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第79話 大戦争5

挿絵(By みてみん)



「つまらぬ」


 魔王は退屈そうにしている。魔王の攻撃は単純だ。そこに繊細さはない。手を抜いている、しかしその大ぶりの拳ですら油断ならない、それすら致命傷になるため、単純な攻撃だけで俺とグレイブを圧倒している。なんてフィジカルだ。


「グレイブ、ちゃんと紅蓮装甲の痛み分けペインシェアは発動してるのか?」


 俺の質問にグレイブではなく魔王が答えた。


「そこの大男の技能(スキル)のことか? しているとも、キチンとな。しかし作用こそすれど、小突いた程度のダメージを返されたところで我が滅ぶものか」


 なに、と魔王は続ける。


「我の攻撃をかわさずに直撃すれば、お主は死ぬがダメージは通るかもしれんぞ?」


 そんなことできるわけがない。戦力を失うだけだ。


「受けてやるっ!!」

「グレイブ!?」


 グレイブは仁王立ちする。魔王が目がピクリと動いた。


「よい、よいぞ、お主」


 魔王の右手が龍のものに戻る。セミリオンを屠った一撃をグレイブにも喰らわせるつもりだ。


「バーガーっ!!」


 グレイブは直立不動で叫ぶ。


「隙を見逃すなッ!!」

「……わかったっ!!」


 グレイブはやる気だ。死ぬかもしれない、じゃない……グレイブはこれから死ぬ。グレイブは言っても聞かない。だから最大限に俺が頑張るしかない。魔王にダメージが入ったその隙を絶対に見逃してはならない。


「これから行う攻撃に技名はない。ただ腕を前へ突き出すだけの行為だからな。とはいえ相手を害する行為ということで攻撃と定義しておいてやろう。腕をサイズダウンとはいえ、元に戻し振るうのだからな」

「さっさとしろッ!!」


 グレイブは睨みつけたまま動かない。


「では喰らえ」


 魔王が振りかぶる。そして振り抜く。魔王が言ったように魔王からすればハエを払うような動作なのだろう。


 あれはヤバい。そう感じとった直後、グレイブにヒットした。爆発。蒸発した水分と魔力が周囲を遮る。筋肉の精霊が爆風から俺を守る。


「グレイブ……!!」















「ほぅ、まさかな」


 グレイブは腹に大穴を開けられてもその姿勢を崩さない。


「返すぞっ!! この痛みっ!!」


 魔王の胴が僅かに動く。魔王は表情一つ変えない。グレイブがキレた。


「俺の怒りが怒髪天だっ!!」


 魔王の腕をガッチリ掴んだ。


「バーガー今だっ!!」

「おう!!」


 高速跳ねで魔王の後ろに回る。筋肉の精霊が両腕でMソードを突き刺すように振り下ろす。魔王の肩にヒット。


「ぐ、通らない!!」

「バーガーッ!! 全力を出せッ!!」


 そんなのもうやってるなんて言えない。


「ウオオーーッ!!」

「終わりか? そろそろ飽きたぞ」


 グレイブが決死の覚悟で抑えてくれているんだ、その間に少しでもダメージを与えなければ、くそ、刃が全く通らない。Mソードは神クラスの武器だ、魔王を倒せる武器のはずなのに!


「そのままだ! Mソードを固定してろ!」


 クロスケが真上から降ってきた。黄金大剣でMソードを叩いた、なるほどそうか! 言うならばMソードが釘で黄金大剣がハンマーだ! だが。


「くそ! これでもダメだ!」

「諦めんな、通るまで続けンだよ!」


 クロスケ跳躍。さらにもう一撃加えるつもりだ。


「させません」


 ホネルトンが止めに入った。


「もう戻ってきたか、複雑骨折させたんだがな」

「舐めないでいただきたい、この程度の骨折なんてことはありません」


 ホネルトンの黒い右腕がクロスケの足を掴む。


「ぬぉわ!」


 クロスケが棒切れのように振り回される。


「ふ、ホネルトンのやつ、我のやった腕を有効活用しておるな」


 魔王からのギフトか。


「もういいだろう。万策尽きたならば潔く散るがいい」


 その瞬間!


