第86話 イズクンゾの挑戦
ここは霊峰龍之山。人間界、魔界とはまた別の場所、龍界の最奥地だ。雲よりも高い山々が並ぶこの絶景は、世界で一番と言ってもいい神聖な場所だ。その山の一角。崖の淵に龍がいた。全長30メートルほどの巨躯を持つ四足歩行型の龍だ。右前脚をあげて指を空中に泳がせた。魔法陣だ、空中に魔法陣を描いたのだ。描き終わると魔法陣が輝き、中心から何かが出てくる。それは一台の『車』だった、真っ赤な車だ。今の魔法は転移魔法といい。この世界において、転移龍ドラゴンカーセックス(次からカーと表記)のみが使うことが出来る固有魔法だ。この世界に車はない、魔法が発達した世界において機械のレベルはそこまでに達していないのだ(ギアを除く)。つまりこの車は異世界のものなのだ。異世界からまた別の異世界のものを召喚するという、よく分からないことになっているがそのまま進める。
おもむろに車を掴み、そしてーー
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『このドラゴンすけべ過ぎるとお叱りを受け、自主規制』車クラクションが艶やかに鳴った。ガソリンが色っぽく滴っている。
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『こと』が終わったカーは息を荒くして車を再び転移させた。
「終わったか?」
「うおお、レス」
空より舞い降りたのはこの世のものとは思えない光り輝く龍だった。神龍4兄弟長兄。聖域龍セックスレスドラゴン(以降レスと表記)だ。
鱗一枚一枚が宝石だ。それもただの宝石ではない。魔力の宿った聖なる宝石だ。世界最強の龍、そしてそれに次ぐ龍。この世界で1位2位の戦闘力を持つとされる存在がが邂逅している。
「カー、暇か?」
「あと2、3回戦したらな」
「まだするのか」
「車を見るとよ、急ピッチで『自主規制』の中で『自主規制』が作られているのが分かる。堪らなく発情しちまうんだよ」
「羨ましいな」
「おいおいあんまり見るなよ。それとも一緒にやるかい?」
「いやいい、私にそういう趣味はない。じゃあ後で山頂の私の聖域に来てくれ」
「あいよ」
返事をするとまた指で魔法陣を描く。そしてダッチカーをこの世界に転移させた。
レスが聖域と呼ぶのは山頂にある一軒家とその周囲だ。それは聖域と呼ぶには似つかわしくないほど質素で素朴だ。庭には家庭菜園があり、近くには花壇がある、よく手入れされた美しい花壇だ。龍が住むと言うよりも人が住むための形をしている。レスは聖域に着くと、体を人型へと変化させる、清潔感のある細マッチョだ。玄関のドアをノックしてから開いた。
「ただいま」
「……」
そこに居たのは一人の人族の女性だった。しかしその目は虚ろでレスの挨拶にも返事をしない。レスは慣れているのかそのまま部屋に入る、そして話し始めた。今日はどこそこの山で雨が降った、とか。さほど重要性のない話をする。それでも返事はない、一方的にだ。それでもレスは続ける。この聖域において周りの変化など意味がないというのに。
「じゃまするぜ」
少ししてカーが来た。タンクトップを着た筋骨隆々の人型へと姿を変えている。ここに来る前に水浴びをしたのか髪が濡れている。
「よく来たカー、こっちだ」
レスはカーを招き入れる。
「おう、ライス、あがるぞ」
ライスと呼ばれた女性は椅子から立ち上がり礼をしてキッチンに消えていった。カーは慣れているのか、ドカッと椅子に座った。
「人の姿になるってのは肩が凝っていけねぇなぁ」
「それはおかしいな。魔力操作に乱れは見えないが?」
「気分の問題だよ」
「ふむ、カーは四足歩行型だからな、二足歩行が苦手って言うのなら頷ける」
「別に2本だけでも動けるっての、ほれっほれ」
カーは椅子から立ち、部屋を一周して再び座った。
「それでレス。ライスの様子はどうなってるんだ?」
「……変わらないな」
