前に出る。


「やれやれ、やっと後衛になれると思っていたんだけどなッパー」


 ラジカセ型魔道具を構える。


「ワッパーを以前のワッパーと思わないことっパー!」

「何度でも殺してやる」


 ジゼルもズンズンと前衛へと移動した。エリノアが慌てた素振りを見せた。


「ジゼル! にゃにしてる下がるんだよ! こっちは別に後ろでもいいんだよ!?」

「気持ちでも負けるわけにはいかない。やつが前衛を張るなら。私だって前衛を張る」

「……わかったよ、ミーも手伝いたいけど、あれ片付けたあとでね!」


 エリノアのいた場所に棘が刺さった。ニードルハックの不意打ちだ。


「はにゃしてる途中にゃのに!」

「構うものか、貴様から吸収してやる」


 ニードルハックの全身に生えている棘が意志を持ったように動いている。


「みんにゃ! あの棘に刺されると支配されるよ! でも気をつけてれば大したことにゃいよ!」

「あの時の脆弱な俺ではないッ!」


 ニードルハックが棘を全体に飛ばした。発射された棘は床、壁、天井に刺さる、それだけではない、今回は空中にもまるで刺さったかのように停止した。


「にゃんだこれは!?」

「『空間支配』!!」


 空間がぐにゃりと歪みだした。


「空間に刺してるのかにゃ」

「俺の棘は周囲の魔力すら支配するレベルに達した」


 刺さった棘からさらに棘が生える。急成長する植物のようだ。


「このままこの城を棘の城にしてくれる」

「やっぱりこいつ、自分が一番ににゃりたいんだにゃ! 猫又(ダブルテイル)モード!」


 エリノアの体から漆黒線状魔力が溢れ出す。本来の赤い魔力と螺旋状に絡まる。尻尾が2つになる。エリノアの戦闘態勢だ。それをみたニードルハックが苛立ちを露にする。


「それだ、その魔力だ! イズクンゾ様の魔力を持つ貴様を吸収して俺はさらなる力を手に入れる!」

「他者から奪うことしか脳のにゃい雑魚(おまえ)にイズクンゾを超えることにゃんて出来にゃいよ! それだけだったらミーたちはこんにゃに苦戦してにゃい!」


 ニードルハックは青筋を立てたが無視して棘を成長させる。聖騎士たちとギア精鋭部隊が棘の除去を試みるも成長スピードの方が遥かに上だ。このまま棘が増え続ければ倍々の速度で星を埋め尽くすだろう。


「やばいよ! このままだと本当に棘の城どころか棘の星ににゃっちゃう! ここで止めにゃきゃ!」 

海化(シーコンバージョン)!」


 津波が押し寄せ、棘を飲み込んでいく。この魔法は海乙女(シーガール)のものだ。


海魔法(シーマジック)で棘を抑える!」


 ニードルハックが棘の上に飛び移る。


「俺の棘の発育が悪い……この塩水……聖属性も含まれているのか」


 聖騎士たちの防具は魔道具(マジックアイテム)であり、水中でも呼吸ができるうえに、地上と同じ動きができる。ギア精鋭部隊のいる辺りの海水は性質が違うのか、聖属性が付与されていないようだ。それに水中で動くすべは研修済みだ。頑張れば肉体改造でエラ呼吸もできるだろう、そんな気迫さえ感じられる。


「ワッパッパッパッパッパー!! これだけの水があればワッパーは無敵だっパー!」

「おい、この塩水は聖属性だ、お前だって無事では済まないぞ」

「なにを情けないことを言ってるッパー! それでも真九大天王かッパー?」


 ワッパーがダイブした。そして溶けた。ジゼルが声を上げる。


「不味い! 水を引き下げろ!」

「遅いッパー!」


 海中にいる海乙女(シーガール)の体が切り裂かれる。


「グワッパッパッパッパー!! ワッパーは水使いだッパー! いくら聖水と言えど、今のワッパーなら水と融合することなんて容易いっパー! ワッパーこそ最強の水使いだっパー!」


 聖騎士とギア精鋭部隊も引き裂かれる。そして巻き込んだまま海水は巨大なワッパーになる。


「ほらほらこれで殴れまいっパー! ほっといても殺すっパー!」


 ワッパーが歪んだ笑みを見せる。


「その手で殺すか、見殺しにするか、どちらか好きな方を選ぶっパー!」


 海水がワッパーに持っていかれたことで、ニードルハックの棘がまた成長を開始する。ワッパーの体積は増え続け、カセキくんは暴れ回っている。ジゼルが俯く。


「諦めたっパー? 殺しやすくて楽ちんっパーねぇ!!」


 海水が鋭利な刃物となりジゼルを襲う。


「これで希望は潰えるっパー!」

「ジゼル!!」


 エリノアの位置ではダメだ離れすぎている、ジゼルを助けられない。刃先がジゼルにーー






 ガキン! と弾かれた。ジゼルが腕で払ったのだ。


「ワッパ!?」


 ジゼルからさらなる魔力が放たれる。


「な、なぜだっパー、その魔力はなんだっパー!?」

「命を全てここで使い果たす覚悟を決めた。この先。作り出されるはずだった魔力を今日全て前借りする」

「なっ!? そんなことをすれば、勝っても負けてもこの戦いが終われば死ぬっパー!? バカっパー!? そもそもそんなこと出来るわけないッパー!!」

「知った。ことか!」


 ジゼルから溢れんばかりの魔力が出る。そして同時に全身から血が滲む。エリノアが叫んだ。


「ジゼル!! やめるんだ!!」

「エリー。ごめん」


 ジゼルの体に星をモチーフにした気合武装が生成される。魔力で強引に未来をこじ開け、鍛え上げた先で得るはずだった気合武装すら前借りしたのだ。


「気合武装『星雲装甲』!!」


「か、カッパッパ!! どれだけ強くなろうと、今のワッパーの敵ではないッパー!」

拡散(ディフュージョン)

「パァ!?」


 囚われたものたちの周囲の魔力がなくなりただの水になる。穴が空いたようにそこから水がこぼれる。すかさずジゼルは魔法を重ねる。


障壁泡(バリアバブル)


 一人一人に水属性の強固なバリアーが張られる。これでワッパーも迂闊に手出し出来なくなった。


 カセキくんが飛んできた。


「お前いいな!」

「カセキ野郎。すっかり戦いを楽しんでいるな」

「お前みたいな明日のことどころか数刻先のことすら考えない奴は大好きだぞ!」


 ジゼルとエリノアは目配せする。言葉はなくとも思いは確かに伝わった。


「孫に先立たれるわけにはいかんな」


 ルフレオが間に入る。


「止めても聞かない頑固なところなんてばぁさんによく似ておる。血の繋がりなんてないのに不思議じゃのぉ」


 ジゼルは吐血しながら黙って見ている。


「止めぬし、ワシも行く、これだけは譲れんぞ」

「まさかあれを?」

「一世一代の大魔法じゃ! 一緒にやってくれるかの?」

「OK。デュオしようぜ」

「うむ、まったくよい孫をもったわい。ワシは幸せもんじゃ!」

「何をしようとしているんだッパー? いまさら凡人が頑張ったところで勝ち目はないっパー!」

世界を滅ぼす星殺し(ドワールメッツゴロスター)……」

「ワッパ!?」


 ワッパー、ニードルハック、カセキくんの視線がルフレオに注がれる。カセキくんが叫んだ。


「あの魔法は絶滅魔法(イクスティンクションマジック)だ! 俺たちの時代に猛威を奮った失われた魔法(ロストマジック)だ!」


 かなり焦っている様子だ。


「そんなものをなぜあの老耄が知ってるッパー!?」

「ええい! そんなことはどうでもいい!! 失われた魔法(ロストマジック)は短く加工される前に消えた魔法だ、だから詠唱に時間が掛かるものが多い、まだ間に合う、老人! お前もやめろ! 世界を滅ぼすつもりか!」


