第95話 邪悪の魔人
先頭を飛ぶギアが全体に聞こえる声で言った。
「援軍は見込めねぇ、さっさと行くぞ」
「あのキラードラゴンはどうするんだ?」
「置いていく、あれがあるだけでスカリーチェのスキルを3つ封じていられるからな、防御モードにして放置だ、残ってた四肢は三股槍の能力を封じていた一本のみだ、一回だけ能力を無効化できる」
「わかった先を急ごう」
妨害もなく、すぐに長方形の建物についた。近くで見るとめっちゃデカイな。
「入口は空いてんだな」
ギアが用心深そうにしている、あの爆破結界が発動するかもしれないからだ。俺も爆裂パンにならないように何となくペタンとする。
「早く入らないと」
「焦んな、ポラニアどうだ?」
「この入り口だけ結界がないポメ。見た感じここを開くのが制約の結界ポメ。結界なのに入れるようにすることによって他の部分を強化しているんだポメ」
「結界はねぇが、別の罠があるかも知れねぇ、パロムはそういうやつだ、気を抜くなよ」
ドアとも呼べないただの四角い大穴から俺たちは慎重に入る。
「うーん、海乙女が入れないな」
「......」
「え?」
ちっちゃくなった!? 大きくない少女だ。
「これでいい?」
「あ、ああ」
「ん? 大丈夫、そういう特異体質、このサイズでもパワーは変わらないから安心」
いや、たしかにそこも気にはなったが普通に話せることに驚いてる。
「オラ行くぞ」
ギアが先頭で当たりを警戒している。ポラニアのメガネもどんな些細な変化も見逃すまいとキラキラ光っている。中は意外と明るい、光源はどこだか分からない。黒い壁と床は外壁と同じ材質に見える。天井は高いが長方形にしては低いから何階層かに分かれているようだ。
「なんもないポメ」
「上に行くぞ」
「上にいるのか?」
「イズクンゾの魔力反応は上からだ」
「でもさ、イズクンゾは転移魔法が使えるんだろ? 追い詰めても転移して逃げるんじゃないか?」
俺の疑問にポラニアが答えた。
「その心配は少ないポメ。カー様が使う転移魔法は運ぶものが多くて、距離が長いほど魔力を必要とするポメ。さっきの転移でイズクンゾはかなりの魔力を使ったはずポメから、転移をさせた方が疲弊していいポメ。見た感じこの星から大して遠くには転移できないポメ、それなら神様たちの力があれば追えるポメ」
「なるほど、だから逃げずに待ち構えているのか」
「そして四天王がその足止め係だポメ。バーガーは隙あらば抜けて魔王のところを目指すポメよ」
「分かった。もう迷いはない」
サガオのお陰で吹っ切れたからな。会話しつつも足取りは早い、さらに警戒もしっかりしていく。中ほどまで進むと耳障りな高笑いが聞こえた。またパロムアナウンスだ。
『アハハハハハ!! 仲間を切り捨てて進むなんて、人間は魔人よりも邪悪な生き物なんだねぇ!!』
「無視しろ、進むぞ」
『まってよぉ、ギアー、ギア、ギア、ギア・メタルナイツ!』
「……」
『君には本当に手を焼かせられた。でもそれもこれまでさ』
「ち、出たか」
魔人たちがどこからともなく現れた。
『さあ! さあさあさあさあさあ! ボクの嗜虐心を満足しておくれよ!』
現れた魔人はどこか雰囲気が違う。ディザスターが唸った。
「この魔人たちはまさか我々から作ったのか?」
『そうさ! 君たち九大天王を参考にして作った人造魔人たちさ! セミリオンの死骸、アリスの死体、その他もろもろ、ボクが長年をかけて集めた強者たちの断片から作り上げた、言わば真九大天王さ!』
死体を使ったのか、なんて罰当たりなことを!
