第7話 蜥蜴軍団2
早朝になっても蜥蜴たちは攻めてこなかった。村人たちの与えたダメージが予想より大きかったのか、それとも今この瞬間にも襲ってくるのか、どれほどの猶予があるのか、それは奴らにしか分からないことだ。俺たちは朝食を手短に済ませ、村長のところへ向かった。
「もう行かれるのですか?」
「ああ、貴方たちが与えたダメージが癒える前に攻める、今度はこっちの番だ」
「奴らのアジトは見つかったのですか?」
「ミーが見つけたよ」
「そうですか、なら私たちも近くまで荷物を運ぶのを手伝いましょう、何か運搬するものはありますかね?」
「必要ない。今の面子で奇襲されたら非戦闘民を守りきれない」
「お言葉ですが我々も戦えます、何かお力に……」
「邪魔」
「……ッ」
「もー、ジゼルは言い方がキツいにゃあ、もっとビブラートにだにゃー」
「それを言うならオブラート、ビブラートはこう、あぁあぁあぁあぁあぁあぁあぁあぁ」
「悪いけどジゼルの言う通りだにゃ、今は村の守りを固めていてほしいよ、撤退した先が無くなってたらシャレににゃらんからにゃ。にゃ、バーガー」
「ああ、あとは俺たち勇者パーティの仕事だ」
「分かりました、この村を死守します、ご武運を」
その後、俺たちはツナコマ村を出て、エリノアが見つけた砦へと向かう。しばらくは魔物とも出会わずに順調に進んだ。
「昨日はここら辺に蜥蜴盗賊が見張りをしていたから気をつけるんだよ」
「あ、見つけました、蜥蜴盗賊です。射ますか?」
「さすがアイナアイだ、さて、どうしようか」
「どうせ、みにゃごろしだにゃー」
「そうだな、アイナ頼む」
「はい、射ました」
「ナイスショット〜、はぁ、まーた仕事を取られちまったよ。んじゃ、死体を隠すかにゃ、それと金目のものでもー、んにゃ!?」
「エリー、今は急いでる」
「ちぇ、だからって尻尾掴むにゃって、触りたいだけだよねー、茂みまで引っ張るよ」
「あ、私も手伝います。まずは矢を抜いてから」
和気あいあいとしてるけど、やってる事は死体の隠蔽工作なんだよな。状況が状況だからおかしいとは思わないけどな。
村を出て3時間。蜥蜴たちがいる砦に到着する。丘の上に建てられた砦だ。周囲は沼地に囲まれている。周りは原っぱで木もまばらにしか生えていない。いかにも蜥蜴が好みそうな立地条件だ。正門前の掛けっぱなしの橋が砦への唯一の入口となっている。正門の扉は閉ざされている。
砦から離れた場所にいた見張りの蜥蜴盗賊を数体射殺し周囲の安全を確保する、茂みの多い木の影に隠れて俺たちは様子を窺う。
「作戦はこうだ。まず砦から顔を出している蜥蜴からアイナが射殺していく、矢は皆で持ってきたから100本以上あるからアイナは存分に射ることに集中してくれ」
「はい!」
「持ちきれない矢はここに置いていくんだ、まずはここで固定砲台になった気持ちで手当たり次第に射まくるんだ」
「わかりました、だからこんなに矢を持ってきたんですね、1人じゃ持ちきれないなーって思ってたんです」
「ああ、もし敵が来たら矢筒に入っている矢以外は捨てて下がってくれ」
「わかりました!」
「次だが、奴らも攻めてくるだろう、それは俺とエリノアで食い止める」
「ミーはタンク役は慣れてるけどさ、バーガーも前線で戦うの?あぶにゃくにゃい?」
「これでも某スライム並には動けるようになったんだ」
「スライムってあの不定形の凶悪にゃ魔物のことか? とてもあれが機敏だとは思えにゃいにゃ」
「······話がそれたな、アイナの援護射撃があるから、そう簡単に捕まらないさ」
「任せてください、バーガー様は私がお守りします!」
「頼りにしてる。最後にジゼルだが、正直なところ配置に困ってる。魔法はそうポンポン使えないよな?」
「使えないんじゃなくて。使わないだけ。分かってる。簡略魔法も使う。総魔力量も魔導師の中でも多い。気を使わなくていい。だからちゃんと作戦に組み込んで」
「分かった、ならアイナの近くにいて俺たちを魔法で援護してくれ」
「オーケー」
「ふーん、突拍子もにゃい容姿からは想像もつかにゃい無難にゃ陣形だにゃ」
「そりゃもちろん、俺たちのパーティ命令は命大事に、だからな!」
次は装備の確認だ。俺は3人を見渡せる位置に移動する。
エリノアの装備は腰に差してある片手剣と、腰ベルトに付いている魔法巻物が6本だ。
ジゼルはマイク片手に肩を揺らしたりして、対戦前のラッパーのような動きを見せている。宣言通り装備はマイクのみ。こちらも準備万端だ。
アイナは矢の弦の部分をしならせて入念に最終チェックをしている。腰には細剣が差してある。俺が挟みきれなかった薬草はアイナが持ってくれている。
そして本日のメニューは薬草を10枚と言いたいところだが、他の素材が増えたため3枚となった。暴れ鹿の干し肉、岩狼の岩皮、小龍の鱗を挟んでいる。
魔法にするとこんな感じ。
治癒3回、
激怒の力1回、
硬化3回、
火炎の吐息10回。
これが今の俺の使える魔法だ。エリノアには悪いが火炎の吐息は使うことになるだろう。
そして装備はセニャンのマントとウィルの短剣だ。具材を挟んでいてもパンを力めば中身をこぼさずに剣とマントを咥えることができる。マントに何の意味があるかって? カッコいいだろ?
