第69話 修行7
角が迫る。俺はMソードを投げて筋肉の精霊にキャッチさせる、そう、俺の魂である筋肉の精霊はMソードを持つことができる。
「相手が多い、温存して戦うぞ。全力のフルスイングだ!!」
「うおおーーッ!!」
フリスピー移動をして大王虫目掛けて飛ぶ、筋肉の精霊は減速せずにそのままMソードを振り下ろした、爆音を轟かせ、角を一撃で破壊する。その音に残りの大王虫たちが反応する、即座に俺の方を向いて襲いかかってくる。角を叩きおられた大王虫も怯みこそしたものの、戦闘意欲は失っていない。後ろの二本の足以外を浮かせてボディプレスを仕掛けてくる。しかし、角折れ大王虫はバランスを崩す。アイナが角折れ大王虫の軸となっている足の関節部分に爆裂矢を命中させたからだ。斜めになって倒れてくる角折れ大王虫をギリギリで躱し、側面に刃を突き立てる、そしてフリスピー移動で真上に飛び、外骨格を引き裂く。斬り口が爆発する。残り3体。
次は一糸乱れぬ3匹の同時攻撃だ、さすがにやばい! だが勇者斬は使わない!
「成長したのは俺だけじゃない! いくぞ筋肉の精霊!!」
「うおおーーッ!!」
筋肉の精霊は俺をフリスピー移動させつつ、無闇矢鱈にMソードを振り回す。高速移動+高威力爆斬撃+連撃=破壊力だ。大王虫たちが砕けていく、Sクラス中位と言われる大王虫たちを相手にこうも圧倒できるなんてな。
「ミーミーミーミーミーミーミー」
仲間がやられたにも関わらず鳴き続けている。くぐもっていた音が鮮明になっている、地上に出てきたようだ。この調子で音の元凶も倒してやる!
「このまま島の中心まで行くぞ、音の元凶を調べるんだ」
「はい!」
俺たちが移動しようとするとスーが前に出る。
「スー、どうしたんだ?」
「嫌な予感がするの」
「この音のことか?」
「そうなの」
スーがこんなことを言うなんて珍しいな。
「……ちょっと待ってみるか。アイナいいか?」
「はい!」
ドでかい魔物を4頭も討伐した俺は気がでかくなっていた。無理に連戦することはない。魂の実体化の効果も切れるころだしな。
少し待っていると、鳴き声が近づいてきた。アイナが小声で耳打ちする。
「バーガー様、こちらに向かってきています」
「こっちに気づいているか、どうするべきか」
「逃げようにもここは島です。戦う他ないかと」
「それには俺も賛成だ、でもなぁ」
俺はスーに視線を向ける。スーは俯いている。アイナはスーの顔を両手で包むように掴むと、やや強引に上にあげる。
「な、なんなの!」
「大丈夫ですよ」
アイナはニコリと笑う。その笑みを見ていると不安な気持ちが安らぐ、根拠はないがアイナと一緒に居ると心の底から安心できる。
筋肉の精霊が消滅した、音が近づいてくる。
「ミーーミーーミーーミーーミーーミーーミーー!」
さらに音量が上がる、接近してきている。
「ミーミーミーミーミーミーミー!」
間隔がどんどん狭まっていく。
「ミッミッミッミッミッミッミッ!」
それと比例して俺たちは緊張して強ばる。
「ミミミミミミミミミミミミミミ」
けたたましい音が響く。
「ミッ!! ……」
突如として音が止む。そして。木の影から音源が現れる、人型の蝉の幼虫だ。
「私はセミリオン」
出会い頭に名乗りを上げたセミリオンは頭を下げて紳士然な振る舞いをする。それから腕を左右それぞれの袖に通し、腹の前で組む。顔は蝉の幼虫そのものだ。そして問題なのが人型であることだ、この人は魔物ではなく魔人だ。
「ここは王国領土内ですか?」
大王虫のことなんて気にもとめず、セミリオンと名乗った魔人はそう言った。俺たちは言葉を返せない、この人が敵であることは明確だ、情報は渡せない。
「黙秘ですか、いいですよ答えなくても、地上に出たのは久しぶりなので方向感覚が鈍っていないか、ほんの少しだけ気になっただけですから」
間違っていない、ここは王国領土内にある島だ。
「それではこれで失礼します」
セミリオンが後ろを向いて歩き出す。ん? 背中に何かついて……あれは!?
「ラーメンどんぶり!?」
セミリオンは足を止める、そして振り返り、
「おや、ご存じですか?」
背中についているラーメンどんぶりを手に取る。うん、どう見てもラーメンのどんぶりだ、あの特有の模様が何よりの証拠だ。でも一応聞く。
「それはなんだ?」
「ラーメンのどんぶり以外に何に見えるのですか?」
俺はこの世界でラーメンを見たことがない。麺料理はある、だがラーメンはいままで俺の知り得る限りは存在しなかった。魔界にはラーメンがあるのか?
