第9話 Dieジェスト
旅に出てから4ヶ月が経過した、現在俺たち4人は赤茶色の岩肌が目立つ荒野地帯を進んでいる。砂漠というわけではないので熱くない、王国領土内は日本と違って四季がほとんどなく穏やかな気候が年中続く。
「バーガー様、アレなんでしょうか?」
「あれって、んーなんだろうな、アレ」
指さされた方を見ると40mくらいの巨大な岩が幾つも点在している中に一つだけ毛色が違うものが混じっていた、大きさは同じくらいだが······マジで何だあれ? 例えるなら、
「透明感のある薄紫色の羊羹みたいだな」
「羊羹? なんですかそれは?」
「いや、なんでもないさ。それにしてもなんかアレ気味悪いな」
俺は前を歩くエリノアとジゼルに声をかけた、この世界のことを俺とアイナより詳しく知っている彼女らに聞けばアレが何かわかるはずだ。
「マジで見たことねぇ。ちょっと寄ってこうぜ」
「好奇心旺盛にゃのはいい事だけどにゃジゼル。時に好奇心は猫を殺すよ。寄り道にゃんかしている場合でもにゃいし、それにあんにゃわけのわかんにゃい気持ち悪いもんに割いてる時間はにゃおさらにゃいよ」
エリノアもジゼルもわからないか、気になるなぁアレ、なんか内なるハンバーガーが反応するんだよなぁ、岩っぽくないし、生き物なのか? 魔物かな、でもあんな巨大な魔物なんてルフレオ図鑑にも載ってないぞ。
「ひぃっ! バーガー様、アレ動いてませんか?」
「え、アレが動くわけ······いや動いてるな」
「気持ち悪いにゃあ!」
「なんかヤベー。隠れようぜー」
俺たちは岩の影から羊羹を観察することにした、逆Uの字型のアレはてっぺんをプルプルと揺らしている、見た感じ柔らかそうだな。ここからの距離はざっと400mほど、羊羹の大きさは40mちょっとといったところか。
「生き物ですかね?」
「まさかぁ、陽炎だろ」
「それは無い。だったら他の岩も揺れているはず。アレだけが動いている」
「ジゼルはなんで急に冷静になるんだよ」
「はぁ、キモいにゃあ、キモすぎるにゃあ、とにかく早く離れるに越した事はにゃいよ」
「そうだよな、なんかヤバそうだし、ルート外だしな、このまま通り過ぎよう、めっちゃ気になるけど」
4人が気を取り直して北を目指そうとすると、
「助けてなのー! いやなのー!」
中性的な声がここまで聞こえてくる、声のする方向は羊羹からだ。
「バーガー様、呑気な悲鳴が······」
「か、風の音じゃないかな?」
「今の音は人間が助けを求める時に発する言葉に酷似しすぎている」
「······ミーの耳にも人の声に聞こえたよ」
「はぁ、じゃあ行くかぁ」
そう簡単には行かせてくれないか、俺たち4人はオバケ羊羹に向かって走り出した。羊羹手前の岩まで接近した俺たちは岩陰から様子を窺う、声の主と思しき人物は見当たらない。近くで見るとなおデカいな、外見は半透明の羊羹にしか見えない。
「本当に人がいるんでしょうか? ここから見える範囲ではいませんが」
「エリノア、なにか聞こえるか?」
「いんや、にゃにも聞こえにゃいよ」
「動いてる」
ジゼルの言う通りオバケ羊羹がまた動き出した、そしてまたあの声が聞こえた。
「痛いのー! もうヤなのー!」
声とともにオバケ羊羹がさらに蠢く、オバケ羊羹の一部が吐出して、亀をさらにずんぐりとした感じの巨大な頭部と四肢と尻尾が生えた、頭部から禍々しいドブのような瞳が浮き出る。
「······ッ!?」
俺たちはどうする事もできなかった。Sクラス冒険者のエリノアでも、王国魔導師のジゼルでも、弓の使い手のアイナでも、そしてこの勇者のハンバーガーたる俺ですらも、ただただその様子を眺めることしかできなかった。
「だ、だれっ? ひっひゃ!」
4mはある瞳から粘度の高い液体が零れ落ちる。
「ああああ! 怖いのー! 誰なのぉー!」
