第82話 絶望の夜空
これで俺の仕事は終わりか。イズクンゾが笑った。
「ぎゃははーーっ!! もう終わったぞ! 瞬殺だ! 強いぞ! すごいぞ!」
俺がその場を立ち去ろうとすると、勇者パーティが掴みかかってきた、名前はたしかジゼルだったか。
「貴様! よくもバーガーを!」
「うるせぇな耳元で騒ぐんじゃねぇ」
こいつらに攻撃されようと、この新調したキラーキラーキラー、通称ゴッドキラーは無敵だ。仕事が終わった今、俺はこいつらに何もすることはない。
「にゃはは……一撃で殺すにゃんて」
なんだよ、みんなしてそんな目で見やがって、またその目か。よくわかんねぇな。
「ギア!」
三騎士が立ち上がった。こいつは、クゥっつったか。こいつもクレームか? ここに長居するのは面倒くさそうだ。
「魔王をこのままにしていていいのか!? こいつはいずれ世界を滅ぼすぞ!」
「どうでもいい」
心底どうでもいい話題だ。この世界がどうなろうと知ったこっちゃない。俺は仕事を終えて元の世界に戻るだけだ。
「おいパロム。レイの洗脳を解除しろ。あと監視虫も取れ」
「くく、もちろんだとも」
パロムが翼を鳴らす。
「終わりか?」
「終わったよ。絶望タワーに行って確認してきたらいい」
早く帰って次の仕事しねぇとな。
今回の作戦は簡単だった。勇者を魔王とぶつけさせ、疲弊したところを俺が殺すというものだった。作戦はこの通り成功。長い準備期間だったがこれはこれでいい仕事だ。俺が行こうとするとまた呼び止められた。
「ギア!」
「メアか」
息を切らせたメアが来た。まだいたのか。
「なんでアリス様を見殺しにしたのよ!」
「あそこで俺が出たら勇者を殺せなくなるだろうが」
「ギアなら最初から戦っても勝てたはずよ! 助けられたわ!」
「結果論だな。勇者があんな脆弱な体を持っているなんて思わねぇだろ」
「言い訳はたくさんよ!」
「事実だろうが」
メアはドカドカと去っていった。その後をブラギリオンがついて行った、あいつがついてるなら大丈夫だな。
「もういいか? 俺は戻るレイに報酬をくれてやらねぇとな」
この場にはもう何も無い。戦争は勇者と魔王の死で終わったんだからな。途方に暮れる連中を他所に俺は俺の城に飛んだ。洗脳解除されたレイを王国まで届けてやらねぇとな。報酬をキチンと支払う、そこまでが俺の仕事だ。隣の絶望タワーに飛んで戻る。戻ったとたんポラニアの叫び声が聞こえた。
「治癒魔法をかけるポメ!!」
「あ?」
こっちは魔王城と打って変わって騒然としている。攻め込まれたか? 着陸するとポラニアが駆け寄ってきた、珍しく血相を変えてやがる。さすがに嫌な予感がした。
「どうした」
「レイが倒れたポメ!」
「なんだと」
「監視虫がレイの頭から出る時に脳を傷つけたんだポメ!」
「助けろ」
「いま治療班で処置しているポメ!」
「助かるか?」
「……」
「そうか」
俺はレイのところにいく。すぐそこにいた。横になるレイの周りで魔物達が忙しなく動き回っている。一切の無駄のねぇいい仕事をしていやがる。だがレイはピクリともしねぇ。
「死んだやつはどうなる?」
「魂はスー様のところに、でも今はイズクンゾ様が捕食されたようポメだから」
「あいつのところにレイの魂は行くんだな」
「そうポメ」
「わかった。まず肉体を蘇生しろ」
「肉体を治しても魂が入らなきゃ復活しないポメ!!」
「俺が取り返してくる」
「それは無茶ポメ! イズクンゾ様には勝てないポメ!」
「いいか、絶対にレイの肉体を死なせるな。維持し続けろ。あとは俺がなんとかするからよ」
「……わかったポメ、でもどうするポメ?」
「まずはパロムんとこに行ってくる」
残業開始だ。俺は機体をかっ飛ばして魔王の城に戻る。