 ルフレオは鋭い目つきのまま口角を僅かにあげるが詠唱を辞めることはない。


「|幾百万の太陽を沈め黒煙の夜よ来たれ(オンミリフォルサンスモブラカムナイ)……」


 ルフレオの詠唱は続く。ニードルハックは手からミサイルのように棘を飛ばした。それでもルフレオは動かない。


彗星拳(シューティングスターパンチ)


 超高速移動するジゼルが棘を粉微塵に粉砕する。


「まだだ!」


 砕けた棘が空間に留まりそこからさらに棘を生やす。この空間は強者の魔力で溢れているうえに、元々が強大なパワースポットなのだ、それほどの高濃度の魔力で満ちている空間から魔力を吸い取り、棘はさらに急成長する。


自動装填(ブローバック)!」


 連続で彗星拳(シューティングスターパンチ)を繰り出す。発射した時の反動を利用してすぐに次の攻撃に繋げる。移動もこの力を利用する。


「何が起きるかわからんっパー! 詠唱を止めさせるッパー!!」


 ルフレオの詠唱はとてもゆっくりだ、一つのワードを唱える度にルフレオの体から膨大な魔力が放出されていく。ワード一つで魔導書一冊分に匹敵する。カセキくんが突撃した。ディザスターが盾になる。


「ぐぅ!!」

「ガアア!!」


 ディザスターに噛みつき空中できりもみ回転。


恐竜斬(ダイナソーエッジ)!!」


 鋭い爪で叩きつけられ、そこに鋭い歯が振り下ろされる。魔力衝突で激しく電流が発生する。


「ぐうううう!!」

恐竜翼撃(ダイテラドン)!!」


 骨の翼が生えて、ディザスターを何度も切りつける。

 そして再び噛みつき無造作に天井に叩きつけた。


超重力(スーパーグラビティ)!!」

「効かぬわ!」


 頭突きだ、さらに尻尾ではじき飛ばした。


「これで数十秒は硬いのは戻れんぞ! これでいいのか!! 人類!!」


 同時にワッパーがその水の巨体でルフレオを飲み込もうとする。


「海水に溺れさせれば詠唱は止まるっパー!」


 聖騎士とギア精鋭部隊が盾を張る。超防御態勢だ。魔力で隙間も埋めている。大津波のごときワッパーが激突する。普通の水とは違い、ワッパーの体の中で激しく渦巻いている。それはチャリオットのように激しく進み貫こうとする。


「そんなもので止められるかッパー!」

「ルック!」

「グワッパ!」


 ジゼルがニードルハックの棘を撃ち落としながらもワッパーに向けて強制集中魔法を掛ける。ジゼルに釘付けだ。


「あんのガキャァ!!」

「ジゼルにゃいす!」


 エリノアがワッパーの首元に到達する。


「なッパ!!」

「魔爪!」


 エリノアの爪が赤黒く巨大化する。ワッパーの首を引き裂いた。動脈をさかれたように海水が溢れ出る。


「ごぼぼーー!!」

「みんにゃ! ふんばれ!」

「ごぼごぼ! 乱光線(ミダレーザー)!!」


 ワッパーの体から、サーチライトのようにランダムにレーザ光線が放たれる。体内で光に魔力を混ぜて屈折させて照射しているのだ。しかし水使いのワッパーにとって光属性は得意とは言えない。ゆえにランダム、だが周りには敵しかいないのでそれでも十分に使えるのだ。ワッパーは止まらない。


「さらにかますぜイートイン! お前は疲れてベッドイン! 毒雨(アシッドレイン)!」


 雨粒とは言えないこぶし大の毒液の玉がボトボトと空から落ちてくる。密度はそこまででは無いがじっとしていればものの数分で毒に侵され死ぬだろう。


「飽和攻撃か!」

「GO! ME! I! SA! TU!」


 真九大天王たちの苛烈な攻撃は続く。それでもルフレオの詠唱が成功すれば活路はある。だが。


「かっ……はっ……!」


 ルフレオが膝をついた。


「おじぃちゃん!?」


 両手を地面について激しい息切れを起こしている。その顔は青ざめ、生気がない。


『あっはははははは!!』


 パロムアナウンスだ。


『寿命の前借りってのはさ、前借りする寿命がなきゃ使えないよねー。それとも踏み倒そうとしてたのかい? 意外と小悪党なんだね、あはは! 命を無駄にしたね!』

「パロム!」

『そろそろ終わりにしよう、えい!』


 カセキくん、ニードルハック、ワッパーの魔力が増大していく。


「何をした!」


『ふふ、ここはボクが新設した魔王城だよ? この施設は周囲の魔力を吸収する力がある。それは施設の維持なんかに使われるんだけど今のところ結構余っててね。余剰分の莫大な魔力をこの塔の中にいる者に任意で供給しているのさ』


「ワッパッパ! さらに漲るっパ!」


 ワッパーの体が凄まじいビルドアップを見せる。ニードルハックの棘もバキバキと音を立てて生え、さらに太く長くなる。カセキくんは見た目の変化はない。


『上も外もここも、全部ボクらの勝ちだね』


 ジゼルたちは隊列を組み直す。


『いいねぇその目、そそるよ。もはやそれは欠陥だよ、こと切れる最期まで暴れる獰猛な獣のそれさ。ま、ここは別に欲しいものはないからサクッと済ませちゃってよ』


「KA! SHI! KO! MA! RI!」


 ワッパーの怒涛の津波、ニードルハックの棘の大砲、カセキくんのタックル。一斉攻撃が迫る。






























 轟音が静まり、周囲が静寂に包まれた。


















「よく耐えたな」


 月白の光が辺りを包み込んでいた。それが今の凶悪な攻撃からジゼルたちを守ったのだ。そこにいたのは妙齢の婦人だった。しかし放つ魔力、その凛とした立ち振る舞いから、彼女を知るものはみなその名を口にした。