暴れるオバケ羊羹の泣きわめく姿を俺たちは呆然と眺め続ける、中性的な声の主はこの怪物の声だった。
「痛いし、しらない人間がいるし、やー······」
そこまで言ってオバケ羊羹は地に伏せた、土煙が舞う、その姿は力なくぐったりとしている。
「だ、大丈夫ですか?」
話しかけたのはアイナだ、困っている人がいたら声を掛けてしまう、そういう彼女の優しい部分がつき動かした。しかし相手は見たこともない怪物だ、俺は今挟んでいる具材で逃げる算段を考え始める。それと同時にオバケ羊羹が話し始めた。
「大丈夫じゃないの、痛いの、背中のてっぺん痛いの、痛くてツラいの、えーんえーん!」
再び瞳から粘液が四方に散る、愛嬌があるように見えるが全く油断できない。ああダメだクソ、今は薬草しか挟んでない。
「バーガー様、背中が痛いそうです。癒してあげましょう!」
「え、えー、マジでぇ」
「私たちでしかこの子を救えません!」
なんつー真っ直ぐな瞳だよ、でもアイナの中の俺はやるんだな?俺を信じてくれてるんだよな、うし、なら期待に応えるのも勇者の役目だ。女神よ、また少ししたら行くからVR片付けておけよな!俺は跳ねて前に出た。
「いいか大きいのよーく聞け! 今から背中の痛いのを治してやるからじっとしてろよ!」
「ハンバーガーが話してるの! 怖いのー!」
「お前に言われたくないよ! お前だって羊羹みたいな見た目のくせに」
「大丈夫ですよ、この方は勇者様です、痛いのを治してくださいますよ!」
「うぅ、おねーさんがそう言うなら、怖いの我慢するの!」
「いい子ですね、それではバーガー様、参りましょう」
「はいよ、薬草だけはたんまり挟んでるからな」
「バーガー、上級治癒の魔法巻物も持っていきにゃ」
「エリノアありがとう、あむ」
「こんにゃのに登るにゃんて正気じゃにゃいにゃあ……」
アイナは靴を脱ぎ裸足になる、袖を肩までめくる、髪を後ろに結んでポニーテールにする。それによって普段髪に隠されていたうなじがあらわになる。白いうなじはとてもセクシーだ、細い首から顎にかけてのライン······俺の部屋に置き去りにしてきてしまった幾多のフィギュアを彷彿とさせるディテールだ。
「バーガー様? どうしました?」
「なんでもないさ」
「なんだか、とても切ない顔をしています。何かありましたか?」
「置いてきた家族たちのことを考えていた」
「……ッ!絶対に生きて帰りましょう······危険なことを今していますが······って、これも私が提案したことですよね、ごめんなさい、バーガー様をこんな危険な目に、ただ助けを求められるとどうしても体が動いてしまって」
「なぁに、このくらい屁でもないさ、案外話が通じそうな奴だし、化け物くらい救えなくて何が勇者だ。さぁ、手足のない俺の代わりに登ってくれ」
「はい! この四肢はバーガー様のために!」
アイナがオバケ羊羹の皮膚を掴む。半透明な皮膚は液体のように波を立てるもかろうじて固形の部類に入るらしく形状が著しく崩れるといったことはない。感触を確かめつつアイナは慎重に登り始める。
「ひぐ、えぐ、うぅ、僕の体を登ってるよぉ」
「大丈夫、大丈夫だからね」
アイナはぶにぶにとしたコラーゲンの塊のような皮膚を優しく撫でる、震えが止まるのを確認してまた登り始める。
「山登りなんていつ覚えたんだ?」
「小さい頃にバーガー様には内緒で父と練習してました」
「マジか」
「ふふ、さすがに冗談ですよ。小さい頃にリンゴの木に登って皆に内緒でリンゴを食べていました」
「アイナは何気に食いしん坊だからな」
「そんなことないですよ!」
「初対面の俺を食べたじゃん」
「それは1歳の時の話じゃないですか!」
「ははは、冗談だよ」
「バーガー様、冗談になっていませんよ」
そんな話をしていると頂上にたどり着いた。俺とアイナは周りを見渡す。それらしい傷はどこにも見当たらない、どういう事だ?
