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第96話 純悪の魔獣

挿絵(By みてみん)








____________________________________________________________








 真魔王城に向けてシチューが進み始める。立ち塞がるは俺ことサガオ・サンライト!


「相手は武神の半身を持つ魔獣! 相手にとって不足なし!」


 サガオの勇ましい声にヒマリが答えた。


「おにぃちゃんは絶対に負けない!」

「ああ、ヒマリ! 俺に力を貸してくれ!」


 実はこのキラーキラーマークIIは人が乗っている時とそう出ない時の出力が違う。乗っているものの生命エネルギーやら魔力やら精神力やらを機体と循環させ、力を数倍、数百倍にも高めていけるのだ。それにヒマリは特別だ、俺との相性は抜群なのだ。ヒマリはお荷物などではなく、重要な戦力なのだ。


「おっほほほほ、待ってたよォ、逃がした、たたた? 獲物が、口の中に入ってきたあああああ!!!!」


 左半身は武神の武者鎧、右半身はシチュー。声から興奮していることがわかる。しゃがみこんで体を小さくさせてこちらを窺うようにして首を傾げている。無視して準備を整える。


「センサー強化、周囲の黄金鎧武者たちの動きも見逃さない、ここからはヒマリの力も必要だ」

「もちろんだよ、おにぃちゃん」


 ヒマリが握るレバーの力を強める。握力で生じたエネルギーも力となる。全ての(りき)が俺を強くするのだ。


「これまでの全てに感謝を!」

「これからの全てに希望を!」


 4本の武器が魔力変形、巨大化する。喰らえ!


「大! 旋! 風! 烈! 閃!」


 シチューは大旋風烈閃を我者の剣一本で受ける。今までに出した技の中でも最大の奥義を受け切られても俺のメンタルは折れないのだ。神ならばこの程度で敗れるはずがないと、強者と戦ってきた俺はちょっとやそっとの力量の差では挫けることはないのだ!


「レーザービーム!!」


 ただのレーザービームではない、剣先に当てて反射させる。どんな攻撃にもひと工夫せねば受けてすらもらえないのだ。レーザービームを威力を抑えた魔王砲を放ちかき消す。煙で僅かに視界が悪くなる。俺はその一瞬で距離を詰めつつ人型のキラーキラーマークIIセカンドに変形する。武器(えもの)は四本から双子双剣に切り替える、俺の最も得意な二刀流なのだ。


「ぐはぐは、全兵突撃!」


 シチューの声に周囲がザワついた。木々がざわめく、茂みが激しく揺れる、黄金鎧武者が八方から襲いかかってきた。まずは槍兵だ、槍を素早く突き出してくる。


「超直感!」


 死線を視認する。赤い線を躱し、無数の槍の乱撃を回避する。


「回転レーザービーム!」


 胸の目玉がレーザーを放つ。周囲の槍兵を薙ぎ払う、しかし欠損した身体を動かし戦えるものは襲ってくる。


「これだから物質系の手合いは面倒なのだ!」


 大きく跳躍する。


「我者様、お許しを!」


 一つ目に魔力が集める。


「大レーザービーム! 乱射!!」


 極太レーザービームが大地ごと黄金鎧武者たちを吹き飛ばした。着地する、大地は土色となり、見晴らしが良くなっていた。それでもこの天空城はビクともしていない、健在だ。


「拡散レーザービーム!」


 全身から細めのレーザービームを飛ばし、耐えた黄金鎧武者たちにトドメを指していく。


「これでやっと止まったか、なんて耐久なのだ」

「お、おお」


 シチューが歩を進める。


「完全に支配した、この体はソレガシのもの」

「我者様の声を使うとはなんたる失礼なのだ! ……ヒマリ」

「はい!」

「ここから『先』は俺ですら未知の領域なのだ!」

「おにぃちゃんと一緒なら大丈夫だよ!」

「ふっ!!」


 構える。全身を力ませ叫ぶ。


「キラーキラー……マークII……セカンドォ……」


 カッと目を開き、魔力が内側に収束させ!


(ダブル)!!」


 解き放つ!