「チィ」
魔王組はいなくなっていた。王国軍の連中は相変わらず途方に暮れている。俺はクゥの胸ぐらを掴んだ。
「おい、やつらはどこに行った?」
「逃げたよ」
「クソが」
「その様子を見るに何かされたな」
「あの野郎」
どこに行きやがった。俺はゴッドキラーのセンサーを全開にする。……王国にはいねぇ。ものの数分でどこに行きやがった。近くに魔力痕を感知、このパターン転移魔法か。俺は様々な魔法痕跡のパターン、追跡方法を学んだ。これも勇者が逃げた場合に備えての知識だったがこんな所で役立つとはな。転移なら説明がつく。遠くに逃げられたか、だが勇者打倒の副産物、神殺しを取得したこのゴッドキラーから逃げられると思うなよ。
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日が沈む。クレアさんからの念話によると魔王軍の苛烈を極めた攻撃も日中ほどの勢いはないそうだ。僅かだが撤退を開始しているところもあるらしい。詳しい話を聞いた、信じられないことばかりだ。その中で一番信じられないのがバーガーさんが死んだことだ。直ぐに駆けつけたい、しかし目の前にある脅威がそれを許さなかった。魔獣チワワが休み無しで攻め続けてくる。
「ははははは。ははははは」
魔獣チワワの乾いた笑い声が谺響する。
こちらは疲労した聖騎士はさがらせ、新たに控えの聖騎士と交代させるという方法であの無尽蔵のスタミナに対応している。でも防御の要である私はさがれない、これはマナーの盾があることが前提の戦いだ。どんな事があってもマナーの盾の適合者である私が撤退するわけにはいかない。
「はぁ、はぁ。すぅ、はぁ」
乱れた息を整える。聖騎士たちが負担を軽くしてくれている。それにマナーの盾がオートで守ってくれる。でも疲労は蓄積する。魔獣チワワがいやらしくも魔王砲をチラつかせる。あれに対抗できるのはこの盾だけだ。魔獣チワワは確実に私を狙っている。
新たな聖騎士たちが前線に加わり僅かに休む隙が出来る、私は数メートル下がり膝をつく。この間も魔獣チワワの猛攻は続いている。私は最大限警戒してマナーの盾を構えて休む。後方の聖騎士が水筒を渡してくれた。私は一口だけ口に含んでそれを返した。ほんのりと甘い。私の好きな果実を絞って入れてくれたんだ。この間に戦って判明した魔獣チワワの恐ろしい特性をいくつか整理する。
まずは体力だ。見た目に騙されてはいけない。あの小ささは嘘だ。肉体を魔力変換してあの体に収めているんだ。だから体力は龍クラス……もしかしたら。いや、確実にそれらよりもタフ、何が小型魔犬だ。
次に純悪さだ。獣が持つ純粋な凶悪さが魔獣チワワに備わっている。魔獣チワワは細胞レベルで他者と融合することができる。ここに来る前に襲った村人たちを取り込んで、声帯を利用したり、目玉を利用したりしている。獣とは人も含まれる。人の持つ悪性すら獣の一部として魔獣チワワに内包されている。圧縮された悪の原液とでも言おうか。液体の性質を持つ思考する筋肉が相手の嫌がることを全力でしてくる。
そして最後が突然変異だ。魔獣チワワはたぶんこの戦いで数十回倒している。これはおごりじゃない。確実に殺せるレベルの傷を与えている、しかしその度に耐性をつけて復活してくる、倒す度に突然変異してくる。数秒前とは全く別の生物になっている。新たな攻撃方法、魔力属性の変化、未知の特異体質を獲得している。慣れる頃には変異している、生物の進化の過程を辿るような長い戦いを私たちは強いられている。
「ふぅ……」
こんなふざけた化け物の特性をいくら整理したところで突破口はまるで見えない。僅かな休憩も終わりだ。あとどれだけ私は動けるだろうか。あと何回この化物を倒せる?
