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第94話 完全敗北

挿絵(By みてみん)



 俺たちは敗北した。魔王イズクンゾと四天王スカリーチェを取り逃してしまった。俺の力のなさが原因だ。バンズを噛み締める。


「はーなーせーです!」


 収穫といえば魔王の娘たちだ。えらい苦労したが何とか捕まえることが出来た。さすがの彼女たちでも今のギアには適わなかった。


「妙なマネすんなよ、俺は次の仕事のことで忙しいんだからよ」

「一度でも抗うなら殺すって顔に出てるのに抗う人がいますか?」

「オディット、お前の言うことは信用しねぇがそいつらとは姉妹なんだろ、まとめで静かにさせとけ」

「わかりました」


 彼女たちはギアたちに任せておけばいいだろう。念の為に魔物たちは離れたところに置いている。アヴドキアが恨めしそうにこちらを睨んでいるがつとめて無視する。


「あれ三股槍(トライデント)は?」


 戦いの最中でどこかにいったか? ジゼルが答えた。


「クラーケン様たちが持って行った」

「そっか、ここじゃもう暮らせないもんな」


 海月ヒトデは死んだのかな。胴体が無くなれば死ぬか。


「ここはどうなる?」

「大丈夫。千切れた足がそれぞれ巨大な海月ヒトデになるか。頑張って合体するかはわからないけど。生きてる」

「そうか、ならよかったか」


 一段落だ。まず俺は落ち着かなければならない。俺はまだ不味いと決まったわけではない。


「この海が割れてるのはどうするんだ? 神様がやってくれたんだよな。魔法も技能(スキル)も封じられていたのによくやるな、すごい助かったけどさ」

「そうだろうそうだろう!」

「おわ!?」


 左半分しかない鎧がいつの間にか海底に降り立っていた。


「ソレガシの力ではないのだがな、ハッハッハ!」


 じゃあなんでそんな自慢げなんだよ!


「魔ウイルスという小さなバイ菌たちが海を病ませて海に海裂(うみさき)病という病を発症させたのだ。故にこれは自然的なこと、魔法も技能(スキル)もありはしないのだ」

「海を病ませた!? 無茶苦茶だ」

「無茶も苦茶もできるのが我ら上位神格よ」

「あれ全員上位クラスの神様なのか」

「違うなあれらはソレガシの下僕よ、一機ではそれほど強くはない、ソレガシは神軍を持つという神通力を持つ神だ!」


 我者がずいっと近づく。


「1万年前の聖戦の再来。否、それを超える戦いがこれから起こる、いや起こっている」

「避けられないよな」

「ソレガシは戦いの神である前に、人族の神だ。ゆえに人族サイドの神を集めている。そして今回の敵将は魔王イズクンゾ。あのひよっこだった魔人の餓鬼が相手となる」

「失礼ですけど、その半分の体で大丈夫なんでしょうか」


 大怪我だよな、これ。


「これは1万年前の聖戦で受けた名誉の負傷だ、気分的には今の方が強い!」


 心強い。我者は語る。


「これは明確な敗戦だ。だが悪い負け方ではない」

「と言うと」

「まだ挽回の機会があるということだ。我ら神と魔王特攻を持つ勇者が入れば勝算はある」

「まだチャンスがあるのか」

「ラストチャンスだ。今の彼奴は、スーサイドドラゴン、ダークネスドラゴン、ドラゴンカーセックス、神龍を3柱も取り込んでいる」

「世界2位3位4位の力を持ってるって事だよな。かなりやばいってのはそれだけでわかる」

「かなりでは済まない。死の力。宇宙の闇。多次元の力。そしてその他の神々の力、その全てがやつの腹の中にある」

「……ほんとに勝算あるのか?」

「どんな戦いにも勝算はあるものだ。見たところやつはドラゴンカーセックスと戦った時の傷が癒えていなかった。それにその力も身についているのはほんのわずか。転移の力があれば我々を宇宙の彼方に飛ばして終わりだったはずだ」