 体が完全な人型になる、それどころか、これは完全に勇者そのもののビジョンを反映したフォルムなのだ。呼応して双子聖剣サンザフラが覚醒する。さらに洗礼された力を得る。


「ぐはは、ぎぐぐ」

「何を笑っている」

「ぐぎ?」

「俺たちとお前はもう『対等』なのだぞ!」


 その言葉にウケながらシチューは剣を振るう。受け流す、流された衝撃は背後の大地を割る。


「旋風烈閃ッ!」

「我流『我無罹(ガムラ)』」


 回転連撃をシチューは我者の剣術を使い防ぐ。この技は無意識状態で受ける本能を利用した上級受け技か! ならば!


「からの! 疾風吹上!」


 普段使うことの無い型を使う、放つは下から吹き荒ぶ嵐のような連撃。シチューは横に高速回転、さらに縦斜めと回転を即座に変化させて全方位からの攻撃に対して受けの構えを取る。


「俺は勇者ではなかった、だから童話の勇者が勇者になる前に使った技である旋風烈閃だけで戦ってきた、しかし!」


 地面が陥没するほどの踏み込み。そのエネルギーすら俺に収束していく。


「俺自身が勇者と名乗り、勇者として魔を討つのであれば! 今まで封印してきた他の勇者流もいけるのだ!!」

「そんなどうでもいいこだわりで技を封印していたというのか」

「どうでもいいとか言うなあ!!」


 地面が更にひび割れた。


走稲妻(バシリズマ)!!」


 双子聖剣サンザフラのサンをシチューに目掛けて思いっきり投げる。その軌跡に稲妻が走る。ピシャアと空気を裂く音がする。シチューは体を仰け反らせて回避した。


雷鳴炎刃(ライエンジン)!!」


 雷と化し、瞬きする間もなくサンまで移動、実態化し空中でサンを掴むと真っ赤になったサンをシチューに叩きつける。


「ぐぎぎ」


 首の前で止まる。我者の剣が阻んでいる。


「旋風烈閃!!」


 有利を失う前に素早く連撃を繰り出す。我者の部分がそれを無意識に受ける。俺の頭が棋士のように枝分かれしたパターンを思考し、死線と合わせて考慮する。108手目で我者の握る剣が大きく弾かれる。


「大旋風烈閃!!」


 全てが大会心の連続、一撃一撃がズバンズバンとけたたましい音を立て、地面を割り深く進む。我者の鎧はそれに耐える。しかし右半身のシチューの方はそうはいかない、肉が爆ぜるのだ。回復する前にさらに爆ぜる、肉が削ぎ落とされていく。


「おおおおお!!」


 我者からシチューを分離させようにも、連撃をまともに受けながらも無理やり体勢を立て直す。


「敵の技を受けながらも攻撃に転ずる。我儘ゆえに我流!」

「我者様、精神も蝕まれ初めているのですか!?」

「ぎゃはは! この体はシチューのものだワン!」

「貴様!」


 揺さぶりを含む会話をしようと俺に隙は生じない。しかしながら隙無しを好きなようにするのが神。我儘な者、傍若無人の鎧武者。武神我者様である。あのボディにはそれを通す神通力(スペック)があるのだ。こちらは機体の中にヒマリがいる。生身の人間だ、まともに攻撃を受けるわけにはいかない。シチューを弾いて離脱する。


「ヒマリ大丈夫か?」

「大丈夫だよ! おにぃちゃん!」


 分かっていた、この戦いで最初に限界が来るのはヒマリだ、と。つまり倒さねばこちらが死ぬ。もちろんそれもわかりきっていることだ。そしてヒマリが降りないことも、下ろしたところで意味がないことも、ならば最大限協力してもらい勝利を掴むしか道はない。


 そして今は何よりも時間を稼がねばならない、人類が勝つためなら自分の部下すら見殺しにする覚悟がある、それどころか自分の身すら差し出す。(ヒマリ)だけは違った。だから死ねない、そして負けない。この魔獣を、この星を蝕む純悪の魔獣を通すわけには行かない。漆黒長方形を背に立ち塞がる。


