第92話 悪愛の魔女4
「騒ぐな、平気だ」
「どういうことなのだ、こっちだけが一方的に斬られているのだ!」
「クスクス。やだなぁ単純に君たちの力不足が原因なだけじゃないっスかー」
「くっ! なめるな!」
「ワシが見極めてやろう」
ルフレオが正面から接近する。
「隕石鎧も魔法も使えない老人に何が出来るんスか?」
「ならば『右側』で受けてもいいんじゃぞ?」
「クスクス」
放つは正拳突きだ。鍛えられた者の拳は武器となる。鎧の上からとはいえそれを受ければ無事では済まない。スカリーチェは左側でそれを受けた。またしても微動だにしない。
サガオが叫んだ。
「やはりクゥ様の気合武装、月白装甲のように、破壊不能なのではないか!?」
「それは違うぞい、今ので確信した」
スカリーチェの振るう剣を跳躍して回避した。それでもなお追従する剣をギアが入って止める。
「やはり、同色同士では破壊できないんじゃな」
「白は白を壊せないってことか」
「そうじゃ、さっきギアを斬ったのは黒い剣じゃった。ギアの体は白じゃ」
「だからさっきの白い剣の時は俺の体が斬れなかったわけか」
「黒には白で、白には黒で攻めるんじゃ。逆に守る時は同色で、それなら斬られることはないはずじゃ」
「クスクス。やはり老人は先に殺しておいた方がよかったっスかね」
「けっ、タネが分かればこっちのもんだ。俺の剣以外みんな白なんだ。黒に気をつけさえすれば俺たちがダメージを受けることはねぇ」
その通りだな。これで戦いに慣れた3人が連携すればもしかしたら勝てるかもしれない。
「行くぞ」
「「「おおおお!!」」」
ギアの声を皮切りに再び3人で攻める。猛攻だ。左右、正面から縦横無尽に攻め立てる。
サガオが技能を封じられているが4本の武器で乱舞した。
「いつまで受け続けられるかな!」
「クスクス」
スカリーチェが素早くしかし重くサガオの足を踏んだ。
「ぬう!」
「足を切断して逃げようにも白じゃあ斬れないっスよ」
スカリーチェの黒剣が伸びた!
「バーガー!!」
「おう!!」
サガオの口が大きく開きコックピットから俺が出る。全力の回転を加えたMAXソード(白色)でスカリーチェの残酷な一撃を受ける。
ぶつかり合えば白黒でも壊れずに相殺されるのはさっきわかったからな!
「隙ありじゃ!」
ルフレオの正拳突きがスカリーチェの中心を捉える。
「クスクス」
かのように見えたが、超高速で縦回転、ギロチンのように右足(黒)を振り下ろす。ルフレオはギロチンカカト落としのスネの部分に僅かに触れて受け流す。白い地面が大きく割れた。
「ギア! 今じゃ!」
背後からKILLソードで突く、スカリーチェは後ろも見ずに黒剣を背中にかざして防御した。黒と黒は破壊できない!
「こんなんじゃ私は殺せないっスよ」
「バカが」
ギアの口がバガンと開く(口あったのか)。舌の代わりに大口径の銃が出てきた。って銃あったのかよ!?
「死ね」
即座に発砲! 弾の色は白か! 黒か!
ぽたたと黒い血が流れる。
「俺の弾は白かったみてぇだな」
さらに発砲。白と黒の血が混じる。
「黒いのもあったみてぇだな」
スカリーチェが振り返る。
「魔法も技能も使えないはずっスけど」
「バカが企業努力は魔法じゃねぇんだよ」
「クスクス……そうでスか」
何か様子がおかしい。ルフレオが畳み掛ける。
「笑止っス」
「むう!?」
スカリーチェがルフレオの正拳突きを止めると拳を握りルフレオを棒切れのように振り上げた。マズい!