「不思議な魔物ですね」
「魔物じゃない」
勇者とは言わない、襲われる可能性がある。にしてもラーメンか、俺の中のハンバーガーが警戒している。
「セミリオン、いつまでそうやって話しているつもりネ」
声がする、他に誰かいるのか?
「そうですね、ラーメンさん」
俺は驚愕した。どんぶりから麺が意志を持ったようにうねうねと出てきた。
「まだまだ王国から遠いヨ、急がないと遅れても知らないヨ」
「ですね」
「ら、ラーメンが喋った!?」
「お前に言われたくないネ!」
なんだこいつは? とてつもない親近感だ。俺はパンでこの人は麺だ。
「まぁいいネ、同じ食物系の魔物のよしみとして見逃してやるネ」
「お前は何者なんだ?」
「私アルカ? 聞いて驚くアル、私は魔王軍九大天王の一品、『激旨』のラーメン・コックアタック!」
九大天王だと!? ジゼルの言っていた魔王軍の最高戦力か!
「同じく九大天王の『魔夏』のセミリオンです」
この人もか……、九大天王が2人目。どうする、幸いにも俺はパンの魔物だと勘違いされている。ここはそれでやり過ごすか。この島は絶海の孤島、隔離島だ。ここから出るならそれなりの準備がいるはずだ、まだ時間はある。アイナが僅かに肩を揺らす、気づかれないようにサインを送ってきている、アイナは俺の指示を待っている。
この人たちは敵だ。見過ごすわけには行かない。だが助けの見込みがないこの島でやり合うのは無謀すぎる。やはりここは調子を合わせてーー
「挨拶も済んだアル、そこの人間を始末するネ」
「え?」
「何をしているネ。そのエルフを食べる気アルネ。それとも殺すだけアルカ。殺した相手を挟む殺人バーガーというわけネ」
まずいな。
「あ、ああ、やっとこうやって肩に乗って捕まえたところだ。まさか九大天王ともあろう方たちが魔物の捕まえた獲物を取るようなマネはしないだろ?」
「もちろんです。強者たるもの品性を欠いてはいけませんからね」
セミリオンの言葉にホッと心の胸筋を撫で下ろす。しかしラーメンが一言。
「ほら、見ててあげるネ。そのエルフを殺るアル」
く、逃がしてはくれないか。しかし戦おうにも魂の実体化は使ってしまった。今の具材は薬草とMソードのみだ。俺は隅っこでうずくまっているスーに視線を向ける、いい感じに茂みに隠れている、戦うにはスーの前髪が必要だ。
「どうしたネ、やらないアルカ?」
沈黙が続けばこの人たちが何をするか分かったものじゃない。俺が決意を固めて咥えているMソードに力を込めると。
「貴様らッ!! 何をしているッ!!」
雷のような怒号と共に、空からグレイブが現れた。
「貴方は? ミッ!?」
話しかけたセミリオンにグレイブは手から雷撃を放つ。土煙が巻き起こる。
「誰が喋っていいと言ったッ!!」
グレイブは着地するとズンズンと地面を凹ませながら歩く、俺たちの前に立つ、アイナに掴みかかる。
「おい貴様らッ!! あれはなんだッ!!」
「魔王軍の九大天王です! 「魔夏」のセミリオンと「激旨」のラーメン・コックアタックと名乗っていました!」
「聞いたことのない名だッ! 不明となっていた九大天王の二枠かッ!!」
「はい! きっとそうです!」
「邪魔だッ!! 下がっていろッ!!」
「グレイブ待て! 俺たちも加勢するぞ!」
「今の俺は一ヶ月分のイライラを抱えているッ!! 巻き込まれる前に失せろッ!!」
グレイブが手を上げると俺たちのいる地面ごと浮き始める、魔力操作で浮上させているんだ。これで俺たちを避難させようというわけか、だが。
「ま、まて、グレイブはどうするんだ!?」
「俺はここに残らねばならんッ!!」
「修行はどうなるんだ!」
「そんな話をしている場合かッ!!」
抉られた地面ごと俺たちはフワフワと移動を開始する。本当にこのままでいいのか?
土煙が晴れてセミリオンの姿が見える。あの場所から動いていない、無傷だ、魔力操作で軽減させたのか?