「そうかい。まぁあれだな。レスが惚れ込んだ生き物……いや、人間だ、だから俺は何も言わない、いつも通りだ」
「何度も言ってきたが、龍族至上主義のお前や、ネスににとっては考えられん話だろう。しかしな愛とは無差別なものなのだ、この感情は神を凌駕する」
「そうかい?」
「お前が車を愛するようにな」
「GRRR! それを言われちゃあ何も返せませんのぉ、あにぃ!」
ライスがお茶を持ってきた。
「家庭菜園で育てた霊草を使った茶だ」
「それはそれは、んじゃ『いただきます』だっけか」
レスが頷いたのを見て、カーは茶を一気飲みする。
「働いたあとの一杯は美味いのぉ」
「人族なら不老不死になる代物だ、我ら龍族からすればただの昼過ぎの一杯に過ぎないがな」
「そんで今日呼んだのは、お茶をご馳走してくれるだけかい?」
「そうだと、言いたいんだがな」
「ライスにははけててもらいましょか」
「いやいい。どんなことでも包み隠さずいく」
「そうでっか、ふぅーー……で、まあ察しはついとるが」
「ああ、兄弟が殺された」
「あのイズクンゾのガキがなぁ。ついに神を喰らうとはのぉ、魔族にしてはやる」
「ネスとスーを吸収したイズクンゾは神クラスになった」
「そんなの俺たちからしたら目くそ鼻くそだ」
「そうとも言いきれん。やつは神クラスの力をいつでも手にすることが出来た、しかし神々の誓約に触れないギリギリでずっと留まっていた、それを手にしたということは奴の中で準備が整ったということだ」
「ほぉ、それでやつは今どこにいる?」
「イズクンゾは神通力を馴染ませるために身を潜めている」
「なるほどのぉ、それで俺の出番っちゅうわけかい。俺の転移魔法ならどこに隠れていようと、たとえ違う世界に逃げてようと見つけ出せる」
「簡潔に言う、イズクンゾを殺して来い」
「はいよ。レスが出張る日は、これまでもこれからも未来永劫ないぜ」
魔法を使うためにカーは聖域を出た。聖域の中では、レスの許可がなければ魔法を使うことすら出来ないのだ(姿を人型に変えるのは前から許可されている)。聖域を出た瞬間に姿を龍に戻したカーは一瞬にして姿を消した。転移魔法で移動したのだ。
霊峰龍之山の真反対(星の裏側)に転移した。ここはカーの住処だ。巨大なパーキングエリアと言えばわかりやすいだろうか。そのパーキングエリアにビシッと車が並べられている。カーの住処は立体駐車場だ。巨大なカーの体を支えるに足りる堅牢な作りになっている。
「おやおや、お戻りになられましたか。我が主」
「おう、ペルカ・チーノ」
屋上の管理室から現れたのはオペペチロローン。カルボ・ナーガ。ゲーティー・スパ。様々な名を持つ男だ。
「ここに戻られたということは何かなさるのですか?」
「イズクンゾを殺す」
「それはそれは、どのように殺すのですか?」
「まずはイズクンゾの居場所を特定するとしよう」
カーは転移魔法を発動させる。床に魔法陣が描かれ中心に奇妙な箱が出現した。
「失礼ですが、それは?」
「異世界から転移させた魔力探知機だ。魔力残滓を覚えさせればどこにいようと見つけ出せる」
「それは素晴らしいですね」
「この世界にいる人族よりも遥かに高度な文明から転移させた。折り紙付きの代物だ」
「それはその世界が困りそうですが」
「今に始まったことじゃない。それに無数にある世界のうちの一つだ。なんの問題もない。さぁ、ペルカよ。操作しろ」
なかなか下僕を持たないカーがペルカをそばに置いている理由はこういう人型の方が使いやすい道具を使わせるためでもあった。いちいち人型に変身して操作するなど神としてのプライドが邪魔して中々できないのだ。
「そうですか?」
ペルカはこの手のものに慣れているのか。数度確認してすぐに操作をマスターした。
「手掛かりとなるイズクンゾの魔力残滓がございません」
「ほれ」
瞬く間に転移させたものは、髪の毛のような繊維質な魔力だった。イズクンゾの魔力残滓だ。