「クゥ様……」


 そこには呪いの解けたクゥと、その執事スタンがいた。


『まさか……!? ボクの呪いが解けたというのか!?』


 クゥはパロムに胎児化の呪いを掛けられ、それに抗い少女に若返ってしまっていた。


「ふ、先刻、スカリーチェの気合武装が発動して世界は黒白になった、魔法も技能(スキル)も使用不可になった、そして再び世界に色が戻ったときだ。呪いが緩んだのだ」

『そんな僅かな緩みで呪いが解けるはずない!』

「解けるのだよ、『我々』は人類最高峰」


 スタン・フロードが膝をついて剣を差し出す。それを無言で取る。月の光を放つ月白の剣だ。


「待たせたなお前たち! これより私たち三騎士が指揮を執る!」












____________________________________________________________













 漆黒タワー前、シチューが圧倒的な力を見せる中、一人の大男が現れた。シチューとサガオの間に割って入ったのはーー


「グレイブ……様?」


 サガオがポツリと呟いた。そしてハッとする。


「グレイブ様!!」

「そうだ、グレイブ・ホーリーガーデンだ」


 その声色に違和感を覚える。怒鳴らない、グレイブは無心の呪いにより怒りだけが残った状態だったはず、会話もままならないほどに始終怒鳴り散らすはずだ。


「呪いが解けたのですか!?」

「ああ、完全に跳ね除けた」


 サガオは知らない、平常時のグレイブを、今のグレイブからは怒りは感じられない。それどころか前のような怒気がないため少し小さくさえ見える。


「気をつけてください! あれは魔獣チワワです!」

「ああ、知っている」


 グツグツと音がした。なんの音か理解した。


「こんな生物いていいはずがない」


 感情を取り戻し、自身の感情を完全に制御出来るようになったグレイブは静かにキレていた。それは呪い時のような暴走する溢れ出す怒りではない。これは静かなる怒気。熱いのに冷たい。たしかな人間の感情だ。


「お前が三騎士? 王国の誇る最強の騎士の一人? おかしい、魔力がほとんど感じられない、その程度の魔力ではあまりに称号と不釣り合いだ」


 シチューの言うことも頷ける。グレイブの魔力は煮立っているが、お世辞にも高いとは言えない。


「グレイブ様、まさかここに来るまでに我者様の神軍と戦闘を!?」


 まさか疲弊しているのか、サガオの心配を他所にグレイブはシチューの方を向いたまま言った。


「今からサガオは『防御』に専念しろ、それも逃走も含めた全力のものだ」

「そんな! 俺も加勢します!」

「これは命令だ、さもなくば死ぬぞ」


 サガオはゾッとした。死線が広がっていく。感じた瞬間からサガオは全速力でその場を離れていく。


「おにぃちゃん!?」

「ヒマリ、俺たちではあそこの戦いは無理だ、これはネガティブ思考から来るものでは無い、物理的にそういう次元になる、いくら魔法耐性のあるこのボディだとて、グレイブ様の怒りの前では無に等しい」

「おにぃちゃんの色んなメーターを見てるけどそんなに魔力は多くないような気がするけど」

「それこそが勘違いなのだ、あの方の魔力はーー」




「いったか、そろそろいいな」

「何をもったいぶっている、人間風情が」

「……ぇ」

「は?」

「うるせえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!!!!!!!!!!!!!」

「!?」


 爆発のように魔力が放たれる。秘められた魔力がこれでもかと周囲を燃やし尽くす。作ったクレーターをさらに焼く。


「それほどの魔力をうちに秘めていたのか?」


 そしてその魔力がまたしても消える。否!


「違うこれは魔力を超圧縮している」

紅蓮咆哮(グレンシャウト)!!!!!」


 熱線を受けてシチューが吹き飛ぶ。


「ギギ、これしきのことで私を滅ぼせると」


 シチューは魔力変換していた質量の一部を解放する。体積はそのままだがズンと地面を陥没させ、着地する。


「すでに熱耐性は獲得済みだ、お前がどれほど怒ろうが無駄だ」


 ガキン。


「なんぞや」


 シチューの前足が凍りついた。


「なぜ凍る。いまの魔法は熱魔法だ、が」


 バキバキと凍りついていく。


「熱の性質を持つ冷気? なんぞやこれは」


 グレイブの静かなる怒りは熱を放ちつつも正反対の冷気をも放つ。感情を取り戻したことにより。グレイブの魔法は完全に復活した。攻撃的な魔法だけでなく様々な魔法を使うことができる。


「なるほどどちらかに耐性を振ればもう一つを受けるか、普通の魔人ならば容易に滅ぼされていただろう」


 シチューの身体から魔力が溢れる。冷気耐性も持っているのだ。


「だが所詮は人の技。私にはなんてことはない」

「気合武装! 『紅蓮装甲』!!」


 ズンズンとシチューに歩み寄りながら気合武装を纏う。拳を振りかぶる。


「話にならん奴はつまらない、魔王様より預かった魔王砲を使い蹴散らしてーーヴビビビビビ!!?」


 シチューの全身が痙攣する。今度は雷属性の魔力攻撃だ、筋肉が引き絞られるようにブルブルと震えている。しかしそれもすぐに増大する魔力によって収まる。


「これは雷属性の魔力、炎、氷、雷、3つの魔力を同時に使えるのか」


 ガギン! とグレイブがシチューを殴りつけた。


「雷を纏った拳で殴る、か。単純だがゆえに強力だ、耐性がなければ痺れて一方的に殴られていただろう、しかしこのシチューには効かない」


 グレイブがシチューを掴みあげた。振り子のように振り下ろされる突風がシチューを襲う。シチューの目がグリンと見開かれみえにくい風魔法を視認する。


「風属性か、随分と精霊に媚を売ったようだな」


 直撃するも無傷だ。


「虚しいがこれも無駄だ、風魔法は見えにくく制空権を得られる以外でそこまで強みはない、ちなみに風魔法耐性も斬撃耐性も私には備わっている。こうしてーー」


 グレイブが握る手を強める、シチューは無理やり抜け出す。


「無駄だと言っている、圧力耐性も獲得済みだ、猿め」


 グレイブの手に紅蓮聖剣(グレンソード)が魔力生成される。渦巻く魔力にシチューは顔を顰めた。


「これは全属性が混じっている」


 感情を取り戻したグレイブは、

 爆炎のごとき怒りを燃やし

 冷気のごとき殺意を放ち、

 稲妻のごとき歓喜し、

 大嵐のごとき大笑いし、

 大地のごとき真心を持ち、

 残酷な闇を抱え、

 それでもなお聖なる光をその身に宿していた。


 それこそが人なのだと、喜怒哀楽、全てが合わさり人であると、闇を知っているからそこの光だと、そのサイクルをグレイブという人物はこよなく愛していた。ゆえに怒る。外なる敵がいる限り、人々の尊厳を脅かさんと迫る敵を絶対に許さない。正しく彼こそが聖騎士の在り方そのものなのだ。


「|全身全霊全属性全力斬り(フルエレメントフルスイングフルバースト)!!!!」


 回避することも出来たがシチューは後学のため受ける選択肢を選んだ。全属性を内包する魔法。シチューもそれなりに興味があったのだ。シチューは万全を期すために、魔力変換していた質量の一部をさらに開放。再生魔法を体内で常時発動(パッシブスキル)に設定する。念の為心臓を100個増設。各属性への耐性も五重に施す。万が一がないように、確実に耐えられるように。全ての属性が合わさっている。それは異常なことであった。炎と氷、光と闇といったように反発する魔力を持つものはそれなりにいるしかし同時に出してぶつけたりしたら暴発する。それがあんなにも眩しく一直線にくる。素直に好奇心が勝ったのだ。好奇心は猫を殺すが、殺せるのはせいぜい猫までなのだ。化物のシチューには該当しない。


