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第76話 大戦争2

挿絵(By みてみん)


 クロスケはゴーレムの足を少し登ったところで蹴って飛び魔力を固めて足場を作り空を走る、瞬く間に上に到達する。空を見上げてグレイブを見る。


「おーおー、楽しそうにってンなぁ。って、俺はあの無防備なセミ男か」


 クロスケは黄金大剣を槍のように投擲する。セミリオンにヒット、しかし弾かれてしまった。


「羽を乾かしているから柔らかいと思ったンだがな。もう十分な硬度を獲得してらァ。なら」


 クロスケは空を駆けて、セミリオンに急接近する。そのまま拳をセミリオンの顔面にーー


「お」


 セミリオンは4本ある腕の一つでクロスケの鉄拳をいとも容易く受け止めた。









「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」









 何が起こったのか。理解するのに時間が掛かった。


「声、なのか……いまの?」


 アイナが耳を抑えて歯を食いしばっている。


「大丈夫か?」

「はい、凄くうるさかったですね」

「ああ、今のはやっぱりセミリオンの」

「……そうみたいですね『鳴き声』です。うぅ……まだキーンとします。あ、バーガー様、魔水晶を見てください」

「え、あ……」


 映ったのは血みどろになったクロスケ、そして完全に羽化したセミリオンだった。セミリオンは言葉を発さずに首を素早く動かし、ボロボロになったクロスケから視線を外す、羽を開き羽ばたく。目指すは俺たちの方角、王国だ。


「気合武装『黄金装甲』!」


 セミリオンが素早く振り返る。黄金の鎧に包まれたクロスケが迫っていた。あのダメージで動けるのか。


「どこに行くつもりだ? ええ?」


 クロスケが黄金大剣をセミリオンに突き立てる。


黄金の煌めきゴールデンフラッシュ!」


 聖なる光がセミリオンを照らす。










「ミッ!」










「ッ!!」


 クロスケが吹き飛ばされた。今のは?


「超振動の威力が桁違いなものでーす。クロスケを圧倒する音、これーは……」


 王さまの額に汗が垂れた。


「神クラスの魔人でーす」

「神クラスの魔人だと」

「はい。クラスだけで見れば魔王と同じでーす」


 そのフレーズにジゼルが反応した。


「そんな。神々の制約は?」

「神クラスが悪さをしたら他の神々たちによって制裁されるという古のルールですーか」


 王さまは残念そうに呟いた。


「実力は神クラスだとしても、他の神がまだ認めていない。または気づいていない。強くなったからといっていきなり神と認められるわけではありませーん。デミ神でーす」

「ラグがあるってこと?」

「そうでーす。それにまだセミリオンは大きな被害を出していませーん」

「クロスケ様がやられた」

「神から見れば人の子が一人やられた、というふうに捉えるでしょーう」


 クレアが叫んだ。


「セミリオン、こちらに飛んできます。というかもうーー」


 何かがぶつかり合う音が聞こえた。岩石が落ちたようなそんな振動だ。


「セミリオン、王都の中心部に到達しました」

「理性は残っているのですーか。いよいよこちらも切り札を切る時が来ましたーね」

「クゥ。いけますーか?」

「ああ」


 クゥはテラスにいた。執事のスタンが上着と剣を持っている。上着を着させて、剣を受け取った。


「スタン。ここは任せた」

「畏まりました」


 短いやり取りだが確かな信頼をそこに感じた。俺たちに目を向ける。


「道を作るのが今回の私の使命だ。だが君たちがあまりにも不甲斐ないようだったら私が魔王も倒してしまおうと思う」

「先生の前で恥ずかしいところは見せないさ」


 クゥは優しく微笑んだ。


「私もだ。では、行ってくる」

「征ってらっしゃいませ『お嬢様』」

「ふっ」


 クゥはテラスから一歩踏み出す。飛び降りにならないのは魔力を固めて足場を作っているからだ。


「魔人セミリオンか。神に匹敵すると言われている魔人、つまり」


 真っ白な剣を抜く。


「私と同等ということか」


 高速で移動しながら言葉を紡ぐ。


「気合武装。『月白装甲』」


 真っ白に輝く美しい鎧がクゥを包む。あれがクゥの気合武装。戦闘装束。カツンカツンと、階段を下るように空間を踏みしめてクゥは進む。セミリオンもクゥという強敵の出現を感じ取ったのか、着地地点から微動だにしていない。


