第89話 悪愛の魔女1
爆走だ、俺たちは来た通路を全力疾走で駆け戻っている。まさかこんな事態になるとは、味方が支配されて敵になるなんて戦いにく過ぎる。どうするか、このまま中央に行くのはいいが、そこでスカリーチェと対峙してどうする。しかし、あのままあそこにいるのはもっとマズかった。ううむ、皆と合流して全軍撤退も視野に入れておかないとな。
「待やがれです!」
アヴドキアが飛んで並走してきた。
「にゃおら!」
「ちぃ!!」
すかさずエリノアが間に入る。鞭と剣で鍔迫り合いをして壁に叩きつけた。
「ぐぅ! 馬鹿力め!」
しかし力んだせいでエリノアの傷口から血が吹き出した。エリノアのほうがダメージを受けている。
「にゃ!!」
ジゼルがエリノアに手を向ける。治癒魔法を掛けるつもりだ、しかしエリノアはそれを拒否した。
「いま回復しちゃったら、ミーの技能が解除されちゃう」
「わかってる。でも」
「姉妹は甘くにゃい、技能がにゃいと対応できにゃいよ。大丈夫だよ、ミーはまだ戦える。バーガーもそんにゃ目でみにゃいの。今がベストコンディションにゃんだからさ」
「……急ぐぞ!!」
ほどなくして中央に着く。
「く、やはりか」
中央部分が消失していた。底を見る、底が見えない。中心部に浮いている人物がいた。距離はあるが誰かは分かった。
「スカリーチェ!!」
「おや、クスクス。なんでまだ存在してるんスか?」
スカリーチェは張り付いた笑顔を崩さずに言う。何か手に持ってる、あれは、槍?
「神様はどうした!」
「ポセイドンなら結界ごと消滅させたっスよ」
アヴドキアが怒鳴る。
「何してやがりますか! あの神はお父様の供物って話じゃねぇですか!?」
「スーの力を得たイズクンゾ様なら死んだ神の力すら使えるっス。でもまぁ私に消される程度の神なんて、今更もう必要ないっス。イズクンゾ様はもうそういう次元にいないっス」
「じゃあなんでスカリーチェはヤーたちにこの任務を頼みやがりましたか!?」
「クスクス。そんなの決まってるじゃないっスか」
スカリーチェの細目が薄らと開いた。
「イズクンゾ様に愛されるのは私だけがいいっス」
「とち狂いやがりましたね……」
「狂えもしない愛なんて、惰弱すぎるっスよ。まして血が繋がってる程度でデカい顔されると腹が立つっス。いまイズクンゾ様は必死に戦っておられまスから、ここまで目が届かない、消すなら今がチャンスっス」
理解は出来ないが状況は飲み込めた。スカリーチェはイズクンゾが好きで、イズクンゾの愛を独占するためにイズクンゾの子供を殺そうとしているんだ。
「ああ、お腹の傷が疼きます。あの時みたいに。クスクス。母体にいるうちに殺しておけばよかったっス」
「それってまさか」
「そのMAXソードで腹を貫いたのは、剣を封印するためだけじゃなく……」
邪悪な笑顔が軋み出す。
「イズクンゾ様の子供を殺すためでもありましたから。クスクスクスクスクスクスクスクス」
「じ、自分の子供を殺したのか!?」
「ええ、まあ、ちょうど良かったっスから」
「その剣は人殺しの剣でスね。クスクス」
「く」
「バーガー。動揺しない」
「そ、そうだな。あんな悪は始めた見た」
「クスクス」
スカリーチェとの戦闘は避けられそうにない、俺はアヴドキアを見る。
「な、な、な」
俯いて震えている。しかしすぐに顔を上げた。その表情は怒りに満ちていた。
「舐めるんじゃあねぇです! 全軍スカリーチェをぶち殺ーー」
「待てアヴドキア!」
「ハンバーガーが命令するんじゃねぇです! スカリーチェを殺ったあとは貴様らの番だから待ってろです!」
「そういうわけにも行かん、協力して戦うべきだ!」
「そんなの例え死んだとしても嫌です!」
「話聞けバカ鳥!」
「いってぇ! エリノア何しやがるです!」