「いきなり随分な挨拶でーー」
「電気鎖ッ!!」
グレイブはセミリオンの言葉を無視して魔法を唱える。魔力生成された電気の鎖をセミリオンに巻き付ける。セミリオンは感電しているはずだが、そのまま話を続ける。
「人の話をーー」
「爆連ッ!!」
電気の鎖が膨張して爆発した。魔法をさらに違う性質のものにしたのか!? 高度な魔力操作だ。セミリオンはそれでもなお続けた。
「私は九大天王のセミリオン、こちらはーー」
「火炎と稲妻の吐息」
火炎に稲妻を纏わせた吐息がセミリオン諸共、島半分を消し飛ばした。
化け物だ。グレイブの吐息で隔離島の半分が吹き飛んでしまった。現代の兵器でもこれだけの破壊を行えるものは限られるだろう。それを個人でしてしまうとは、三騎士恐るべし。グレイブは口から煙をあげて、目を光らせている。周囲では火の手が上がり、バチバチと電流が流れている。
「そこかッ!!」
グレイブが周囲の炎と電気を操作して一箇所にぶつける。セミリオンが飛び出す。
「地中に潜り回避したかッ!!」
「流石にあれを受けるのは痛いですから……」
そこまで言うとセミリオンは話すのをやめた。正しい、どうせ聞かないからな。
俺たちを運ぶ浮遊台はゆっくりとしたスピードで移動している。まだまだ危険地帯から抜け出せたとは言えない。だがそのおかげで戦いをしっかり観戦できる位置にいる。グレイブはキレている。肩を揺らして沸騰したヤカンのように口から煙を吐き出している。セミリオンはグレイブに詰め寄る。
「紅蓮大爆発!!」
グレイブの爆裂魔法だ、連鎖する真紅の爆撃がセミリオンを襲う。セミリオンは様々な方向に飛び回避する、あの一つ一つが大きい爆撃を回避するとは、なんたる俊敏性だ。グレイブも続け様に呪文を唱える。
「紅蓮砲紅蓮砲紅蓮砲紅蓮砲紅蓮砲紅蓮砲紅蓮砲紅蓮砲ッ!!」
燃える鋼鉄の球をこれでもかと発射する。セミリオンはそれも左右に高速移動して回避する。近づけさせない。グレイブは三騎士と言われているが魔法が得意なようだ、魔法使いなら接近戦を避けるのはわかる。こうして一方的に攻撃し続けられれば、勝利は確実なものとなる。
一方的に見えた戦いだが、ここでセミリオンが仕掛ける。セミリオンは嘴のように鋭く尖った口を伸ばしてグレイブに攻撃する。グレイブはそれを避けない、右肩に直撃する。
「避ける素振りも見せないとは、その慢心、仇となりますよ」
セミリオンの姿がブレる。超高速で振動している。その振動は伸びた口にも伝わる。グレイブの体の至る所から血が吹き出す。
「貴方がどこの誰だろうと、この技能『超振動』を受けて無事な人間はいません。ミッ!?」
グレイブは全身から煙を上げながらもセミリオンの伸びた口を掴む。
「イライラしてきたぞッ!!」
空にいる俺たちに届くほどの熱気が発生する。あまりの熱気にグレイブ周辺の景色が歪んで見える。
「生憎ですが、私は『魔夏』のセミリオン、熱に対して絶対の耐性があります」
セミリオンからすれば相手の戦意を削ぐために放った言葉だったのだろう。しかしグレイブはさらに熱を帯びていく。
「これは攻撃じゃねぇッ!! 抑えきれない俺の怒りが漏れ始めているだけだッ!!」
「そうですか、ならもう一度くらいなさい『超振動』!」
グレイブの体からさらに血が吹き出す。だ、大丈夫なのか!? 隣で一緒に下を覗き込んでいるアイナが心配そうに言った。
「やっぱり私たちも加勢に」
「ダメだ、グレイブの発している熱は異常だ。もう近づけない」
グレイブから出ている煙の量がさらに増える。
「『超振動』を二発も受けたのです。どこの高名な魔法使いかは知りませんが内蔵もズタズタになったはずです。いま楽にーー」
「紅蓮ソード!」
セミリオンが伸ばした嘴を元の長さに戻す。グレイブの体から煙に代わって炎が溢れだしている。その炎は剣の形になっていく、グレイブは柄の部分を掴んで胸から引き抜く。
「その魔力の波長は……聖剣!? 貴方は一体」
「王国軍三騎士の一人ッ!! 紅蓮騎士ッ!! グレイブ・ホーリーガーデンだああーーッ!! ああああーーッ!!」
胸から剣を取り出した!? そんな魔法聞いたことがないぞ! さらにグレイブの体に異変が起きる。パキパキと音を立てて炎が実態化していく。
「三騎士ですか。あの有名な、それならその『気合武装』も納得がいきすね」
グレイブは紅蓮の鎧に身を包んでいる。セミリオンはあれを『気合武装』と言ったか? セミリオンは続ける。
「魔力と精神力を押し固めて実体化させる技、でしたか。それを使えるのはこの世界でも数えるほどしかいないと聞きます」