「さて、どれにしようかな」


 クゥの片手が空間に消える。すかさず王さまの解説が入る。


「クゥは空間を操ることができまーす」

「空間を操るだと?」

「はーい。ああやって自分の持ち物を空間に収納しているのでーす」


「神クラスならば、これでいこう」


 クゥが取り出したのは黒茶色の木製の杖だ。呪文を唱える。


「永劫の停止、散々と煌めく炎の命、凍てつく暴風、怒涛の雷震、我が前に顕現せよ、常世の頂き、究極魔法アルティメットマジック倫理絶滅ロジックデストラクション


 詠唱が終わと、クゥの周りがモノクロに染まり停止した。完全に停止している。これは時間操作系魔法だな。能力の射程距離は1キロ程度か。Mソードの時間終了タイムアウトよりも停止時間が長い、俺のが短いんだろうか、それとも射程距離が短いと、止められる時間は長くなるのか。一体いつまで停止させられるんだ。


 ん? あれはなんだ? クゥの周りに赤青黄色と、光の三原色をした光の玉が3つ浮いている。


「あれは究極魔法アルティメットマジック。極められた魔法。その魔法は神にすら匹敵しまーす」

「自分の周囲だけに作用する時間停止魔法か、凄まじいな、それにあの3つの光球は?」

「あれは精霊王エレメントキング、それぞれ火、水、雷の精霊エレメントの王が召喚されました」

召喚魔法サモンマジックの効果も含まれているのか。それに王って、そんな気安く呼べるのか?」

「呼べるはずがありませーん。究極魔法アルティメットマジックの為せる奇跡でーす」


 クゥがセミリオンのいるクレーターに降り立つ。セミリオンは動かない。いや動けないのか。


「上級者ならば時間操作魔法の対策は必要不可欠だぞ。精霊炎王エレメントフレアキング


 赤い光球から熱線が放たれる。触れた岩が溶けるでもなく消滅するほどの火力だ。セミリオンも火に包まれた。しかしセミリオンはなんともない。クゥはすぐに放射をやめた。


「絶対の火耐性持ちか。ならば、精霊水王エレメントアクアキング


 今度は水色の光球が決壊したダムから溢れた水のような勢いで魔力生成された水を放水する。


「この水はただの水ではない、聖水だ。それも原液を使用している。知っての通り魔を滅する効果がある、これは滲みるだろう?」


 ジュウウウウウ、と肉を焼くような音がする。聖水で浄化しているんだ。にしてもクゥの操る魔法はどれも時間操作の影響を受けないな。クゥの使う魔法だからか。


「聖水耐性を持っている魔物はそうはいない。邪な魔力を全て浄化してやろう」



「ミ」



 今たしかに動いた。セミリオンが僅かにだが動き出した。


「音の振動のみで時の次元(ステージ)に介入するとはな」

「ミミミミミ」


 超振動で聖水がセミリオンに触れる前に蒸発する。セミリオンが本格的に動き出す。


「野生の本能か。ならこれはどうだ、精霊雷王エレメントエレキキング


 青い稲妻がセミリオンに直撃する。


「ミミミミミミミミミミミミミミミ」


 セミリオンは短く鳴き続ける。稲妻が弾け周囲を引き裂く。


「音で精霊王エレメンタルキングの稲妻を防ぐか。なるほど、時間対策は自前の鳴き袋で対策すると。ふ、面白い生態だ。こんなものが生物として存在していいものか。何かリスクがあるのだろうな」