『数は少ないけど一体でも君たちを滅ぼすのには十分すぎる戦力があるから安心『死』てね』
「サガオが後ろを抑えてくれて助かった。本当に挟み撃ちになる所だった」
俺はMAXソードを構える。
「俺たちは止まらない、絶対にお前のところにも行くし、魔王も倒す」
『口ではなんとでも言えるからいいよね、じゃ頑張って、あはははははは!!』
三体か……。この三体全員がディザスターたち九大天王よりも強いのか。
「バーガー。ギア。先にいけ」
ジゼル。
「ミーたちにここは任せるんだよ」
エリノア。
「後ろのことは気にせずに、先に進むとよい」
ルフレオ。
「まぁ、私がいる、タンクとしては最高のものだと自負しているよ」
ディザスター。
「バーガー様、ギアをよろしくお願い致します」
ホネルトン。
「さ、早く行くポメ」
ポラニア。
「ここは我々におまかせを」
聖騎士たち。
「グルルガ!!」
ギアの精鋭部隊。
「やばくなったらサイズを戻してここを破壊する」
「海乙女それだけはやめてくれ」
ギアが飛んできた。
「乗れ」
「おう! みんな任せた!」
ギアの背中に乗る。爆速で飛行して奥にある階段、その先を目指す。
『タダで行けると思わない事だね』
真九大天王が立ちはだかる。速い。恐竜の化石のような改造魔人が牙をむく。
『通行料は命ということで、さくっとやっちゃって』
「よそ見は行かんのう」
すでに隕石魔装にチェンジしたルフレオが文字通り隕石アタックを横からかました。
『ちぇ、まぁいいやおいでよ僕のラボに』
皆の思いを無駄にするわけにはいかない。パロムを倒すんだ。長い階段を飛んで進む。長い螺旋階段だ。グルグル回って登っていく。
違和感に気づいた。
「広くないか?」
「何度計算しても外見と中の空間が合わねぇ」
「これも魔法なのか?」
「知らねぇ、広いだけならどうでもいい」
「そうかなー!」
「出るぞ、二階層だ」
飛び出す。すぐに周りを確認する。これは……
「外か?」
見渡す限り地上と変わらない風景が広がっていた。
「幻覚でもねぇ、俺にも見えているからな」
「でもここ塔の中だぞ」
「あるもんは仕方ねぇだろうが」
またしても子供の笑う声が聞こえる。この声はパロムアナウンスだ。
『ようこそ! 第二階層、ボクの世界へ!』
「どこにいやがる」
『まーまー聞いてよ、この真魔王城はさ、本来なら各階層に四天王を配置する予定だったんだけど、案の定統率の取れない連中でさ。結局使ってるのはボクだけなんだ』
ギアが聞き取るのがやっとの小声で俺に言った。
「話を長引かせろ」
俺はヒールの部分を僅かに動かして了解と返す。
『だからこそ好き勝手出来るんだけどね。ボクの固有結界をこの真魔王城とリンクさせたのさ』
「これが技能だって?」
『そんなちゃちな物じゃないよ、もう世界と融合しているから技能壊しでも壊せないし、解除も出来ない』
「ならこの先にはどうやって行けばいい」
『バーガーは馬鹿だなー、そんなの教えるわけないじゃん』
「ぐぬぬ、どうせ術者を倒せば解除されるんだろ」
『どうかなぁ、試したことないからわからないや。ま、そんなことより、ここでゆっくりしてってよ、一週間で魔王様も真の力を発揮できるようになる。そうすれば君たちは絶対に勝てなくなる』
「じゃあ余計に急がないといけないな」
『死に方を選ばせてあげるってことさ』
空に何かが出てくる。なんだあの大きな透明な容器は、なんだかわからないが、とてつもなく気持ち悪い気配がする。
『簡単に言えば、あれは転移装置さ』
「転移装置だと?」
『うん、ただし一方的なね、あの中に送ることしか出来ないようになっているんだ』
転移魔法は……そうかカー様を倒したからパロムもそれを使えるようになったのか。
「……牢獄的なトラップか?」
『想像力の欠如が否めないね。もっと有意義な使い方があるだろう』
パロムの声が自分の趣味を話す時のそれになる。とても楽しそうで声が高くなる、あと早口だ。
『ボクの夢はね! 全人類をあの中に入れてシェイクすることなんだ!』
「はぁ?!」
意味がわからない、なんて言った? 人間をシェイク? ブギーな胸騒ぎがする。
「そんなミキサーみたいなことしてどうするんだよ」
『え? ……捨てる』
「ますます意味がわからないぞ」
『こほん、多次元と連結する術を知った今となってはこの世界の人間に価値は無くなったんだよ。だからずっと我慢してたことをするのさ。ほんとうにずっと我慢してたんだよ、絶滅させちゃったらもう楽しめないって考えたら怖くてね、だから今は最高な気分なんだ。あ、装置の名前はシェイカー、もう術式は発動しているから、魔王様が本調子になる前に人類は尽く詰め込まれ、あの中で泣きわめきいい感じのレコードになるのさ』
「く、狂ってる」
『君たちの倫理観に当てはめられてもね、脳の容量も少ないよわっちぃ生物のくせしてさ』
「……俺は心で理解したぞ、お前こそが滅ぼすべき邪悪なのだと」
『あはは、自分にとって都合の悪いものを悪と決めつける、やはり君たちは蛮族だね』
「勝手なことを言うな! なんで平和に暮らしていけないんだ、その技術だって平和利用すればAma〇nのように使えるのに」
『あま……なんて言ったんだい?』
「……ともかくだ。こんなことやめろ!」