「また男臭いことをしているな、これを打ち込めばいいんだな」


 空間を裂いてクゥが現れた。


「頼む!」


 バチバチと稲妻を纏ったクゥが魔力を質量に変えて月白装甲を重装備にする。関節部分から魔力を噴射、両足でMソードの刀身をスタンプする。魔王の肩に僅かだがMソードが入る。


「うおおおおお!!」


 さらに食い込ませようと筋肉の精霊が押し込む。


「魔王様!」


 助けに入ろうとしたホネルトンを今度はクロスケが止める。


「邪魔を!!」

「隙を見せたな!」


 クロスケの拳がホネルトンの頭蓋骨にヒット。半壊させる。



「見事だ」


 魔王が淡々とした口調で言う。


「人型とはいえ我の龍鱗を裂くとは」

「うわわ!」


 魔王が無造作に俺たちを払う。距離ができてしまった。


「バーガー様!」

「アイナ!」


 空間から現れたのはアイナだ! 俺たちはヒシっとくっつく。


「クゥありがとう!」

「なに、弟子を助けるのは師匠の役目だ。それよりグレイブ、まだ戦えるか?」

「ああッ!!」


 グレイブが仁王立ちのまま答える。腹に大穴が空いているからヤバいと思うんだがその声色は一切の衰えを感じさせない。


「カカカ、やっと三騎士が揃いやがったか」


 ホネルトンを粉砕した俺たちとは反対側、魔王を挟む位置取りについた。


「お主たちが三騎士か、人類最高峰の実力者だとか」

「カカカ、呪われてるけどな」

「我も制約に縛られておる。互いに難儀なものよ」

「万全なコンディションで戦える方が滅多にないぜ」


 三騎士が魔王を囲む。相手が魔王じゃなければどれほど頼もしいか。これでも全く優位に立った気がしない。


「アリスは逝ったか」


 魔王は俺たちを前にして目を瞑る。



「悲しみを終わらせよう」


 開いたその目に暗黒が渦巻く。



「ネス様」


 いつからいたのか玉座の両サイドに二人の魔人がいた。片方はグラップだ、鴉型の魔人、めっちゃ速いんだったな。高速移動してきたというわけか。もう一人の白鳥型の魔人は噂に聞くグラップの弟、パロムか。


「パロムにグラップか、今更どうしたのだ?」

「魔王様には力を温存してもらいたく、ボクらも僅かながら助力をと思い、馳せ参じました」

「宇宙の闇そのものである我を温存だと? 我の暗黒魔力が枯渇するとでも言うのか?」

「可能性はありますね。ボクは万全にことを進めなければ気が済まないたちでして」

「それは我のためか、それともお前の主人のためか?」


 パロムの表情は変わらない。人を嘲るような顔がデフォなのか? 大きな白目のせいでイマイチ感情がわからないな。グラップはというと猛禽類特有の鋭い眼光を俺たちに向け続けている。


「まあよい。我のために動くのであれば断る道理はない」

「ありがとうございます」

「おいコラ、話し合いは終わったか?」


 クロスケがパロムを睨みつける。


「クロスケか、そんな姿でまだ生きていたとはね」

「お前の呪いなんざ屁でもねぇってことだよ」


 そうか、パロムが三騎士に呪いを掛けたんだ。


「ああ、ふふ、あはは。その呪いね。それはボクが試行錯誤していた時代のものさ。今は違う」

「どう違うってんだ?」

「学んだのさ」


 パロムが翼を広げる、羽一枚一枚に細かく魔法陣が描かれている。


「あれは」

「させるか!」


 止めに入ろうとしたクロスケをグラップが止める。黄金大剣を両羽で受け止めている。


「よくやった兄さん。ふふ、もう遅いよ。呪いは『悪化』する!」

「ぐ、く!」


 三騎士が怯む。


「三騎士に何をした!」

「君が勇者か、あはは、随分と初歩的なことを聞くもんだね。簡単なことさ。昔かけた不可全な呪いを完璧なものにしたのさ」

「なんだと!」

「『精神消去の呪い』『獣化の呪い』『胎児化の呪い』。ボクながら無茶をしたもんさ。いきなり3つの呪いを混ぜたオリジナルを掛けたんだから」


 パロムは余裕綽々といった感じで玉座から降りてくる。


「もとより失敗するフェーズだった、だから次にボクはダークエルフの村を襲った。彼らは呪いのプロフェッショナルだからね。捕らえた彼らから呪いを学び、最強の状態異常(バッドステータス)である、呪いをマスターしたんだ」