魔法と言えば魔法巻物の内容が気になった。
「その魔法巻物はどんな魔法が使えるんだ?」
「えっとだにゃ、
氷属性付加、
鋭利、
上級治癒、
拘束蔓、
魔法反射、
物質障壁だにゃ」
多種多様な魔法の数々だ、ガッチガチの装備だな。これジゼルが全部書いたんだよな。
「さすが魔導師だな、苦手な魔法とかないのか?」
「得意不得意と言ってる輩は。魔法の本質を理解してない。簡略魔法しか学んでいない。偏ったバランスの悪い魔法しか使えなくなる」
「戦闘前に難しい話はにゃしだよ、アイナは弓の調整は終わったのか?」
「はい、大丈夫です」
「にゃら、あとは勇者の合図を待つのみだにゃー」
「うし、ぼちぼち行くぞ」
「ストップ。強化魔法を掛ける」
「お、あれ、やってくれんのか、ジゼルも気合入ってるにゃ」
「あれって?」
「ご静粛に、にゃ」
ジゼルはパーカーのフードを折り曲げた三角帽子の上からかぶる、マイクを口元に当てる。
「よく聞け世界の精霊、これは俺からの声明、ありったけの加護寄越せ、この手で決めるぜトドメ、物語の鍵握る主人公、とめどない力は無尽蔵、駆け抜けるは光、降り注ぐは日差し、敵の思惑を阻止、この手に掴むはただ一つの勝利!」
「おお!?」
ジゼルの詠唱が終わると同時に4人の体が光る、光はすぐに収まったが体の内側から溢れる力は消えない。
「今のは強化魔法を5種類混ぜた歌詞魔法。効果の持続も長い。私の消費魔力も少ない。さらに各強化魔法よりも強力なものになってる」
「ありがとう!」
力が溢れてくる、魔力が渦巻く!
「開戦だ、アイナ1発目よろしく頼む!」
「はい!」
アイナの放った矢が砦の屋上から顔を出していた蜥蜴の目玉を射抜いた、蜥蜴軍団と勇者一行との戦闘開始の合図となった。
砦は俺の目測では3階建てだ。砦の屋上から蜥蜴弓士が顔を出しては、アイナに射抜かれている。
屋上の隙間から見える大砲に動く様子はない、玉がないか、使い方が分からないか、準備中か、警戒しておいて損は無いだろう。向けられているだけで威圧感がある、そういう戦術かもしれない。
アイナが5頭目の蜥蜴弓士を射止めたところで変化が起きた。正門が開き蜥蜴剣士たちがぞろぞろと出てきた、辺りを見渡して俺たちを探している。見張りの蜥蜴盗賊がいない事にも気づいたようだ。
「バーガー様、次射ると場所が特定されます」
「よし、エリノア、出るぞ!」
「あいにゃー」
俺はエリノアの肩に飛び乗る、エリノアは俺が乗ったのを確認して茂みから勢いよく飛び出す。フルスロットルだ。
「にゃー!」
橋の中央にいる10体の蜥蜴剣士の群れに、エリノアは真っ正面から突撃する。腰に差してある剣が勢いよく鞘から抜き放たれる、体重、速度、角度が整った見事な斬撃は先頭に立つ蜥蜴剣士の頭を胴体から切り離す。
人型の生き物が斬殺されて心が痛むかもと思っていたがそうでもなかった。むしろあれを挟みたい衝動にかられる、俺の内なるハンバーガーの部分が奴らを具材だと認識させる、俺は魂までもバンズになってしまったのだろうか。······否、断じて否、俺は俺だ。今は戦闘に集中するんだ、エリノアに負けていられない、俺は肩から飛び降りて共闘を開始する。
「にゃはは! こいつら砦から出るのにこの橋しかにゃいせいで数の利を活かせてにゃいにゃ!」