 直撃する。


 シチューは痛覚を無くしているため痛みは感じない。浄化痛耐性も先程身につけた。何トンもあるシチューの体が軽々と浮いた。


重力魔法(グラビティマジック)の応用か、周囲ごと無重力にして浮かせているな」


 重力魔法(グラビティマジック)は大地からの祝福と、さらに深い理解がなければ使うことは出来ない。光柱が立つ。それは磔台のような十字になる。シチューはその十字の中心まで持ち上げられた。


「うぅむ、もはや私の魔力耐性は聖属性にも及んでいる、鬱陶しいだけだ」


 シチューはこれまでに多種多様な魔法攻撃を受けてきた。それら全てがその身に記憶されていて、いつでも引き出すことが出来る。魔法攻撃に対して絶対的な耐性を持つと言っていいだろう。グレイブは空中に魔力を固めてシチューと同じ高さまで上がった。


「今度はどんな芸を見せてくれるんだ? 人間」

「ふん!」


 グレイブが手を合わせる。その様子を見たシチューは怪訝そうな顔をした後にハッとする。


「それは、まさか消滅魔法(ディスアピアランスマジック)!」

「この魔法に対して耐性なんてものは無意味!」


 放たれた消滅の光がシチューを襲う。


「スカリーチェほどの広範囲とはいかんが、貴様を消すだけなら十分だ」


 この魔法は消滅という名前だが無我の境地から来るものではない、むしろその逆で感情の豊かさ、思いの『差』に起因する。スカリーチェの場合はイズクンゾ愛とその他の生物に対する嫉妬からなる、落差より生まれた魔法だ、ゆえにあの規格外の威力となる。グレイブも感情の豊富さでは負けていない、王国民に対する守るという思いとそれらを犯す者たちに向けられる怒りがこの魔法に至った要因なのだ。シチューは考えた、この磔台から抜け出すのは可能だが時間が掛かる。そういう作りになっていた、殺すためではなく動きの阻害、攻撃はフェイク、正しく磔にして行動を封じる用途そのものだったのだ。シチューはそれをもろに喰らう形になった。消滅魔法(ディスアピアランスマジック)は対象を完全に消失させる。質量を無視して消しさる、消えていくシチューの顔は歪んでいた。












____________________________________________________________













 クゥは月白の剣を受け取ると軽く振るう。スタンが確認する。


「お加減はどうでしょうか、お嬢様」

「全盛期、いや、呪いを克服したことにより更なる次元に到達した」

「何を言ってるんだっパー!」


 ワッパーが腕を伸ばして攻撃する。ウォーターカッター級の速度だ。しかもそれに溶解液の性質を持たせている。受ければ溶ける、躱せば後方に被害が出る。その刹那にクゥは確かに言った。


「気合武装『月白装甲』」


 まともに受ける。しかし溶けない。


「ワッパ!? いつのまに気合武装を!?」

「無駄だ、この鎧は傷つかない」

「ぐわわ! ならば他の奴らを狙うまでっパー!」


 キンっと乾いた音が響いた。


「月白流奥義ーー」

「MA! SA! KA!」

「『月光斬り』」


 ワッパーが縦に裂けた。












____________________________________________________________













 魔王タワー前で戦っているシチューとグレイブのすぐ近くを駆ける男がいた。大荷物を背負ったクロスケだった。


「たく、俺だけ遠くて遅れちまった!」


 三騎士の中の不文律で最後の者が荷物持ちを押し付けられる、そのためクロスケはバーガーに頼まれた調理器具、食材、そして斧牛(アックスブル)のモーちゃんを抱えて来たのだ。しかし重さなど微塵も感じさせない。それどころか海も走って横断した。


「武神ンとこの鎧武者が襲ってきたってこたァ。お、あれか」


 我者の砕けた鎧が散乱している。


「よっ! ほっ! はっ!」


 それらを全て瞬く間に拾い投げる、そして背中の大袋にカカカカカンと乗せた。


「カカカ、いいもン拾った!」


 クロスケはグレイブの戦いを一切見ない。手助けなんて野暮なマネはしない。


「あそこだな」

「モォ〜」


 モーちゃんが鳴き声を上げた。非常にプルプルしている、ここに来るまでに海を走り、空を駆けて長距離に渡って高速移動をしているためだ。


「よしよし、これを何に使うかは知らねぇが届けてやるか、お?」

「クロスケ様! うおわ!!」


 サガオたちだ。クロスケは巨体のサガオすら担いだ。


「しばらく見ねぇうちにまた姿が変わってやがるな!」

「な、なぜ俺を……」

「決まってンだろ、勇者パーティ揃えンだよ!」


 真魔王城に飛び込んだ。


 タワー内ではクゥが戦闘を開始していた。すでに周囲にはパロムが伏せていた魔人たちも出ている。カセキくんの親戚たちだ、十数体いる。


「おーおー、ここも面白そうだが、今はもっと上に行かねぇとな!」

「……!?」

「うにゃ!?」


 ジゼルとエリノアをひょいひょいと担ぐ。


「クゥ! こいつらはもらっていくぜ、あとここは任せたぞ!」


 クゥはしっしっとジェスチャーする。


「カーッカッカッ! 最後に来てよかったぜ!」


 爆速で階段を駆け登る。


「やはりアイナはいねぇか……カカカ、俺の弟子のくせにいつまで燻ってンだか」












____________________________________________________________













 真魔王城第二階層『パロムの間』


 俺とギアは窮地に立たされていた。ギアがいつもの冷静な口調で言った。


「外に置いてきたキラードラゴンから通信だ、三騎士が来たぞ」

「ほんとか!?」

「黒いのが来るな」


 俺たちが登ってきた階段が爆発した。クロスケが蹴りあがってきた!


「おうおう!! なんだここはバカ広いな!! パロムの固有結界か!!」


 理解が早い、って背負ってるの勇者パーティだ!


「ジゼルたちを連れて来てくれたのか!」

「パーティってのは揃ってなンぼだろうが!」


 クロスケが空中を蹴ってギアの横に並び立った。


「グラップが足止めであのデカいのがメインって感じか」

「理解が早いやつはいいな、そうだ、あの中に全人類を入れて混ぜ殺すつもりだ」

「相変わらず邪悪なやつだ、わかった、じゃあ守るぞ! 人類をよ!」


 クロスケはジゼルたちをギアに持たせた。


「おいコラ邪魔だぞこれ」

「カカカ! ここは俺に任せろって事だよ。おいバーガー、一つ頼みがある」

「なんだ?」

「MAXソードを俺に寄越しな」

「MAXソードを?」

「早く寄越しな」

「クロスケも知ってるだろ、これは勇者にしか持てないぞ」


 そう、これは勇者として認められた、俺とアイナしか持てない。それ以外が持てばどんどん重くなり最後は手から滑り落ちてしまう。ジゼルが怪訝そうに言った。


「ところでクロスケ様。呪いは解けていないの?」

「ジゼルどういうことだ?」

「下の階ではクゥ様が戦ってくださっている。呪いの解けた状態で」

「なんで解けてるんだ?」

「スカリーチェの気合武装の効果で白黒になった時に。概念変化によって呪いが緩んだみたい」

「そうだったのか、でもクロスケは黒猫の獣人状態のままだぞ」


 たしかに少し大きくなった気がするが、やはり人間には戻っていない。


「カカ、簡単な話だ、俺は呪いを解かなかった」

「どうしてだ?」

「呪いを解くんじゃなくて受け入れたンだよ。黄金装甲で超再生を繰り返していくうちにこの呪いにも馴染んだからなスカリーチェのバカがやらかさなくても俺は呪いを克服してた、あの2人と違ってな! カカカ!」