すかさずサガオが受け止めに入るも、叩きつけられる。
「ぬぐぅ!!」
「くはっ!す、すごい力だ!!」
「チィ!」
ギアが発砲する。
「同じ手は食わないっス」
体を僅かに揺らして黒い弾丸は黒い鎧で白い弾丸は白い鎧で受けた。
「神々の誓約で邪魔が入る前に、私の最終奥義で葬ってやるっス」
床に付着した白黒の血が混ざっていく。こ、これは!? スカリーチェの気合武装も白と黒が混ざって灰色に変わる。
「気合武装、灰界装甲」
「死ね!」
ギアが口から弾を乱射する。スカリーチェは避けすらしない。
「クスクス、クスクス」
「無傷か」
「いいえ、削れてますよ、ミクロレベルで、クスクス。白と黒がとーっても小さいレベルで混ざり合ってるっス」
キラードラゴン内にいるポラニアが叫んだ。
「つまり。同色同士の破壊耐性と、異色同士の破壊性が両方備わってるってことポメ!?」
「その通りっス。今この世界に置いて最も硬く。最も鋭利なのは私っス」
「諦めないのだ! 童話の勇者は決して諦めないのだ!」
「クスクス、クスクスクスクスクスクスクスクス」
「よせ! サガオ!」
サガオの4本の剣がスカリーチェの体にヒットする。
「だから効きませんよ」
「ぐう!?」
スカリーチェの剣がサガオを貫く。
またしてもコックピットごとだ。
「勇者勇者って、勇気あるものは無謀に攻めてくれるから楽ちんっスね」
「ぐああああ!!」
何度も何度も突き刺される。
「サガオ!! これ以上は!!」
「今だ! やるのだ!!」
ルフレオがサガオの巨体の死角を利用してスカリーチェの背後に回り込み正拳突きを放つ。スカリーチェは防御しない。
「振動とか力エネルギーーとか、そういったものも私には到達しないっス」
「がっ!!」
ルフレオが袈裟斬りにされた。
「弱すぎっス、えい」
灰界装甲から無数の棘が伸びる!
「あ、ああ」
2人が貫かれていく。
「やめろぉ!!」
「バーガーは自分の心配をしたらいいっス。貴方はメインディッシュなんスから、昔の続きをしましょうね」
ゾクリとした。前にスカリーチェにされた拷問を思い出す。
……か、勝てない。この魔女には勝てない。
考えが甘かった。イズクンゾさえ止めればいいと思っていた。だが違かった。四天王たちはそれぞれが人類の脅威になるほどの存在なんだ。それだけの存在なんだ。王国、いや人類の戦力を掻き集めてぶつけなければならなかった。逃げるのが正解だったんだ。ここに三騎士がいてくれれば。しかしそれは叶わない、魔法もスキルも使えない。こんな海の底まで助けは来ない。
「負け、るのか」
絶望だ。アイナに会えないまま、また死ぬのか。切り札だって魔法が封じられたいま、使うことは出来ない。
俺はギアに視線を移す。せめて機動力が残っているギアだけでも逃げてくれれば、逃げられる可能性は低いかもしれないが、それでも希望が残れば俺もここで戦って死ねるだろう。そんな中でもギアは言った。
「ポラニア、無茶するぞ、組め」
「ポメ!」
諦めてないのか、この状況で。
「まだ戦うんスか?」
「(あ)たりめーだろうが」
ポラニアたちがキラードラゴンの口から出てくる。
ギアの親衛隊たちもだ、キラードラゴンの腹やら尻尾やらを開いて何かを展開していく。
「仕事ってのは最高だ。死ぬその時まで出来るんだからよ」
ギアがKILLソードを構える。
「人は仕事をするために生まれてくる。働いて働いて仕事して死ぬ。それが人の本来あるべき姿なんだよ」
「........? ........??」
スカリーチェが何度か首を傾げる。
「ごめんなさい、理解できないっス」
「だろうな、異世界人には」
ギアの猛攻だ。なりふり構わずにゴッドキラーのボディスペックでKILLソードを振るう。しかし魔力による推進力はなく、精神力も黒白空間によって封じられている。スカリーチェの体術と剣術が合わさった万全な受けでそれらを防ぐ。硬い音が響く。
「無駄っス」
軽く弾かれただけでKILLソードが折れた。
「終わりっス」
「次」
新しい剣が握られていた。背後の親衛隊が投げ渡したんだ。
「無駄なことを」
「次だ、次次、どんどん寄越せ!」
ギアが攻め立て剣を壊していく。その都度、背後から新たな剣が投げ渡される、即座にキャッチして使っていく。何度も、そう何度もだ。
「鬱陶しいっス、よ!」
最後の剣が弾かれた。周囲に無数の剣が散乱している。
そのタイミングで親衛隊が大きな筒をギアの背中に刺した、ギアが大口を開ける。
