第83話 童話の勇者
「ぐ、がが」
槍で貫かれた魔獣チワワがバタバタと蠢いている。
「よっと! ほらよ!」
おにぃちゃんが空中に放り投げる。
「ちょいレーザー!!」
キラーキラーの一つ目から放たれるレーザー光線が魔獣チワワをやき尽くす。
「おにぃちゃん!」
機体に抱きつく。冷たいけど、確かに感じる、この魂の感じ、間違いなくおにぃちゃんのだ!
「おにぃちゃんおにぃちゃんおにぃちゃんおにぃちゃんおにぃちゃんおにぃちゃんおにぃちゃんおにぃちゃん!!!!!」
「おおきくなったな……ヒマリ」
私を抱きしめてくれます。鉄の手だけど、冷たいけど、それでも暖かい。
「俺の剣を使ってくれてたのか」
「うん、使いこなせなかったけど」
「よし、見本を見せてやる」
おにぃちゃんは私から双子聖剣サンザフラを受け取ると口を大きく開いた。
「その前に俺の口の中に入れ」
中には座席が一席、人一人が入れるスペースだ。私は言われたまま入る、口が閉じた。おにぃちゃんに包まれてる。世界のどこよりも安全な場所だ。
機体内部、全体が光り出す。360度の外の景色が映し出される。外にいる時と変わらない視野が確保される。
一つ疑問がある。おにぃちゃんは死んじゃったんじゃかったの? 無事だったらなんでずっと私を一人にしてたの?
「ヒマリ。先に言っておこうと思ってたんだが、俺の中にいると考えていることが筒抜けになるんだ。キラーキラーの性能アップされた機能の一つだ。人は音声注力よりも思考入力の方が5倍早いとされているからな」
大好き。おにぃちゃん。
「俺もだぜ。そうだな説明してやらないとな、ヒマリには言っておかなきゃならない、今までの事を」
うん。
「俺は怪物の口っていうでかい谷に落ちたんだが、底なしなんて言われてた谷にも底はあったんだ。ただ谷底は一度入ると出られないような構造になっていてそこに住んでいる凶暴な魔物のせいもあって生還率はゼロとなっていたんだ」
魔獣チワワが飛びかかってくる。おにぃちゃんはそれを容易く切り刻む。そんな中でも話続ける。
「俺は呪いの魔法陣によりキラーキラーに魂を支配されかけていた。機体もボロボロでマジでヤバかった」
3匹目の魔獣チワワを大槌で叩き潰した。
「そんなときだ。現れたんだ」
なにが?
「創造神ビルディー様だ」
魔獣チワワを斧でめった切りにする。
「ビルディー様がなんであそこにいたかは分からない。もしかしたらチョウホウ街での一件が関係あるのかもしれないが、怪物の口の底にビルディー様はいた。普通に焚き火してた」
ビルディー様が直してくれたの?
「ああ、流石の俺も驚いた。神様ってやつは自分勝手で人の生き死になんて気にもとめないもんだと思ってた」
じゃあどうして?
「なんというか、人間味があった。まあドワーフの神様だから人族の神ってだけかもしれないが、トンカチ、ノコギリ、クギといった原始的な道具のみで、この精密な機械仕掛けの俺のボディを修理してくれたんだ」
おにぃちゃんがサンザフラを一つに合体させる。一振りで魔獣チワワたちが吹き飛んだ。
「元に直してくれただけじゃない、やはり創造神だ。呪いの魔法陣を書き換えてくれた」
サンザフラから放たれた聖なる熱波が魔獣チワワの皮膚をこんがりと焼いた。
「さしずめこの機体の名はキラーキラーマークIIだ!」
キラーキラーマークII?
「そうだ! 見ていろ! 全砲門解放!」
キラーキラーマークIIの体の至る所から砲門が開く。
「全方向レーザー光線照射!」
放たれた赤いレーザー光線が分裂した魔獣チワワどもにのみ命中する。その狙いは正確で速い、威力も凄まじい。
さすがおにぃちゃん!!
「きゃああああああ!!!!」
魔獣チワワの断末魔だ。でも油断しちゃいけない。
おにぃちゃん! こいつすぐに変身して適応してくるよ!
「おう!」
おにぃちゃんが構える。4本の腕に大剣となったサンザフラ、長槍、大槌、戦斧を持っている。洗礼された無駄のないかっこいい構えだ!