 講義のようにパロムは続ける。


「三騎士は恐ろしい存在だ。ボクですら驚異を感じるほどにね。正攻法で彼らを殺すのは骨が折れる。だから冷静に怒ることの出来るグレイブからは『感情』を、戦闘に秀でたクロスケからは『体』を、完成されたクゥからは『歳』をそれぞれ奪ったのさ」


 パロムは俺たちを見る。その純白の瞳は宝石のように美しい。


「あとは君たち勇者パーティだけというわけさ。どうする? さすがに無策というわけでもないんだよね?」


 ぶっちゃけ万事休すだ。


「三騎士に助けを乞うのはオススメしない。さっきも言ったけどこの世界において呪いは最強の状態異常(バッドステータス)。強者を目指すならまず呪うことだ」


 アイナとジゼルが俺の前に立つ。


「二人とも、下がれ」

「できません!」


 あはは、とパロムは嘲るように笑った。


「ネス様。勇者はともかくあの勇者パーティはボクがもらってもよろしいですか?」

「気が早いぞ。まだ戦争は終結しておらぬ」

「え? あとはネス様がそのハンバーガーを踏み潰して終わりでは? というかいつでもできますよね? なぜされないのですか?」

「神々の誓約だ」

「ああ、そうでしたね。ネス様は神クラス、力を使いすぎれば他の神々によって制裁されると」

「そうだ」

「制裁が恐ろしいのですか?」


 グラップが間に入った。


「言葉が過ぎるぞ」

「これは聞かなきゃならない。この戦争に負ければボクらは滅ぼされるんだからね」

「我が制裁を恐れているだと?」

「恐れてもらわなければ抑止力になりませんからね」

「ふん、我は誓約なぞ恐れてはおらん」

「ありゃりゃ」


 パロムはおどける。


「我は最小の被害で世界に平和をもたらさなければならない」

「主義は理解してます」


 パロムは俺を見る。黒目がないから見ているか分からないと思うだろうが、確かにパロムは俺に視線を向けている。


「バーガーと言ったね。特に大した取り柄もなく、そればかりかそんな味気ない脆弱な体でよく勇者を名乗ったものだね」

「味気なくない!」

「バーガー様、もっと食いつくところがあります!」

「あはは、魔王様。三騎士の邪魔が入らない今こそが勇者を殺す最大のチャンスです」

「うむ、機を逃す我ではない。ではバーガー、お主の死をもって世界に平和をもたらそう」


 魔王の掲げた手に魔力が収束する。あれを喰らえば焦げバーガーどころか消し炭バーガーになってしまう。くそ、逃げ場がない。どうすることも出来ないのか! 魔王が高濃度魔力で出来た黒球を発射した。とんでない速さだ。アイナとジゼルの間をすり抜けて俺に迫る。