『ライオンに命乞いするシマウマみたいな子だね。そこで祈っているといい。もしかしたら気が変わって君たちとダンスしたくなるかもしれないからさ。あ、そうそうところでギア、ボクは見つけ出せたかい?』
「なんでもお見通しってわけかよ」
『そのやり方の基礎を教えたのはボクだよ? まぁそれだけ魔力で辺りをまさぐられちゃ愚者だって気づくけどね』
ギアが魔力を引っ込めた。
「ギア?」
「やめだ、見つからねぇ」
『よかった、無駄だって気づいてくれたんだね』
「ああ、気づいた、探すよりここ全部ぶち壊す方が速ぇってな」
ギアの身体から魔力が溢れ出す。
『それは愚策と言わざるを得ないよ』
「追い詰められた仕事の中では効率の悪い方法しか頼れない時がある。そういう愚策を、俺たちは努力で成果に結びつけてきた、それが人間だ」
『君、人間のつもりなのかい?』
「俺は誰よりも人間だ」
コロコロとした笑い声が響く。
『あはは、面白いことを言うんだね。やってみるといいよ、笑ってあげるからピエロのように踊ってね』
「道化も仕事だ舐めんじゃねぇ」
ギアの両手に魔力が集う。
「おいおいギア、ここを壊すなんて世界を壊すくらいの魔力がなきゃ無理だろ」
俺の言葉を無視してギアは魔力を溜める。まてなんだこれは。
「なんて魔力だ!」
両手にそれぞれ火と氷の魔力が溜まっている。俺にダメージがないのは背中だけ反魔力結界を展開してくれているからだ。それがなかったら凍り焦げた、そんな矛盾を挟んだパンになっていたことだろう。
「反する魔力をぶつければ対消滅するか爆発が起きる。本来なら愚策だが、今はその威力が必要だ」
「心の準備が」
「必要ねぇ炎氷爆弾」
爆発した。
爆発が続く。連続して魔法をぶつけて爆発を起こしているんだ。俺のいる背中だけは穏やかだが外はとんでもないことになっている。
イメージは恐竜が絶滅したという隕石の衝突。それが延々と続いている。
「ダメージから観測した情報によると本当に一つの星ほどの規模らしいな」
ギアの両手がシェイカーに向けられる。炎氷を放つつもりだ。
「これも破壊してやる」
ギアの両手が弾かれた。少しズレたところが爆発する。山がその地域ごと消し飛んだ。空中に浮くシェイカーは健在だ。
「邪魔しやがって、この魔力反応はグラップだな」
黒鳥の魔人がいた、パロムの兄のグラップだ。
『にぃさん、やっちゃってよ』
「わかった、こいつらを排除する」
「いまさら九大天王ごときが出しゃばりやがって」
ギアの攻撃をグラップは光の速さで回避する。なんて速さだ、光速を名乗るだけはある。
「速いだけだな、攻撃のときだけ減速してんな」
「ふん、まだまだこんなものではない、速いだけかどうかその身で感じてみるがいい」
ギアの体がガンと傾いた。
「たしかにヒット時は速度は落とすが、十分だ、それにそっちの攻撃が当たることはない」
「理屈はわかったが、光速を生身でやって体が持つわけねぇ」
『そこはボクがフォローしたのさ。長年体をいじり続けたことによって、にぃさんは光速を超えて神速のグラップとなったのさ』
「光速と神速はどっちが速いかイマイチわからねぇが、速さで負けてるのは確かだ、おいバーガーなんかねぇのか仕事しろ」
「速い相手に勝つ方法は持久戦に持ち込むとかだが、パロムがそんな簡単なこと対策してないわけないし、こっちにはリミットがある。受け系を相手にするよりタチが悪い」
「仕方ねぇ、バーガーに使ってる魔法防御結界の出力を最大にする」
俺を囲う光が強まる。
「どうするつもりだ?」
「無視する」
「あんなの無視するのか!?」
「バカが考えてみろ、やつのパワーはそこそこだ、瞬殺されるほどじゃねぇ、ならこのまま突き進んで全部壊したほうがいい」
ギアが攻撃を再開する。
「今度は近づくスペースも与えねぇ」
周囲が焼き尽くす灼熱の炎と絶対零度の冷気に包まれる。
ガンッ!!
「殴られたぞ!」
「ちぃ、喰らう前に離脱できるほど速いってことか」
『無理だよ。それにシェイカーはとても頑丈なんだ、当たったとしても壊せないよ、なんせ全人類を入れることを想定して作ったんだ。魔術対策も万全、技能も通さない、もちろん特異体質のことも考慮してある。あの中に入ったら最後さ。じゃ、はじめよっか』
空(厳密には室内だが)が真っ赤に染った。
『ボクの固有結界とこの星全ての空をリンクさせた。ここから人間を一人残らずサーチして一気にシェイカーに強制転移させる、さぁ、スタート』
シェイカーに巨大なタイマーが出現する。
『あれのカウントが終われば全ての人間をサーチしたことになる、その瞬間にシェイカーは作動、一瞬にしてあの中が人間で満たされる。楽しみだね』
人間が滅べば戦いところじゃなくなる。たとえ勝っても皆が居なきゃ意味ないんだから、パロムもそれを知ってあれを用意したんだ。真意はわからないけど、あれは止めなければならない。
アイナがあの中に入るなんて考えたくもない。
「俺も頑張らないとな」
「パンに何が出来る」
そうだ、俺は無力だ、スーの力なしじゃ。でも、
「........挟めれば」
「あ?」
「挟みさえすれば、この体の魔法陣でなんとかなるかもしれない」
「グラップは捕えられないくらい速ぇし、どう挟むってんだ」
「考える時間をくれ」
「ふん、まどろっこしいな、俺が突破口を開くのが先だ」