エリノアは蜥蜴剣士たちに囲まれないように橋の上で上手く立ち回っている。そしてすでに3体を斬り伏せている。そのうちの1頭の死体が沼地に落ちて大きな音を立てる。
屋上から蜥蜴弓士がエリノアを射ろうとするがアイナがそれを先に狙撃して阻止する。
俺は低く跳ね、短剣をしっかり咥えて横回転する。回転の遠心力を活かして蜥蜴剣士の足を斬りつける、鱗は硬くて斬れないことの方が多いが今の俺にできるのはこれくらいだ。それにエリノアの登場が衝撃的だったらしく、俺に対する注意(そもそも気づいていない奴もいる)が散漫になっている。やれるうちにどんどん斬ってやろう。
「剣を持って! 魔物を斬るのに! 12年かかったぞ! 女神!」
「その意気だにゃ。お?」
エリノアは鍔迫り合いしていた蜥蜴剣士の腹を蹴り飛ばして距離を取る。それに気づいた俺も後退して橋の掛かっている部分まで下がった。
沼地から蜥蜴が次々と現れたのだ、どうやら沼地に潜んでいたらしい、落ちた死体で気づいたのか?
「沼地で寝てたのかにゃ? それとも沼風呂かにゃ?」
「エリノア気をつけろ、囲まれるぞ」
「ミーは問題にゃいよー」
「俺がやばいの!」
沼地から上がってくる蜥蜴の中には蜥蜴剣士以外にも蜥蜴魔法使いも紛れている。火の玉という火球を飛ばす魔法を使ってくるので気をつけなければならない、魔法の火は消えにくいという、喰らえば一撃で焼きバーガーだ。
「蜥蜴魔法使いがいるぞ」
「そうだにゃ、でもミーたちの仕事は眼前の敵の殲滅だよ、アイニャとジゼルを信じるんだよ、あ、そっち行ったよ!」
橋から出て沼地前の原っぱで戦闘をしていたため、エリノアの脇を抜けて1頭の蜥蜴剣士が俺に襲い掛かってきた!
蜥蜴剣士たちの装備にはバラツキがある、胸当てを付けていたり、籠手を付けていたりする、俺に襲いかかってくる蜥蜴剣士は鉄兜を装備している、アイナの矢が頭部にヒットするも鉄兜に拒まれる。この角度からだと目を狙えないな。
「アイナ! 大丈夫だ! こいつは俺がやる!」
矢が再び屋上に飛んでいくのを見て俺は目の前の敵に集中する。蜥蜴たちの身長は2m近い、特に剣士タイプは腕が太い。生前の俺に比べたら貧弱だが、今の俺からすればあの腕から繰り出される剣撃は脅威だ。食べやすくスライスされてしまう。
俺はハンバーガーの手軽さを活かして絶え間なく動き回る、蜥蜴剣士は首を動かして俺を目で追う。魔法陣が傷つけられれば俺は意識を失いそれは致命的な隙となる、だが折角の機会だ、なるべく魔法は温存してこの短剣だけで戦いたい。
俺は蜥蜴剣士の背後に回り込み横回転して急速接近する。跳ね上がったした俺は蜥蜴剣士の背中を斬りつける、前方によろめかせることは出来たが硬い鱗に阻まれ肉まで刃が通らない。
俺の力ではエリノアのように鱗を切断することはできない(ジゼルの強化魔法ありきでこれだ)、だが鱗で覆われていない箇所を狙えば······。さっき斬れた時は足首の裏側だった、関節部分は駆動するために鱗が少なくなっている。
蜥蜴剣士は俺を狙い剣を低く振るい始める。この程度ならアイナとの鍛錬で経験済みだ、むしろアイナの剣の方が断然早い。俺は飛んだり跳ねたりして剣を躱す。いきなり頭を狙えば、高く跳躍したところを剣で斬られる、ならば跪かせるまでだ!