 あ、終わった。
















 激しい爆発。しかし威力に反して被害は狭い。正しく俺だけを殺すための攻撃だ。魔王が言っていたことは本当のようだ。最小限の犠牲で世界平和を……。


 って、なんで俺生きてんだ? 魔王が煩わしそうに言った。


「来たか、スー」


 そこに上半身を破壊されたスーがいた。瞬く間に再生する。


「バーガーは死なせないの!」

「スー! 来てくれたのか!」

「もちろんなの!」


 そういうスーの膝はプルプルと震えている、体もガタガタと今にも崩れ落ちそうなほどだ。恐怖している、だがそれでも来てくれたんだ。


「愚弟よ。邪魔するな、そこを退け」

「やなの! どかないの!」

「要領を得ないやつだ。部屋の隅で震えて事が終わるのを待っていればよかったものを」


 魔王はスーに歩み寄る。半泣きのスーがキッと魔王を睨みつける。両手を広げて俺を守ろうとしている。魔王の方が身長が高い、見下ろして言った。


「不死とはいえ痛みはある、痛めつけられる前に退け」

「いやなの! 仲良くしてほしいの! あうっ!!」


 魔王がビンタした。スーはすぐに前を向く。


「ほう、いつもなら泣き崩れるはずだが」

「痛いのなんて怖くないの! 他の生き物は死んだら死んじゃう圧倒的弱者なの! だから殺しちゃダメなの!」

「死を優先させすぎだ愚弟。日々の生活の質の向上。ダラダラと戦い続けることによって増え続ける戦死者の総数、それはお前が一番よく知っているだろう」


 スーはお腹に手を当てる。


「死んだ皆はもっと生きたがってたの! 悔しがってたの! 夢なかばで悲しんでいるの!」

「ちぃ、そういう者を生み出さぬように、ここで最後の犠牲を払うと言っているのだ」

「そんな必要ないの! 皆が剣を置いて仲良くすればここで全てが解決するの!」

「それは未来予知か? お前が吸収した者の中にそういう特異体質を持っているものがいるのか?」

「そうなの! でないと取り返しのつかないことになるの! 僕はどうなってもいいの! だから許してあげてほしいの!」

「許す許さないではない。それに此度の犠牲程度今までの死んで行った者の数に比べれば小指ほどにもならぬ。言葉を返そう、それで全てが丸く済むのだ。スー、最後だ。退け」

「どかないの!」

「そうか……。ならば仕方あるまい」


 魔王は踵を返して距離を取る。そしてスーに向き直る。


「犠牲は増えるが、神々の誓約に触れようとここで勇者を殺す」

「魔王様!」


 頭蓋骨が砕けているホネルトンが魔王を守るように立つ。


「生きていたか」

「はっ! ここは私めに、スー様の相手はこの私におまかせを」

「よせ、と言いたいところだが、お主にとって愚弟は『仇』となるか。ならば行け」

「ありがとうございます」


 ホネルトンがスーに接近する。手には骨でできた杖を持っている。


「私は魔王様に仕えるまでは死王として、魔界でも特殊な位置に属する霊界を支配しておりました」


 無慈悲にもスーに杖を振り下ろす。スーは腕を広げたまま無抵抗にそれを受ける。


「貴方がいるせいで、私が保護した以外の死者は吸収され未来永劫貴方の養分となる。こんな恐ろしい神がいていいものですか! 解放しなさい!」


 スーは抵抗せず何発も杖を受ける。死んでもすぐに再生する。


「ホネルトンが言うことももっともなの。これで気が済むなら、好きなだけ僕を痛めつけるといいの」

「ぐ、あくまで抵抗しないと……」

「ぼくはこの戦争を止めるために来たの。だから死んだ皆の力も必要なの。想いを繋ぐの」

「なにを言って……」

「ホネルトン、愚弟は愚直だ。優しいお前では恨みきれまい。もうよいだろう、下がれ」

「……はっ」


 俺はスーに聞かないといけないことがある。


「スー、お前戦うのか?」


 スーは俺の言葉にブルブルと震えを強くする。


「やっぱり怖いの」

「だよな」


 俺は跳ねてスーの頭の上に乗る。筋肉の精霊が背後についてしっかりと支える。


「バーガーの勇気を分けて欲しいの」

「もちろんだ。俺は勇者だ。勇気ならいくらでも分けてやるとも」

「ありがとうなの。じゃあ、全てを託すの。この星の全ての運命をバーガーに」

「スー?」


 スーの体が紫色に光る。人の形から魔力の塊に変化していく。


「スー!?」

「大丈夫なの、僕は魔力生命体なの。それより早く僕を挟むの。僕の前髪だけじゃなくて、僕の全部を挟むの」

「そんなことしたらスーはどうなる!」


 スーは俺の質問に答えず。自らバンズに挟まれていく、大質量のはずがスルスルと挟みきれてしまう。わかったよ。


「スーの覚悟たしかに受け取った!!」



 解析開始だ!


 今回はたった一つの魔法が検出された。「『不滅龍スーサイドドラゴンより、魂の完全実体化マテリアライズパーフェクトソウル』を検出、1回使用可能」


「唱えるの!」

「おう!『魂の完全実体化マテリアライズパーフェクトソウル』」


 筋肉の精霊が再構築されていく、俺は宙に浮き腹筋の中心部分に収納される。上から実体化されていく、なんと今回は下半身も生えている。そして色だが青から赤、そしてそれらが混じって紫色になる。白の三角頭巾とふんどしを付けた。現代の頃の俺がそこにいた。