なるほど、魔力は何にでもなるトンデモエネルギーってわけだ。それを利用して武具や防具を作り出すんだな。でも精神力ってのがイマイチ理解できないな、魔力と似たようなものだろうか。
「熱が効かないならッ!! さらなる熱で攻撃すればいいッ!! 喰らい尽くせるかッ!! 俺の怒りをッ!! 気合武装ッ!! 『紅蓮装甲』ッ!! ハアッ!!」
熱波が押し寄せる。俺たちの乗る土台がさらに高く浮く。グレイブの足元の地面がグツグツと溶けていく、木々は発火し、規模を拡大していく。風も吹き出し嵐を巻き起こす。
「発動させるだけでこれだけの事態になるのか!」
「バーガー様! あれを!」
「ぬぅ?」
セミリオンの腕が伸びる。どうやら伸縮性のあるボディらしい、まるでゴ〇人間のようだ。
その腕がグレイブの両脇を掴む。また振動攻撃するつもりらしい。
「接触している面積が多いほど『超振動』は威力を増します」
セミリオンの体が震える、その振動がグレイブに伝わる。紅蓮装甲から火の粉が飛び散る。中身は無事なのか? 俺が心配しているとセミリオンの体が不規則に大きく揺れた。
セミリオンにもダメージが入っているのか? セミリオンはグレイブの脇を抱えたまま話した。
「貴方も私と同じ技を? いや違いますね。私は音ではダメージを受けることはない。ならばこれは自身の受けた痛みをそのまま相手にも与えるという痛み分けですか」
「そうだッ!! 貴様ら魔物どもには丁度いいだろうッ!! 人の痛みを知れッ!!」
「どうやらその気合武装、紅蓮装甲と言いましたか、その紅蓮装甲の常時発動能力のようですね」
それってつまり最低でも相手と同じダメージしか受けないってことじゃないか! さすが王国最強の三騎士だ、あの大地を溶かすほどの熱に、痛み分け、強い! セミリオンが鳴いた。
「ミッミッミ!」
「何がおかしいッ!!」
「人の体力と魔人の体力が同じだとでも思っているのですか? 我々魔人は人の何十、何百、何千といったタフネスを兼ね備えています」
「だが俺の怒りの前では無意味だッ!!」
敵ながらセミリオンは可哀想だな。話が通じない。セミリオンの背中のラーメンが叫んだ。
「セミリオンいつまでやっているつもりアルカ! お前にはーー」
「ラーメンさん、それは言わない約束ですよ」
何の話をしている?
「そうだったネ。悪かったヨ」
「いえ冷静になれました」
「相手は三騎士ネ、ただで逃げられないアル」
「もちろんです」
「逃げるだとッ!? 逃げられると思ってんのかッ!! アアッ!?」
グレイブが言葉を発するたびに熱波がここまで届く。
「貴様らはここで俺に倒されるんだよッ!!」
「セミリオン、俺に任せるアル」
ラーメンから麺が出てくる。それは意志を持ったように蠢き、空中でふよふよと浮遊している。何をしているんだ? グレイブはお構い無しに怒気を向ける。
「燃えて死ねッ!!」
「麺魔法!」
空中で蠢いていたラーメンの麺が『魔法陣』を形成する。それは光り輝いき、見ている者たちの目を眩ませる。
「麺で閃光の魔法陣だと!?」
視力が回復する。セミリオンたちがいなくなっている、逃げられた。グレイブが怒鳴った。
「そこかァッ!!」
隔離島の様々な場所から溶岩が吹き出す。地面が盛り上がり地形が変わっていく。……天変地異だ。一際大きな噴火から何かが吹き出す、あれはセミリオンだ。
「オケラらしく地面に潜って逃げようたってそうはいかねぇぞッ!!」
「セミです!」
魔王軍が誇るという九大天王相手に優勢に戦っている。それにここは良くも悪くも隔離島だ。逃げるのは不可能だ、攻めた方が勝つ!
「策を練らなければ彼からは逃れられませんね」
「さっきのは大味過ぎたネ。次も俺に任せるネ」
ラーメンどんぶりが宙に浮く。まるでUFOのように機敏に動き、俺たちの方に高速で向かってくる。
「俺が相手だろうがッ!!」
グレイブが手を上に向ける。しかしセミリオンが距離を詰めていた。
「よそ見はいけません」
「チッ!! 貴様ら耐えろッ!!」
グレイブの援護はない。俺たちであの迫り来るラーメンを何とかしなければならない。
人質目的だろう、しかしそんなことは俺が許さない。
「スー、力を借りるぞ!」
「どうぞなの!」
スーは既に前髪を千切り手に持っていた、俺は礼を言いつつ、羊羹状の魔力の塊を挟む。
「『魂の実体化』」
十八番の筋肉の精霊が召喚される。俺は加えていたMソードを筋肉の精霊に持たせる。最後の修行のメインディッシュとしては九大天王は申し分ないだろう。いつまでもやられている俺じゃないということをこの世界に、あの女神に教えてやる!
