第93話 遠い100メートル
「ぎゃはは」
聞きたくない声がした。スカリーチェをお姫様抱っこしているアイツは。
「ざまぁねー、最強の人類ともあろうやつがよ。なぁスカリーチェ? 何勝手に死のうとしてんだぁ」
「クスクス。私の血で汚れてしまいまス」
「べろ」
イズクンゾがスカリーチェの体を舐める。執拗に。
「ああ! イズクンゾ様!」
「仕事帰りの一杯ってやつだ、うまうま、美味美味」
あれはただ舐めているだけじゃない。スカリーチェの体の傷が治っていく。
「ちぃ」
遅れて海の底に戻ったギアが腕をイズクンゾに向けて構える。イズクンゾはそれを鼻で笑った。
「やめとけやめとけ、俺様にゃあ適わねぇよ。『来い』」
イズクンゾの前に魔王の娘たちが出現した。あの魔法は? キラードラゴンから出てきたジゼルが反応した。
「あれは転移魔法!?」
「珍しい魔法なのか」
「転移魔法は転移龍ドラゴンカーセックス様しか使えないはず」
「まさか.........」
イズクンゾの特性が俺を最悪の予感へと導く。
「かーっかっかっかっかっ! 仕事帰りっつったろーが! なぁ?! 食ってきたんだよ、あの化物をよぉ!!」
「世界2位の神を食べただと」
「死ぬかと思ったが、俺様は努力家だからな、備えあれば憂いなしよ〜」
さて、とイズクンゾは手を合わせる。その顔は変わらず邪悪な笑みを称えている。アヴドキアが叫んだ。
「お父様! スカリーチェが裏切りやがりました!」
「あん?」
「ヤーたちを殺そうとーー」
「あむ」
イズクンゾの首が伸びてアヴドキアの頭を咥えた。
「んん!? んんんんんーー!!」
「魔王ってのはよぉ、どんな目に会おうと、それを誰かにチクッたりはしねぇのよ」
「ん! んん!!」
アヴドキアが外そうと藻掻くが微動だにしない。
「それに俺様の次の魔王? そんなものはいねぇ。なぜなら俺様が初代にして末代であり、原点にして頂点なんだからよぉ」
ぺっと吐き捨てた。
「げほっがはっ!!」
姉妹たちが駆け寄る。
「げふ、たいして回復しないのぉ〜。しょっぺぇ汗の味だぜ。お前らはもう用済みだから好きにしていい。と言いたいところだが俺様は悪魔の中の悪魔だ」
「こいつらを殺せ、命をかけてな」
この悪魔は冗談ではなく本気で言っている。凍り付く姉妹たちを押しのけてエリノアが前に出た。
「みんにゃ! イズクンゾは疲弊しているよ! 倒すにゃら今だよ!」
そうなのか?
「おいおいおいおいおい、エリノアやーい、どうしちまったんだよ、寂しいこと言うなよお前、お父ちゃんを裏切るってのかよォ? 近づきすぎて情でも移ったかぁ?」
「移った!」
「ぎゃはは!! 聞いたかスカリーチェ! さすがは俺様の娘だぜ!!」
イズクンゾはバシバシと空を叩く。
「家族だからわかるよ、イズクンゾは手負いだよ、転移龍の力もまだ馴染んでにゃーー」
「エリノアアアアアオオオオオアアアアアア!!!!!!!!!」
「にゃ!?」
イズクンゾの咆哮だ。
「エリノアよエリノア、お前はパロムの拷問部屋行きだ!!!!!!」
「絶対に嫌だよ!」
俺はエリノアの頭に飛び乗る。
「やいイズクンゾ! 俺たちが相手だ!」
「ホワ? バーガー!?」
「エリノアのした選択、絶対に後悔させないからな」
みんな死屍累々だが、気力は十分だ!