 クゥは魔法を解除する、周囲に色が戻る、三原色の精霊も消滅した。


「ミミ」


 セミリオンはクゥを見る。少し間を置いて一直線にクゥに迫る、クゥはそれをぼんやりと眺めて。


「音を司る虫、セミリオン。お前は一匹ひとりなのか」


 クゥは月白の剣を抜き払い。すれ違いざまにセミリオンの胴体部分を切り抜ける。脇をすり抜ける瞬間。


「ミッ!!!!!!!!」


 セミリオンのひと鳴きで爆発が起きる。周囲数百メートルが吹き飛んだ。


「ミッ! ミミッミミミミミミミミミミミミミミミ!!!!!!」


 被害が拡大していく。その音の暴力の中でもクゥは関係なしに剣を振るっている。


「不思議か? 私の気合武装『月白装甲』は外界遮断。外部からの攻撃は一切届かない」

「ミッ!!」

「外界から隔絶されてなぜ見聞きできるか? だと、そのバーサーカー状態でも僅かに知能は残っているようだな、戦いながら話してやろう。鍛えたのだ、第六感を。習得すれば分かるが目を開けている時よりもよく見えるようになる。この声も鎧を震わせて発しているに過ぎない、なに意思疎通には困らない、心配しなくていい」

「ミッ!!」

「そうだ一人だ。私も孤独なのだ。ある程度強くなると孤高になるというが、これはこれで寂しいものだ」

「ミッ!!」

「ほう、そうか。そんな話は今まで聞いたことがない。お前は本当の意味で一人なのか。セミリオンという種族、100万年というセミリオンの寿命。その長い年月で他の個体は全て死に絶えたというのだな」

「ミッ!!」

「ならばなぜ戦う。なんの意味があってここで鳴く。それが魔のモノの性だとしたら些か興ざめだ。100万年生きてなお縛られているのだからな」

「ミッ!!」

「……そういうことか、今の言葉は取り消そう」


 魔水晶が映し出す映像は音もしっかり拾っている。しかしクレアがセミリオンの音をノイズキャンセリングしてクゥの言葉を的確に拾っている。


「一体2人はなんの話しをしているんだ?」

「さぁ、命のやりとりをしている二人にしか分からない話題でーす。ついていけませーん」


 視線を戻す。


「長々戦うつもりは無い。お前のところの参謀が何を仕掛けてくるか分からないからな」

「ミッ!!」


 セミリオンは中間距離を保つ。音による衝撃波を何重にも浴びせる。クゥは砕かれる不安定な足場においても歩法を乱さない。


「月白の剣。これはこの星の物質ではない」


 月白の剣を空に掲げる。


「他の星から現れた聖剣、星の剣と書いて星剣ともいえるな」

「ミッ!!」


 クゥが大きく踏み込んだ。


「この剣はこの星の神を斬りに来た」

「ミッ!!!!!」


 セミリオンの肩に月白の剣が食い込む。


「神聖特攻。人だろうと魔だろうと龍だろうと、それが神であればこの剣はそれを斬り裂く。お前は斬るに値する」


 クゥの小さな体がセミリオンを圧倒している。


「いくらでも鳴け。蝉という生き物は断末魔が五月蝿いものだろう」


 セミリオンは飛んで離脱する。そして超高速移動で再びクゥに迫る。蝉のように飛び蝉のように飛ぶだ。クゥはそれを容易く飛び回避する。その時にもすれ違いざまに斬撃を喰らわせる。


「聖印」


 セミリオンの外骨格に入った裂傷が光って爆発する。傷の形が魔法陣になっていた。クゥは戦いながらセミリオンの体に魔法陣を書いていたんだ、なんて人だ、正しく神業だ。しかしセミリオンはそれでも飛ぶことをやめない。


「並の者ならこれだけで粉微塵になるぞ。お前もまだまだ魔力に余裕があるし」


 クゥは空間に手を突っ込んだ。またどこかの空間にアクセスしているんだ。


「これにしようか、ん?」

「おい、クゥ。その獲物は『俺の』だぞ」


 現れたのはクロスケだ。黄金装甲の至る所から血が滴っている。クゥはやれやれと言ったふうに首を振ると下がっていく。


「カカカ! セミリオン、俺はまだ死ンでねぇぞ!」





「ミッ!!!!」





 セミリオンの鳴き声がクロスケを襲う。クゥの月白装甲のような外界遮断性能はクロスケの黄金装甲にはない。黄金装甲が悲鳴にも似た音を出す。


「さっきからいてぇンだよ!」


 クロスケのかち上げるような蹴りがセミリオンの顎下にヒット。しかしセミリオンは一ミリたりとも浮かない、僅かに首が上をむくだけだ。その隙とも言えないわずかな時間でクロスケはセミリオンの背後を取る。4本の腕のうちの1本を掴むとセミリオンの胴体に両足を当てて力一杯に引っ張った。これは腕ひしぎ、関節技だ。