「バーガーの話を聞くべきだよ。死んだら魔王ににゃれにゃいんだよ?」
「なにを……」
エリノアナイス! 上手く落ち着かせてくれたな。
「アヴドキア、いいかハッキリ言うぞ、お前が支配した魔物は弱くなる」
「なっ!? 気にしてることを言いやがりましたね!!」
「ディザスターもホネルトンも自力で戦えたら俺たちはもっと苦戦していた」
「つまりは支配から解放して自由に戦わせてやれって、そう言いてぇですか!?」
「そうだ。そうしないと魔王になるどころか俺すら倒せないぞ」
「ぐぬぬ。さっきからそれを持ち出すのはずりぃです。でも事実じゃあ仕方ねぇです。今だけは、です」
やはりエリノアの姉妹。なんか似てる気がする。支配から開放された魔物たちが不思議な顔を浮かべる。ディザスターが降りてきた。
「バーガー、状況は理解している、助かったよ」
「ああ、こっからだな、頼りにしてる」
「任せてくれ」
ディザスターが両手を広げる。
「まずは足場を作ってやろう。君たち人間は地に足をつけている方が戦いやすいだろう?」
手から土砂が流れ出ていく。なんという質量だ!
「これは私の体の一部を放出している、なに別にこの程度で私の強度が下がることは無い。安心してくれ」
「でもまた足場を消滅させられるんじゃないか?」
「それでも、魔力を使わせることは大事だよ。スカリーチェはあれでも人間なんだ。魔力にも底はある」
あれだけの大穴が瞬く間に埋まっていく。
「仕上げだ、重力拘束」
凸凹だった地面が平らになる。これだけ整備されれば安心して戦える。
「クスクス。私も人間なんで空中戦より、地上戦の方が得意なんスけど、で準備は終わったっスか?」
「まだだ、周囲を囲む消滅魔法を解かれて海水が押し寄せるのはまずい」
広げていた手を上げた。
「海割り」
な、海が割れた!?
「なに、重力魔法の応用さ。左右に重力を発生させて海を割いただけに過ぎない」
うん、この魔力はすごい! やっぱり九大天皇って化物揃いだわ。
「さてスカリーチェ。消滅魔法を解いたらどうだ」
「クスクス」
円柱の消滅魔法が解除される。
「さて、勇者たち、これで少しは戦いやすくなったかな?」
「ああ! ありがとう!」
ホネルトンが俺に頭を下げた。
「先程は支配されているとはいえ失礼を」
「支配されていたんだから仕様が無いさ」
「そう言っていただけると助かります。スカリーチェについての話を少々致しましょうか」
「頼む」
正直、スカリーチェにはトラウマしかない。なんとか突破する糸口を見つけたいところだ。スカリーチェを見る。どうぞと言わんばかりに動かない。
「スカリーチェは間違いなく人間です」
「あれで人間か」
「はい。史実上、最強の魔女です」
「三騎士よりも強いか?」
「スカリーチェが人類側にいたらこうも亀甲はしなかったでしょう」
「それだけの強さを持っているのか。なんでそんな人がイズクンゾに……」
その言葉にスカリーチェが反応した。
「クスクス。全員が集まるまで暇なので、ホネルトンに聞くより、私が話してあげるっス」
見れば10メートルくらいまで接近していた。
「バーガー。下がって」
「まだ何もしないっスよ。全員集まってからの方がまとめて消滅させやすいから待つっス」
ここは話を聞いた方がいいか。
「わかった。聞こうじゃないか、その身の上話」
____________________________________________________________
時は遡ること100年ちょっと前っス。私は魔界にある人間の集落で生まれたっス。
なんで魔界に人の集落が? って思うっスか? 魔界なんて大層な名前っスけど、元から人はいたっス、王国に魔物がいるのと同じっス。え、知ってるってまあいいじゃないスか。村名は言いませんよ、もうない村のことを言っても仕方ないっスから。