真上からギアが斬りかかった。イズクンゾは邪悪な笑みを称えたまま微動だにせずそこに佇んでいる。アヴドキアが割って入った。鞭でギアの手を取り起動をずらす。
「邪魔すんじゃねぇ」
「……」
何故だ、イズクンゾから見放されたというのに、
「ぎゃははー!! 俺様は魔王だ!! そう簡単に相手してくれると思うなよ」
「ちぃ、反魔法結界に入れた、魔法は使えねぇ、スカリーチェの能力もキラードラゴンで封じてある。畳み掛けろ」
「「「おおおお!!!」」」
横から進行方向を塞ぐようにレーザー光線が飛んできた。みんな立ち止まる。
「オディットの水晶魔王砲か、さっきより威力がよえぇ、あれは精神力だけで魔力を使ってねぇな。どいつもこいつも邪魔するなら先に殺すぞ」
「あー、いいねぇ、ま、あとはしくよろ」
イズクンゾがゆっくりと指を動かす。空間に魔法陣が描かれていく。
「この結界の中でも魔法が使えるだと」
「解析して中和する程度の魔力演算なんざ、悪魔の脳みそを持つ俺様からすれば赤子の手を食べるくらい楽勝だぜ」
サガオが確信を得たように言った。
「魔方陣を描く指の動きが鈍い。魔力の出力が明らかに低下している証拠だ。超直感からも感じ取れるがあれは皮だけは普通に見えるが中身は殆ど空洞だ」
「今しかないか、しかし」
エリノアの姉妹たちが立ち塞がる。
4人の目には明確な殺意が宿っている。
「どうしてだ、捨て駒のように扱われていいのか?」
返事はない。イズクンゾがいるからか? 問答を聞かれてイズクンゾの気分が変わるのを恐れているからなのか? それほどまでの恐怖を植え付けられているのか。
「これだけは分かったぞ、イズクンゾは親失格だ! この甲斐性なし!」
「あーあ、なんて酷いことを言うのかねぇこの勇者さんはよぉ、甲斐性をハンバーガーに諭されるなんざ、魔人史に置いて俺様が初めてのことだろうぜ!」
「バーガーやつとの問答は無駄だ」
「ああ! サガオいけるか?」
「未だかつて無いほどにな!」
「よし、突破するぞ!」
イズクンゾとの距離はざっと100メートル。サガオが距離を詰める。すると昆虫の娘が走り出した。
「イリポーン、やめるのじゃ」
ルフレオが叫んだ、そうかルフレオと戦っていた子か。
「わ、大百足モードッ!」
イリポーンが外骨格を隆起させて角を持つムカデじみた姿に体を変化させた。
「止まらぬか、しかたない、サガオたちはそのまま進めぃ、イリポーンはワシが相手しよう、隕石魔装フルプレート!!」
落ちる隕石で僅かに時間を稼ぎ角をいなして装着する。
「し、死んでくださいぃ!」
地面ごと突き上げる。この一撃は不味い!
「なんの! 隕石衝突!」
跳躍してから真下に突撃する隕石突きで相殺した!
イリポーンはルフレオに抑えてもらおう。次はドラゴン娘が出てきた。
「あの娘はロイーズ。人、魔、龍の魔力をあの身に宿している」
サガオの言う通りだな。あの姿、人型のネスに近い感じだ。
「ヒヒ。全員相手してやるよぉ、八岐大蛇モード!」
「なに!?」
その質量を増大させていく。みるみるうちに8つの首を持つ龍になった。
「ギア! バーガーを頼む!」
「乗れ」
俺はサガオのコックピットから飛び出してギアの背中に飛び乗った。
「ここは俺に任せて先に行くのだ」
「全員相手するっていってるだろうううう!!」
ロイーズが頭の一つを叩きつけた。
「ふっ! 舐めるなよ! その8つの首全てを刈り取ってやる!! 出力全開! 旋風烈旋!」
スバンッ! スバンッ! と全ての攻撃がサガオの超直感によってド〇クエ風に言う会心の一撃になっている!