「なにアルカそれは」
「さぁな!」
俺はフリスピー移動で打って出る。高速ユーホー移動をしているラーメンに激突する気持ちで突っ込む。ラーメンどんぶりは空中でビタっと停止する、そして触手のような麺を出す。俺は力の限り叫んだ。
「やっちゃえ! 俺の筋肉の精霊!」
筋肉の精霊が放つ大ぶりの上段を蠢く中太麺が防御する。ふっ! 甘いな! この神の聖剣Mソードは爆破属性がついている! 爆発を起こした、手応えありだ。俺は周囲を警戒する、煙で周りが見えない。どこだ、どこにいる。
「パンの分際でなかなかやるネ」
「上か!」
筋肉の精霊はMソードを真上に向ける。勇者斬はここぞという時に使いたい、撃つときが決着のときだ。
「麺魔法」
ラーメンどんぶりから中太麺が溢れ出す、ラーメンどんぶりの容量をはるかに超えている。
「その質量はどこから来てるんだ!」
「麺は料理の原点にして頂点ネ」
「は?」
俺の中のハンバーガーがキレた。
「パンこそ至高だ! 『勇者斬』」
Mソードから放たれた光がラーメンを包む。
「ああああーーッ!!」
筋肉の精霊がMソードを振り切ると同時に光が収束して爆発する。威力が上がっている、まさか精神の高ぶりに影響されたのか、たしか精神力も使うとかなんとか書いてあったし。次のステップに進むには壁を超えろか、このラーメンが一つの壁であることは間違いない。何よりも倒さなければならない敵だ、俺より旨いやつなどありえない。
「今のは危なかったヨ」
「なに!?」
ラーメンは無傷だ、一体どうやって……
「相手の能力も確認しないで大技を放つのは愚の骨頂ネ。地獄で悔いるといいネ」
「あの威力の魔法を防げるのか」
「冥土の土産に教えてやるネ。私は致死の攻撃を受けても即座に再生することができるヨ」
「なんだと」
「『替え魂』という技能ネ」
超再生能力持ちか、つまり再生の及ばないほどに消し炭にしなければならないということだな、しかしもう勇者斬は撃てない。軽率な行動? それも否、やつはその特異体質に甘んじて俺の攻撃を喰らった。そこを突けばあるいは。
「バーガー様! 来ます!」
「ああ!」
なぁに、俺たちは優勢だ。ラーメンはまだ魔法を使っていない、好きにさせる道理もない!
「倒しきればいいだけだ!」
「それがどれだけ困難を極めるか、その身をもって知るがいいネ」
ラーメンどんぶりが高速ユーホー移動する。急に起動を変える、それも無反動で、ビュビュビュと風を切る音がする。またしても中太麺が溢れ出た、触手のような中太麺が筋肉の精霊に襲いかかる。
「麺ごときが、筋繊維に勝てると思うな!」
「それは魔力生成された人形に過ぎないネ。実際の筋肉ではないネ」
「ぐっ!」
鞭のようにしなる中太麺の攻撃を筋肉の精霊はMソードを振り回して防ぐ。
「麺をいくら切ろうと『おかわり』はいくらでもあるヨ」
「それがどうした! アイナ!」
「はい!」
5本の矢がラーメンどんぶりにヒットする、しかし即座に矢が抜けてヒビが修繕されていく。
「また『替え魂』か」
「お前たちに食いきれるわけがないネ」
くそ、この再生力、それにこの中太麺の満腹攻撃、付け入る隙がない!
「バーガー様!」
「アイナ?!」
アイナが浮遊する台座から飛び降りて筋肉の精霊の背中に抱きついた。
「な、何をしているんだ! 危ないから戻ってーー」
「いいことを思いつきました! 最善の策です! 私をラーメンに向かって投げてください!」
「は、はぁ!?」
な、何を言っているんだ……?
「そんなことできるわけがない!!」
「バーガー様、これを見てください」
「それは」
アイナが取り出したのは料理包丁だ。
それを見た俺はアイナの思惑を瞬間で理解した。
「まさか、それは……、ダメだ、あまりにも危険すぎる」
「大丈夫です。いまこそ全てを利用しなければならない時です!」
こうなったアイナを説得するのは困難を極める。ならば全力でノって最高のパフォーマンスをしてもらった方がいい。
「わかった。バックアップする、専念してくれ!」
「はい! ありがとうございます!」
「行くぞ!」
「はい!」
筋肉の精霊がアイナを手に乗せて思い切り投げ飛ばす。目標は空を漂うラーメンだ。
「エルフの娘? 何か策があるネ。乗るほど甘くないヨ」
ラーメンは回避するため移動を開始する。そうはさせるか筋肉の精霊が俺を投げる、全力のフリスピー移動だ、アイナを追い抜いてラーメンと肉薄する。
「どうしたラーメン、超絶可愛い女の子相手に随分警戒するんだな?」
「なんとでもいうネ。麺魔法!」