「あのー、お山さーん、背中なんともなってないんですがー」
「うぅ、痛いよぉ、すごい痛いよー!」
「きゃっ!?」
「これは!」
オバケ羊羹の頂上付近の皮膚を突き破りって、クリーム色をした3mの巨大なミミズの魔物が現れる。なるほど寄生虫型魔物の仕業だったのか!
「どうやらこの魔物がこの子に巣食って悪さをしていたみたいですね!」
「そのようだな」
「薬草のみのバーガー様は私の後ろへ」
「アイナも弓持ってきてないじゃないか」
「私にはこの細剣もあります。はぁ!!」
アイナはたった1歩で巨大ミミズまで距離を詰めると素早い突きを繰り出す、巨大ミミズは反応できないまま頭部を貫かれ破壊された。そのまま40m下に落下させた、下からエリノアの絶叫が聞こえたが無視した。
「その剣技はどこで習ったんだ?」
「子供の頃こっそりと、それよりこの子に治癒を、体液が漏れだしています」
「あ、ああ、これは薬草だけでは足りないな、上級治癒の魔法巻物も使おう。って、これどうやって使うんだ?」
「発動に必要な魔力を込めると使えるそうです」
俺、魔力ないんだよなぁ。
「すまん、アイナ、代わりにやってくれないか、俺は魔力がないんだ」
「失念してました、私に任せてください!」
治療が終わりオバケ羊羹から降りると、エリノアが駆け寄ってくる。
「上からキモい魔物が落ちてきて驚いたよ」
「すまんすまん、そいつがこの羊羹に寄生していたんだ」
「見たことねぇ魔物、解剖してみてぇな」
「ジゼルやめとけ、寄生されるぞ」
「そんな偏見下すぜ減点、そんなことばかり言うからせっかくの探求チャンスがロストする」
二人ともすっかりオバケ羊羹に慣れている、勢いに任せて助けてしまったが傷を治して元気になったこの子は俺たちを襲って来たりしないだろうか。
「よしよし、もう大丈夫だからね」
「怖かったのー!」
オバケ羊羹はアイナに宥められている。意思疎通がとれるから安全、っていうのはさすがに軽率すぎるだろう、まぁ攻撃的じゃないだけましだろう。
「じゃあ、俺たちもう行くから、虫には気をつけろよ」
「もう行っちゃうの? 僕怖いの······」
「バーガー様、もう少しだけいてあげましょう」
「えぇ、でもなぁ」
「アイニャ、食料も限られているこの状況でこれ以上留まるのは危険だよ」
「エリノア、次の村までどのくらい掛かる?」
「うーん、あと3日くらいかにゃ」
「そうか、なら食料に余裕はあるな?」
「ん?あるよ」
「1日、いてやろう」
「にゃ、マジかよ」
「さすがはバーガー様です!」
このオバケ羊羹から何か聞けるかもしれないしな。知恵のある魔物、未知の存在だ。俺たちはその場でキャンプをした、夜はオバケ羊羹の前で焚き火を囲んだ。
「よっしゃ! メンタル弱い羊羹を励ましてやろうキャンプ開始だ!」
「だから羊羹ってなんなんですか!」
「そうだな、こいつに似たお菓子だ」
「そんなものが······、私食べたことないですよ」
「食いしん坊さんめ。さてオバケ羊羹、色々話を聞こうじゃないか」
「僕、オバケじゃないの」
「そうか、ならまずは名前から聞こうか」
「僕の名前はスーサイドドラゴンなの!」
その名前を聞いた瞬間ジゼルの体が硬直する、大きく目を見開いて不滅龍を見る。
「どうしたジゼル? 下痢かにゃ?」
「不滅龍。スーサイドドラゴンだと······」
「知っているのかジゼル!」
「知っている。不滅龍は最強龍族。神龍の一角であり。魔王龍ダークネスドラゴンの弟」
「この子が魔王の弟なのか! 詳しく聞かせてくれ」
「オーケー。神龍っていうのは龍族の中でも最強の力を持っている龍たちのこと。確認されているのは世界に4柱しかいない。それも全員兄弟。ここまではいい?」
「ああ、ヤバい兄弟なんだな。続けてくれ」
「4兄弟の名前はそれぞれ、
長男が、聖域龍、セックスレスドラゴン。
次男が、転移龍、ドラゴンカーセックス。
三男が、魔王龍、ダークネスドラゴン。
四男が、不滅龍、スーサイドドラゴン。」