「これはどこで」
「どうってことはない、やつの城にこびりついていたものを転移させた。始めろ」
「はい」
ペルカが受け取った素体を入れてスイッチを押した。画面に位置が映し出される。
「これは!」
示された座標はここだった。
「目の前にいるぜぇ〜!!」
ペルカの帽子からイズクンゾが出現した。
「よぉ〜、カー元気にしてたかぁ?」
イズクンゾの言葉を無視してカーはペルカを睨みつけた。
「ペルカ、裏切っていたのか」
「ふふ、はい。最初から裏切っておりました。私の真の主は魔王、イズクンゾ様のみでございます」
ペルカは恭しく頭を下げる。カーはイズクンゾを見た。カーの両目に魔法陣が映し出される。転移の魔眼だ。
「ほんの少しだが手間が省けたな。まさか自らギロチンに首を差し出すとは思わなかったぞ」
「『ここだけは』俺様も腹を括らなきゃならねぇからなぁ。これから起こることも全部がぜぇーんぶ、俺様が悪いんだぜ」
イズクンゾの口からヨダレが垂れる。まるでお預けを喰らった犬のようだ。
「俺を食おうというのか。世界3位と4位の神を喰ったから次は2位という算段か?」
「用意周到な俺様の計算ではこのタイミングでしかお前を食う事は出来ねぇからなぁ」
「順位で見落としがちかもしれんが一つ順位が上がるということは『次元が変わる』と言うことだぞ」
「はぁ〜〜、なに? 言わねぇとわかんねぇの?」
イズクンゾは不敵に笑った。
「俺様は正々堂々とてめぇを喰らいに来たんだぜ!」
イズクンゾが飛びかかった。カーの瞳が光る。するとイズクンゾの姿が消えた。うるさかったイズクンゾの声が消え静まり返った。ペルカが辺りをを見渡す。頬には一筋の汗が流れた。
「終わりじゃい」
カーが吐くように言った。
「転移魔法を主に使ったのですね」
「宇宙の果てに飛ばした。光の速さで移動して来ようがここに来るのに天文学的な時間が掛かる」
決着は一瞬、圧倒的な力の前には皆無力なのだ。
「ペルカ、馬鹿なことをしたのぉ。測り違えたな。つく男を間違えた報いを受けるがいい」
「それはどうでございましょう」
二人の間に割ってはいるように黒い煙が出現した。
「はぁ……はぁ……げげげげげげっ、はぁ!! ぎゃはは!!」
イズクンゾが闇より現れた。
「これは驚いたぞ。まさかネスの闇の力を完璧に操っているとはな」
「ぎゃははーー!! 伊達に魔王じゃねぇぜ!」
「ネスの力ならこの宇宙のどこに飛ばされようと闇を介して帰って来れる」
「そういうこった。得意の転移は時間稼ぎにしかならねぇぜぇ?」
「傲りが過ぎるぞ悪魔風情が、その程度で俺に土をつけたつもりか? 甚だしい」
カーの目が光った。そしてイズクンゾが再び消えた。また転移させたのだ。ペルカが笑う。
「カー様、主もおっしゃいましが時間稼ぎも程々にしてください」
「奴はもう帰ってこない」
「は? どこに飛ばされようと主は帰ってきます」
「この宇宙ならな」
「まさか」
「こことは別の世界に飛ばしてやった」
「まさかそんなことが」
「ではお前の処遇だが、正直なところ人族を使うなんぞ今までなかった。割りとショックだったぞ」
「一つ語弊があります」
「なんだ? 飛ばす前に聞いてやろう」
「私は人ではなく天使です」
「それはおかしいな、この世界に悪魔はいれど天使はいないが?」
「昔の話になりますが、貴方に転移させられてこの世界に来たのです」
「覚えてないな」
「でしょうね、貴方は私の乗っていた乗り物の方に目がいっていましたからね、覚えていますか?船のような形をしていました」
「……船、ああ、方舟か?」
「はい、『アノ方舟』です」
「それで何故俺の下僕になった、俺が憎くないのか?」
「憎いですよ。この世界で天涯孤独になった私は、貴方を殺すことだけに心血を注ぎましたから」
「ほう、ならば、さっきのが貴様なりの希望だったわけだな、悪魔信者の天使よ」
「はい。イズクンゾ様は貴方を殺すことを確約してくださいました」