「おにぃちゃん」
それでもきっとこいつを殺しきってみせるよ。
空を見れば星が強く煌めいていた。
「魔獣チワワの魔力が増大していきます!」
もう数十回と聞いた報告を受ける。また備蓄魔力を解放したんだ。規格外の化物め。私はゆっくりと立ち上がる。双子双剣サンザフラを何度か握り直す。大丈夫、まだ握れる。
「まだ休んでいたほうがいいですぞ」
そう言って聖騎士大隊長のオショーさんが私を庇うように前に立った。
「いいえ、大丈夫です、もう戦えます」
「そうは見えませんがな。リトル殿」
「はっ!」
リトル先生もそこにいた。二人とも私よりも戦っている時間が長いのにも関わらず平然としていた。
「さて、どうしたものでしょうか。あれが強いとは分かっていましたが、まさかこれ程とは」
「完全に遊ばれてますな」
魔獣チワワは嘲り笑う。枯葉のように聖騎士たちが吹き飛ばされていく。
「もうあのクラスでは足止めにもならなくなってきましたな」
「どれ、もう一度我々が」
「ですな。ヒマリ殿は我々の後を頼みましたぞ。ではリトル殿、行きましょうぞ!」
「はっ!」
二人とも駆け出して行った。その二人の背中は普段より大きく見えた。
一息ついた私は、前線へと出るべく一歩踏み出そうとした。みんなが休ませてくれた分、魔獣チワワを足止めするんだ。そのときだ、聖騎士の一人が今にも泣きだしそうな声で報告した。
「ひ、く、くそ! 魔獣チワワ……分裂しました!!」
「……ぶん、れつ?」
意味がわからなかった。二つに増えたってこと? あれが?
「さ、さらに。分裂を、開始……もう我々ではどうすることも」
「いま行きます」
とにかくやるしかない。あれが増えようと抑えてみせる。数百メートル先で行われている戦闘。たしかに触腕や、攻撃の手数が数倍に増えている。被害の拡大が止まらない。マナーの盾が反応した。
『マスター、来ます』
「え?」
篭手の部分に装着されたマナーの盾が自動で体を動かす。正面に構える。するとパチパチと音がする。何か火花のようなものが? 私はハッとして叫んだ。
「みんな! 伏せて!」
爆発。マナーの盾が円形の結界を張って、爆風はもちろん、音や光も防いでくれる。今のは魔力生成された気体の性質を持つ火種。魔獣チワワは気づかれないようにこれを飛ばしていたんだ。直前まで全く気づけなかった。……私の周りだけ無事だ。周囲の砂煙が晴れる。前線へ行かなくちゃーー
「え?」
前線がなくなっていた、聖騎士たちは? この噎せ返るような焦げた臭いは、
「みん、な? ……みんな!」
僅かにうめき声か聞こえる。しかしそれはすぐに悲鳴に変わり静かになった。やつだ。
「魔獣チワワ……ッ!!」
「げ、ひ、ひ。ひ、はふ、はははは」
「ほはははひはは」
「こここらはこらはれれ」
「にびびびびびぃ」
無数に増えた魔獣チワワの視線が私に注がれる。
リトル先生……オショーさん……。私は現実を受け入れる。全滅したんだ、私を残して。
魔獣チワワは私の顔を見てふてくされたような顔をする。もうこいつの表情に意味があるとは思えないけど、悔しそうにしている。魔獣チワワが喋った。
「なぜ、平気、だ、あ?」
そうか、私を精神的に追い詰めるためにこんなことを。でも私は倒れない。それは例えマナーの盾がなくても変わらない。おにぃいちゃんの仇を討つまでは絶対に倒れない。だから私はこう言ってやる。
「お前には一生わからないよ」
「な、んだ、と、お!」
魔獣チワワたちが襲いかかってくる。幸いだ、私の後ろへ行く個体はいない。口から触手を垂らした魔獣チワワAが触手で私を拘束しようとする。
『拘束を確認。強制解除します』
触手は一定の距離まで近づくと何かに弾かれる。マナーの加護だ。魔獣チワワBの毒霧攻撃。
『毒を確認。中和します』
紫色の煙が消えていく。マナーの盾の浄化作用だ。次は魔獣チワワCDEの三位一体の攻撃だ。Cから斧、剣、槍状の頭部を振り回してくる。
「はぁ!」
オートガードで弾き、生じた隙にサンザフラを打ち込む。私の身体能力はマナーの盾の加護により大幅に上昇している。加えて聖剣は魔属特攻だ。それらの恩恵により子供の腕力でも魔獣チワワの体を傷つけることが出来る。魔獣チワワは苦虫を噛み潰したよう顔をして呻いた。
「ぐぎぎ!!」
マナーの盾がなければ何度死んでいただろうか。
「くぎゃ」
魔獣チワワの一匹が縦に引き裂かれる。これは私の攻撃ではない。聖鎌のカマさんを持ったオショー様の攻撃だ!