「さすが師匠!」


「だから早く渡しな、パロムは興味のあることは観察する悪癖がある。飽きればグラップを嗾けてくるぞ」

「わかった」


 俺はクロスケにMAXソードを渡した。俺の具材はあとは上薬草(レタス)だけだ。口寂しい。俺が放した途端にMAXソードを持つクロスケの肩ががくんと下がった。


「お、おいやっぱり重いじゃないか」

『くはは! 何をしてるの? その剣が誰にでも扱えるような代物ならバーガーなんて勇者は使わなかったよ?』


 悔しいがその通りだ、このバンズの体の数少ないアイデンティティはMAXソードに認められている事なんだから。


「カカカ、まぁ、落ち着けよ、MAXソードよぉ。あとこれも持ってきたぜ」


 クロスケが背中の袋から取り出したのはーー


「マナーの盾!?」


 マナーの盾も使い手を選ぶ神クラスのアイテムだ。クロスケは強いが勇者でもないしヒマリのように認められたわけでもない。マナーの盾を持つクロスケの腕から煙が上がる、マナーの盾がマナー違反による魔力炎症、つまり拒絶反応を起こしているんだ。クロスケは顔色一つ変えずに呆れたように言った。


「あのなぁバーガー、よく聞けよ、これが最後の俺からのレッスンだ」


 無理やりMAXソードとマナーの盾を構えた。


「力こそ正義なンだよ!! 力さえあれば何も奪われずに済む!! どんな敵にも立ち向かっていくことが出来る!!」


 まさかそのまま力ずくで使うつもりか!? それならまだクロスケの黄金大剣を使った方がマシだ!


「認めねンなら認めさせる、それが俺の気合武装(りゅうぎ)!! 『黄金装甲』だ!!」


 クロスケの体に黄金の鎧が魔力生成されていく。


『にぃさん、もういいや、やっちゃって』


 グラップが神速を発動する前にクロスケが叫んだ。


時間終了+(タイムアウトプラス)!」


 グラップのみが時計の歯車の様なものに挟まれてピタリと止まった。


『馬鹿な! にぃさんの時間操作耐性は万全なのに!』

「カカカ! 勇者聖剣MAXソードをがいつまでもそれに甘んじるわけがねンだよ、この魔法は時間操作+1だ!」

『クロスケが勇者? いやそんな魔力は微塵も観測できない。マナーの盾から広がる腕の炎症、MAX聖剣を無理やり持つことによる引きちぎれる筋繊維。資格がない、認められていない、なのになぜ使える、なぜ振るえる!』

「カカカ! これが気合だ! これが根性論だ! やせ我慢だ! 先立つものとしてやらなきゃならねンだよ!!」

『まずい! にぃさん!!』

黄金勇者斬(ゴールデンブレイブスルー)!!」


 放射された魔力がグラップを引き裂いた。


「パロ……ム……」


 真っ二つにされたグラップがずるずると落ちていく。


『にぃさん!!』

「お前みたいな邪悪の化身にも兄弟愛があったとはな」

『よくもよくもよくもよくも!! よくもにぃさんを!! ……プクハハ! なぁんちゃって!』

「あ?」

『あはは、そんな驚くことじゃないでしょ? にぃさん弱いからいつ死んでもおかしくないよ』


 何を言ってるんだ……。


「兄弟だったんだろ! それが死んだんだぞ!」

『バーガーさぁ、そのにぃさんをそこのネコ男が殺したわけだけど? そっちがそういうこと言うの?』

「そ、それは」

『くふふ、あー、面白い、悲しみなんてないよ、引っ張るだけ引っ張って即退場、魔力を分つ者として恥ずかしいくらいさ』

「マジで何を言って……」

『だってよく考えてよ、弟のボクが四天王になってにぃさんは九大天王止まりだったわけだよ、それだって最近の話でさ、あの速さを手に入れるために全身全霊を掛けていたから他は魔物よりも脆いし、ボクが改造してあげなかったら自分の速さにも耐えられなかったんだよ。まったく最後まで弱いにぃさんだったよ』

「お前、マジでお前!!」

『じゃ、そろそろボクが直々に遊んであげようかな』

「……待て」

「な!?」


 グラップが起き上がっていた。真っ二つにされた体で立ち上がっていた。


『あれ? あれあれ? にぃさんのスペック的にその傷は致命傷のはずなんだけどな』

「……俺はまだ負けてない」


 ビタンと体をくっつける。


『あはは、本当にくっついちゃった、鳥型魔人なのに。うーん、どうして? なんで?』

「これももう要らないな」


 翼を千切った。


『ええええ! それが速さの元なのにボクが手を加えてあげたものなのに!』

「俺は弱いから、せめて何かパロムの役に立ちたくて速さに固執していた」

『うん、デリバリーには役立ったよね』

「パロムの邪悪さも俺は愛そう」


 グラップが拳を構えた。ボクシングスタイルだ。


「翼に回していた魔力を、速さに固執していた信念を、いま逆転させた」


 グラップの目に先程のものとは比べ物にならない力が宿る。


「ここは通さない、弟は俺が守る」








____________________________________________________________








 ボクはパロム、白鳥の魔人。


 実はボク、この可愛さに比例してとても身体が弱いんだ。魔界で産まれたボクは生きるのに必死だった、ってほどでもなく、ほらボクってすごく頭がいいから全然余裕だった。でも身体が弱いと色々面倒でね。趣味の人弄りもままならないほど多忙だった。だからにぃさんを『作った』んだ。僕の魔力と色んな魔人やら魔物の細胞を混ぜって作った、ボディには偽物の記憶を植え付けて、ボクの身の回りの世話をさせたんだ。


 ボクに作られたにぃさんは、ボクのことを本当の弟だと信じて必死になって尽くしてくれた、戦ってくれた、滑稽なほどにね。ボクに勝てる部分が肉体の強さしかないから、まぁそういうふうにデザインしたのはボクだけど、それを気にしてか、個性を付けようと速さに拘ったね。これは助かったね、世界で一番速くなっちゃったんだから。そこまで努力できる精神は持たせてなかったんだけど、まぁどんな道具でも使い込めば不具合の一つもでるものだからね。


 でももう役に立たないからいい所で捨てようとしたら予想外のことが起きた。明らかに致命傷の傷、そんなダメージに耐えられる身体に作った覚えも無い。それを実際に耐えてああして立ち上がっている。更にはあんなに必死になって手に入れた速い翼も千切り捨てた、なんであんなこと出来るんだろう? ボクには理解できなかった。ほんの少し悔しいな、ボクが作ったのに。