『バーガー』


 頭の中で声がする。


「スー」

『僕はもう戦わないと決めたの。でも戦わないといけないときが来たの。だからバーガーに頼っちゃうの』

「もっと頼ってくれ。見ろよ、この筋肉が勿体ないだろ?」

「ほう、その魔力、スーを吸収したというのか」


 魔王が物珍しそうにしげしげと見つめる、


「魔王、ここでは狭すぎる。表に出よう」

「魔王様がそんな要求を飲むわけがーー」

「ふっ、構わんぞ。お前たちも来るがいい。最終決戦だ」


 魔王の潔い返答に、俺たちは黙々と移動を開始した。


「クゥ、三騎士たちは大丈夫か?」

「大丈夫だ、と言いたいところだが、情けないことにかなり動きが鈍ってしまっている。呪いに抗うのに魔力リソースを割いているせいだな」

「戦闘は難しいか。やはり俺が勝つしかないな」


 俺が負ければ人の世界が終わる。一回り小さくなったクロスケが俺たちの横に着く。


「負けた時のことなんて考えなくていいンだよ。負けたら負けたで俺らが何とかしてやる。だから気負わずにリラックスして全力をぶつけろ」

「ありがとう」


 次にグレイブに目をやる。アイナとジゼルが肩を貸して連れて行っている。腹の手当はジゼルがしている。


「グレイブは大丈夫なのか?」

「怪我のほうは問題ない。ただ呪いのほうがマズい、あいつの呪いは感情に作用しているからな。何も感じなくなったら動くことも出来なくなる」

「パロムの呪いはここまで強いのか」

「しくじったな。前にあいつとやりあった時に呪いを掛けられたんだが、あいつは邪悪そのものだ。気をつけるんだぞ」

「ああ、分かった」


 そうこうしていると屋上に出た。屋上は広々とした空間だ。空は隕石魔法メテオマジックによって真紅に染まっている。それ以外で気にすることは無い。


「パロム、邪魔はするな。セミリオンの時と同じだ。我と勇者の一騎打ちだ」

「もちろんです。むしろ向こうサイドが邪魔してきそうですね」


 クロスケが眉間に筋を立てて睨みつける。パロムは肩をすくめるだけだ。


「アイナ」

「バーガー様」

「行ってくる」

「やっぱり私も一緒に」

「アイナには俺を応援するという重要な任務がある」

「……任務じゃなくても応援しますよ。それよりも、一緒に戦いたいです」


 アイナも分かっているんだろう。強く出られないのはこれから始まる戦いに着いてこれないと分かっているからだろう。


「俺だってスーの力がなかったらここに立てなかった。そしてアイナがいるから倒れても立ち上がれる。だから今は応援してくれ、そしたら俺は絶対に負けないからさ」

「……はい!」


 俺は振り返り魔王を見る。


「待たせたな」

「構わん。さぁ殺し会おう、勇者よ」

「俺は! バーガー・グリルガードだ!」


 俺(筋肉の精霊)はズンズンと歩き屋上の中央で魔王と対峙する。


「先手は譲ろう」

「うおおーーッ!!」


 筋肉の精霊の右拳が魔王の顔面にヒットする。技名はない、ただのパンチだ。


「魔王様!」


 ホネルトンが悲鳴にも似た声を出す。魔王の口から黒い血が流れた。


「ほう、我を流血させるとはな。いつぶりだろうな」

「こい次は魔王の番だ」

「ふ、面白いではないか」


 魔王が右手のみを龍に戻す。そして殴る。


「ぬぅうん!!」


 ビリビリとした衝撃が走る。普通なら霧散するだろう衝撃を筋肉の精霊は耐える。



 俺は構える、そして現代の頃に培った拳を繰り出す。


「壁ドンラッシュ!!」


 ガトリングよりも速い拳の連打だ。魔王もそれに応戦して残る左手も龍化して応戦してくる。ラッシュ対決だ。拳と拳がぶつかる度に衝撃波が発生する。アイナたちはクゥたち三騎士が守ってくれている。心置き無く殴りまくれる。


「オアアアアアアアア!!」


 今回は腰から下がある! 踏ん張りを効かせて、腰の入った拳で殴りまくる。


「ドオオオオオオオオオオオオオ!!!」


 魔王の体勢が崩れる。すかさず右手を低く振りかぶる。地面スレスレのアッパーだ!