「聖騎士は守っている時にこそ最大の力を発揮するのだ!」

「おにぃちゃん!」

「ここからは童話の勇者の奥義を放つ。それも連続でだ!」

「わかったよ! うんと力を込める!」


 身体にさらに力が宿る。シチューはクレーターの底でこちらを見ている。


「わっはっはっ!!」


 シチューが笑う。


「何がおかしい」

「おにぃちゃん、あれに何を言っても無駄だよ」


 人間がシチューの思考を理解出来る日は来ないだろう。


「ヴォオオオオオオオオオオン!!!」


 シチューが遠吠えする。耳を劈く咆哮だ。


 パロムアナウンスが聞こえる。


『はいはい、ちょっと待った、待てだ、シチュー』

「パロム!」

『やぁ、まだ生きているね。サガオ・サンライト、覚えててくれたみたいで嬉しいよ』

「忘れるわけがない! 吐き気のする耳障りな声だからな!」

『美的センスがないね、ボクはこれでも白鳥の魔人、声には自信があるよ。まぁ自分自身を勇者だと勘違いしている陳腐なゴーストに何を言われても平気だけどね。実力で生き残ったと勘違いもおこしているようだし、本当にずぶとい、甚だしいね』

「何が言いたいのだ!」

『利用されていただけの存在だったってことさ。わざわざ家族を置いて魔界に自殺しに来て、敵であるボクの気まぐれで生き延びた、逃げて震えていればいいものをノコノコと来てしまった、今度は妹も連れてね』