私は子供のときから尋常じゃない魔力量を持っていたっス。それとこんな髪色だったんで呪いの子として檻に入れられたっス。まだ家畜の方がいい扱いを受けていたっスね。檻の中で泥を啜り、見世物にされ、いたぶられ、慰みものにされたっス、酷い仕打ちを受けたっス。
それでもそれが私の普通でしたから、受け入れていたっス。世界はこんなものだと。そしてその日は来たっス。何年ぶりに檻から出されて、森の奥に連れて行かれたっス。
理由は簡単で魔物の生贄っスね。あんなに忌み子と嫌っていたのに何故殺さないのかと気にはなっていたんスけど、そのとき理解したっスね。私は魔力量が多くて魔物の餌には丁度よかったんスよ。
森の奥のさらに奥にある大きな湖(と言うより沼っス)に着くと。小舟に乗せられて湖の中心にある小島に置き去りにされたっス。
3日後、湖の底から大きな虫の魔物が出てきたっス。餓死寸前だったんで簡単に触手に捕まったっス。湖の中にある洞窟に連れていかれて、そこで散々弄ばれたっス。魔物ってのは人間をいたぶるのが大好きなんスよ。人間がするそれとは違って扱いなんて知らないから酷かったっスよ。泣いても騒いでも無駄で、クスクス。最後は泣く力もなく無言で、クスクス。早く殺してって頼んでも絶対に殺してくれなかったっス。
その虫は特殊個体で、魔力を多く持つ生物を集めていたっス。先客に鹿が麻痺した状態でいました。鹿と言っても3メートルくらいの大鹿で私と同じで魔力量が多い個体だったっスね。
それでどうなるかって言うと。まず虫は形状を変化させて大鹿に覆い被さって包み込むんスよ。まるで繭のような状態っス。それから生きたまま同化するんス。瀕死だったはずの大鹿がその時ばかりは叫び声を上げていたのをよく覚えてるっス。栄養は補給され続けるみたいで死ねずに。ゆっくりと同化していく。痛いけど死ねない状態っス。半透明な繭の中で何日も掛けて大鹿が別の生き物に変わっていく様を麻痺して動けない私はじーっと見てたっス。
それで同化が完全に終わるとまた芋虫に戻って出てくるんス。それで生きているのは虫と私だけになったわけっス。次は私の番だと、虫の体についている、大鹿のぎょろぎょろと動く血走った目を見たときに悟ったっスね。
そのときっス。
「ヴァルルルルルル!!」
魔獣チワワことシチューが洞窟の天井を突き破って現れたんス。その時は名前も知らないからまた別の化物が来たくらいにしか思ってなかったんスけどね。
「ギギギィーー!」
虫も威嚇して頑張りましたが相手が悪かったっス。
「ははははは、はははははははは」
「ギッ、ピアアアアアアア!! グピャ!!」
「うまし! うまし!」
瞬く間に解体されて生きたまま食われてしまったっス。次は私の番と思ったっスけど、あの御方が現れたんス。
「ギャハハハハハ!! こらこらシチュー! めっ! 拾い食いは俺が食えないやつだけにしとけよ! ギャーッハハハハハハハ!! そんなもんねぇか!!!!!」
シチューを散歩させていたイズクンゾ様っス。
「って! なんだ人の子じゃあないか! それに酷い怪我じゃあないか!? プッ! ギャフフフフ! だ、ダメだ笑いが、ギャハハハハハ! は、早く、て、手当をーーッハハハハハハハハ!! アーーー!!!!!!!」
甘美な美声で私を笑い尽くしてくれたっス。
「ふぅ、いけねぇな。ほら来い」
手を差し伸べるイズクンゾ様。
「……」
「麻痺してんなっ、なんて卑劣なことを! ふふふ、じゃあ頷け! 俺様のところにくるか!? どうなんだ!おい!」
精一杯頷いたっス。
「ま、どっちにしても連れてくがな! ギャハハハハハ!!」