「そうか、時間もないんだな」

「一週間だ」

「え?」

「一週間でやつは全ての力を我がものにするだろう」

「場所は……イズクンゾはどこにいるんだ?」

「知れたことよ」


 一体どこにいるって言うんだ。


「魔界だ」

「なんで分かるんだ」

「魔力の気配でな、鼻の曲がる邪悪な魔力だ、わからぬか?」

「わからぬよ!」

「ふ、ソレガシにも鼻はないがな」

「……」


 ねじ込んできたな。


「やつにとって魔界こそホーム。そして隠れもしないということはソレガシらを超える武力を手に入れたという自信の表れ」

「迎え撃つ準備も万全にしてそうだ」

「間違いない、攻城戦となろうな」

「やばさは理解した。でも一週間で準備して魔界にまで行くのは物理的に不可能だ」

「無理を通すのが我ら神よ。すでに人族の王の所にソレガシの下僕を伝令に使わせた、戦力になる者を乗せて魔界に来る」

「俺たちはどうすれば」

(いくさ)が終わったばかりだが、このまま来てもらう」

「わかった。あ、王国から呼び寄せるものを追加できる?」

「遠慮するな、物資ならいくらでも取り寄せようぞ」

「俺の小瓶と料理セットがほしい、小瓶は俺の宿にある。あとモーちゃんを連れてきてくれ、名前を言えばわかるからさ、最終聖戦ならやっぱり勇者パーティは全員揃わないといけないからな」

「験担ぎか、それもよかろう、それでダークネスドラゴンを倒したのだからな。……うむ、念波で伝えた」

「おお、便利だ。助かる」

「では、ゆくぞ。このまま魔界に、そしてひたすらに戦うのだ! ふふふ、はははは!!」


 この武神めっちゃ楽しそう。


「おいコラ、俺抜きに勝手に話を進めるんじゃねぇ。脳みそねぇ奴らだけで話進めんな」


 ギアだって歯車じゃないか。


「だが手っ取り早くていい話をしてやがったな。仕事ってのは納期で駆り立てられるものだからな」

「うむ、ではソレガシらの軍がお主たちを戦場へと運ぼう」

「まて」

「どうした」

「捕虜の始末をつける」


 まさか。


「こいつらを魔王のところに連れて行く意味もねぇし、むしろ戦場で後ろから襲われたら手に負えねぇ」


 オディットが立ち上がり言った。


「待ちなさい。なら解放でいいでしょう。私たちを殺すことに意味はないわ」

「ダメだ、レイならもっと上手く説得するんだがな」

「レイってどなたですか?」

「ちぃ、なんでもねぇ、荷物の運搬が終わる前に殺す」

「待った!」

「なんだクソ猫」

「ク……ミーはエリノアだよ!」

「贅沢な名前だなてめぇ、エリかノアにしやがれ」

「エリーって呼ぶのは私だけの特権」

「今度はラッパーか、用がねぇならさっさと馬車に乗れ、こっちは取り込み中だ」

「そうもいかにゃいよ!」

「エリーにいい考えがある。聞いてあげて」

「なんだ、言ってみろ」

「その子たちの漆黒線状魔力をミーが奪うよ」

「な!?」


 姉妹たちが絶句している。アヴドキアが怒鳴った。


「エリノア!! わかって言ってやがりますか!? この魔力がなかったらヤーたちは魔王になれねぇです!!」

「ちょっと黙っててね、ミーは皆の命の方が大事だよ」

「それを取れば無力化できるってのか」

「無力化ってほどじゃないけど、足増やしたり、鎧まとったり、首増やしたり、目からビームが撃てにゃくにゃるよ。ミーもパワーアップするし、にゃんにゃらミーだけでこの子たちを抑えられるようににゃるよ」

「ずいぶんと都合のいいことを言うな、言っとくが俺はお前も信用してねぇからな」

「戦力は大いに越したことにゃいはずだよ!」

「それもそうだな、わかった、すぐに済ませろ」


 切り替え早いな!