「だから何が言いたいのだ!!」

『お膳立てをしたのさ。ボクは本当の絶望を見たいんだ』

「ッ!?」


 空を見上げる。漆黒長方形のてっぺんに誰かがいる。


「あれは……なんだ」

『ブラギリオン。四天王最強の男と言えばわかりやすいかな?』

「ござるんるん」


 ブラギリオンはポーズを決める。何故か内股だ。


「なんなのだあれは……あの者から溢れ出る覇気は」

『あっはっはっは! わかっちゃう? わかるってことは残酷だね、余計に悲しいね』

「おにぃちゃん?」

「あれには勝てない」

「おにぃちゃん!?」


 俺が普段弱音を吐かないから、ヒマリはショックを隠せないようすだ。


「どうしちゃったの! おにぃちゃんと私ならーー」

「ダメだ!!」


 体が震える。


「あれと戦えば確実に殺さる、スカリーチェやシチューなんぞの比ではない、時間稼ぎにもならない、可能性の入る隙など微塵もない」

「……そんな」


 深刻なサガオの言葉にヒマリは返す言葉が見つからなかった。


「ござ! まーまー、そういう顔をしないでくだされ」


 遥か上空にいるはずのブラギリオンの声がまるで隣に居る者から話しかけられたように鮮明に聞こえた。


「拙者が戦うことはないでござる。パロムも意地悪でござる、あんなに怯えさせたら戦いにならないでござろうに、拙者はこれを差し入れに来ただけでござるよ」


 ゴトンと何かを置く、棺桶のようだ。


「それはなんだ」

「これでござるか?」


 ブラギリオンがそれを落とす、ドスンとシチューの前に落ちた。蓋が開く


「一万年前に斬ったその鎧の片割れでござる」

「我者様の右半身か!?」


 鎧が吸い付くように合体する。外見こそは鎧武者だが中身は別物、おぞましいシチューが詰まっている。ゴキゴキと関節を無視した動きは実に不気味だ。


『あっはっは! だから我者のデータがあったのさ! 君は神クラスの鎧を纏った地獄の番犬を前に無残に死ぬのさ!』

「ふっ」

『うん? 何がおかしい? 気が触れたのかな?』

「これが笑わずにいられるか、四天王を三人も抑えているのだぞ、笑いを堪えられないのも理解してほしいものだ」

『そんなことか、ボクは同時進行でできるし、君なんてシチューがすぐに殺してしまうよ』


 鎧の着心地を確認するように蠢いていたシチューの動きがピタリと止まる、不自然な姿勢だが鎧の奥から光る眼光は俺に向けられているのがわかる。


「来い!」

「ヴァルアアアアア!!!」


 二足歩行の生物らしからぬ、4足歩行に近い動きだ。刀を持ったまま乱雑に突っ込んでくる。


「うおお! 勇者流! 奥義!!」


 仁王立ちで双剣を広げて構える。突っ込んでくるシチューとは相対する静の構えだ。ブラギリオンがほうっと感心したような声を出す。


「あの構えは懐かしいでござるなー『蝶が羽ばたいていたら』あったかもしれないでござるなー」

地空烈断(じくうれつだん)!!」


 聖剣サンを振り下ろし、聖剣フラを振り上げる。可視化された斬撃が空を裂き、大地を裂く。まるでハサミのようにシチューを挟む!


「ぎぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃがががががががが!!」


 無情な斬撃に挟まれたにも関わらずシチューは体を蠢かせ無理矢理這い出る、鎧によってダメージが中まで通らない。


「がああああ!!」


 圧倒的な魔獣の腕力で剣が振るわれる。生半可な剣術よりも圧倒的な力から繰り出される暴力はそれだけで必殺技になる、俺はサンザフラを地面に突き刺し両腕を広げた。


「勇者組手! 奥義! 業縛(ゴウバク)投げ!」


 シチューの暴力は生半可な技では受けられない。生半可な技ならば、だ。俺の技量はシチューの暴力に対抗しうるだけの練度を誇っている。シチューの剣をいなし腕を掴み、全ての力学を利用、応用して天高く投げた。この技は相手の技の威力がそのまま投げる高さに比例する。シチューは自分自身の力により天高く飛ばされたのだ。勇者組手の奥義である業縛投げは対象の背負う業によって縛られる。それはその者の因果に起因すると言われているため、誤魔化すことは不可能とされている。ならばシチューには数え切れない因果線が絡みついていると言っていい、奪ってきた命が仇となったのだ! 雁字搦めで空を舞う。その間に準備を整える。


「げげげげげ!」


 あの怪力のシチューが藻掻いても解けぬほど強固な呪縛。シチューは内側に魔力を貯めはじめた。


「雑魚が束になったところで俺を縛ることなどできない!」


 あの様子、落下までには解ける確信がありそうだ、ピタリと止まって力を貯めるだけの間、俺に視線を向ける俺は輝いていた、俺の体から聖なる魔力が溢れだしているのだ。


「あれは……」


 察したシチューは力の解放先を真下に向ける。体内の魔王砲を使おうとする動作も感じたが、星に向けて打つなと主人から命令されているためあの位置では使えないはずだ。シチューは貯めていた魔力を高速で動かし超高温にしていく。あれはイメージとしては吐息(ブレス)だ、龍族の優秀な技を使って焼き払おうとしている。


「はあああああーー!!」


 俺の呼吸に双子聖剣サンザフラが呼応する。魔力生成された刀身がボンボンと膨らむ。そしてキュッと絞られ、それでも樹木サイズの巨大な大剣になる。そして勢いよくサンザフラを突き上げた。


「魔を滅ぼす聖なる刃!! 勇者斬(ブレイブスルー)!!」


 勇者斬(ブレイブスルー)は勇者聖剣MAXソードだけの技ではない。聖剣であれば使用可能なのだ。強い精神と正しい心そして鍛えられた肉体によってはじめて放つことが出来る、勇者流最大の奥義なのだ。しかしながらこの世界にバーガー以前の勇者はいないとされている。童話の勇者もあくまで童話。それでも俺はは信じた。元々は幼いヒマリを寝かしつけるために読み聞かせていた絵本だった、だが毎日読んでいるうちに自分自身も好きになっていったのだ。この絶望の世界で育ち、体を失い、それでも大切な者をこの身に乗せながら、俺は強大な敵と対峙して覚醒した。放てるのは当然のこと。今の俺は紛れもなく勇者なのだから!!