その名前だけでとんでもねぇ奴らだってことはわかった、特に上の兄貴たち。
「そしてその中で神と呼ばれる存在なのにも関わらず魔物たちを支配したダークネスドラゴンは神ながらにして王の二つ名を得ている」
「基本的にはその魔王龍を除いた神龍は人にも魔物にも無干渉ってことか?」
「言いきれない。だけど魔王龍以外の神龍は人里に滅多に現れることはない。大昔に人間と戦争したとか文献で読んだことはあるけど。古すぎて曖昧なことしか分からない」
「その滅多に現れない神龍とやらが、ここに1柱いるわけだな」
「なんなの? 僕の話なの?」
不滅龍はアイナが退治した寄生虫型の魔物を食べている、よく食えるなそんなもの。
「羊羹、いや、スーサイドドラゴン」
「スーでいいの、ハンバーガー?」
「オーケー、なら俺のことはバーガーと呼んでくれ、それと俺を乗せているのがアイナ・フォルシウス、あっちがジゼル・ダグラス、こっちがエリノアだ」
「わかったの!」
「スーはどうして王国領土内にいるんだ?」
「えー、どうしてだっけ? うーんとね。あ、そうだ、カーに転移させられたの!」
「カーって誰だ?」
「僕のお兄ちゃんなの、ドラゴンカーセックスのニックネームなの」
「ああそうか、兄貴に転移……ワープみたいなもんか?どうしてだ?」
「わかんない、カーはイタズラ好きだから、たぶん深い意味はないとおもうの」
イタズラで転移させてくるのかよ! 神の悪戯こっわ!
「なんだよその兄貴やべーやつだな」
「でもでも! 普段は優しくて頭を撫でてくれるの!」
「そ、そうか」
それにしてもこうしてスーと出会って、魔王にぐっと近づいた感じがする、俺は勇者だからいずれ会うとは思っているがこんな感じの龍ってことか? こんなデカいのを相手にどう戦えばいいんだ······。
「バー」
「ガーまで言ってね」
「バーガー、僕お家に帰りたいの」
「バーガー様、ここに放っておいたら、スーはまた虫に巣食われてしまいます」
「そうだな、一日いると言ったがやっぱ連れて行こう、って無理だろ、デカすぎるし、こんな見た目じゃ俺たちがよくても他の人を怖がらせてしまう」
「姿を変えればいいの?」
「おいおい、柔らかいからって形を少し変えた程度じゃ無理だぞ」
「ううん。僕たち神龍は魔力そのものなの、形は変幻自在なの」
スーは体を蠢かせるとどんどん小さくなっていく、どこに質量を収めているのか、最後は子供サイズになる。さらに容姿も人のそれに近づいていく。てか可愛いな、守ってやりたくなるタイプの子だ、てかさ! 胸あるなぁ!? 弟……なんだよな?
「これでいいの?」
「どう見ても人ですね!」
「そ、そうだな」
「いや、どー見ても人の形をしたにゃにかだにゃ」
「興味深いぜ」
こうして神龍の子守りが始まった。
翌日、俺たちは渓谷に挟まれた一本道を歩いている。
「うぅー」
「スー、どうした?」
「お腹が痛いの!」
スーはお腹を抱えてその場に蹲ってしまう、ピクピクと痙攣して苦しそうにしている。
「まさかあの寄生虫にあたったのか!」
「ジゼル!治癒魔法を!」
「食中毒には解毒魔法」
ジゼルがスーの腹部に手を当てて解毒魔法を掛ける。だがそれでもスーの容態はよくならない。
「ダメ。内蔵がぐちゃぐちゃ。治癒魔法が追いつかない」
「僕······皆と会えてよかった······の」
「ダメです! そんなこと言わないで······ください」
アイナはスーの手を取り両手でしっかり握る。
「じゃあ『またね』がくーっ!」
「死んだ。脈がない」
こんな簡単に人は死ぬのか、いや彼は龍だ、人より何十倍も頑丈な龍がこうもあっさり死ぬとは寄生虫恐るべし、寄生虫には気をつけよう、俺はハンバーガーなのに衛生面を軽んじていた。俺が食への意識を改めているとアイナが短い悲鳴をあげた。
「きゃっ!」
「どうした!」
「バーガー様、見てください!」
死んだばかりのスーの体が光っている。寄生虫め、死んだ後もこんなことを死体を光らせるなんてなんてやつだ!