「魔獣チワワよ、その適応能力がお前だけのものってわけじゃないのだ。キラーキラーマークIIは……俺はこんなものじゃないのだ!」
ちぎれた魔獣チワワの肉片が意思を持ったように蠢き一つき集まる。ものの数秒でおにぃちゃんと同等のサイズになる。おにぃちゃんの4本腕に対抗してか8本のうでを生やしている。
「ぐひひ」
勝ち誇った醜い笑顔だ。
「来い、生きるのを諦めるまで相手してやるのだ! なんせお前はしちゃいけないことをしたからな!」
そうだ。こいつは無抵抗な王国の民を弄んで殺した、許せるわけがない。
「俺の妹をいじめやがって!!」
おにぃちゃん!!
「旋風烈閃!」
回転して放たれる嵐のような連撃だ! それに合わせて魔獣チワワも逆回転で対抗する。
「これは妹の分!」
たったの4手で魔獣チワワの八本の腕を切り飛ばした。
「そしてこれからも妹の分だ!!」
魔獣チワワは即座に腕を生やして振り下ろされたサンザフラを受け止める。
「ぎぎ、ぐぎぎ」
「俺はお前らに戦闘マシーンにされた、だから未来永劫こうやってお前を押しつぶし続けられるぜ!!」
「おおおお!!」
魔獣チワワが潰れていく。浮き出た血管が破裂して泥のような体液が漏れる。肉が裂ける、ボキボキと折れた骨が皮膚を破り突出する。
おにぃちゃんのパワーも凄まじいけど、魔獣チワワの再生能力も化け物だ。折れた骨の間から骨が生えて網目状に再構築されていく。筋肉だって膨れていってる。この圧迫に対応できるまで進化するつもりだ。
「おにぃちゃん!!」
「おう!! キラーキラーマークII! 主砲よーーーーーーーいッ!!」
おにぃちゃんの一つ目が伸びる。魔獣チワワの顔面に頭突きを食らわせる形になる。互いに睨み合っている。
「大! レーザービーム!」
閃光が魔獣チワワを蒸発させる。レーザーは地面を舐めるように抉る。なんて太い光。
「照射終了!」
レーザー光線が止まる。大地が溶けて真っ赤になっている。
「倒したの?」
「ヒマリ、感覚を研ぎ澄ませろ。お前にも俺とはまた別の『直感』が備わっているはずだ」
集中する。この力はおにぃちゃんの魂の反応を追うためだけにしか使いたくないけど、仕方ない。他のものにも興味を示さないといけない。魔獣チワワの魂の反応あり! 場所はーー
「おにぃちゃん!」
「後ろだな!」
地中から飛び出した魔獣チワワをサンザフラで叩き落とす。ガキンと金属音。
「硬くなっているな。外皮と筋肉の密度を上げてきたか」
魔獣チワワの体がまた変化する。でもおにぃちゃんがいれば絶対に負けない!
「そうだな。……来たか」
「え」
何この直感は、空から何かが降ってくる。魔獣チワワよりも危険? 降りてきたのは人型の機械人形。
「おいコラシチュー、お前に聞きたいことがある」
機械人形が話しかけても魔獣チワワはそっぽを向いている。
「ギア、また会えるとはな」
おにぃちゃんが話しかけると機械人形がこちらに視線を向けてきた。それだけで魔力の矛先が僅かにこちらに向かうのを感じる。な、なんて魔力量なんだ。威嚇のためにこんなに溢れ出しているの? おにぃちゃんの中にいなかったら腰を抜かしていたかもしれない……
「逃げ出したやつか、一応聞いとくがセギュラはどこにいる」
「さぁな。引き分けたが、死んではないと思うぜ」
「普通に質問に答えるとはな。キラーキラーを勝手に弄りやがって」
「そっちこそその機体はなんだ? キラーキラーの後継機か?」
ギアは一瞬悩むような素振りを見せた。
「まあいいだろう。そうだ、このボディの名はキラーキラーキラー、通称ゴッドキラーだ」
「こっちはキラーキラーマークIIだ!」
「無駄話は終わりだ、おいこらシチュー、イズクンゾはどこに行った?」
「あう?」
「とぼけんな、よし言いたくなるまで叩きのめしてやる」
「まてギア、お前の相手は俺だ!」
「バカが、なぜ入ってくんだ、命知らずか?」
「俺の命はもうないぜ」
「そんなことない!」
「ヒマリ」
「誰か乗せてんのか? なんの意味がある。ややこしくなってきたな。あ、待ちやがれシチュー、逃げるんじゃねぇ」
「まて!」
どうやら絶者は魔獣チワワを追っているようです。イズクンゾの場所を聞こうとしている? イズクンゾとギアは敵対している?