「喰らえ」
マシンガンだ、とてつもない速度で何百何千と白黒の弾を発車する。
「魔法、技能を封じる術を考えてきた俺たちだぞ、逆手に取られた場合の物理手段は用意してあるんだよ」
しかしスカリーチェはビクともしない。それでもギアは撃ち続ける。
「魔力、技力なんざ、企業努力の前には利用されるだけにすぎねぇ」
「何も好転していませんがほらほら」
スカリーチェの何気ない攻撃が背後の親衛隊を狙う。
伸びた棘が襲いかかる。親衛隊は見向きもしない。仕事を続けている。
「仕事の邪魔すんじゃねぇ!」
両手で棘を掴み、無理やり起動を曲げる。両腕が切断される。された瞬間肩から自切した。
「次」
飛んできた腕のパーツがギアにくっ付いた。
「キラードラゴンを解体して、パーツを生産し続けろ」
「無駄なことをどうして続けるんスか」
「バカが簡単なことだ無駄じゃねぇからだ、ボケが仕事には無駄なんて一切ねぇ、クソが洗練された動作だけがそこに残るんだよ」
「平行線っスね!」
さらにギアの体が刻まれる。しかしその中でもパーツの支給は止まらない。破損、欠損したパーツをノータイムで交換していく。スカリーチェはスーパーアーマー状態だから連撃は反撃を喰らう愚かな行為だ。ギアは高速移動しつつ攻撃を続ける。口から弾を吐き、両手で殴り、落ちている剣や破損したパーツを超高速で投げ叩きつける。
「す、すごい、戦えている。あの魔女相手に……互角に」
苛烈な時間だ。大戦争の死闘を凝縮したような戦いだ。ギアの動きは凄まじく、周囲の空気をも巻き上げていく。スカリーチェを中心にスクラップの混じった台風が出来ている。ギガはスカリーチェの棘を掴み上に投げる。足のブーストを発動させてスカリーチェに追いつくと様々な角度から攻撃する。追撃はさらに加速していく。まだまだ精鋭部隊たちはパーツの補給を止めない。直接渡せなくても打ち上げて竜巻に巻き上げさせてギアに届けている。なんたる起動計算だ。仕事の速度も上がっていく。なんて洗練された戦士たちなんだ。
どんどん上に上がっていく。
「私の体力切れが目的でスか? そこまで長引くことは絶対にないっスよ」
無視してスカリーチェをさらに上に投げ飛ばす。割れた海から海上に出る。
「神々の誓約が発動してんだろ? 海を割っただけで神どもが何もしてこねぇのは何故だ?」
「まさか」
俺の視力が高い高い遥か上空を捉える。あれは、まさか、
「神どももまだこれだけ残っていたんスか」
そう、空を覆い尽くす神々の軍勢がそこにいた。
右半身がない甲冑が空を歩きながら話始めた。
「出てきたか」
「あれは武神、我者っスか。それに後方のは我者の神軍っスか」
あれが全て味方なのか?
「言っておくが神々の誓約は発動していない。ソレガシたちは見定めに来たのよ」
「何をっスか?」
「人族の希望をだ」
視線はギアに注がれる。
「あ? 俺は絶者だ、つーか手伝わねぇのかよ、やっぱり神なんて自称するやつらは当てにならねぇな」
ギアはさらに上に進んでいく。
「ここが目的地じゃ……まさかっスよね」
「お前は体力も能力もやべぇ、だがな生物を拒絶する真空状態ならどうだ、それともそれもテスト済みか」
スカリーチェは棘を伸ばして起動を変えようとする。しかし竜巻の中にはギアの肉片ともいえる白黒パーツが混在しており動きが鈍る。ギアは尻尾で大きな鉄板を持ってさらにグルグルと回る、まるで団扇のようにだ。パーツをまきあげてドンドン上昇していく。
俺の両目は生前のそれに近い動体視力を持っている。大気圏を突破した2人をしっかり見ている。むちゃくちゃだ、やってることが荒唐無稽すぎる、でも!
「……いけ、やっちまえ」
必然と言葉が漏れる、声援が口から出てくる。
「やっちまえ!!」
「「「「「「「おおおおおおーーーー!!!!」」」」」」」
声援だ、敵味方を問わずギアを応援している。
「がんばれー!!」
「うるせぇな」
大気圏を突破した。
「静かになったな」
「……」
宇宙空間だ、パーツも2人の周りを漂っている。
「終わりだ、あと呼吸は何分持つ、窒息死を見届けてやる」
「クスクス」
「ーーなんて呑気な真似はしねぇよ」
ギアは宇宙空間でも俊敏に動く。連撃に次ぐ連撃。
「見飽きたっス!」
スカリーチェの突き出した灰剣がギアの胸に刺さる。
「勝ったっス。本体を破壊したっス」
「バカが」
「なっ!?」
ギアの本体(歯車)がスカリーチェの剣を巻き込んで離さない!