「ふっかーつ! げぼー!」
死んでいたはずのスーが飛び起きた、口から羊羹を吐き出す。俺たちは唖然とした顔でスーを見つめる。
「今のは絶対に死んでいた」
「僕は不滅龍なの、死を司る? 神なの! 死んでも蘇ることができちゃうの!」
この世界にも蘇生魔法があるらしいがそれは王国魔導師の一部の人間しか使うことはできない、それもこんな簡単にいかないだろう。
「よかった!」
「うわわ!」
アイナはスーを抱きしめる。
「不死身にゃら、助けにゃくてもよかったんじゃにゃい?」
「なんてことを言うんですか、あんなに辛そうにしていたじゃないですか!」
「何回でも解剖できる」
「ジゼルはなんて恐ろしいことを……生きたまま切り裂くなんてあんまりです!」
「挟みたい」
「バ、バーガー様まで! スーは具材じゃありませんよ!」
「助けてくれたから少しならいいの」
「スー!?」
スーは髪(正式には髪に見えるゼラチン質の皮)を引きちぎって俺に挟ませる。
「痛そう……バーガー様があんなこというからですよ」
「わ、悪かった、冗談で言っただけなんだ」
謝りつつも、俺はちゃっかり解析を開始する『不滅龍から蘇生を検出、1回使用可能』。
『不滅龍から擬人化を検出、1回使用可能』。
『不滅龍から魂の実体化を検出、1回使用可能』。
『不滅龍からの幽霊の吐息を検出、1回使用可能』。
うお、たくさん出てきたな。でも使えるのはどれか一つだな。蘇生と擬人化は実際にスーの使うところを見たから何となくわかる。擬人化は俺も人になれる可能性がある希望の魔法だ。あと幽霊の吐息は吐息系ってことだけは分かる。んで魂の実体化ってのはなんなんだ? これだけは皆目見当がつかない、これは後でジゼルにこっそり聞いておこう。
「あぶにゃい! 落石だ!」
「なにッ!!」
崖の上から岩が落ちてくる、俺たちは急いでその場を離れる。しかし崖から突き出した岩に落石が接触して軌道が変わる、岩は最後尾を走っていたスーに直撃する。ピンポイント落石だ!
「急いで出してあげなきゃ! んんっ! く! お、重いです!」
「アイニャ下がってて! ジゼル、アレ」
「鋭利」
エリノアの剣によって岩がチーズのようにスライスされる、アレで分かるのか長年連れ添った夫婦みたいだな。
「ふっかーつ! ぐえー!」
スーは蘇生して立ち上がると、再び口から羊羹を吐く。
「潰れても元通りとは恐れ入るにゃ、本当に不死身にゃんだね」
「正面から敵です!」
「にゃに!」
進行方向から骨の馬に乗った小鬼が現れる。すでに弓を構え射るところだった、放たれた矢はボーっとしていたスーの頭に突き刺さった、ピンポイントスナイプだ!