「おにぃちゃん、どうやらイズクンゾとギアは敵対しているっぽいです」
「みたいだな。合理的に考えればギア単体よりもイズクンゾの方がヤバい。だがな!」
おにぃちゃんはギアに斬りかかった。ギアは刃物のような尻尾でそれを受け止めた。
「だからなぜ俺を攻撃しやがる」
「その態度が気に食わないのだ!」
「バカが、相容れない奴とは距離をおけ、時間の無駄ということがわからねぇのか」
おにぃちゃんは無視して目からレーザー光線を放ちます。直撃です!
「生憎、単騎で魔界に行くようなバカなもんでね」
「俺のレーダーがシチューを見失うことはねぇ。優先順位を付けた。まずはお前だ、それからシチューを捕まえる」
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景色が一変した。
見慣れた白い空間。目の前にいる少女がここを女神空間だと決定付ける。
「……」
女神は俺に目もくれずにスマホをいじっている。
「なあ、おい」
「……ん? なんじゃ?」
「俺、死んだのか?」
「あー? みたいじゃな。聞かずともわかるじゃろ」
なんか冷たいな。女神の用事が終わるのを待っていると体が崩壊してきた。女神が目線だけを俺に向ける。
「貴様の魂は消滅する」
「今回はガチで死んだのか」
「そうじゃ、あのギアとかいうやつ。魔法陣を完全に消し去りおった」
「そうか。あいつがギアか」
俺以外の転生者。話もできなかった。取り付く暇もないとはまさにあのことだ。
「貴様の物語もこれで終わりじゃ。B級グルメにも満たないC級グルメじゃったな」
いまさら死にたくないなんて言っても女神は俺を助けない。そんな甘いヤツなら転生トラックを突っ込ませてきたりはしない。
「ま、楽しめたしの。元いた世界に戻してやろう」
「へ?」
「なんじゃ、意外か?」
「意外に決まってるだろ、なんの風の吹き回しだ?」
「え、いや頑張ってたから戻してやろうと思っただけじゃが? え、余がおかしいのか?」
今までの女神スタイルから逸脱してるとしか言えない。
「ひどいのじゃ。まあ、貴様がなんと言おうと戻してやる。さらに今なら特別ボーナスとして異世界にいた記憶を消してやるぞ?」
「いや、それはいい。悪い思い出じゃないし」
「ほーん、ってなんじゃ? 浮かない顔じゃな。元の世界に戻れると言うのに嬉しくないのか?」
「なんでだろうな、いきなりすぎて頭が追いつかない」
「まあ、じゃあ早く戻れ、余はスタミナが回復ししだい次のクエストに向かわねばならんのじゃ」
「ソシャゲやってんじゃねぇよ! てか無課金勢かよ!」
「なんじゃ? 無課金とは」
「貸してみろ」
「うむ」
女神から受け取ったスマホにはi〇hone one hundredと書かれている。俺の知ってるスマホは6s〇までだぞ……
操作感は一緒だ。てかここまで進化してまだソシャゲとかあるのかよ。恐ろしい文化だぜ。
「なー、まだかー?」
「ここにな。魔力石を買うってあるだろ」
「マジじゃ! これ買う! 全部買うぞ!」
めっちゃ連打してる。そんな要らんだろ。っておい! パスワードを俺に見せるな! ネットリテラシー!