「オショー様! 生きてたんですね!」
オショー様はよろよろと歩いている。大怪我をしている。早く助けなければ!
私は急いで駆け出した。マナーの盾の加護圏内に入れなければならない。
「……く、る……」
オショーさんが何か言っている。聞き取れそう。
「来るな……逃げろ、ワシはもう……ダメだ」
加護内に入れてやっと聞き取れた。私は理解した。
「魔獣チワワ!!!!」
「ひっ、かかっ、たな」
オショーさんの体から魔獣チワワがシミ出してくる。オショーさんと、融合したんだ。
「すま……ない……ヒマリ」
爆発した。
「ごほっ! げほ! こはっ……」
マナーの盾に反応されないように内側に入ってから……いや、そんなことはどうでもいい。
「……殺してやる」
私の殺気を受けて魔獣チワワは破顔する。嬉しそうにしている。
「お、まえ、は、もう、たおれ、る」
どろりとした疲労が私を襲う。集中力が切れる。周囲では魔獣チワワたちが好き勝手に暴れ始めている。
「お、まえ、じゃ、まもり、きれない、ざんねん、だった、な」
心が、折れる。
「ギャハハハ!! ギャハハハハハハ!!」
あ、ああ、守れない。また死なせてしまった。
『気をしっかり持つのです。加護が切れます』
もう、こんなの倒せない、
また、死なせてしまった。
何も守れなかった。
ダメだ。
もう疲れた。
膝をつく、楽だ。
倒れる。もっと楽だ。
「おにぃちゃん……ごめんなさい、おにぃちゃんの部隊、全滅させちゃった……」
目を瞑る。仇を討とうとここまで来た。でも無理だった。私には何も守れない。
おにぃちゃんも守れなかったんだ。そんな私に何が守れると言うのだろうか。
ごめんなさい、ごめんなさい。
おにぃちゃんに、会いたいなぁ。
『マスター、気を確かに、マス……』
マナーの加護が解けた。守護者の資格を失ったんだ。
でももうどうでもいい。
目を薄らと開く、魔獣チワワが歩み寄って来ている。ニヤニヤと嬉しそうにしている。そして大口を開ける。粘土の高い唾液が糸を引いている。テラテラと光る舌が別の生き物のように這っている。歯は武器屋に並べられた剣のようにズラリと並んでいる。
ああ。怖い。
けど、
「ぐぎゃ?」
私はサンザフラを魔獣チワワに突き立てていた。
「舐めるな! 化け物! 死んじまえ!!」
刺す。何度も何度も、
「ハハハ、ハハハハ」
マナーの加護の無い状態では魔獣チワワの薄皮を裂く程度の威力しか出せない。魔獣チワワは楽しそうに笑っている。道化師を見るかのように。無邪気に、
「もう、いい、かい?」
「くそくそくそ!!
死ね死ね死ね!
なんで、死なない!!
化け物! うわああああああああ!!」
「ハハハハハハハハハハハ」
あ、魔獣チワワのギラついた牙が私をーー
眩しい光だ。目を開けない。
「え?」
この光は力強くそれでいて暖かい光だった。覚えている。忘れるもんか!
この感覚は、この魂の波長は、
「おにぃちゃん!!!!」
キラーキラー(おにぃちゃん)がそこにいた、真上から槍で魔獣チワワを突き刺している。
「待たせたな!ヒマリ!」