連れていかれた魔王城で、入念な治癒魔法を掛けてもらい。何重にも掛かっていた病気と無数の怪我を完治させてもらったっス。私は初めて人として扱われたっス。暖かい手料理、機能を果たす服、雨風しのげる清潔な住居。それだけじゃないっス。パロムによる魔法の英才教育、ブラギリオンからは戦いの極意を学んだんス。そしてそれどころか同胞として認めてもらい四天王という地位までくれたっス。その途中で私を忌み子として扱った村を焼きに行ったっス。全員殺さずに捕まえて、パロムに献上したっス。
それから5年っス。私も少女から大人になったっス。そして大人になった日、私は勇気をだしてイズクンゾ様の寝室に行ったんでス。こんな穢れた体で厚かましいと震えたもんス。でもイズクンゾ様は気にせずに部屋に入れてくださり優しく抱いてくれたっス。じゅるり。ベッドの中でイズクンゾは愛を囁くように全てを教えてくれたっス。
「ぜーんぶ俺様のせいなんだぜ」
頭が真っ白になったっス。
「お前は元々な、王国の貴族の家に生まれた子供なんだよ。それを生まれたその日に攫ってきてよ、この遠い魔界に連れてきたんだ。あの村の人間どもは俺様が脅してああいう仕打ちをするようにさせていたんだぜ。あいつらはここら辺じゃ珍しい善人の集まりだった」
「どうしてでスか?」
「え……なんでだっけ?」
イズクンゾ様は本当に分からなかったといったふうに悩んだ後、笑ってこう言ったっス。
「この話を聞いたお前が怒り狂って俺様を殺そうとするだろ? それを踊り食いしたかっただけだったかな?」
イズクンゾ様は私が跨っている状態でそう言いました。首元を指さして無防備に続けたっス。
「ほら来い。メインディッシュ」
あの時の状況だけで判断すれば勝機は完全に私にあったっス。でもそれは偽りだったっス。後から知ったんスけど、部屋外にはブラギリオンが控えていました。私が魔法を使おうとした瞬間に斬り殺すと言うシナリオっス。
もちろんそうはならなかった、私は目一杯の力でイズクンゾ様に抱きついたっス。
「お慕いしておりまス! どうぞこの体、余す所なくご堪能下さいませ!」
流石のイズクンゾ様もその時ばかりは目を丸くしていたっス。初めて見るその顔も愛おしかったっス。私だけが見たイズクンゾ様の違う一面。それだけで私は何度も絶頂を迎えたのを覚えてるっス。
私の反応にイズクンゾ様は驚いてから笑ったっス。
「ギャーーーーーーーーッ!! スカリーチェ! お前最高だぜ〜〜!!」
そこから三日三晩イズクンゾ様は私の体を貪りました。そのあとは簡単っス。
「俺様の考えた最悪の作戦だ」
イズクンゾ様は玉座の間で四天王たちにそう切り出したっス。
「よぉーく聞けよ。俺様は一度魔王の座を降りる」
「どうしてでスか!」
「まーまー落ち着けよ、これも作戦の内だってのー、のんのんのののの〜!」
「私の力が及ばないばかりに……」
「そうだな。俺様も堪えがたい苦痛だが認めなきゃならねぇ。いいか。大昔に俺様が人族を誑かして確約させた『神々の誓約』を利用する時が来たんだぜ」
それからはここまでの通りっス。
「目の上のたんこぶだったネスを一時的に魔王にさせて。魔王特攻を持つ勇者に始末させる。そしてネスを食う。あわよくばスーもだ。あいつらはペアだ。その時が来れば近くにいることだろう。争わせるのも面白そうだな! ギャハハハハハ!!」
イズクンゾ様は私を見まス。
「スカリーチェ。特別に俺様の次に辛いことを命令してやる」
「はっ! なんなりと命令してください!」
「勇者の使う伝説の剣を奪え。そして誰にも奪われないように封印しろ。100年の間、勇者が来るまで一人で伝説の剣を守り続けるんだ」
「喜んで!!」
イズクンゾ様は私が任務を受けると本当の笑顔を見せてくれたっス。
「最高だ! さすがは俺様の女だせ!」
そう言ってイズクンゾ様は頭を撫でてくださったっス。