「あああああああああ!!!!」



 クゥが溜息をつきながら歩み寄る。


「相変わらず泥臭い戦いをする」

「お前こそチンたら戦いやがって外骨格にいくら傷をつけようが意味がねえって分かってンだろ!」

「急所を調べていたんだよ。クリティカルすれば切断できる。関節狙いも無くはないがな」




「ミッ!!!!」




「うるっせぇなあ!」

「まったく、その黄金装甲には音に対する耐性はないだろうに、相変わらず無茶をする」

「あ? なんだって? 俺の鼓膜が再生してから言え。なんだ?」


 もう鼓膜が再生したのか、なんて再生能力だ。


「ああ、黄金装甲の唯一の能力が再生だったな」

「いいから手伝え」

「いいのか? お前の獲物だろう?」

「わかってねぇな、一発返したからいいんだよ、それより久々にパーティプレイと洒落込むぞ。グレイブのやつはあんなンだから俺らでこの虫けらをやるぞ」

「お前の理屈は未だに理解出来んが、こういう場なら仕方あるまい」

「カカカ、素直じゃねぇな。ほらまず一本だ」

「『空間切断』」


 クゥが腕を振り下ろす。するとその場の空間が切り裂かれる。クロスケがセミリオンの体をそこに押し込む。セミリオンも体を動かそうとするが動きをクロスケに制御されている。