「ありがとう」

「例は要らねぇ、いいプレゼンをしたな」


 ギアはポラニアたちの方に飛んで行った。


「余計な真似をしてくれやがりましたね」


 アヴドキアが恨めしそうにエリノアを睨んでいる。


「こうするしかにゃかったんだよ。それにこの戦いが終われば返すよ。ミーは魔王にゃんて興味にゃいしね。死んだら魔王ににゃれにゃいっていい加減肝に銘じておくといいよ」


 エリノアは縛られているアヴドキアの頭を傾けて首に噛み付く。


「ぐ、くぅ……」


 するとアヴドキアの体を這うようにして漆黒線状魔力がエリノアに移動を始めた。


「くすぐってぇです!! ぺろぺろするなです!」

「動かにゃいの」

「う、うぅ……」


 こうして全員の漆黒線状魔力を吸収した。立ち上がったエリノアがよろめく。ジゼルが肩を貸した。


「大丈夫?」

「うん、食べすぎた時と(おにゃ)じだよ、戦いまでには(にゃ)らすよ」


 黄金の馬車に乗り込む。海乙女(シーガール)も吊るされるように連れていかれている。あの海の中で聖騎士たちを守ってくれていたそうだ。本当に頭が上がらない。この戦いにも自ら進んで来てくれた。ギアの精鋭部隊と聖騎士たちも馬車に乗り込む。馬車と言うよりも、サイズ的には巨大な倉庫だ。一団が全員乗れる大きさだ(リスクを減らすために分けたけどね)、それが数百台ある。至る所に見事な彫刻が施されており、これ一台で遊んで暮らせそうな価値を感じる。そしてなにより兵たちだ。羽もないのに浮いている黄金鎧武者たちだ。我者様だけはそんな派手な色合いではない。剥げた感じがする。


「どうだソレガシの神軍は」

「凄い、みんな金ピカで強そうだ」

「これは高く売れるにゃ」

「こらエリノア」

「あ、神様ごめんにゃさい」

「はっはっはっ! 構わぬ、それだけ優れていると言うことであろう」

「それで我者様」

「うむ」

「魔界はどうなっているんだ?」

「うむ、ここに地図がある。これは魔法の地図だ、現在進行形で変化する、これを見れば今の魔界の様子が手に取るようにわかるぞ」

「おお、これは凄い」


 机に広げられた地図を見る。


「ふむ、元々魔王城のあった場所はここだな」

「あの超巨大ゴーレムだな」


 あれは今は人間界の王城の近くにある。だから今は跡地ということになるか。魔王は一体どんな布陣でくるのか。


「むう?」

「我者様?」


 我者様が首を傾げている。


「地形に変化はない」

「でもイズクンゾは魔界にいるんだよな?」

「それは間違いないが、うぅむ、普通の戦なら地形の変化は必ずある、戦とは場作りが基本、攻められてもいいように、壕を作り、罠を張り、要塞を構えるものだ」

「たしかにそう言われるとおかしい」

「こういうこともある、然らばこの肉眼で見定めるしかあるまい」


 外から声がした。


「おいコラ開けろ」


 並走して飛んでいるギアだった。


「どうした?」

「空を見てみろ」

「空?」


 馬車の窓を上にスライドして開けて顔を出す。進む先を見る。


「あれは……」

「なるほどあれなら地上に変化がないのも頷ける」


 天空に巨大な要塞があった。ありえない質量の物体が空に浮かんでいる。全体から見れば平たい皿の上に長方形の黒い塔が建っている感じだ。その皿も岩盤を何枚も重ねたように分厚い。飛んでる俺たちよりもさらに高い場所に位置している。


「あれで間違いない。醜悪な魔力があそこから流れておるわ」

「魔王はあそこで篭城して一週間をやり過ごすつもりなのか」


 たしかに地上に城を構えないのは正解かもしれない。こうして飛んでいる俺たちに対しても上を取られにくい。地形を無視して上を取る。言わずもがな戦いとは上を取った方が有利になることが多い。


「天空要塞の攻城戦の正攻法なんて知らないぞ」


 ぶっちゃけ策が思いつかない。あれより高いと空気が薄そうだ、下手すれば大気圏外になってしまいかねない。


「はっはっはっはっ! 若い若い、飛んでいようと、沈んでいようと、埋まっていようと城要塞の類の攻め方は決まっておる」


 なんか馬車が加速しているぞ!?


「どうするつもりだ!?」

「正面突破だ!」

「やっぱりぃ!!」

「これから攻め込む城に名前が無いのも格好がつくまい。あれの名を『真魔王城』と名付けよう」


 馬車がグングンと加速していく。


「まずは頭を狙う。先陣かまえぃ!」


 先頭を走る馬車の隊の形状が変化する。馬車の部分から 太い槍が突き出している。


「すごい!」

「魔力を通すことで本来の形を思い出す、形状記憶戦馬車よ! 第一波突撃ぃ!」


 飛んでいった。50にも及ぶ巨大な戦馬車だ、あれが通ればブラックボックスの中がどうなっているかが分かる。もう少しで突撃が決まるっという瞬間、戦馬車が爆発した。爆発に耐えた黄金鎧武者がさらに爆発する。死ぬまでそれが続いた。