「ぐげげ!」


 超直感でシチューの感情を感じ取る、シチューにはこれを返す術があるらしい、勇者斬(ブレイブスルー)は一度見られた技だ、見た事のある技ならそれに対抗するだけの体力と魔力、そして打ち消すための技術を用意すればいい。初見の技でもない限りシチューに効く技はないと言っていい。この一撃を真っ向から粉砕して絶望しきった獲物の反応を想像しているようだ。ヨダレが飲めど飲めどダバダバと溢れ出ている。鎧の中がヨダレだらけになっている。体の中の魔力も十分に練ったようすだ、勇者斬(ブレイブスルー)に対抗する技を使う気だ。


「カッカカカカ! ボッ!!」


 (ドラゴン)の如く炎を吹いた。あれはただの炎ではない、シチューの体内で練られた地獄の炎だ。解析した結果、燃やした魔力を燃料にさらに燃える特性を持っている。なるほど相手の技が強力なほど火力が上がる仕組みか。


 超直感は完全にシチューとリンクしている。シチューは破顔した。炎では殺さない。あの鎧を剥ぎ、中身を引きずり出し、兄の前で泣き叫ぶ妹を食らうのだ。と考えている。想像だけでトロリとした液体が全身から染み出している。しかし。


「あう?」


 光が消えない。


 なぜだ? とシチューは考える、燃え尽きない、それどころか光が強まっている。


 緊急パロムアナウンスだ。


『シチュー! 避けろ! その勇者斬(ブレイブスルー)は2発だ!』


 その言葉にシチューは即座に反応する。2本の光が螺旋状に突き上がってきている。地獄の炎を突き破ろうとしている。


「この鎧のせいか?」


 今は目先のことを考えなければならない、地獄の炎で呪縛は解けた。翼を生やして回避するつもりだ。


「がう?」


 開かない、鎧の背中部分を開こうとしたがビクともしない。鎧から声がした。


「はははは! 見事な技だ、あれを受けずして何が神か!」


 我者様だ。余力を残していたのだ。俺が必ずやってくれると、神が人を信じてくれたのだ!


「ソレガシの最後の意地よ『呪いの鎧』となり貴様を封じ込めようではないか、さぁ来い! 至高の螺旋よ!」

「ぶざげるな!!」


 シチューが出ようと暴れる。だが抜け出せない。


「いけええええええ!!!!」

「殺さなければ殺さなさければ殺さなーー」


 光がシチューを包んだ。



____________________________________________________________




 想像を絶する激痛だ。技を食らう前に痛覚を遮断しているがそれでもこの痛みが引くことは無い、聖なる光が邪な魔力を浄化しているからだ。浄化痛だ。突き上げられていく、この光から早く脱出しなければならない。


「シチュー!!」

「ぐ!?」

「この勇者斬(ブレイブスルー)、いや螺旋勇者斬(スパイラルブレイブスルー)の味はどうだ!!」


 サガオは螺旋勇者斬(スパイラルブレイブスルー)の中を飛び上がってきていた。少しでも邪念があれば致命傷を受ける絶対正義領域だというのに、なんたる意思力だ。シチューは素直に驚いた。


「なんでもかんでもお前の好きできると思うな!」

「な……」


 滅ぼされようとしているシチューは、その中で心底不思議そうな声を出した。


「な、なんなのだ、おまえらは、おもちゃの癖に、俺はただ遊びたいだけなのに、楽しく暮らしていたいだけなのに、なぜその邪魔をする? なんなのだ、おまえらは」

「意思疎通は不可能なのだ!」


 サガオがさらに構える。


螺旋勇者斬(スパイラルブレイブスルー)!!」


 脳髄が焼かれる刺激で記憶がフラッシュバックする。走馬灯だ。シチューは太古の記憶を思い出す。主人(イズクンゾ)との出会いの記憶をーー



 それはまだ神々が好き勝手に暴れて戦っていた『神々の戦国時代』、そんな時代の魔界の最奥、腐臭溢れる肉壁の洞窟でシチューは産声を上げた。胎児の段階で同腹の兄弟を取り込み。あまつさえ母魔犬さえも取り込みこの世に生を受けた。生まれた時から絶対強者であり、絶対捕食者として生まれた。純悪ゆえにシチューの本質は普遍的だ。手始めに洞窟内に巣食っていた魔物と魔人を食い散らかした。生後1時間でその質量は根深い肉壁洞窟内部と同等になっていた。奪った脳髄を繋ぎ知識も得た。シチューは生まれでた喜びで満ちていた。そして不満でもあった。遊びたい、おもちゃがほしい、沢山殺したい、もっと遊びたい、命を弄びたい、できるだけ多く、この世界は自分の思うがままに出来るこれ以上ない最高のおもちゃなのだと、そう直感で感じた。