____________________________________________________________








「カカカ! グラップよ、一皮剥けたな!」

「いつにも増して五月蝿い人間だ、クロスケ、お前には散々手を焼かされた」

「おう、焼いてやるぜ! 一騎打ちだ!」


 両者構える。


「ギアは手を貸さないのか」

「バカがあの様子を見てみろ、横槍を入れればアイツら俺らから先に倒そうとしてくるぞ」

「任せるしかないか」

「バーガーはMAXソード抜きでどう戦うかを考えてろ」

「そうだったな。実はクロスケがグラップを抑えてくれている間にしか出来ないことがあるんだ」

「なんだ?」

「シェイカーを『挟む』」

「挟めるのか?」

「いけると思う、あそこまでいければ」

「その体は持つのかよ」

「バンズはクラウンとヒールの両方に魔法陣が書いてあるから大気中の魔力を吸収すれば離れても活動できると思う。どうかな?」

「いいプランだ、やるぞ」

「待て待てあれだけデカいと二手に別れるしかないぞ、分け方は」

「上は俺が飛んで運んでやる、おいサガオども、バーガーのヒールを持ってシェイカーの下を目指せ、到着したらバーガーをシェイカの底に当てろ、絶対死守だ」


 ギアは俺のクラウンを持って飛び立った。


『へぇ、それで挟もうなんてね、考えたね』

「やいパロム! イズクンゾが予知してるって話だが、全部は知らされてないんじゃないか?」

『大筋と有り得そうな分岐だけ話されて魔王様は休まれているからね。でもそれだけ助言を頂ければ十分さ、それ以外のことはボクの悪魔の脳みそでも未来を予想できるからね』


 ギアがシェイカーの上に出た。すごく冷たい、かなりの高度だ、というか宇宙までパロムの固有結界なのか、なんたる再現度だ。


『うーん、正直困るかな、あと少しだから待っててよ、特等席は譲れないけど、そこから全人類シェイクショーを見せてあげるからさ』

「見たくないっての、そんなスプラッタ。そもそも飯時に見るもんじゃない、食欲失せるだろ」

『ペーストを焼いて挟んでもいいのに、きっと今まで挟んだことのない豊潤で特別な魔力を堪能できるよ』

「バーガー、無駄話してんじゃねぇぞコラ」


 ギアが止まる。


「何か出てきたぞ」


 大地から大量の何かが飛んでくる。まるでイナゴの大群だ。


「ボクの世界にも生態系があり、魔物も魔人もいるんだよ、もちろん全員ボクの配下さ」


 影はどんどんでかくなる、あれ全てが敵か。


「チッ! あの数、あれじゃ下の連中が持たねぇな」


 ギアはシェイカーの上に到着した。俺はギアから降りてシェイカーの真ん中に乗る。やはりバンズのヒールの部分が着いていないため何も起きない。


「おいコラうんともすんとも言いやがらねぇぞ」

「下もついてなきゃ女神の魔法陣は発動しないんだ」

「ここを離れるわけにもいかねぇな」


 こっちにも魔人が襲いかかってくる。あいつら強そうだ。多分九大天王クラスの魔人たちだ、イナゴの群れのような規模だが、味付けは繊細なようだ。


「ゴッドキラーソード展開」


 ゴッドキラーソードに魔力が巡る。刃渡りが何倍にもなる。


「投擲」


 投げた剣が凄まじい速度で敵の群れを引き裂く。さらに生きているように動き回り、敵の群れを引き裂き続ける。


 だが敵の数が多い、まだまだ攻めてくる。


「ロケットパンチ」


 両腕が発射された、凄まじい速度の空飛ぶグーパンだ。またしてもオートで敵を打ち貫いていく。それでも攻めてくる。


「テイルレーザー照射」


 ビョンと光を当てたところが時間差で大爆発を起こす。仲間が無惨に死んでいくというのに、まだまだまだまだ攻めてくる。恐れを知らないのか。


「キリがねぇ、下の連中はまだか」


 下を見る。


「手を貸してやるか、発射台の構え、火の玉(ファイヤーボール)、連写」


 どう見ても俺の知る火炎魔法の初歩の火の玉(ファイヤーボール)の威力じゃない、馬鹿げた巨大な火の玉を大地にいる敵目掛けてバカスカ撃ちまくっていく。どんどん蹴散らしている。


「全部は捌き切れねぇ、あとは何とかしろ」


 モーちゃんがジゼルを乗せて、さらにジゼルは(ヒール)を肩に乗せて他は守るような陣形を取って進んでいる。サガオは双剣を駆使して縦横無尽に魔物を討ち滅ぼしていく。エリノアは魔爪だけではなく、姉妹たちから借りた漆黒線状魔力もフル稼働させて戦う。強力なタンクとアタッカーだ。モーちゃんも斧牛(アックスブル)の突進力で悪路もなんのそので爆進している。ギアのアシストもあり大半の魔人がジゼルたちに辿り着くことすらできずに燃えていく、というか威力がヤバすぎてバラバラに吹き飛ばされている。ご愁傷さまだ。


 勇者パーティがシェイカーの真下に到着した。ジゼルが魔力を踏みしてめ空を走る。サガオが何本ものレーザー光線を放ち飛ぶ魔物を撃ち落としていく。超直感によって高度な偏差撃ちを実現させている。エリノアも姉妹から借りた水晶魔王砲を使い次々に撃墜している。ジゼルが叫ぶ。


「バーカー!」

「おう!」


 シェイカーの裏側にヒールがペタリと張り付く。これで挟んだ。解析開始だ!



「なっ!?」


 驚きの解析結果か出た『シェイカーから(ハズレ)を検出、使用不可能』……なんだと。


「ハズレ……だと」

「なに?」

「これには転移装置なんてついてない!」


 パロムの笑い声が響き渡る。


『あっははははははははははは!!』

「パロム!!」

『いやぁ、おかしくって、こんなに綺麗に騙されるなんて! あははははははは!!』

「偽物か!」

『そうさ、というか計画を実行する前に、目的を話すバカなんているわけないじゃないか! ボクをなんだと思っているの? もうシェイカーは起動済みなのさ!』


 パロムが指さすのは月のような星だ。


『実はさ、今回の転移には君たちが想像しているよりも遥かに魔力が必要なんだ』


 嫌な予感がする、ギアが代弁してくれた。


「俺の魔力を利用したな?」

『そういうことさ、ギアの放った魔法を固有結界全体を使って吸収してあの(シェイカー)に送っていたんだ!』

「まんまと利用されたわけか」

『ふふふ! あははは! 君たちの魔力によって人類が滅ぶ様をその目に焼き付けるがいい。(シェイカー)が君たち人類の血で染まるぞ、今こそ満杯(ブラッドムーン)の完成だ!!』