「悪魔が天使を誑かすか。無くはない話しだ」
「貴方を殺すためなら喜んで悪魔に魂を売りましょう」
「しかしだペルカ。この世界は弱肉強食。強いやつが弱いやつをどう扱おうが自由」
「重々承知です。そして生き残りがこうして憎み、下克上を企てるのも自由です」
「言うではないか。まぁ、お前の身の上も分かったことだし、もうスッキリしたから宇宙の彼方に飛ばしてやろう」
カーは目を光らせる。転移魔法を発動させる瞬間。二人の間に魔法陣が描き出された。カーが驚きの声を上げた。
「『転移魔法』だと!? 俺以外がそれを使えるわけがない!」
「げっげっげ、くくく、ぎゃはーは!」
イズクンゾがいつものように不敵に登場した。
「ちーす、帰ってきたぜぇ〜」
「貴様、どうやった」
「世界を食ってきた。んー、ああ、こう言えばいいか? 世界を終わらせてきた」
「なに」
「まてまてわざわざ確かめなくてもいいだろぉー、説明してやるぜ、向こうの世界では5万年経ってる、でその5万年で向こうの世界の奴らをみんな食って宇宙を滅ぼして帰ってきたってわけだ、でさでさ、食った膨大な魔力を使って5万年前の過去に戻り、その間に開発した転移魔法陣で帰ってきた。どうだすげーだろ? なぁ? おい」
イズクンゾは5万年経ったというのに姿形が全く変わっていない。それは魔力操作の精度の高さを物語っている。カーは一万年ぶりに戦闘態勢を取った。
「ギャハハハハハ!! ペルカよぉく見とけ、お前の悲願が叶う瞬間を!!」
「この身が滅ぼうとも見届けさせて頂きます!」
カーは息を吸い込んでいる。大気中の酸素濃度が大幅に下がる。どんどん吸う。辺り一体が真空状態になっていく。そんな状態でもイズクンゾはお喋りだ。
「来るか? 来るのか? 来るってのか? 来いよ! 来やがれ! 来やがれってんだ! 例の吐息をよぉ、吐くってんだろ!?」
「ほざけ悪魔、貴様がどれほど力を付けようとこの吐息は防ぐことは不可能だ」
吸い込みが終わる。そしてカーの口が開かれた。
「転移吐息!!!!」
吐息の中にいくつもの転移魔法が混ざっている。これを喰らえば細切れにされてどこかに飛ばされるだろう。つまりまともに喰らえばミンチよりも酷い状態になる。転移吐息が迫る中、イズクンゾはぼんやりとそれを眺めていた。
「いいなぁ……」
まるでおもちゃ屋で高価なおもちゃを眺めている子供のようだ。そして突如として子供のように表情を一変させる、変わった表情は子供らしさなど一切ない、極悪なものだ。
「この世の全てはぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!
俺様のぉ〜〜〜〜〜〜〜!! 物だァアアアアアアアアアーーーーッ!!!!」
カーが目を見開いた。
「受け止めているだと、我の転移吐息を回避せずに真っ向から受けるなんぞ、どこぞの無知さんでもせんぞ!!!!!!!」
「うるぅせぇえええええええ!!!!!!! アアアアアアアアア!!」
イズクンゾの魔力が次々に来る転移の魔法陣を打ち消している。魔法陣を打ち消すには高度、いや高度以上の神業的な魔力操作と膨大な知識が必要不可欠だ。生半可ではない計算を経て導き出される結果を膨大な魔力を使って超高速で打ち出し続けなければならない。そう達人同士の技のぶつかり合いを無限に行っているようなものだ。
イズクンゾの体が巨大化していく。漆黒線状魔力がイズクンゾを何重にも包み込んでいる、カーと同サイズになる。そして耳まで口を割き大口を開いて一歩ずつ前に進み始めた。
「ぎゃーーははははははははは!!」
笑い声のような咆哮だ。悪魔の笑い声はそれだけで精神を犯す。
「小癪な」
「小癪さに置いて俺様の右に出るものはいないぜ!」
まるでキスするかのようにイズクンゾとカーの口が重なる。龍族は口先が長いため、くの字をクロスするような構図だ。同時に手を組む。まるでSEXだ。