「俺(本体)が動けないと思ったか? これで終いだ」
これで何千、何億回目になるだろうか、ギアの拳がスカリーチェの顔面を捉えた。
スカリーチェの仮面が割れた。
「まさかこの灰界装甲が!?」
「何を驚いてやがる。ちょっとずつ削れてるって言ったのはお前だろ、努力をして成果を出したまでだ死ね」
ギアの拳がスカリーチェの顔面に突き刺さった。超振動させて拳を削りながら灰色の皮膚を突き破る。灰色の鮮血が飛び散る。その間にも灰界装甲の棘がギアを包む、それでもお構い無しに拳を奥へと押し込む。棘が刺さっていく。拳がめり込んでいく。
拳が砕けた。もう片方の拳は棘を抑えるのに使っている。尻尾だってそうだ。手数が足りない。
「足りねぇか」
ギアの本体(歯車)がゴッドキラーのボディから飛び出す。そして回転してスカリーチェの顔面に飛び込んだ。
「まだ俺が残ってるぞ」
「……ッ!!」
高速回転。ギア自らが回転、歯車の突起部分で削っていく。
身を削るとはまさにこの事だ。そしてーー
スカリーチェの棘が消滅した。腕をダランと垂らして宇宙空間に漂っている、倒したんだ。あの魔女を!!
世界に色が戻っていく。
「本当に倒したんだ!」
すごい、スゴすぎる。
「ギア! 早く帰ってくるポメー!」
「いま戻る」
ギアがボディに戻ろうとスカリーチェの顔から飛んだ。
「あ?」
スカリーチェの腕がギアを捉えた。嘘だろ、まだ生きているのか! 油切れの機械のようにギギギと上体を上げる。その目には力がある。
「死なない限り緩めてくれないなって思ったんで一回死んでみたんス、クスクス」
握る手に力が篭っていく。
「巻き込み事故の如くその指もらってやる」
ギアが高速回転する。
「ギアが私の指を切断するのが先か、私がギアを潰すのが先か、勝負っス。クスクス、クスクスクスクス」
両手で押さえ込まれる、ヒビ割れ軋む、ついに回転が止まる。
「ちぃ」
「両手を合わせれば消滅魔法が使えるっス」
まずい!
「アレ使わないんスか?」
「反魔法結界はゴッドキラーに乗ってないとつかえねぇよ」
「そっスか、あっけないっスね。じゃあはい消滅魔法」
ギアが消滅してしまう。
「がっ……ふっ!?」
何かがスカリーチェの腹に激突した。あれはなんだ!
「あれは旧型のギアのボディのキラーだポメ!」
「遠隔操作で割って入ったのか!」
「い、いや、あれにそんな高度なものは搭載されてないポメ、ギアが乗らないと動かせないポメ! そもそもキラードラゴンの倉庫の奥で眠っていたはずポメ!」
「じゃあなんで勝手に」
キラーがスカリーチェを蹴って強引にギアを奪い取る。
「真空空間で消耗してるっスね、さすがの私も……」
ギアが不思議そうに自分を握るキラーを見ている。
「なんで動いてんだ?」
「ギアハ。死ナセナイ」
「お前喋れたのか」
「ズット。感謝シテイタ。俺ヲ沢山使ッテクレタ」
「たくさん壊したんだがな」
「メンテナンス。沢山シテクレタ。捨テナイデイテクレタ」
「たく、調子狂うな」
ギアがキラーによって後頭部にセットされる。
魔力が宿る。ここからでも分かるほどに力がみなぎっていく。
「でも馴染むな、このボディはよ」
漂っているゴッドキラーに手を向ける。
「ゴッドキラー、ウエポンモード&アーマーモード」
ゴッドキラーが変形する。一振の剣と、残りのパーツはギアの体に装着されていく。キラーとゴッドキラーが完全に合体した。
「反魔法結界展開。この剣はゴッドキラーソードつってな、この世の万物ならなんでも殺せる最強の剣だ」
「最強だとか無敵だとか、そんなものは愛の前には等しく無力っス」
「そうだな、俺に愛がないように見えるか?」
「……え」
「俺は人間だ、人間には愛が備わっている」
「……え」
「噛み合わねぇなてめぇとも」
スカリーチェは魔法もスキルも封じられている。深手も負っている。逆にギアはパーツを取り替えて全回復だ。
「俺の仕事に対する愛が、腫れた惚れたと宣う愛ごときに負けるわけがねぇつってんだよ」
「貴様!!」
2人の影がクロスする。
ギアの体からパーツが散らばる。まるで大量出血だ。言葉を発したのはスカリーチェだ。
「……これでやっと」
スカリーチェの体がずるずると落ちていいく。
「イズクンゾ様と一つに」
ドパンと破裂するようにスカリーチェの背中から血が吹き出す。その体は熟した果実のようにボトリと落ちていく。
「互いに致命傷を受けたが、俺のコアは胸に移動させておいた。読みが外れたな」
ギアが神々を見下ろす。
「終わりだ」