「おお! スタミナが一瞬で回復したぞ! 時間短縮も出来るではないか! ガチャもたくさん回せるぞ! すごいのじゃ!」
こうやって女神にあれこれ教えるのもこれが最後か。
「絶世の美女と会えなくなるのがそんなに寂しいのか?」
「そ、そんなんじゃないよ。たく、人の心を読むなよ」
「貴様の感情など本屋にある無料の試し読み程度の価値しかないぞ。ま、そんなことはよい。ほれ、魂が消滅する前にとっとと行くがよい」
「お、うおお!!」
俺は光に包まれ消えた。
「お! ウルトラスーパーアルティメットレアが当たったぞ! やったのじゃ!」
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「ここは……」
「きゃああ!!」
俺が状況を判断する前に悲鳴が聞こえた、隅で震えている店員さんだ。見れば3台のトラックがコンビミに突っ込んだあとだった。転生する直前に戻ったのか。
「マジで戻った、あの日に」
10数年ぶりのマイボディを抱きしめる。そして歓喜に震える。
「ああ……おあぁ……イイ……ふぅー、ふぅー、おぉ、うふ、おお、イエス、おー……イエス、しーはー、しーはー」
力が漲る。
トラックのドアを取り、運転手を摘んで出す。そしてデコピンで店に突っ込んでいるトラックを外まで弾き飛ばす、これを3セット。運転手たちはエアバックに守られていた、大丈夫そうだ。動いた感じ、正常な物理法則だ。女神の力が宿った転生トラックではない。あの恐ろしい力は完全に失われている。次に店員さんに手を差し伸べる。
「大丈夫ですか?」
「……ひっ」
めっちゃ引かれてる、たしかに俺はトラックに轢かれたけどさ、そんなに怯えなくても。パトカーのサイレン音がする。俺は無傷だし、面倒だから来る前に帰ろう。
「あ、そういや簡易ハンバーガー買ってたんだった」
俺はむしゃぶりついた。
「う。うぅ、うめぇ。」
久しぶりに飯を食った。ハンバーガーの体では出来なかったことだ。美味すぎる、ものを食べるってこんなに楽しいことだったんだな。家に着く、こっそりと自室に戻る。この世界の人たちからすれば俺はすぐに帰ってきた感じになっているんだよな。なんかドラ〇もんみたいだ。タイムマシンで帰ってきた感じ。
俺の部屋だ。とてつもなく落ち着く。我が古巣だ。なにもかもがそのままだ。くぅー! 俺は脊髄反射でPCの電源を付ける。ああ、サイコーだ。この世界なら俺は最強だ。肉体が充実していれば精神もそれに引っ張られる。この高揚感だ。その日俺は自分の体を抱きしめながら眠った。
朝だ。目覚めて真っ先に自分の体を確認する。ぺたぺたぺた。よし! 俺だ! 夢じゃなかった。本当に俺の体だ! 女神は最低なやつだったけど、こうして戻してくれたんだ。結果よければ全てよしだ!
「……はは」
そうさ、俺は戻れたんだ。ハンバーガーの体になって今ある環境の大切さがよくわかった。身にしみた。五体満足でうまい飯が食える。筋トレもできる。これは最高のことなんだ。
「……」
でもなんでだ。まったく気分が晴れない。
くそ、
前向きに考えようとしてもやっぱりダメだ。アイナに会いたい。いまごろ俺が死んだと思って悲しんでいるに決まっている。もしかしたら暴走しているかもしれない。ジゼルだってエリノアに裏切られて一番ショックを受けている。エリノアもきっと……。スーもなんとか助けてやらないと。俺はいてもたってもいられなくなり部屋を飛び出す。こういう時にパソコンにかじりついててもいい事なんて何一つない。家から出てもまったく平気だ。異世界の成果だ。人目も気にせず半裸で街を見おろせる丘まで駆け上がる。常人の目で見える速さで動いてないから大丈夫だ。
「俺はどうすればいいんだ」
女神に強制的に連れてこられた異世界だった。現代に固執していなかったから受け入れられた。馴染んでたんだ、あの世界に、あの世界は俺を受け入れてくれた。肉体無しの精神面だけで俺を見てくれた。仲良くなれた。でも負けた、死んでそれで、それをまた女神の気分で現世に帰された。
「心残りがあの世界にある」
俺はアイナに会いたいんだ。……こっちの世界じゃ誰にも相手にされないしな。寂しがり屋だったんだな、俺。しかし、どうやって異世界に行けばいいんだ? 俺は疑問に思いつつも薄々気づいていた。
「死ぬしかないか」
死ねばワンチャンまた女神の所に行けるかもしれない。女神だって俺を転生させるために一度殺したわけだしな。死んだから生まれ変わる、故に転生だ。出来ればこの姿のまま転移したい。俺は鉄柵の下を見る。それなりに高いな。ここから落ちれば死ねるだろうか?