魔王まで50メートル。
「ジュの番ですね」
「どけオディット」
「退けるわけないでしょう。単眼魚モード」
包帯で隠されていたオディットの左目が光る。あれは水晶の目だ、中に何重にも魔法陣が描かれている。
「精神力のみの水晶魔王砲ですが、それでも魔王砲ですから当たれば殺せます」
「バーガー、ここは俺がやってやる。オディットの魔王砲は百発百中だ」
「ここまでありがとう!」
「そんな遠くに行くわけでもねぇのに何言ってんだ、早く行け」
俺はギアから飛び降りて跳ね出す。
「行かせません。水晶魔王砲」
迫る魔王砲。ギアが俺を蹴飛ばした。
「手間かけさせんな」
ギアの足が吹き飛んでいた。
「オディットは未来を見てるかってくらいの偏差撃ちをしてきやがる。魔王砲の起動は変えられねぇんだ、もっと気をつけやがれ」
背後から飛んできた足のパーツをノータイムで付け替えながらギアはそう言った。
あと30メートル。
「へんちくりんな食べ物だけがきやがりました」
アヴドキアが立ち塞がる。そう彼女がいるからディザスターやホネルトン、それにギアの親衛隊たちは離れざるを得ないんだ。魔物と魔人は問答無用で支配されてしまう。
「考えてみれば、そのMAXソード以外でまともな戦いをしている所を見たことがねぇです」
「ギクリ」
図星だ、正直魔法だけで太刀打ちできる相手じゃない。勇者斬も使ってしまった。奥の手の小瓶もここでは使えない。だがそれでも。
「やらなきゃならないんだ!」
「笑止です! 八咫烏モード!」
アヴドキアの足が漆黒に染まり三本足になる。あれは厄介だ、このままではイズクンゾが去ってしまう。俺の背後から2つの影が通り抜けた。
「にゃにしてるバーガー! ここはミーとジゼルに任せるんだよ!」
「2人に任せた!!」
「あ! 待ちやがるです!」
「させにゃいよ!」
「何度も何度も何度も何度も!! ヤーの邪魔をするなです!!」
「止めるよ、それが今のミーに出来る事だから!」
辿り着いた。100メートルがえらく遠く感じた。
「イズクンゾ!! 来たぞ!!」
「『来たぞ』か、いい言葉だ。さらば返そう、どうぞいらっしゃぁい! ってな」
イズクンゾは魔法陣を描きつつ言った。
「話は無しだ!」
「つれないねぇっひひ」
魔法はギアの反魔法結界で使えない。しかしMAXソードの内部の魔力は健在だ! これで斬れば魔王も倒せるはずだ!
「お前は勇者だ、そして俺様の物であるこの星にズカズカと上がり込んできた蛮勇を振るう侵略者でもある。ならばここを玉座とする。俺様が直接手を下すに相応しいシチュエーションが整ったということになるなぁ?」
スカリーチェを抱き、片手で魔法陣を描いている状態で言われてもだが、相手してくれるようだ。
「イズクンゾ様、私がバーガーの相手をしまス」
「おいスカリーチェ、手を出すなよ。お前は俺様の許可無く戦うことを今から禁ずるぜ」
「はっ!」
「こい勇者、もう絶対勝てるところまでレベル上げたから、めっちゃ余裕な俺様が食ってやる」
「うおおーーッ!!」
俺は跳ねる、低く沢山跳ねる。左右に揺れたり、フェイントを交える。
「その体でよくそこまで鍛えたもんだぜ!」
「はぁ!!」
横からと見せかけて正面から斬りつける。イズクンゾが大口を開けた。
「『悪魔の舌』」
イズクンゾの舌でバチンと弾かれる。そしてギャリギャリと地面を舐め削りながらカメレオンのように伸びる舌で俺を攻める。
「鞭のようだろ? 悪魔の舌ってのは饒舌熱鞭なぁ〜んつって、ぎゃははーーッ!」
「自分の! ネタで! 笑うな!」
1本の鞭にここまで苦戦するとは、速いし狙いも鋭い、ちょこまか動くハンバーガーの俺を執拗に追いかけ回す。
「ちょろいな、二枚舌!」
「なっ!」
舌が2つに割れた!