「むう! 結界か!」

「馬車の人たちが!」

「構うな。ソレガシらは群体神格、ソレガシが死ななければその魂は健在よ。無論お主らの仲間も乗ってはおらぬぞ」

「そ、そうか」

「それよりもあの結界、呪術が組み込まれておるな」

「今のでそこまで分かるのか」

「ソレガシは神ぞ、それくらい看破する。しかしあの呪術結界の強度は至って強固。つまりは制約がある証拠なり」

「ルールを守っているうちは強いってことか」

「そうとも、ルールを設けることにより、より強度をましている、無下に上から攻めようものなら先程の内部爆発で一網打尽と言うわけだ。……ふむ、下から順番に上がれば発動しないようだな」


 一瞬にしてそこまで看破するできるのか。さすが武神様だ。


「下から攻略していけってことか」

「そのようだ、それくらいの入口がなければあれほどの呪術結界は不可能よ。では渋々と天空要塞の大地に降り立とうぞ」


 皿の部分は、ジュラ紀を彷彿とさせるジャングルや、活火山があり原っぱもある、ジュラ紀知らんけど。


「戦場と言うよりもただのジュ〇シックパークだな」

「ジュラ? なんだ?」

「いやなんでもない、戦場って感じがしない」

「着いたぞ、神軍を展開する、お主たちも準備せよ」


 神軍が展開していく。数百の戦馬車と黄金鎧武者たちが広がっていく。海底神殿攻略時に連れていた聖騎士たちも俺たちを守るように陣形を組んでくれている。


 ギアとギアの精鋭部隊(+ポラニア)に、二人の九大天王(ディザスターとホネルトン)、俺たち勇者パーティ(+ルフレオ)と聖騎士300名。最後に海乙女(シーガール)だ。


「援軍は後ほどだ、期待してもらっていいぞ」

「頼りにしてる。で、あの黒い長方形タワーに向かって進めばいいんだな」

「うむ、では進軍だ!」


 と、進もうとした時、足がピタリと止まる。


「待て! 軍の名前を決めていなかった!」

「え、神軍じゃないの?」

「最終決戦でカッコがつくまい。元はと言えばお主ら人族と魔族の戦、こちらの代表は勇者、お主だ」

「わかった、なら」


 俺たちの軍の名は!


「大勇者パーティだ!!」

「大勇者パーティか! いいネーミングセンスだ!」


 我者は俺の頭をボブボブと叩く。俺を肩に乗せるジゼルも揺れる。


「そうだ、我者様、一つお願いがある」

「申してみよ」

「アイナというエルフの少女がどこにいるか知らないか?」

「エルフ族の娘? その娘がどうしたのだ」

「勇者パーティのメンバー、いやそれ以上に俺にとって欠かせない存在なんだ、でもはぐれちゃってどこにいるか分からないんだ」

「お主にはその娘が必要なのだな」

「はい」

「わかった……いま感知系に長けた部下を飛ばせた、この戦が終わればこの本隊を使って星の隅々まで探してやろう」

「ありがとう!」


 あとはアイナとスーだけだ。二人が帰ってきてくれれば勇者パーティは完成する。スーは魔王の腹の中だけど、不死身だと言うのであれば、生きているはずだ。そうだよな? スー。


「む、全軍止まれい!」

「我者様?」

「来たぞ、あれは……」










「ハッハッハッハッハッハッハ!!」










 塔から飛び出してきたのは魔獣チワワだ!


「出たな魔獣チワワ! でも今の俺たちには上位神の我者様がいるんだ!」

「ふ、神頼みか、神の前ならば悪くない選択だ」


 我者が片足なのにも関わらずケンケンで飛ぶように移動する。


「武神流奥義ーー」

「わん?」

「『大袈裟斬り』」


 魔獣チワワが2つに割れた。遅れて奥の長方形の真魔王城が縦に爆発を起こす。


「い、一撃であの魔獣チワワを!?」

「この程度の敵に手こずっていたのか? お主ら人間というのはどこまでも貧弱なものよな」

「あの魔獣チワワ、幻覚とかじゃないよな?」


 俺の疑問にサガオが答える。


「俺の『超直感』が伝えるがあれは紛れもなく本物だ。大戦争で戦ったとき以上の威圧感をあれから感じたぞ!」


 じゃあ本当に倒したんだ。あの化け物を!


「進軍再開ーー」


 我者の腕が止まる。


「別個体か」


 またしてもこじんまりとした(見た目はあてにならない)魔獣チワワがいた。


「2匹いるのか……」

「いや、これは」


 あちこちから笑い声が聞こえる。それは穏やかな街の黄色い声。だがここは敵地。出てくるのは異形の怪物。サガオが驚愕した。


「まさかあの個体はただの分身だったというのか……」


 つまりあのレベルの魔獣がたくさんいるってことかよ!