「じゃあ……死ぬか」
「死んじゃダメだよ」
「へ?」
俺が振り返るとフードを目深に被った少女がいた。
「違うんだ。俺は死のうとしてるだけなんだ」
「だからダメだって言ってるんだけど、おじさんだいぶやばいね」
「おじ……」
「どうみてもおにぃさんって感じじゃないよ」
肉体年齢ならピークで止まり続けているんだけどな。老け顔なのか? 三十路はまだおじさんじゃないはずだ……精神年齢は初老に近いけど。
「ねぇ、死んじゃダメだよ」
フードを取る。見覚えがあった。
「あれコンビニの店員さんだ」
「うん」
「どうしたんだ、こんなところで」
「こっちのセリフなんだけど……走るおじさんを見たから着いてきた」
あれ? 見えていたか。常人の目には追えない速度で動いていたんだが、まあ逆に言えば常人じゃないやつには追える程度のスピードしか出してなかったしな、こういうこともあるか。
「俺はおじさんじゃなくて番重岳人だ」
「岳人ね」
いきなり下の名前か、さ、最近の若い子は……くっ、ど、ドキドキする。
ええい! 狼狽えるな! 思い出せ! そして発揮しろ! 異世界で得た社交性を!
「き、君は?」
「私は……沸子」
沸子さんか、この世界で初めて女の子の名前を聞けたぞ。
「それでなんで着いてきたんだ?」
「えっと、あのトラック、あれが突っ込んでくる時、とてつもなく強い異常な力を感じた、突っ込む直前にその気配は無くなったけど」
ああ、女神の力が衝突の直前まで抜けてなかったのか。結構危なかったなそりゃ。
「あんなものを見たら失神するレベルのはずなのに」
「沸子さんも耐えていたじゃないか」
「私だってそれなりには……でも震えて動けなかった。この私がよ」
ん? この私がって、余程の使い手なのか? 見たところ華奢だが、筋肉は?
「それなのにあれを目の前にしていた岳人は轢かれても立っていた。平気どころか私を気遣う余裕すら見せた」
なんだ? そんな凄いことなのか? ただノーマルトラックが突っ込んできたくらいのことで?
「岳人ならこの世界を救えるかもしれない」
「は?」
「あんな力を持っていて知らないの?」
「なにを?」
「今この世界は悪の異能力者集団に滅ぼされようとしているの」
「え、何その設定、能力者? 漫画やアニメじゃないんだから」
「いるのよそれなりに、この世界には危険な異能力者がいっぱい。岳人も異能力者でしょ?」
そんな眉唾なものじゃないな、俺の筋肉は。
「俺さ、引きこもってて外の流行りについていけてないんだよね……」
「そういう話じゃなくて、マジな話なんだけど」
「はいはい、で、もっかい聞くけど着いてきた理由は?」
「街であんなに『異能』を使ったらアイツらに気づかれる」
「悪の組織ってやつか、てかあれは別に能力じゃなくてだな。ただ軽く走っただけなんだけど」
「軽く? あれが……はっ!」
沸子が空を見上げる。
「見つけたぞ!」
「しまった!」
なんだあれ人が飛んでるぞ。
「あれは組織の異能力者!」
「へー、あれがか、どうやって飛んでんだ? 科学の進歩か? それとも魔力を足元に固めているのか?」
「魔力? 何言ってんの! あれは空を支配する『天空』の能力者、スカイハンターよ!」
「ははは! そうだ俺がスカイハンターだ、俺に見つかったからにはもう逃げられないぞ!」
「く! やっぱり目立ちすぎたんだ! 逃げなきゃ!」
「Why、何故逃げる?」
「ほわ……何故って勝てないからよ! あれは悪の組織の幹部クラス、街だって滅ぼせる、それくらい強いの!」
「はあ」
「生返事しないで」
スカイハンターが空から降りてくる。
「俺は空を支配する、天候操作はもちろん、空気中の酸素濃度の操作なんかも出来るぞ。……ピンと来てないようだな、つまり空に関係することならなんだって出来る、おっと今こうして地上に降りたのは油断じゃないぞ、俺の周囲には何重にも空気の壁作られている、空気だからって侮るな、迂闊に触れようものならトルネードに巻き込まれた飛行機よろしく腕がバキバキに畳まれることになるぞ!」