「捕らえた」
「しまった! ぐ!」
「容易いなぁ、勇者くん。ま、仕方ないぜ。俺様はこうなるように頑張ってきたんだ、こうならねぇとならねぇよなぁ?」
「離せ!」
「勇者の味はどんな味?」
「や、やめろ!」
「いただきまぁす!」
ガジっ。
「ばっがああああ!!!」
痛い痛い痛い痛い!! アイナに噛まれた時の痛みを思い出す!!
「もぐもぐ、はっはっはっ、痛がるハンバーガーなんて珍しいぜ! ぎゃーはっはっはっ!! ……うっ!?」
「え?」
「ぶえええええええ!!!!」
イズクンゾがゲロを吐いた。
「がっはぁ!!! げええええええ!!」
「イズクンゾ様!」
吐くのに必死で俺を離した、スカリーチェもその場に落ちた。
ど、どうしたと言うんだ。よく分からないが隙は隙だ。俺はMAXソードの魔力を使って体を再構築する。
「まっずうううううううううううううううう!!!!!」
「はぁああああああ!!!??」
「まっず! なんだこれっ!!! げええええおろろろろろろろろ!!!! ぎゃああああああーーーーー!!!!!」
イズクンゾが悲鳴をあげてのたうち回っている。その間に齧られた部分の修復が終わる。またとないチャンスだ……でもーー
「まず、かったのか、俺」
ショックで動けない。俺の内なるハンバーガーがショックを受けている。『不味い』その言葉は料理にとって一番聞きたくない言葉だ。向こうもピンチだが、こっちもピンチなんだ、メンタル的に。
そう言えばアイナ(赤ちゃんの時)が食べた時も腹を壊していたな……付着していた土埃のせいだろうと内心そう納得していた……けど、今はそれなりに身なりには気をつけていた……。そうか俺は不味いんだな。涙が頬を伝う。魔王が苦しみ藻掻く。
「何してんだ、バーガー」
ギアの声にハッとする。
「てめぇ、仕事中に何をボーッとしてやがる」
そ、そうだ、俺はやらなければ……ならない!
「そうだ、俺はまだ具材を挟んだ時に食べられていない! ちゃんと下拵えもしていない! 皿に乗った状態でもう一度望めばいい! しかし俺を食べるのはお前じゃない!」
魔王がピタリと動きを止めた。不自然な体勢だが、全身が筋肉の役割を果たす漆黒線状魔力で出来ているため不思議ではない。
「あーーーーーー『見えた』」
「は?」
「そうか『そこ』にいたのか。違和感の正体はこれだったのか」
いつものイズクンゾじゃない。なんだどうした?
「番重岳人」
「な!?」
なぜ俺のリアルネームを!?
「その魔法陣、バンズの中にある魔法陣だよ、それよぉ、それこそが『あいつ』への糸口だったんだなぁ」
……嘘だろ。
「『女神』さ。俺様がいるのではと考えていた存在だ。よもや、よもや、いるのか。そこに、マジか」
気づかれたのか。あの領域って凄いんじゃなかったのか……それを認識したというのか。いや待て、なんで俺を食べて? この俺の体に刻まれた魔法陣を摂取したからか? これは女神が描いたものだ。それを足がかりに辿り着いたっていうのか。
「どうやらまた俺様の悪運が発動したらしい」
「何を言っている」
「岳人、聞きなれねぇ異国の名前だが、いい名前じゃねぇか? ええおい?」
「俺はバーガーだ」
「隠すことねぇじゃねぇかよぉ、もう分かってるんだろ? 俺様と会話してるってことはよ」
「女神をどうするつもりだ」
「食う」
「……出来るわけない」
「ぎゃはは、全ては俺様の物なんだ、出来る出来ない以前の話っつーわけ」
気づけば魔法陣が描き上がっていた。
「またレベリングだ。勝てるまで強くなってそれから食う。じゃあな、この世界の終わりまで精々足掻いて俺様の糧となれよーい」
イズクンゾが魔法陣に触れて消えた。