「ンンンンンッ!!!!」


 魔王の腹に渾身の一撃が炸裂する、魔王が僅かに浮く。魔王は振り上げた手で手刀を作り振り下ろす。筋肉の精霊の真剣白刃取り。


 パァン!! 重い!! 地球を支えているかのような重さだ!! 魔王の空いている手が手刀を作る。クルクルと回している。まさかドリル手刀か!? スーの兄ってことは魔王も魔力生命体だ、人型に見えても人体の可動域なんてまるで無視してくる。


「筋肉の精霊!!」

「うおおーーッ!!」


 腹筋に思いっきり力を入れる。何重にも張られた結界よりも強固な腹筋要塞ここに竣工だ。魔王のドリル手刀を火花を散らして防御する。


「チェリァ!!」


 バレリーナの柔軟性を兼ね備える肉体から繰り出される全力の足の振りあげだ。魔王は白刃取りされた手を引き抜くと数センチ下がりそれを回避する。筋肉の精霊は振り上げた足を今度は思いっきり振り下ろす。魔王は片手でそれを防御する。床が裂ける。城全体に亀裂が入る。


「ふぅん!!」


 筋肉の精霊はふんばって跳躍、そして横回転を加え、嵐のごとき拳の乱打を降らせる筋肉旋風を喰らえ! 魔王は両足も龍のものに戻して身体能力をさらに取り戻す。これも受けられる。


「かなり本気になってきたようだな! だが俺の筋肉も温まってきたところだぞ!」


 魔王が腕を振る。弾かれた筋肉の精霊は軽やかに着地。距離ができた。


「ふん、スーの魔力で魂を完全実体化させたとはいえ、真なる魂は真なる肉体に宿るはずだ、ハンバーガーの体にそのような魂が眠っていようとはな」

「食い物は見た目だけで判断しちゃダメって教わらなかったのか? ゲテモノ、あ、俺はゲテモノじゃないけどな、そういうのだってめっちゃ美味いときもあるんだ」

「そのようだ。食にそこまでの興味はなかったが、多少はでてきたぞ」


 魔王は両腕を僅かに広げた。


「しかしお主は我には勝てん」

「どうしてだ!」

「スーはこの星の全ての命を吸収する神。そして我はこの宇宙の全ての闇を支配する神だ。初めから神としての規模スケールが違うのだ」


 星と宇宙の差か。


『バーガー、諦めないでほしいの!』


「スー?」


 心の中で声がする。


『確かにネスは闇そのものなの。でも今の僕は、この場においてなら対等に戦えるの』


「この星で死んでいった、生命全てがバーガーの味方なの! 背中を支えてくれてるの!」


 スーの言葉に心が奮い立つ。魔王は息をすい始めた。あれはまさか。


『気をつけるの、吐息ブレスがくるの!』


「こっちも迎え撃つぞ! あるんだろ、吐息ブレス!」


『もちろんなの!』


 筋肉の精霊も空気を吸い込み始める。スーの魔力が肺を介して濃度を高めていく。新たな魔法が再検出される。これは!


「ふ、吐息ブレスの威力較べかスーよ。我に一度でも勝てたことがあったか?」


『今までの僕とは違うの、やってみないと分からないの!』


「結果は見えている暗黒の吐息ダークネスブレス!」


 魔王の口から超質量の闇が放出される。こっちも再検出した魔法を発動させる。


「『冥府の吐息ハデスブレス』」


 筋肉の精霊の口が冥界への扉となり、死者たちの魂が吐息ブレスとなって吐き出される。互いに一歩も引かない。俺と魔王の間で魔力衝突が起きている。魔王は吐息ブレスを吐いているにも関わらずに話し始めた。魔力で空気を震わせているんだ。


「ここは狭いな飛ぶぞ」

「望むところだ!」


 魔王の肩掛けマントが龍の翼に戻る。一度はためかせるだけで宙に浮く。俺もスーの翼を生やして飛ぶ。その間も吐息ブレス合戦は続いている。


『バーガー、ネスの吐息ブレスは無限なの!』

「おいおい、そんなものどうすればいいんだ!」

『一点突破なの! 瞬間最大火力なら、ありえるの!』

「わかった!」


 俺は右手で拳をつくる。そこに全身の攻撃性魔力を100%集める。


吐息ブレスの威力を上げるの! いまなの!』


「おお!!」


 スーの吐息ブレスが4倍になる。魔王の吐息ブレスが大きく押される。しかしこれも一瞬だ! 今だ! 刹那を殴れ!