「ずいぶん早口だな。俺もネットでなら経験あるよ……あ、もしかしてそれも能力だったりするのか?」
「お前。肉体強化系の異能力者だろ、自分の筋肉に自信ありますって顔してるよな、つーか俺たちを知らないとなると最近能力に目覚めたようだな、一気にそんな力を手に入れて自分が一番強いと勘違いしてるんじゃないだろうな? 異能は単純な腕力じゃどうすることも出来ないぞ。……ち、まだポカンとした顔してるな。上には上がいるってことを教えてやる」
「それ最近の話? ネットでお前たちの話題なんて一切出てこなかったけど」
「そ、それはネット規制とかで操作してるんだ!」
「とか? 単純に興味がないだけだと思うけどな」
「よぉし決めた、まずは痛めつけて、上下関係を理解させる。それから組織に連れ帰ってやる!」
スカイハンターが俺に接近してくる。
「この空気のバリアに触れさせれば、それだけでお前の手足はあらぬ方向にひん曲がって……え?」
ひん曲がらないよ。筋肉が俺の意思以外で動くわけないだろ。
「な、何故だ!」
「何故って、え、そんなに不思議?」
「これならどうだ!」
「お」
周囲の空気が無くなったな。
「どうだ! 真空状態を作り出した! これで貴様は息が出来ず失神する!」
「マジか」
「な!? な、なぜ喋れる!? 肺にも空気は残っていないぞ!」
「知らんの? 無酸素運動」
「はぁ!?」
「筋肉はな無酸素運動って言ってだな……まあ筋トレしたことない人は知らないと思うけど、筋肉は酸素無くても運動することが出来るんだよ」
「筋肉すげぇ……」
スカイハンターはその後も頑張ってた。でも空気で斬りつけようが、はるか上空から叩きつけられようが、俺は無傷だった。
「はぉ……はぁ……くっ! お、覚えていろ! 組織に連絡してやる! そうすれば流石の貴様も終わりだ!」
「いや、なんか俺を殺してくれそうだからこっちから行くよ。住所どこ?」
「なんなんだこいつはッ!?」
とまぁ、行く道中も悪の組織とやらの人たちがたくさん絡んできた。とりあえず全員の異能的なものを受けてみたけど俺は死ねなかった。結局全員スカイハンターみたいに驚いて帰って行った。沸子が呆れたように言った。
「岳人って、本当に何者なの?」
「んー、現代最強らしいよ」
翌日、ボスのところに行った。ボスともなれば俺を殺せるんじゃないかと期待していたが、大したこと無かった。でも組織は壊滅させた、向こうが周りにも被害を出そうとしてたからな、近所迷惑はダメだ。
「つ、強すぎ……る」
「女神公認の現代最強なもんでな」
さて参ったぞ。死ねない、寿命まで待てるわけないし……俺は息を止める……ダメだ筋肉が無酸素運動している。体を破壊しようにもな。目や喉だって鍛えてあるから破壊できない。イーブンだ。攻撃力と防御力が拮抗している証拠だ、いい鍛え方をした証拠でもある。うんナイス筋トレ。俺が目の前にいれば全力で殴れるんだが、そうか。残像で俺を殴る。俺は残像を目の前に作って殴ってみた。痛て、お、これならいけるか? 残像を作り殴るを繰り返すこと一日。 く、何年かかるんだ。タフすぎる俺。飯なんて食わなくても筋肉が勝手にエネルギーを生産してしまうし、それを止めても耐えちゃうし、うぅむ。詰んだか? ……そう言えば女神を呼ぶ方法があったな。たしかこうだったか、俺は女神との会話を思い出す。そして呪文を唱えた。
「『女神様。愛してます』」
くっ、恥ずかしすぎる。こんなことを言うくらいなら死んだ方がマシだ。いや死ねないからこうしてやっているんだけどね! ……反応がないな。やっぱりダメか。俺も今の今まで女神との口約束を忘れてたわけだしな。向こうだって忘れてるさ。いつも他のことしててろくに俺の事なんて見てないしなあの女神。
「誰がビッチじゃ」