中太麺が魔法陣を描き始めた、魔法が来る。
「空中ではエルフの娘は避けることができないネ。中火」
8つの火の玉がアイナを襲う。俺はーー筋肉の精霊でラーメンを攻撃する。
「助けないアルカ?」
「ふっ! ラーメン! あんたとんだ無知さんだな!」
「なに!?」
炎がアイナに直撃する寸前。
「はぁ!!」
アイナは体を回転させる、火の玉がアイナを避けるように軌道を変えた。必要最低限の魔力操作で火の玉を自身に当たらないように誘導したんだ。
「あの娘! あの歳であれほどの魔力操作を!? なんたる才能ネ」
「あの子は努力家なんだ、才能なんて言葉で片付けちゃあいけない!」
「あの娘は戦力になると言うことネ。しかしあれくらいで調子に乗らないことネ」
「俺たちを舐めるな!」
筋肉の精霊のラッシュを強める。魔力が切れるのが早まるが今はラーメンを抑えるのが俺の仕事だ。
「バーガー様!」
「やっちまえアイナ!」
アイナは右手に持つ料理包丁でラーメンを突く、ラーメンは中太麺を鞭のようにしならせる、俺はその中太麺を素早く掴んだ。
「なにをーー」
「はぁ!!」
アイナの持つ料理包丁が中太麺に触れた。
「こ、これは!?」
俺はフリスピー移動でアイナをキャッチする、そしてラーメンから距離を取り様子を見る。ラーメンは中太麺を震わせている。
「あ、あれは魔力も帯びていないただの包丁ネ! だ、だがこの感覚はーーッ!!」
中太麺が先端から『石炭』に変質していく。
「バーガー!! 私に何をしたアルカ!!」
「失敗したんだ」
そう、失敗したんだ。いつもみたいに。
「アイナは『料理が必ず失敗する』特異体質を持っているんだ」
「なんだと!!」
「つまりラーメン、あんたはアイナの包丁に触れて『調理』されてしまったんだ」
「み、認めないアル! こんな、こんな荒唐無稽な話! 認めないアル!」
「ひどいこと言うな!」
「ぐああーーッ!!」
ものの数十秒で中太麺が完全に石炭化した。ボロボロと崩れていく、主を失ったラーメンのどんぶりは落下していった。
アイナはふるふると震えている。それもそうだ勝つためとはいえ精神的に傷つけてしまった。アイナはこの『能力』のことを気にしている、だがこれは他でもないアイナの力だ。
「アイナのお陰で俺たちは勝てた。アイナが九大天王を倒したんだ!」
「……はい!」
下にいるセミリオンが叫んだ。
「馬鹿な! ラーメンさん!?」
セミリオンは跳躍するとラーメンどんぶりをキャッチする。
「枯渇知らずと言われたどんぶりがカラになっている。まさか本当に?」
「どこを見ているッ!!」
「ッ!!」
グレイブが背後から紅蓮ソードを振るう、それは動揺していたセミリオンにヒットする。硬いもの同士がぶつかり合う音を立てて、セミリオンが地面に叩きつけられる。グレイブがこっちを見る。
「よくやったッ!! 修行の成果が出たなッ!!」
すべてを利用し勝利を掴んだ、それは紛れもない事実だ。残るはセミリオンだけだ。俺とアイナはフリスピー移動で浮遊台まで戻る。今の隔離島は灼熱地獄だ、熱によって大地は溶け、燃えるものは全て燃えている。あの中にいてグレイブは大丈夫なのか?
「オラアッ!! どこ行きやがったッ!! アアッ!!」
うん。大丈夫そうだ。セミリオンが溶岩から這い出でる、僅かに残った岩場に乗る。
「弔い合戦といきたいところですが、ですがここで『力』を使うわけにはいかないのです!」
「逃げられると思ってんじゃねぇッ!!」
「『この体』で放てる最大の魔法をもって、ここは撤退させていただきましょう!」
セミリオンは両手を地面に突き刺した。
「大地衝撃!」
セミリオンの放った魔法は大地を粉々に砕く、裂けた大地から光が溢れる、至る所で爆発が起きる、グレイブの能力も相まって島全体が噴煙に包まれる。俺たちのところにまで衝撃がくる。
「アイナ! スー! しっかり捕まってろよ! 対ショック体勢!」
「はい!」
筋肉の精霊がアイナたちに覆いかぶさり支える。浮遊台がグラグラと揺れる。頼むもってくれよ、もうここしか俺たちの足場はないんだ。俺は浮遊台の端からなんとか下を見る。
グレイブが紅蓮ソードを一振して煙を散らせている。
セミリオンの姿はもうない、しかし。
「やるなら徹底的にやれッ!!」
今度はグレイブが紅蓮ソードを溶けた大地に突き刺した。ここから見てもわかるがブワッとグレイブを中心として円状に赤い魔力が大地に伝わっていくのが見える。
「紅蓮大爆発ッ!!」
島が消えた。魔法は続く。
「紅蓮大爆発ッ!!」
「紅蓮大爆発ッ!!」