まずは膝裏だ、膝裏も鱗が少ない、集中狙いだ、あそこなら斬れる!
「ぐっ!」
俺の頬に衝撃が走る、蜥蜴剣士の尻尾攻撃だ。尻に集る蝿を払うように俺は無様に直撃してしまったのだ。吹き飛んだ力を利用して飛び退き距離をとる。蜥蜴剣士は舌をチロチロさせて俺ににじり寄ってくる。つ、強い、エリノアがバッサバッサと斬りまくっているから弱く見えるが······、村人たちが勝てないわけだ、まして俺はハンバーガーだ。
俺は自身の未熟さに更なる鍛錬を誓い動き出す。
斬撃とは違い尻尾攻撃では魔法陣は傷つかない。ならば実質ノーダメージのようなものだ。ノーカンだノーカン、なにせ俺はハンバーガー、脳震盪を起こすための脳みそすら持ち合わせていない!
俺は再度チャレンジする。次は尻尾にも注意を払う。ちゃんと見ていれば振り子のように動いているだけだ、掻い潜ることなど容易い、そしてウィルの短剣で蜥蜴剣士の膝裏を斬りつける。
蜥蜴剣士は短い悲鳴をあげると斬られた方の膝を地面につく、やった! 膝裏を斬ってやった、腰の入っていない剣など恐るるに足らぬわ! 俺は蜥蜴剣士を正面から襲う、肘を狙うと見せかけて鉄兜の隙間から見える左目に短剣を突き刺す。蜥蜴剣士は暴れ悶える、捻って脳みそを破壊する前に鉄兜が外れ短剣も落ちてしまった。左目を手で押さえて、こちらを睨みつけてくる。俺は短剣を拾って反撃に備える。次の攻撃を躱してとどめを刺す、俺がそう決心したまさにその時。
「なっ!」
俺は知らなかった、追い詰められた敵が死力を尽くして襲いかかってくるということを。剣を捨てて口を大きく開かせて俺にかぶりつこうとしてくる。窮鼠猫を噛む、否、窮蜥蜴ハンバーガーを食べる、とはまさにこの事だろう。敵の思わぬ行動に俺は硬直してしまった、躱せない、俺は力の限り叫んだ。
「アイナ!!」
その瞬間、蜥蜴剣士の右目、眉間、喉にそれぞれ矢が生える、そのまま大きく仰け反って倒れた、足がピクピクと痙攣しているがどうみても致命傷だ。
アイナのいる茂みの方に振り向くとテンポよく矢が茂みから放たれ続けている。······3本同時? いや、一瞬ズレがあったな速射か。アイナさん、どっかの女神より女神してるよ!
数秒の余裕が出たので周りを見る、沼地の方を見ると杖を見て首をかしげている蜥蜴魔法使いたちがいる。
アイナのいる茂みの方を見れば、ジゼルが蜥蜴魔法使いたちに向かってマイクを向けている。
「まさか魔法の発動を抵抗しているのか?」
「そのまさかだよ、だから安心して前の敵に集中するといいよ。さっきのは惜しかったにゃ」
「あ、見てたの」
「そりゃあ、あれだけ大きにゃ声で女の子に助けを求めればにゃあ」
いやらしくにやにやとしている。会話中もエリノアは手を休めずに敵を切り伏せている。
「小龍の鱗、使ってもいいんだよ? 使わにゃいでほしいって言ったのは、ありゃ冗談だよ、その体で縛りプレイするにゃんて100年早いよ」
「ああ、ありがとう」
そうだよな、具材も俺の力の一部だ。使えるものは何でも使わないとな。この屈辱は貴様らの命で償ってもらう! 俺は跳ねて前に出る、固まって戦っている蜥蜴剣士たちに向かって魔法を発動させる。
「『火炎の吐息』」
炎のショットガンが眼前の蜥蜴剣士たちの上半身を吹き飛ばす。火炎の吐息残り9発。
「おおー! やるにゃー! その調子で頼むよ!」
エリノアがほとんどの蜥蜴剣士を倒してくれている。沼地の蜥蜴魔法使いもジゼルに無力化されたままアイナに順番に射抜かれている。もう屋上から顔を出す蜥蜴弓士もいない。紫猪のようなボスがいなかったのは腑に落ちないが勝った!