「おおう!?」
女神がいた。
「誰が超絶美少女じゃ」
「それは言ってない」
「呼んでおいて驚くとはな、いい度胸じゃな」
「え、いや、だって、ここ現世だぞ」
「余は生死なんぞ超越しておるのじゃ。というか神じゃぞ?」
女神は周りを見渡す。
「殺風景じゃなあ。ここどこじゃ?」
「悪の組織のアジト」
「更地ではないか」
「俺が動いたあとだからな」
もちろん人は殺していないみんな気絶している。
「よいか覚えておけ、女の子を呼ぶのにこんな場所を選ぶでない。デリカシーのないヤツめ」
「う、気にしてなかった」
「だからモテんのじゃ」
「すんません」
「どれ整えるかの」
女神が指を鳴らす、周囲の景色が一変する。ここは高層ビルの最上階か? 全面ガラス張りの超スイートルームだ。周りの景色的にここは悪の組織のアジトがあった場所だ。高度は変わったが座標は変わっていない。つまり一瞬で建てたのか。って。
「あいつらは?」
「ん?」
「周りに人いただろ」
「埋もれとるな。知り合いじゃったか?」
「違うけど」
「ならよいじゃろっと!」
女神はでかいベットに飛び込む。華奢な女神の体がベットに沈む。
「ふわふわじゃ! ふわふわじゃ!」
く、俺には刺激が強すぎる……。
「室内プールにシアタールームもあるぞ! たまには現世もいいもんじゃな!」
「建材の一部に人が使われてるってのによくはしゃげるな」
「小数点以下のパーセントで何を言っとる、人100%の建造物とか見たことあるぞ。それに比べればこの程度大したことないのじゃ」
まぁ、いいか。あいつら悪いやつららしいからな。トドメを刺さなかったのも寝覚めが悪くなると思っただけだし、自業自得ということで。
「なんてわけにはいかないな。ちょっと待っててくれ」
「めんどくさいやつじゃのー」
「あの人たちは悪い人たちらしいからな、悪い人はちゃんと裁かれるべきだ」
「自分を説得することだけは上手くなりおって」
「折り合いを付けてるんだ」
「何を偉そうにしておるか。その折り合いがつかなくなったから余を呼んだのであろうが。まあよいぞ待っててやる。というか堪能しておるから、ゆっくりでよいぞ」
俺は筋肉分身(ただ高速で動いているだけ)して僅かな振動を頼りに埋まってる人達を同時に掘り出す。この体ならコンクリート製の壁だろうと空気抵抗くらいにも感じずに掘ることが出来る。一分後。
「ただいま、ごめん病院まで運んでた!」
「早いわバカもの。まったくもうしょうがないやつじゃ。それでなんじゃ? あの世界に未練でもあるのか?」
「その通りだ。話が早い。また異世界に行きたいんだ」
「よいぞ」
「分かってる、ここに戻してくれたのも女神の優しさだ……っていいのか?」
「よいぞ、久しぶりに愛してるなんて言われたからの」
なんか最近甘いな。
「もちろん裏があるのじゃが、どうする?」
「行くさ。いや行かしてくれ」
「気持ちのよいやつじゃ。でも分かっておるのか? またハンバーガーの体になるんじゃぞ」
「ああ。でも一つ頼めるか?」
「なんじゃ」
「一つこの世界から持っていってもいいか?」
「どのくらいじゃ? 一名につき持ち込めるグラム数が決まっておるぞ」
「飛行機かよ。そんな大きくない。小瓶くらいだ」
「それくらいならいいじゃろう、持っていくがよい」
俺の部屋に移動した、移動中に冷蔵庫にある小瓶を持ってきた。
「ここが貴様の家か、なんだかオタオタしておるな」
「伝わったか、俺のソウルが」
「は? じゃあ行ってくるがよい」
「あ、ちょっとまって」
「なんじゃ?」
俺はPCを握りつぶす。
「これで安心して逝ける」
「ふふ、自分のものを壊しておる、相変わらずおかしなやつじゃのぉ」
女神が指を鳴らす。転生トラックが部屋に突っ込んできた。部屋がぐちゃぐちゃになった。PC壊した意味! そんなこんなで俺は再び死んだーー
「さぁて八百万よ、駒は取り返した。仕切り直しじゃ」