 ギアは俺を背に乗せると飛び立ち、偽シェイカーの真下にいるジゼル達のところに降り立つ。周囲の魔人たちは役目が終わったと言わんばかりに攻めてこない。


「魔王を狙うぞ」

「ギア! 正気か! あれを放っておけば人類が滅ぶんだぞ!」

「止めようがねぇもんを突っ立って見ててもしようがねぇだろが、それより魔王を始末したほうが断然いい」

「どうんな理屈だ!」

「効率的だろうが」


 言い争っていると、サガオの中のヒマリが抑え目な声で言った。


「おにぃちゃん」

「どうしたのだ?」

「なんだが背中が動いてる」

「ん? 俺は動かしてないぞ……ってなんだ!?」


 サガオの背中部分が動いている。様子を見るに勝手に動いているようだ。


「うわわ!!」


 背中が割れた。こうげきされた? 斬られた? いや違う、内側から開かれた感じだ。何かが出てくる、サガオはそれを見て驚愕する。


「あ、貴方は! 創造神ビルディー様!」

「な、なんだって!?」


 キラーキラーから創造神ビルディー様が出てきた。


『ビルディーか。まさかそこにいたとはね』


 珍しくパロムのトーンが低い。


『来るのは知っていたよ、魔王様の予知があったからね』


 この人がドワーフの神様、創造神ビルディー様か。腕が6本にそれぞれハンマー、釘、ロープ、ノコギリといった工具を持っている。象のような仮面を被っているせいで表情までは見えない。あぐらをかいて浮いている。


『ああ、そうか、そのボディを改造したのはビルディーだったね。かつての記録では『建設期』になったビルディーは魔力が尽きるまで創るのをやめなくて、作り終えれば作品に囲まれて休止モードになっていたという、チョウホウ街で休止モードになったときも自分で創った『球体に入って休止モードになっていた』ね』


 なるほどキラーキラーは丸っこいからゆりかごにはちょうどよかったって訳か。


『しかしシスターズ戦でもスカリーチェ戦でも出てこなかったよね。結構ピンチだったはずなのに、ふむギアの魔力に引っ張られて起きたのかな、神クラスの行動は完全には予知できない、それは魔王様の力ではなく所詮は老いた人間の能力を使っているからだね』


 ジゼルは反論しない、話すだけ無駄だと分かっているし俺たちはあいつを絶対に倒すとすでに心で誓っているからだ。


「ビルディー様、俺たちに力を貸してください」

「バーガー。ビルディー様は膨大な魔力に反応して起きただけ。前に会った時もコミュニケーションは取れなかった」


 魔力か、ジゼルの言う通りなら。


「ギア、魔力をビルディー様にわけてくれないか?」

「どうしてだ?」

「ビルディー様は創る時にしか出てこない、俺たちから魔力をもらえると思っているんだ」

「神のくせに人だよりかよ、それに何を創るか知らねぇぞ、こいつは中立というより自己中だ」

「でもやるしかないだろ?」

「それもそうだなほらよ」


 ギアが何気なく放出したが、放出した魔力はとんでもない量だった。


「お、おい、さすがにあげすぎだろ」

「こんなの大したことねぇ」

「マジかよ」


 ビルディー様が魔力を受け取る。工具が光り輝いていく。


『にぃさん……は使えないか、まあもう止められないよ、シェイカーを止めることは不可能だ』


 そうだ、あんな遠くになるものをどうにかできるわけがない。


「で、あの仮面は何を作るんだ」

「もう見てるしかない」


 ビルディー様が偽シェイカーを見ている。


「ビルディー様、それは偽物のシェイカーです、あの月です、あの空の月が本物です」


 俺が言っても偽シェイカーを見続けている。待ちきれなくなったギアが悪態をついた。


「おい、期限もねぇ職人にいい仕事が出来るわけねぇだろ」


 ジゼルが訂正する。


「それは違う。ビルディー様は一瞬にして街を球体にした。今は考えてる」

「何をだ」

「構図を」


 ビルディが動きだした偽シェイカーに向かって。


「何をしようってんだ、まさかあれを改造するつもりか、キラーキラーを弄ったように」

『そうか、それも囮として転移機能以外はかなり作りこんであるからね。ほらほら、ボクの世界の生物たち、しっかり働かないと消しちゃうよ、ビルディーの邪魔をしなよ』


 再び周囲がざわめき始めた。


「また敵が来るぞ」

「ちぃ、とにかく近寄らせるな」


 ビルディー様は偽シェイカーに着くと手をパンと合わせた、それからハンマーで叩き始めた。素人の俺でもわかる、一回叩く度に性質が大きく変わっている、いや別物と言っていい物に変貌を遂げていく。巨大な偽シェイカーが光に包まれていく。


 妨害も何も他者の介入する余地などなかった。それほど早く完成した。着工から数秒で竣工、ビルディー様が俺たちのところに降り立つ。周りの戦闘など気にしない。手に持った(スイッチのようなものがある)をジゼルに渡した。


「私にですか?」


 頷く、ジゼルは両手でそれを受け取る。ビルディー様はそれをじっとみている。


「バーガー。わかる?」

「ああ、ここをポチッとな」


 俺がボタンに飛び乗ると突起が凹んだ。


「うわ!」


 ビビビと可視化されるほど強力な魔力信号が偽シェイカーに飛ぶ。悪魔的な姿だった偽シェイカーが、さらに悪魔的な姿に変貌した。そしてなぜか横に広くなった。


『ふん、何を作ったかは知らないけど、こっちはもう始まるよ!』

「く! やめろ!!」

『あはは! カウントダウンしてあげるよ! 記念すべき人類絶滅、秒読み開始だよ! 10! 9! 8! 7! 6! 5! 4! 3! 2! 1! 0!』


 見てられない。俺は目を瞑ろうとする。ぽんとビルディー様がジゼルの肩を叩いた。空を見ろと拳を上げた。


『な!? なぜ起動しない!』

「偽シェイカーが動き出した!」

『なに!?』


 偽シェイカーの中に何かが転移した。


「あれ全て人間か……?」


 偽シェイカーの中に全人類が収まっていた。


『まさか偽シェイカーに転移機能を……でも本物のシェイカーがその中にいるものたちを転移させれば……はっ!』

「転移は一方的、逆はできない、だったよな」

『そこまで、ボクの邪悪さ(仕様)を利用したというのか!』


「人はなんでも利用する、悪意も邪悪も使えるものは全てだ」


 と、熱弁してみせたが、ですよね? ビルディー様? 合ってますよね? ……にしてもすごい数の人だ、スペースもしっかり確保されているし、全人類を乗せた超巨大な宇宙船だな。