「ほう、そうか、それならば魔王を守る番犬としては認めよう」

「そんな悠長にしている場合じゃないと思うんですけど!」

「見ただろう、一振で倒せるのだぞ? 対した驚異ではない」

「そ、そうか?」


 確かに言われてみればこっちには我者様がいるんだ、ばしばし斬り捨てて進んでしまえばいいのか。


「ハッハッハッハッハッ!」


 バラバラだった魔獣チワワの声が一斉に揃い笑い出す。な、なんだ!?


「かみ、カミ、紙、髪、神、噛み、咬み 、嚼み。笑止笑止。神程度で、神程度の分際で笑止」

「あの生物の鳴き声は不快だな」


 我者が剣を構える。魔獣チワワたちが一斉に襲いかかってきた。


「お主らは見ておけ、ソレガシとソレガシの神軍を」


 何百ものチワワが一斉に飛びかかる。


「武神流奥義、大袈裟斬り」


 大ぶりに振るう。すると魔獣チワワたちが大袈裟に割れる。大ぶりの一撃なのに様々な斬り方があるようだ。剣術はよく分からないけど、奥深いな。


「あれは?」


 魔獣チワワの内部が光る。あれは魔法陣?


「伏せろ!」


 目を開けていられないほどの光が当たりを包む。

 光が収まる。


「これは、やられたな」


 我者様の様子がおかしい。こちらを向く。無いはずの右半身が埋まっていた。


「最初からこれが目的か、しかし、ソレガシの弱点をなぜ知っている」


 魔獣チワワが我者を着ていた。


「今の魔法陣はソレガシにのみ作用するものだ、初めからソレガシが来ることを予知でもしていない限りこの用意周到な魔術を組み込むことは出来ぬ」


『あー、あー、テステス』


 とこからともなくパロムの声がする。


『やーやー、くふふ、やっているかい?』

「パロム!」

『もう上手くいきすぎて解説させてくれないかな?』

「何をしたんだ!」

『前提条件。魔王様は過去視と未来予知ができるんだ。スーの力を使って過去にそういう能力を持っている個体にアクセスして力を使っているのさ。もちろん悪魔の脳味噌を持つ魔王様は素の演算能力でも予知に近い事ができるんだけどね!』


「私のおばぁちゃんを……」


 ジゼルが拳をにぎりしめる。そうかジゼルのおばぁちゃんの予言の力を使っているのか。


『だからこれから来る援軍は分かっている、それに対する準備も万全。そしてさっきの魔法陣は我者の隙を作るためだけのもの。それ一つのみに絞ることで経費節約、生贄の量も最小限に抑えられた。我者は動く呪いの鎧が神格化した物だからね、呪いの仕組みを理解しているボクなら容易いことさ』


 そうだったのか。


『隙を作れば魔獣チワワが着ることも出来る。鎧ってのは着ている者には手出しできない、そういうものだからね』

「そうなのか、我者様?」

「ああ、間違いない。ソレガシの内側にいる者には手出し出来ぬ」

『そしてね、そのマイクロマジックファイバーで形成された鎧を操作できるように、シチューの体を弄ってある。パンの頭でもわかるね?』

「まさか……」

『我者は今からボクたち魔王軍の忠実なる下僕となったのさ!』


 我者様が叫んだ。


「バーガー、行け! ソレガシの意思が上書きされる前に! ソレガシが完全に乗っ取られれば、神軍全てが敵となる!」

「まて! じゃあ王国に送った神軍とアイナを探しに行った神軍もか!?」

「そうだ、敵となる、最悪の事態だが、手加減も……手心も要らぬ……早く行け!」


 俺たちは一斉に走り出した。魔獣チワワが我者を乗っ取る前にあの建物の中に入るんだ。サガオが立ち止まった。


「サガオ!?」

「このまま進んでも後ろから魔獣チワワが来る。四天王に挟み撃ちにされれば一溜りもない。抑える者が必要だ」

「それならみんなで」

「ダメなのだ、これは俺の役目なのだ」


 中のヒマリが不満そうに声を上げた。


「俺『たち』でしょ、おにぃちゃん」

「ああ、そうだ、俺たちだな」

「もう私は出ないからね」

「ヒマリを乗せているからこそ、俺は戦える、大事なことなのだ」


 サガオが武器を構える。


「バーガー、俺は勇者か?」

「勇者だ。童話の勇者だ」

「ははは!! ならば必ず合流する!! なにせ俺は勇者からお墨付きを頂いた」


 武器を展開する。


「勇者なのだから!!」



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