「無駄だ。力だけじゃ俺の技からは抜けられねぇ。来てもらうぜ」


 セミリオンの腕が切り裂かれた空間に入る。


「『空間封印』」


 腕が切断された。


「ミッ!!!!」

「驚いたか? これには硬さは関係ねぇ」

「神クラスとはいえ、力だけならばどうとでもなる。ここで羽化した事を後悔して滅ぶがいい」

「んぁ?」


 腕の切断面を見たクロスケが怪訝そうな顔をする。


「おい、クゥ、これ分かるか」

「これは」

「この切断面から見える魔力のうねり、こいつ」

「ああ、間違いないだろう」

「もう一段階変身を残してやがる」



 それを聞いた全ての者に衝撃が走る。神クラスの魔人がさらに変身するだと。そんなもの想像を絶する。


「カカカ、そうなると俺たちでも手をつけられなくなるかもな」

「大雑把な性格してそうでいて、いつも冷静な分析をする、昔から変わらんな」

「人類は弱ぇンだ。でだ、こいつを羽化させたら負けだ、あれを出せ」


 クゥは空間に手を入れるとある魔法巻物マジックスクロールを取り出した。


「クレア、念話テレパシーで伝えよ。これより破滅巻物ルインスクロールを使う」


 破滅巻物ルインスクロール


 クレアは頷くと頭に指を当てて念話テレパシーを飛ばした。今回はさらに口にも出す。


「あの魔法巻物マジックスクロールには周囲のもの全てを強制崩壊させる破滅魔法ルインマジックの魔法陣が描かれている。巻き込まれたくなければできる限り離れろ」

「どんな耐性を持っていようと、あの魔法を防ぐことは出来ませーん。兵士を他の区画まで退避させなさーい」


 クゥが空中に破滅巻物ルインスクロールを広げる。まるで針金でも入っているかのように空中で静止する。放つ光は薄暗く、禍々しさを感じさせる。


「失費がかさむが致し方ない。クロスケ、お前もここから離れていろ。流石のお前もこの魔法に触れれば死ぬぞ」

「そうさせてもらうぜ。だがその前に!」


 クロスケはセミリオンを踏んで飛ぶ。掌を下に向ける。


「『魔力鋭針まりょくえいしん』!」


 魔力生成された針がセミリオンにヒットする。


「これは刺さるだろ。とびきりの圧縮魔力だからな。さてオマケの一発も食らわせたし、さっさと離脱するぜ」


 クロスケの姿が瞬く間に遠くなる。


「私の気合武装『月白装甲』は外界からの干渉から隔絶された隔絶世界を作る。この破滅巻物ルインスクロールを発動した環境下でも存在することが出来る」


 宙に浮く破滅巻物ルインスクロールが放つ薄暗い光が辺りを照らし始めた。照射された箇所からボロボロになり塵となる。最後は塵も残らない。


「セミリオン、この世界で一人となったお前にこそ、この魔法が相応しい。存在していても生き地獄だろう」

「ミッ!!!!!」


 セミリオンが跳躍する。崩壊区域から脱出しようとしている。


「みっともなくも生きるというのか、諦めの悪い。私がここに残ったのだ、それがどういうことかわかるか、結界なぞ無くとも脱出不可能だ」


 クゥはセミリオンに追い付くと月白の剣でセミリオンを叩き落とした。落とした先には破滅ルインの光。


「ミミミミミミミミミミミミミミミミッ!!!!!!」

「そうだ、断末魔をあげろ」


 セミリオンの外骨格が崩壊していく。周囲の物に比べて崩壊が遅いのはその魔力密度のせいだろうか。


「あと数分。お前が絶命するまでこの空間に留める。なに看取り慣れている私がいるんだ。安心して逝け」

「ミッ!!!」


 セミリオンの超振動で割れた地面も破滅ルインの光で消滅する。セミリオンは鳴き喚くが体が消滅していく。


そして、


「ミ……、ミ……」


 大人しくなってきたな。終わるのか。













『パキッ』












「ここで『する』ことを選んだか! セミリオン!」


 セミリオンの背中が割れて中から何かが出てくる。あの破滅空間でセミリオンは羽化しようとしている。


 クゥは空間を蹴りセミリオンに迫る。今回の羽化は早い。これは羽化というよりも脱皮だ。月白の剣が届くよりも早くセミリオンは刹那的スピードで脱皮を終わらせた。周囲の破滅魔力が外骨格を剥ぎ、脱皮の手助けをしてしまった。一回り小さくなったセミリオンがクゥの月白の剣を鷲掴んだ。


「それがセミリオンの成虫の姿か」

「その通りでございます」


 クゥは月白の剣を捻り抜く。セミリオンから距離を置く。


「理性などなく本能のみに従う、それが昆虫です。私はそこからさらに進化した、いえステージを一段階上がったのです。100万年もの年月を掛けて溜めた魔力。今の私は世界最強の昆虫です」

「私もだ、セミリオン」

「ミ」

「自分が世界で一番強いと思っている」


 クゥは月白の剣を構える。セミリオンは肩を竦め、そして頭を下げた。


「誠に申し訳ありません。約束があるのです」

「約束だと?」

「はい、先約があります」

「私以外でお前と刃を交えられる者がいるのか?」

「あちらにおられます」


 セミリオンの手のひらは魔王城に向けられている。


「魔王か」

「はい、魔王様との約束なのです。成虫になった暁には戦ってくださると」

「ふ、ふふふふ、面白いなお前。何よりも自由だな」

「それが蝉です」


 セミリオンは羽ばたいた。あの破滅空間でも平然と飛んでいる。魔王城に向かってミサイルのように飛んでいった。


 魔王の声が王都中に響き渡る。


「一世一代の晴れ舞台だ。全体に見えるようにしてやろう」


 その直後、魔王城と王都の中間地点、その上空に魔力生成された巨大なモニターが出現した。


「場所は魔王城、玉座の間だ、そして我が魔王だ」


 あれが魔王龍、ダークネスドラゴン。青年の容姿をしている。だがこの世界で見た目など当てにはならないことを俺はよく知っている。魔王の隣にいる骨の魔人が慌てたように言った。