「紅蓮大爆発ッ!!」
「紅蓮大爆発ッ!!」
「紅蓮大爆発ッ!!」
しつこい爆裂魔法だ! 隔離島はもはや島とは呼べない形にまで変貌してしまっている、海にポッカリと空いた穴に海水がなだれ込みグレイブの発している熱にあてられてすぐさま蒸発していく。圧巻の光景だ。大量の湯気が天に登っていく様は滝を逆さまにしたような光景となっている。少しして、穴の中心部で竜巻が発生。その風が湯気を払い除け、大穴が深い渦潮となる。渦潮の中心部にグレイブとセミリオン、2人の姿が見える。
グレイブがセミリオンの首を片手で抑えている。
「あれで逃げられないとは……三騎士の力がこれ程とは」
「諦めろッ!!」
セミリオンの言い方だとまだ力を隠している様子だ。俺と同じで温存しておきたいものということなら、危険な力なのだろう、早期に決着を付けたいところだ。グレイブもそう判断したのか、紅蓮ソードを握る手に力が入っていく。
「イマイチ怒り足りなかったがッ!! 直火焼きで終わりだッ!!」
「ミッ!!」
「チッ!!」
グレイブは真上を見る。俺もつられて上を見る。なにかいる? パッっと、その何かは消えた。そしてグレイブが叫んだ。
「貴様はッ!!」
気づいた時にはグレイブの前に黒い人型がいた。
「『光速』のグラップかッ!!」
鴉の魔人はそうだと言わんばかりに羽を羽ばたかせた。鴉の魔人はゆっくりと全体を見渡している、最後にセミリオンが背負っているラーメンどんぶりに視線がいく。
「ラーメンは死んだか。パロムの言う通りだな」
どうやってかは分からないが九大天王の死は敵に伝わっていたらしい。
「九大天王が更に一人来るとはなッ!! 本格的に戦争を始める気になったかッ!!」
何っ!? あの人も九大天王なのか、ってグラップって前にジゼルが説明していた魔人の名前だったな! グラップはグレイブを睨みつけるだけで返答はしない。
「いつまでそうしているつもりだッ!! 俺の技能、熱気で持続ダメージを受け続けるつもりかッ!!」
「何を言っている、もうセミリオンはその手にはいないぞ」
グレイブがセミリオンの首を掴んでいた手を見る。セミリオンがいなくなっていた。
「こっちだ」
グラップの横にセミリオンがいる。なるほど、グラップは光速と言う二つ名の通り、光の速さで動けるのか、それでセミリオンを気付かれずに助け出したんだな。ってやばくないかそれ。
「こっちはラーメンの死をネス様に報告せねばならんのだ」
「待てッ!!」
次の瞬間、グラップとセミリオンの姿が消えた。
「クソッタレがッ!!」
グレイブが叫んだ。両手を地面に叩きつけて大量の魔力を放出している。
「クソがッ!! クソがッ!! ああああああああーーッ!!」
海が滅茶苦茶だ! 衝撃波がここまで達している! このままでは浮遊台が崩れてしまう!
「やめろグレイブ!!」
「ああああああッ!! ああああああああああああーーッ!!」
怒りの矛先を失ったグレイブは手当たり次第に魔力をぶつけている。完全に暴走している、俺が止めるしかない。ふと俺はクゥからもらった手紙を思い出した、今はこれに掛けるしかない。
「アイナ! クゥからもらった手紙、まだ持ってるか!?」
「はい!」
アイナは急いでポシェットから手紙を取り出した。ややくたびれているが問題ない。
「中身を読み上げてくれ。クゥからの言葉ならグレイブも聞いてくれるかもしれない」
「わかりました! では」
アイナはコホンと可愛らしい咳払いをして手紙を読み上げた。
「『ネコちゃん観察日記!』」
アイナの言葉にグレイブはこちらに素早く振り向いた、音読を続ける。
「『俺の家に住み着いたネコのあまりの可愛さに今日から日記をしたためることにした。赤毛の可愛らしいネコだ! 召使いたちにミルクを用意させて庭先で飲ませてみた! 最初は警戒していたが俺が敵意がないことを証明するために全裸になったところ、それを理解したのか近づいてきてくれた可愛い!』」
「やめろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!!!!!」
叫んだグレイブは兜を取ると地面に思い切り叩きつける。それと同時に鎧が霧散した。辺りの温度が低下していく。正気に戻ってくれたようだ。
グレイブは高度を上げて俺たちのところに来る。
「貴様らよくやったな。まさか九大天王を倒すとは思いもしなかったぞ」
「さっきのは? 日記?」
「貴様らよくやったな。まさか九大天王を倒すとは思いもしなかったぞ」
リピートしやがった! なかったことにする気か!