「ぐわはははははーー!!」


 笑いが止まらなかった。すでにその感覚器は周囲の神々を捉えていた。このまま神クラスまで成長してこの戦争に参加するのだと。シチューにとって神ですらおもちゃという感覚なのであった。そのとき、


「ぎゃーーッははははははははーー!! あーーッはははははははははッ!! ヒィア!!!! ウィ〜!!!!!」


 生まれて初めて不快な思いをした。自分よりも楽しく笑う声がしたからだ。それだけは許せなかった。自分よりも楽しんでいるものなどいてはならない。絶対王者としてシチューはその声の発生源を目視する。


「ぎふふふふあふふふふ、難産だったな! ぎゃーーはっははははははは!!!!」


 後の主人イズクンゾだった。



 そこからの死闘は言うまでもない。原初の魔人イズクンゾと、小型魔犬のシチューの戦いは超長期戦だった。


「むしゃ! むしゃ!」

「がぶがぶ! くちゅ!!」


 2人とも戦いながら食事をしていた。戦線は拡大、戦闘しながら移動しては見つけた生物を片っ端から殺して食べていた。


「ぐーー!!!」

「があああああーー!!」


 今度は寝ながら戦っている。戦場とはいえ睡眠をとらないものは死ぬのである。しかし寝ながらといえど、シチューには分離した予備の脳みそが、イズクンゾにはオートで動く漆黒線状魔力があった。


「はぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁ!!」

「バンバンバンバンバンバンバンバンバン!!」


 今度は繁殖行為をしながらのバトルだ。シチューは見つけた野良魔犬を、イズクンゾは種族を選ばず手当り次第に奪い、行為に勤しんでいた。


「ばうばう!!」

「おらおらおらおら!!」


 戦いながら同じ城に住み始めた。そういくら戦時とはいえ住む場所もなければ戦うことなど叶わない。



 そして決着の時は来た。最後の肉片となったシチューは頭を垂れて平伏した。漆黒線状魔力がほつれたイズクンゾがそれでも心底楽しそうに笑った。


「ぎゃははーーッ!! なんだもう終わりか! ちょっと大人気なかったかな? まあ俺様の勝ちだ! 常勝常勝!」


 これから食われると悟ったが、シチューたち魔犬には一つだけルールがあった。初めて負けた相手に絶対服従する。その忠義は厚い、それは純粋なルールだからゆえに、純悪の魔獣であるシチューにとってそれはどの魔犬よりも強く出る。自分の生命、尊厳すらも度外視したはるか上に位置づけられた絶対的なルール。負けた場合は抵抗せずに、生殺与奪の権限を主人に託すことになっている。そういうシステムだ。


「じゃ今から俺様がお前のご主人様だ。行くぞシチュー」


 シチューがポカンとしているとイズクンゾがぎゃははと笑った。


「お前の名前だ、反応するがいいぞ、俺様が遠路遥々迎えに来てやったんだぞぉい!」


 その時の感情をシチューは忘れない。この御方について行こうと。それから不満は無くなった。シチューは救われたのだ。世界はこの方のもので自分は遊ばせてもらっている。シチューはこのときそう確信したのだった。




____________________________________________________________




 我者の鎧も剥がれ、シチューの体は聖なる光に晒される。邪悪な魔力が浄化されていく。螺旋勇者斬(スパイラルブレイブスルー)はインフィニティ状になり永続束縛焼却攻撃の形態に移った。こうなると脱出は極めて困難だ。