「魔王様、このようなことは……」

「構わぬホネルトン。これは我とセミリオンの盟約だ」

「失礼ですが魔王様、セミリオンと交わした盟約とは」

「奴が成虫になった暁には殺し合いをしてやるという盟約だ」

「な、なんという! 戦われるのですか!? ここで!?」

「無論だ。城に招き、ここで雌雄を決する。それが魔王然とした対応だろう」

「ですが!」

「くどいぞホネルトン。我を案ずるのは良いがこれに限っては口出し無用だ」

「しかし」

「これ以上の口出しは侮辱となるぞ」

「……っ、失礼致しました」

「構わぬ。扉を開けよ、時間が惜しい」


 重々しい扉がゆっくりと開く。セミリオンが扉の前で待機していた。


「入れ」

「はっ」


 セミリオンはキビキビと歩く。魔王の前に立つ。


「お前たちは手を出すな。手を出したものは我の敵とみなす」


 周囲の人たちが渋々うなづく。


「部屋から出ていくがいい。我の許可なく扉を開けるな」


 人払いが済むと、魔王は頬杖をついたままセミリオンに目をやる。


「ふむ、正しく神クラスの魔力を有している。この世界でも極上の部類に入る魔力濃度だ」

「お褒めに預かり、恐縮の至り」

「ふ、今のお前に我はどう見える」

「はっ、感覚器の全てが一新された今ならばはっきりと分かります、……遠いと思ってはいましたがこれ程とは」

「ふん、『理解』できたか、我の偉大さが、それならば戦うに値しよう」


 魔王は腰をあげる。そして階段をおりる。


「聴かせてみよ。神虫セミリオン」

「では魔王様」


 セミリオンは恭しい礼をしたあとに、魔王に手を向ける。


「ほう、我も歌えと? 面白い」

「せっかくの場ですから、どうぞご一緒に」


 セミリオンは高速で魔王に接近する。音を超えたことを知らせる衝撃波が部屋の空気をかき乱す。


 セミリオンの放った拳を魔王は僅かに動いて回避した。魔王は顔色一つ変えずに視線のみをセミリオンに向ける。


「流石です」

「安心しろセミリオン。この部屋は防音に優れている。というか余波程度ではビクともせん。破壊不能といっていいだろう」

「心遣い感謝の極み。『神音しんおん』」


 セミリオンの4本の腕がそれぞれ音を放つ。掌を魔王に向けて音を集中させる。


四重奏カルテット


 超振動を4重にして魔王にぶつけたのか。それも一つ一つが超振動を超えている。そんな中でも魔王は涼しい顔をしている。


「中々の音色だ」


 セミリオンはさらに腹から声を出す。室内では魔力同士が衝突し合って小爆発が幾つも起きている。さらに電気エネルギーと化した魔力が二人の周囲を(ほとばし)る。


 それほどの音。それほどの魔力。


 魔王がついに動いた。それは指揮者のようだ。片手を上にあげて振り下ろすという、ただそれだけの動作だ。それなのにセミリオンの体がいとも容易く引き裂かれた。驚くことにそれでもセミリオンの演奏は止まらない。引き裂かれた部分を見る。中身は空洞だ。あれでどうして生きているのか。


「お前の命はあと何分だ? セミリオン」

「お気遣いはいりません」

「許せ、癖になっているのだ。世界が脆すぎてな。暗黒球ダークネスボール


 魔王の手のひらから暗黒の魔力の球が発射される。


 セミリオンはそれを全ての手を使い受け止める。


「ミッおおおおおオオオオオ!!!!」


 爆発。セミリオンは辛うじて押し留めただ。霧散する暗黒魔力が地面に吸い寄せられる。セミリオンが膝を曲げ、さらに肩を落とす。まるで滝行をしているようだ。どうしたんだ?