「うおおーーッ!! 全力パンチ!!」


 吐息ブレスを殴り抜ける、魔王の顔が見えた、魔王は目を見開く。


「ほう」

「全力パンチ連打ああーーッ!!」


 繰り出すは必殺の想いを込めて放つ拳の嵐。魔王はそれを全身で受ける、避けようともしない。とてつもなく硬い。オリハルコンがあるとしたらこんなかんじなのかなってくらいに強固かたい! くそ! 本来の体なら……いや、今はそんなことも言ってられない。この世界に来て一番力のあるこの状態で弱音なんて吐くな! そこいらのチート持ちよりも強い肉体だ。自信を持て!

 久々の人の形に戸惑うな!


「どうした、吐息ブレスの弱まった今がチャンスだぞ?」


『ネスは龍に戻るにつれて本来の強さを発揮していくの……あと頭と胴体と尻尾が戻ったら全力を出されるの!』


「なるほど、これでまだ本調子じゃないというわけか」

「ふん、そう易々とこの状態の我が龍鱗を貫けるなどと思うな」


 拳が通らない。そんな時は!!



「もっと殴るだけだ!! 壁ドンラッシュエターナル!」


 空に向かって打ち上げるように魔王を殴る! 殴る! 殴る!


「勇ましいな。血湧き肉躍る」


 スーの吐息ブレスの威力が落ちる。剥がされる。ここで離れるわけにはいかない!


「そこまでだ。潰えろ」

「スー! 今までに死んでいった者たちの思いはこんなもんじゃないだろ!!」

『こんなものじゃ……ないの!!』


 吐息ブレスの威力が戻る。吐息ブレスをぶつけて相殺させながら肉弾戦に持ち込む。僅かにでもダメージは入っているはずだ!


『バーガー、僕の尻尾を使うの!』


 生えてきたスーの尻尾を使って魔王をぐるぐる巻きにする。そして尻尾についているイボのようなものが爆発した。強力な爆発だ。その威力は全て内側に向かっている。しかしそれでも魔王は無傷で出てくる。互いに吐息ブレスの照射が止まる。


「この一万年でさらに死者を吸ったな。ならば我も本気で相手をしてやろうではないか」


 魔王は暗黒の魔力に包まれる。出てきた尻尾が渦巻く魔力を払う。全身を龍に戻した魔王が現れる。サイズはやや大きくなった人型の龍だ、鎧のような鱗に包まれている。


『僕も本気を出すの!』


 筋肉の精霊から煙が上がる。さながら蒸気機関車のようだ。さっきの爆発で千切れた尻尾も再生した。


「魔王、一回り大きくなったな」

「これでもまだ極小サイズだ。さすがに我とてサイズは留めてある。本来のサイズならばこの星を覆い尽くしてしまうからな」


 しかし、と、魔王は空間に佇む。


「宇宙最強なのは変わりない。十二の暗黒石」


 魔王の背後に縦長の菱形の石が魔力生成される。


「あれは魔王の固有結界なの! 宇宙の闇を効率よく集める装置なの」


 暗黒石が上昇して視線にギリギリ収まるくらいに四方に散らばる。空が暗黒に染まる。ルフレオの隕石魔法メテオマジックが上書きされた!?


「この暗黒結界の範囲は全宇宙。この中において我の思い通りにならぬ事象はないと知れ」

「こっちも行くの。魂の解放!」

「おお!?」


 ものすごい勢いで解析がスタートする。何千何万、いやそれ以上の魔法が俺の頭を駆け巡っている。


「スー、これは!!」

「死んでいった者たちの力なの。その全てを使えるようにしたの!」


 ここからは魔法対戦だ! 頭の中が最適化されていく。


『大賢者たちが情報処理してくれてるの! 今一番必要な魔法をピックアップしてくれるの! 参考にするの!』


「おう! まずはこいつだな! 『簡易転移テレポート』」


 筋肉の精霊が消える。そして出現する! 魔王の後ろだ!


『歴代の大魔導師たちの魔法を使うの!』


「『巨大魔法ジャイアントマジック』『巨人の腕ジャイアントハンド』」


 巨大化した両手が魔王を殴る! 魔王は空中に留まっている。


「小賢しい」


 魔王の尻尾が腕を切断する。そして心臓バンバーガーを貫かれた! しまった!


「うわああーーッ!!」

『ぼくの力を使うの!』


 俺の体が、筋肉の精霊の体が瞬く間に再生する。


「そっか、スーの不死身の力があるのか!」


『安心できないの、死なないと再生できないから、戦闘不能にされたり、封印されたらおしまいなの!』



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