「決まったのだ!」


 シチューがどんどん小さくなっていく。とんでもない質量を持っている計算になるが、それでも聖なる光は容赦なく巡って魔を祓っていく、正しく退魔の剣技だ。


「邪悪さが仇となったのだ、殺したものが多いほど苦しみが続く、業の重さを知るときなのだ。……少しでも反省してくれたらいいのだが、そんなものは奴にはないのだ」


 腰掛ける。


「勝てた、シチューに、世界を滅ぼす魔獣と言われたあのシチューに」

「やぁ」


 目の前に小さなシチューがいた。


「おにぃちゃん!!」

「なっ!?」


 上空を見る螺旋勇者斬(スパイラルブレイブスルー)は健在だ、シチューも中にいたままだ。


 しかし目の前にいるのも事実、素早く斬り掛かる。


「まだ分身を残していたのかシチュー!」

「分身? んん?」


 双剣が砕けた!? 一体何が起きたのだ!


「何をした!」

「ゲゲゲゲゲ、噛み砕いただけだが?」


 見えなかった、俺の超直感でも、キラーキラーマークIIセカンドWの機体性能でも捉えられなかった。


「まさか」

「速すぎて見えなかったか? これでも手加減したつもりなんだが」


 考えたくない最悪の事態を認めるしかなかった。


「それが本体なのか……」


 見た目は変身前のシチューだ。しかし放つ言葉は知性を感じさせる。


魔獣(わたし)は人の困った顔が好きだ、君たちが絵画を愛でるように、魔獣(わたし)は君たちの歪んだ顔を好んで見る。魔獣(わたし)は人の悲鳴が好きだ、君たちが音楽を愛するように、魔獣(わたし)は君たちの絶叫をこよなく愛する」

「外道が……」

「外道なのだよ、ここは地獄で、魔獣(わたし)魔獣(わたし)だ。魔獣(わたし)として正しいことをしている、誰よりも他のどの魔物、魔獣、魔人よりも私は純血たる魔獣として君たちの前に立ちはだかっているのだよ」


 間ができる。


 互いに埋められない溝があることを再認識するのに十分な時間が流れる。


「中にいる者たちも殺すし、君たちも殺す、この世界に生きる生物を一片の肉片も残さずに殺し尽くす」


 短い足を使いテチテチと歩き出す。


「それも楽しくだ」


 体当たりをされ吹き飛ばされた。


「がっ!!ぐはあ!!」


 壁に激突する。この要塞は硬い、岩一つとっても大概な強固さを誇る。そのためダメージが全て機体にくる。それでもいつもならやり方はいくらでもあった。単純に達人の俺ですら受け身を取れないほどの速さと衝撃だったのだ。


「げぼっ」


 機内のヒマリが吐血する。


「ヒマリ! ヒマリ!! 大丈夫か!!」

「大丈夫だよ、おにぃちゃん、私のことはいいから」


 ヒマリのコンディションはサガオのモニターに残酷に表示されている。今の一撃は不味い、戦いをやめて治療に専念せねばヒマリの命が危ない。


「ぐ……」

「おにぃちゃん!!」


 年端もいかない少女の叫びだが、その力強さにサガオはハッとする。


「この一分一秒、あの外道を私たちに釘付けにさせることがどれほど重要なことか、私のことよりも、今は勇者でいて!」

「ぐぅ!!」


 サガオは折れたサンザフラを強く握り直し魔力生成して剣先を修復する。すでに眼前にまでシチューが迫っていた。追撃してくる様子はない。流暢に口が動いた。


「落ち着いて、冷静に思考したまえ、魔獣(わたし)がここに留まったところで城内にはパロムがいる。それがどれほどの絶望か君たちにはわからないか? 魔獣(わたし)はせいぜいここで君たちを使って遊ばせてもらうことにする、いいかね魔獣(わたし)が遊ぶ側だ。だから君たちは時間を稼いでいるんじゃないんだ、魔獣(わたし)に遊ばれているんだ、意図して生かされているに過ぎない、くれぐれも勘違いしてはいけないよ」

「おにぃちゃん信じないで!」

「もちろんだ!!」

「強情だ、四肢を毟れば理解が早まるか?」


 シチューが高速移動して襲いかかろうとする、その直前に能力を発動させる。


「超直感!」


 可視化された死線が無数に迫ってくる。





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