「射れ」
「射ました」
アイナは放った2本の矢は骨の馬と小鬼の脳天に命中、見事射殺した。
「ふっかーつ! げろろろ!」
羊羹を垂れ流しながらスーは復活する。矢が頭から押し出されて抜け落ちる、しかし気分が悪そうだな。
「大丈夫ですか! 治癒魔法を」
「復活すると全回復するからいらないの、でも痛くて気持ち悪くなっちゃったの、つらいの、やなの」
「可哀想にこんなに怯えて」
「よし、今日は渓谷を抜けたらその先で休もう」
その後の旅路でもスーは数十回と死んだ、些細なことでもよく死ぬ子だ、村に到着したのは1週間後だった。村人にスーの正体がバレないか肝を冷やしたがバレることなく村に入ることができた、宿をとり一段落する。
いつもの移動よりやたら疲れたな、復活するとはいえ、ああも目の前で何度も死なれたら、こっちの気も滅入るってもんだ。普段は部屋を一部屋だけしか借りないのだが、今回は二部屋借りることにした。アイナ、俺、スーの部屋とエリノア、ジゼルの部屋だ。こういうちょっとした気遣いが大切だ。
深夜、俺はアイナとスーが寝たのを確認してから部屋を出る。レバー式のドアノブなのでジャンプして乗っかれば手がなくても自重で開けることができる。エリノアとジゼルが泊まっている部屋の前に移動する、ドアに体当たりしてノックする、ドアの奥から声がした、ジゼルだ。
「合言葉をイエアー」
「オウイエー、オーシェ」
「入れ!」
事前に決めてあった合言葉を言って、ジゼルに扉を開けてもらう、部屋に入り中の様子を確認する、エリノアはベッドで寝ているようだ、俺は小声で話し始める。
「遅くにすまない」
「構わない。聞きたいことって?」
「魂の実体化がどんな魔法か知りたい」
「知らない魔法」
「そうか、スーの前髪を解析したら出てきた魔法なんだが」
「スーの固有魔法かもしれない。あとで本人に聞けばいい」
「じゃあ、幽霊の吐息ってのは知ってるか?」
「実際に見たことはない。でも王国図書館の文献に載っているのを見たことがある。闇の呪文。死者の魂を吐き出して精神面にもダメージを与えることができるとか」
精神攻撃系の吐息か。
「あとは?」
「いや、それだけ聞ければ十分だ」
「なら。次は私の番」
「へ?」
「だからわざわざ部屋を二つにした。バーガーは誘ってる。アイナの邪魔があってずっとできなかったから」
「あの······何の話を?」
「今日こそは魔法陣を調べる」
「ひ、ひぃ!! え、エリノア!」
俺の叫びも虚しく、エリノアは寝返りを打って壁側を向いてしまった。
「無駄。エリーには金を握らせてある」
「バーガーすまにゃいよ、ジゼルには色々借りがあるからミーは寝ていて気づけにゃいよ」
「クソ猫だぁ。あ、アイナ、助けむぐう!?」
俺はジゼルに口を塞がれて押さえつけられてしまった、なす術なくバンズのクラウン部分をゆっくりとめくられる。以前にもルフレオと産婆に見られたことがあるから見せるのは別に構わない、だけど無理矢理は嫌なの!
「これは······マジですげぇな。見たことねぇ魔法陣。今までのどの魔法陣とも違うパターン。勤勉な俺メモる」
「んんー!!」
「勇者だろー。これくらい耐えろー。魔術の発展に貢献しろー」
ジゼルは俺の魔法陣を手慣れた手つきで模写していく。同じ大きさで写すのは無理らしく、大きめの紙に書いている。
「バーガーにとってもいい話。魔法陣の秘密が解明されれば。どうしてハンバーガーの姿で産まれたかがわかる。かもしれない」
それって、俺が転生してきた人間だってバレるってことになるんじゃ、なんか不味い気がする、確実にウィルたちがショックを受けるだろう。初めての子供が筋肉ムキムキでナイスガイな三十路の魂を宿しているなんて、······あれ、あの2人なら受け入れそうだぞ、ちくしょう!どう考えてもシリアスにならんぞ!
俺がそう考えて静かにしていると押さえつけられていた手が緩む。俺はジゼルを興奮させないように静かに語り出す。
「魔法陣の秘密がわかっても秘密にしておいてほしいことがあるんだ」
「なに改まって。何か知っているの?」
「いや、言えないが、俺が言えないことを、ジゼルが今後知っても、黙っていてほしい」
「難しい話。何のことか分からないと無理」
「ジゼルなら分かる」
「そう俺なら分かる事が分かった。分かっておく事にする任せろ」
「ならいい、優しくしてね」
俺は体の隅々まで舐めるように見られてしまった。なんだが汚れてしまった気がする。くすん。