「……バーガー様!!」

「え」


 あ、ああ、


「アイナ!!!!」

「バーガー様ぁ!!!!」


 あれは間違いなくアイナだ。



 アイナがシャボン玉に包まれて偽シェイカーの壁を貫通して出てくる。アイナがやったんじゃなくてそういう機能のようだ。俺の前に運ばれるとシャボン玉が割れた。


「……心配かけたな」

「ぐす、うぅ、死んじゃったかと思ってました……」


 酷いクマだ。まともに寝てなかったんだな。


「ごめんな」

「なんで謝るんですか、生きててくださってありがとうございます!」

「アイナ!」

「バーガー様!」


 俺たちはひしっと抱き合った。


「ビルディー様! ありがとうございます!」


 ビルディー様は反応しない。偽シェイカーに入っていく。ジゼルが解説する。


「ビルディー様は満足した。だから休眠期に入る。住処は誰にも崩せない」

「じゃああの偽シェイカーが人類を守るシェルターになったってとこか」

「それ。言おうと思ってた」

「ジゼル、悪い取っちゃったな」

「そんなことはいい。アイナおかえり」

「ご心配掛けました!」

「疲れてる」

「……バーガー様が死んだと思って魔界でひたすらに魔物を狩り続けていました」


 それで王国内でアイナの話を聞かなかったわけだ。


「そんなになるまで戦ってたんだな」

「でももう大丈夫です! バーガー様がいてくださるなら、私は大丈夫なんです!」


 アイナはエリノアに視線を移した。視線を感じたエリノアがビクリと肩を震わせた。


「ここにいるということは和解して皆が許したのでしょう」

「あ、アイにゃ、本当にごめんにゃさい」

「エリノア。少し動かないでください」

「は、はい! ぐっああ!!」


 ラリアットだ。5回転した。


「これでチャラです」



 パロムアナウンスだ。


『畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生!!!!!!!』


 その声は苛立ちに満ちていた。


「どうせまた、なんちゃって! とか言うんだろ?」

『もういいや』


 世界が崩壊していく。


「な、何をした!」

『何ってこの能力を『捨てた』のさ』

「捨てた!? 今度は何を企んでいる!」

『疑り深いなぁ、本当に失敗したんだよ、だからゲーム盤をひっくり返すのさ。この世界が消えれば元の場所に戻る、あの四角い塔の中に逆戻りさ』

「そんなことをしたら……」

『ギチギチになるだろうね。シェイクは出来なくても、潰すくらいは期待してるよ』


 能力を捨ててまで人類を滅ぼしたいのか。パロムの世界の魔物たちが苦しみ消えていく。みなパロムを呼ぶが無視される。俺たちだって潰されるのも時間の問題だ。ジゼルがビルディー様とコンタクトを取る。と言っても目配せだが、通じるのか?


「ビルディー様が隣のボタンを押せって」

「ビルディー様の意思が分かるのか?」

「何となく」

「よし、押そう、人類を守るんだ!」


 二度目のポチッとな!


「偽シェイカーが消えた!?」

『……はぁ、外に転移したか。そんな機能まで……やはりボクに機械いじりの才能はないのかな。こういうのはポラニアの方が得意だからねー』


 世界が消える。漆黒タワー1階層と同じく黒い部屋が出現した。観測を終えたギアが報告する。


「元のサイズに戻った、階段から上に行ける、行くぞ。……いてぇな」


 ギアの頭に矢が当たった。


「アイナ!?」

「バーガー様、ギアが味方みたいな顔していますよ?」

「えっとな、今は味方なんだ」

「バーガー様を刺し殺したのに?」


 ギアが怒ると思いきや、その予想を裏切り土下座していた。


「ギア!?」

「悪かった、世界を救うから許せなんてニーズに合ってねぇことは言わねぇ。今だけでいい、今は許してくれ」

「……もちろん許しませんが、今は見逃しましょう」


 エリノアが「ラリアットしにゃいの?」って呟いてたが無視した。俺たちは周囲を警戒する。クロスケがグラップと戦っている以外はこれと言って何かある訳では無い。


『んん? どうしたのさ、早く行きなよ』

「出てこないのか?」

『非戦闘員のボクが出てどうなるの? 時間稼ぎにもならないでしょ』

「魔王を守らないのか?」

(エネミー)に言われても、ああ、こうやって話して世界の終わりまでお茶会でもするかい?』


 なんかテンションが低い、ほんとに全部破ったのか、パロムの策を。


「ほっとけ、行くぞ」

「あ、ああ」

『はぁ、クロスケの足止めだけしか出来なかったか、いやビルディーもあの偽シェイカーの維持に専念するだろうし、役目は果たしたかな。じゃあ、ここからは、ボクの完全なるプライベートだ』


 階段からパロムが降りてきた。


「羽根で飛ばないのかって? 面倒だからさ」


 上の階にいたのか、思ったよりも近場にいたんだな。


「非戦闘員なんじゃないのか?」

「戦えないとは言っていないよ。ボクが直々に戦うなんて無駄だ、なんたって面倒じゃないか」


 ギアが飛び出した。


「死ね」

防御妖精(ディフェンスフェアリー)


 ギアの剣が弾かれた。


「あん? 反魔法結界(アンチマジックフィールド)は展開済みだぞ」

「奴隷妖精を使った反反魔法(アンチアンチマジック)さ、このちっちゃな身体に何重にも術式を組み込んである。僕の魔法は封じ込められないよ」


 パンパンと手を叩く。


「さぁ、ほら来なよ、久々の戦闘(ダンス)だ」

「バーガー。いつも通り。先に行って」

「だが、今回は……」

「あはは! そうだよね! せめて勇者パーティー全員で上に行きたいよね、でも僕相手に無理じゃないかなー?」


 パロムは仕掛けてこない。こちらからの動きを待っている。


「バカヤロウ!」


 クロスケの声だ。ヤクザキックでグラップをパロムの隣まではじき飛ばした。


「ここは俺の出番だろうがよ! 俺に任せて先に行けや!」

「クロスケ……」

「受け取れ!」


 MAXソードとマナーの盾を投げ渡した。


「いいのか!?」

「お前のだろう、ンでやっぱりその盾はヒマリのだ。使ってわかった、その盾はヒマリに未練があるぜ」

「クロスケ! 死ぬなよ!」

「カカカ、誰にもの言ってンだ!」


 パロムとグラップがクロスケを睨んでいる。


「追わないのは懸命だな、後ろからぶっ飛ばしてやったからな」

「せっかく使えてたMAXソードとマナーの盾をみすみす渡すなんてね」


 そうだ、クロスケはMAXソードとマナーの盾を使って覚醒グラップと対等にやり合ってたんだ、今度はパロムも相手にしないといけないのに……


「カカカ!」

「何がおかしいのかな?」

「いやぁ、楽しくってよ。こンなことになるだろうと生まれてからずっと鍛錬してたンだわ」


 気合武装だけでなく黄金大剣も魔力生成された。


「やっぱりこれなンだよな、俺にとってのベストはこの剣なンだよな」

「ブツブツとうるさいな、にぃさんやっちゃって」


 グラップの動きは遅いが恐ろしさを感じる。


「重撃!」

「ぐっ!!」


 あんな遅いパンチなのにクロスケの黄金装甲が吹き飛ばされた。


「遅いのではない、狭い範囲を超高速で動いている。動ける範囲を捨てて極小の領域のみを支配することに専念した最遅の拳だ」

「アップダウンが激しいやつだ」

「な!?」


 クロスケはグラップの腕を掴んだ、腕から血が吹きでる。


「血迷ったか?! 俺の腕は超高速で動く刃のようなものだ」

「ンなもんで怖気づけるなら三騎士やってねぇンだよ!」


 グラップを叩きつけ黄金大剣を突き立てた。グラップは片手でそれを抑える。


「見ての通りだ、さっさと登れ!」


 間違ってたのは俺の方だ、クロスケは俺たちの師匠だ、任せろと言われたら任せるんだ!


「バーガー様! 行きましょう!」

「ああ! 最終決戦だ!」



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