「この魔力の重み……」

「どうした? ただ魔力で撫でているだけだぞ」

「ミッ!!」


 魔王の横薙ぎ手刀をセミリオンは飛んで回避する。

 しかし長くは飛んでいられず、すぐに地についてしまう。


調律チューニング


 セミリオンがスクっと背を伸ばす。重さを感じさせない。


「ほう、我の魔力に合わせるか」

「もう魔王様の魔力は効きません」

「小細工を弄するか」


 サクッと凄いことをするな。魔王の魔法が効かなくなったってことだよな。


「それで我が得意とする魔法を封じたつもりか? 張り合うのもいいが、我が得意なのはそれだけではないぞ」


 魔王は右腕を振りかぶる。


「『右腕だけ本来の姿に戻す』」


 魔王が右手を突き出す。その動作の中で右腕が『龍の腕』に変化した。


 セミリオンは避けられずそのまま壁に叩きつけられた。


に恐ろしきは始祖たる龍よ。虫など太古の昔に数え切れぬほど叩き潰したわ」

「がっぐ、ギギギ」


 魔王の腕が元に戻る。セミリオンは壁に張り付いている。そして重力に従い床に落ちた。


「終演だなセミリオン」

「そのようで……」


 なんとか立ち上がったセミリオンの体が崩れ始める。


「決着は寿命か。長い年月を掛けて集めたその膨大な魔力。それでやっと神クラスに上がれたとしてもその間僅か数十分だ」

「ミ……」

「ただ崩れ去るというのもつまらぬだろう。ラストワンとなった今、我が直々に引導を渡してやろう」

「ありがとうございます。魔王様」

「さらばだ、セミリオン。お前という存在を我は永劫記憶に止めておくぞ」


 魔王の手刀がセミリオンを袈裟斬りにした。


 裂かれた部分から溢れ出る魔力をセミリオンは止めようともせずにいる。


「ミミミ」


「ミーミーミーミーミーミー」


「ミンミンミンミンミンミンミンミンミー」


「ミーミーミーミーミンミンミンミンミンミンミー」


 蝉の最後の断末魔だ。


「ミーミーミッ……」


 セミリオンが倒れた。仰向けに倒れ、両手を胸の中心で組む。静寂なる死が訪れたのだ。


「……」









































 ドアが開かれた。


「む、誰だ、我がいいと言うまでドアは……ほう」


 ドアの前に立つ存在に魔王は目を見開いた。


「これは、こんなこともあるのか。セミリオン起きろ。あと少しだけ奮起せよ」

「ミ……、ミッ!!?」


 その人物を見たセミリオンの目がありえないほど開かれる。驚愕の表情だ。


「まさか、そんな、あなたは」

「素敵な音色でした」

「雌の……セミリオン……」


 セミリオンの目から涙が溢れる。そして先程までの紳士的な素振りが嘘のように人目を気にせず大声で泣き出した。


「あああああああーーー!!! いだのでずね!!!!!! わだしのぼがにもっあああああああああああーーーー!!!!!!! うれじいなあ!!!」

「ずっと地下にいたのです。私以外のセミリオンはいなくなったと思っていたから!」

「いぎででよがっだ!!!!! ぼんどうに!!!!! あああああああーー!!!! うあああああああああーーーーっ!!!!!!」


 その光景を見た魔王が部屋から出ていく。


「ふ、これだから世界と言うやつは」










 魔王城の映像が消える。かわって魔王城のてっぺん。


「いやぁ、100万年の恋が成就したでござるなあ」


 漆黒の鎧に身を包んだ騎士が感慨深げに顎を撫でる。その横にいる植物の魔物が怒鳴った。


「セミリオンはまともな魔人だと思っていたけど、魔王様に逆らうなんて、見損なったわよ」

「それはナンセンスでござる。あれは古の盟約。神々の制約よりも重い想いでござる」

「でもいたじゃない。あんなに泣くくらいなら世界をひっくり返してでも探せばよかったのよ」

「はっはっは、この星の地下にはセミリオンの天敵が沢山いるでござる。むしろ雌のセミリオンはよくあの脆弱な性能でここまで生き残ったでござるなぁ」

「貴方の脆弱は当てにならないわ。まぁ魔王様が無事だったからよかったわ!」

「そうでござるなー、はっはっは!」

「それでブラギリオン様はどうするの」

「もう立場は同格でござるから様付けはやめるでござるよ」

「そういう訳にも行かないわ。私はまだ貴方と同格だなんて微塵も思っていないわ」

「ぬぅ、気軽に呼んで欲しいでござるが仕方あるないでござるな」

「それで行くの行かないの?」

「そもそも本来この戦は拙者が行くほどのものではござらぬ」

「え。これは大規模な戦争じゃないの? 本当に戦わないつもり?」

「こんな戦いただの兄弟喧嘩の延長線でござる」

「歴史に残るような戦いにしか見えないけど、じゃあ見てていいのね!」

「喧嘩に割ってはいるのもまた一興ではござるが、今回はそういうわけにもいかないんでござるよ」

「それってどういう意味よ」

「直にわかるでござる」



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