「アイナのお陰だ」
「ほう、どんな魔法、いや技能か? どうやって倒したのだ?」
「……」
アイナは俯いて返事をしない。
「おい、答えろッ!」
「アイナは特異体質なんだ、それで倒した。でもその能力にはデメリットがあってアイナはそれにコンプレックスを抱いているんだ」
「くだらんッ!!」
グレイブは俺の説明をあっさり一蹴した。
「くだらんとはなんだ!」
「くだらん! くだらんと言ったらくだらん! 生まれ持ったもので戦うしかないのだ。そのままの自分を受け入れろ! 最後の修行は終わったが一番大切なことをいまここで覚えていけ」
自分を受け入れる、か。料理が失敗するという、一種の呪いのような個性を受け入れろというのか。それは今のアイナにはあまりにも酷だ。
「すぐに受け入れられる程度のことなら、そうはならんだろうが、時間をかけて納得しろ、納得できなくとも、使えるものは使え。そのバーガーのためにもだ」
バーガーというワードにアイナは耳をピクリと動かす。グレイブも知性がないと思っていたけど、アイナを諭すコツを心得ているようだ。一ヶ月のあいだ上から見てくれてたんだ。
「さて。その手紙を寄越せ、燃やすから!」
トランテス王国に帰った俺たちは真っ先に王城に向かった。そして王さまに起こったことをありのままに話した。話を聞き終えた王さまが大声をあげた。
「おお! 九大天王を! これはここ数十年で一番の朗報でーす!」
王さまは手放しに喜んでいる。その様子を見て隣に立つクレアがため息をつく、それから諭すように言った。
「王さま。最も遠い場所とはいえ九大天王が現れたのは王国領土内です」
「シット! そうやな!」
どうやら九大天王クラスの幹部が王国領土内に現れたのは久しぶりらしい。
「魔界で何かあったのかーな。気になりますーね」
王さまは椅子に座ったまま屈んで手を組み。口調はふざけているが真剣な顔をしている。その様子を横目にクレアが俺たちに向き直る。
「勇者様、こちらからも報告がある」
「なんだ?」
「Mソードの取説が光っているんだ」
そう言うとクレアは事前に準備していたのだろう。手早く木箱を取り出して取説を取り出す。確かに光っている。
「光り始めたのはちょうど君たちが九大天王のラーメンを倒した時刻と一致している」
つまり取説が言っていた『壁』というのは九大天王の事だったのか、もしくは同じ食材系の人を倒したからだろうか? それは分からない。だが確認する必要がある。
「机に置いてくれ」
取説をめくる、目次を開いて項目を見る。アイナが驚きの声をあげた。
「項目が増えてます!」
そうだ、一つ目の項目が勇者斬で以前はそれより先に開けなかった。しかし今は確かに2つ目の項目が書かれている。時間終了と。
「たいむあうと?」
アイナが首を傾げる。それもそうだ、聞いたことのない魔法だ。
「ページをめくってみよう。そのための取説なんだからな」
アイナがページをめくる。またしてもリアルタイムでこちらに語りかけるような文章が書かれている。
『やあ! ついに壁を超えたんだね! これで君もほぼ勇者だね!』
ほぼと言うところに違和感をおぼえつつも次のページをめくる。文字がデカすぎるんだよ。
『2つ目の魔法は時間終了、時間を停止する魔法だ!』
なん……だと!? 時間停止ってあんた……それ……マジで?!
『ふっふっふ! 驚いたかい? それもそうだろう! 時間に縛られて生きている生物が時間を意識するのは難しい! 一部を除いてね!』
そりゃあ時間っていえば不可逆的なもので俺たちがどうこうできるものじゃないからな。魔法はそんなものにまで干渉するのか。
『勇者斬が1日1回なのに対して、時間停止は1日3回使えるよ! 早速使ってみよう!』
「バーガー様。使ってみてください!」
アイナはよく分かっていないようだが、ワクワクしているのが分かる。
「よし、使ってみるか。クレア、ここで魔法を使ってもいいか?」
「構わない」
即答かよ。
「じゃあ行くぞ、『時間終了』」
魔法を唱え終わる。……辺りが不気味なほど静かになった。よく見れば辺りが暗く灰色がかった色彩になっている、元の色なのは取説と俺とMソードだけだ。
「時が止まっているのか?」
アイナに視線を向ける、人形のように動かない。俺はアイナに見とれつつも他の人たちにも目を向ける、みんな動きを止めている。そして次の瞬間。色彩が戻る。
「……バーガー様、何も起こりませんね?」
アイナが動き出していた。俺の顔をのぞき込む。
「不発か?」
クレアもだ。そうか俺が時を止めている間は俺以外の生き物の時も止めてしまうのか。
「否、成功だ。いま時を止めていた」
「え! 凄いです! たしかにちょっとバーガー様の姿がぶれたような気がしました!」
なにちょっと入門してきてんだよ!
「術者の俺と取説、Mソードだけが影響を受けなかったように見えたな」
クレアがなるほどと相槌を打つ。
「それで何秒ほど時を止められたんだ?」
「5秒か6秒といったところだ。僅かな時間だ」
アイナが興奮気味に腕を降っている。
「戦闘での数秒は大きいですよ!」
「そうだな。戦闘なら隙を作れるな」
緊急時の回避や、一撃必殺を入れる時にも使えるだろう。これは強い、まさに神の魔法だ。