「んにゃ?」
エリノアが最後の1頭を斬り捨てたところで異変が起きる、アイナとジゼルがこちらに駆け寄ってくるのだ。
「お前ら、持ち場を離れてどうしたんだ? まだ砦の中に敵が潜んでいるかもしれにゃいよ」
「敵襲です! たくさんの蜥蜴が後ろから来ています!」
「なんだと! でも今倒したので50頭はいたと思うが」
「増援みたい。どうする?」
増援っていったって、そんなもの呼ぶ暇も与えなかったぞ。まだ攻め始めて1時間も経っていないんだからな。······まさか見張りの蜥蜴盗賊を見逃していたのか、そいつが援軍を呼びに?待てよ肝心のその蜥蜴たちはどこから来た? 他の村にも蜥蜴を送っていたのか? 一つの村につき50頭ていど送り、同時に幾つもの村を襲っていたとしたら······冒険者パーティーどころの規模じゃない、これは蜥蜴軍団だ!
「バーガーどうする?」
「篭城する」
「よし、そうと決まれば砦に乗り込むよ、ミーに続くんだにゃ!」
そうだ逃げてもダメだ、アイナの矢が足りるかわからないし、走って逃げるにも村まで距離がある、追いつかれてしまう。ならば籠るしかない、ヒキニートの実力を見せる時が来たのだ。砦に駆け込んで一息つく。
「囲まれた。退路がない」
「はぁ、Eランクの依頼をこなしていたら小龍が出た気分だにゃ」
「バーガー様、どうしましょう?」
俺たちは砦の1F部分にいる1Fは吹き抜けとなっている、端にある石製テーブルの上には大きな地図が1枚あるだけだ、他に家具も調度品も何も無い。隅っこに魚の骨がまとめて置いてあり、床も泥だらけで生臭さと泥臭さが混じった悪臭が漂っている。
砦内部に蜥蜴は残っていなかった。エリノアとアイナが鎖を引いて正門を閉めてくれた、それにしても判断を誤ったな。これじゃあ袋の鼠、否、袋のハンバーガーだ。このままでは奴らに美味しくテイクアウトされてしまう。
「く、すまない、逃げられなくなった」
「どっちみち、いい判断にゃんてにゃい状態だったよ、敵の戦力を見誤ったミーら全員のミスだよ、ていうか分隊があるにゃんて思わにゃいだろ」
「この扉もいつまで持つか分からない」
「バーガー様······?」
アイナが不安そうに俺を見ている、そんな顔をさせてしまうとはな本格的に勇者失格だ。さて、勇者として、一人の男としてこの局面どう乗り切るか。
「この砦内で使えるものを探そう」
「やっぱり矢が欲しいよにゃ」
「そうですね、もう矢筒に入っている分しかありませんので」
「私は屋上に行く。ちょっとやることがあるから」
「ジゼル、何をする気だ?」
「魔法陣を書けるか確認する」
「分かった、じゃあ残りは砦内を漁るぞ」
「おおー!」
十分ほどして俺たちは屋上に集合した。
「成果はどうだ?」
「矢が300本だにゃ」
「随分と多いな」
「蜥蜴弓士が矢を使う前にアイニャが射殺してたからにゃ」
「物資は上場だな、じゃあ早速ここから目に付く蜥蜴を射殺していってくれ」
「はい!」
俺も屋上から下の様子を見ると5、6頭のグループが幾つもできている。扉前にもかなりの数が集まっている、鉄製の扉なのでそう簡単には破られないと思うがやはり不安だ。
蜥蜴の数はざっと100頭はいるなってなんだあれ、1頭だけ3mはある大物がいるな、装備も片手剣と盾を持っていて防具も全身鉄製のもので覆われている。明らかに他の蜥蜴よりも格上の存在だ。
「あれは蜥蜴剣聖だにゃ、ボス格がいにゃいと思っていたけど、あいつがボスで間違いにゃいよ」
「強いのか?」
「ちょっと強いにゃ王国聖騎士の一般兵より数段強いよ」
「そうか」
「あいつの相手は小龍殺しのミーに任せるんだよ」
「分かった任せる」
俺は蜥蜴たちから目を離してジゼルに目を向ける。膝をついて屋上の床にチョークのようなもので魔法陣を書いている。
「魔法陣は書けそうか?」
「この床の硬度と広さなら問題ない、あと30分で仕上げる」
「どんな魔法なんだ?」
「雷系の範囲魔法、この砦の周りに雷撃を落とす」
「わかった、最高のヤツを頼む」
「オウイエ」
魔法陣のことを考えると引きこもって良かったのかも、矢も残ってたし、冷静になって考える時間ができた。
やっぱりヒキニート最強!